其ノ弐:出会いと縁《えにし》は大切に
私の犯罪履歴が生まれた。
身分証明書の偽装その1。しょうがないでしょ?ファンタジーみたいに冒険者なれば証明できるよなんて甘くなかったんだから。これが無きゃ街にも入れないんだもの。
魔導書が無かったら今頃この街のもんを破壊することになってたかもしれないな。
表記した出身地はパンドラニウム。
実際に存在するが、閉鎖種族で場所を語らない。ということになっている異世界人達の便利出身地だ。
所謂ミスで転生させられた人たちの出身は総じてここになる。
実は魔王の領地なんだけど、知らないからいいのかもしれない。
じゃないと異世界人が全員魔王陣になってしまう。ちなみにこれも追憶で読んだ。
移動中に練習して、脳内で地図を見ながら目で本を読むことができるようになった。
これで一つ進化したぞ。問題は、これからどうするか。
冒険者になるのは確定の予定だったけど、こうして人里に降りてきてみると食事処や住み込みの仕事を探すのをいいかもしれないな。
日中は仕事で夜間に冒険者をするのもいいかも知れない。
私は睡眠が必要ないからね。どっちにしろ、魔王なんて言わなきゃバレないんだし。
やっぱり昼間の住み込みの仕事が魅力的だなぁ。そんなことを思いながらギルドに入る。がちゃりとドアを開けるとなんだか注目された気がしたけれど、気にしない。
真っ直ぐとカウンターに向かう。
「登録をしたいのだけど」
「ひゃ、ひゃいっ!」
物凄く噛まれた。もしかして、私の顔が怖かったりするのかな。鏡とか見てないからわからないけど、強面だったりして……だったら、申し訳ないことしたなぁ。
「し、新規登録は千ギルでしゅ!」
また噛んでしまっている可愛い受付嬢をもっと眺めていたいけど、その前にもっと気になることが。
「登録にお金って必要なの?」
すると、隣のカウンターのお兄さんが身を乗り出してきて
「えっ……もしかして知らなかったんですか?」
と聞いてきた。どうやら常識らしい。
追憶の新たな弱点発覚。調べないと分からない。宿が取れたら常識に関する本を読んでおかないと大変な事になりそうだな。
ちなみに千ギルは千円と同じ価値。
「あ、あのぅ、もしかして……」
「えぇ、ごめんなさい。生憎と事情で手持ちが無いの。」
そう言うと物凄く驚いた顔をされた。
「セ、千ギルですよ?」
「しょうがないでしょ?この身一つで投げ出されてしまったんだから。この着物は売りたくないしね」
肩をすくませて苦笑いしながらいう。嘘はついてない。
この身一つでいきなり異世界に投げ出されたし、よく分からないけど戦闘で傷一つ付かなかったこの着物は防御力が高そうだから売りたくはない。
「……どうしようかしら。いっそ身体でも売る?」
割と真面目にそう検討していたら受付嬢さんと隣の男の人に真っ青な顔で止められた。
「でも、生きる為には手段は選んでいられないでしょう?女なら身体も武器なのに」
私の家は結構事情が複雑だったからね。今更体を売るのにどうこうなんて思わない。
そう言えば、この身体だとまだ処女なのかな?どれ位で売れるかわからないけど、生活基盤を整えるくらいは手に入るかしら。
なんて思っていたら、2人は悲痛そうな表情をしていた。
「そんな顔しないで?折角の美人が勿体ないわ。それに人にはそれぞれ事情があるものよ。あまり気を病まないでちょうだい。」
私としては、二人が初対面の私を慮ってくれただけで嬉しいのだから。
そう告げると、少しだけ笑ってくれた。無理やりな作り笑顔だったけれども。
「なんだお前、金がないのか?」
そうすると、後ろに並んでいた男の人が声をかけてきた。二十歳超えたくらいだろうか。かなりのイケメンで、王子様といった風貌だ。
「そうね。元々親にも疎まれていたのだけれど、何一つ持たせてもらえなかったのは予想外だわ。」
一人暮らしを始めた時、親は何一つだってしてくれなかった。新しい家のサインすらもしてくれないんだから。
わざわざおばの家を訪ねて書いてもらったのだ。お金は自分で稼いだし、受験の傍ら新居探しもした。
何もしないで、私に全てをさせていた親は渋ったけれどちょっと嫌味を言ったらすぐに快諾してくれた。
何事も戦略だね、やっぱり。
「ふーん。なら、はい。」
ちょっと過去を思い出していると、王子様 (名前知らないんだもん)がお金を取り出した。
「でも、いつ会えるか、そもそも返すことが出来るかもわからないのに、借りられないわ」
「なら、先行投資ってことで。請求するつもりは無いよ。その事はここにいる彼女達が証明してくれるだろうし。」
そう言って受付嬢を見やると、彼女達は顔を赤らめながらはきはきと
「もちろんです!ハルト様とのお話を忘れるはずがありません!」
と半ば叫んでいた。王子様はハルトと言うらしい。
ふーん、ハルト、ねぇ?というか、そこの受付嬢さん。私と話した時はあんなにどもっていたのに。
やっぱり私の顔ってひどいのかな?これだけナイスバディーなのに、勿体ない。
「では、お言葉に甘えて。登録をお願いします。」
「は、はい!こちらの紙にお名前と出身地、その他備考がおありでしたらお書き下さい。」
そう言って差し出されたのは粗めの白い紙。やっぱり、魔法を関わらせにくい分野では日本ほど技術は進んでいないみたいだ。
さらさらと書き込んで紙を返す。
「えーっと、お名前はミコト様で宜しいですか?」
「ええ。」
饗華之御霊命だと長いしなんか面倒臭いから、最後のミコトだけを取ってそれを名乗ることにした。
この世界では平民や没落貴族は苗字を持たないので何の問題もない。
「備考の方が……えっ!?」
「どうかしたのか?」
備考を呼んで驚きの声をあげた受付嬢にハルト様が声をかける。
「あ、えーと、あの」
受付嬢さんは声をつまらせながら私の方を見てくる。個人情報を話してもいいかの確認だろう。
「ええ、隠したいものでもないですから構いませんよ」
そう言うと、それでも少し躊躇いがちにハルト様に紙を見せる。
「は、はぁ!?」
すると、ハルト様も受付嬢さんと似たような反応をして、私と紙を交互に見ている。
備考欄には
「命を狙われる可能性大。事前申告なしに一月以上連絡が途絶えた場合、死んだものとして処理して構いません」
というもの。
実際に魔王だし、バレればそれこそ世界から命を狙われるからね。にしても、これくらいなら貴族とかにもいそうなものだけど。
いや、命を狙われるような貴族は冒険者とかやってないか。
「本当なのか?」
心配気にこちらを見やるハルト様。この世界で私がであったのはいい人ばかりで逆に心配になってしまう。
こんなんで、この人たちは騙されないのかな、と。
「嘘をつく理由は無いでしょう?今は大丈夫ですが、どこでろけんするかなんてわかりませんからね。さ、登録も済んだようですして、失礼致しますね。」
適当に一番下のランクの依頼を数枚剥がすと着物の袖にしまい込む。
そして、ハルト様とすれ違いざまに告げる。
「この度は有難う御座いました。正直、とても助かりましたわ。その御礼にお一つ耳寄りな話を。
貴方のお探しの反逆者はリッツデール公爵とリベル男爵ですよ。
どうか、お一人でこんな荒事の多い場所に身を晒さないようにお気を付け下さい。
ラ̀イ̀ン̀ハ̀ル̀ト̀第̀二̀王̀子̀。
反逆の証拠は公爵家の二階左端の執務室の机の中に。パスワードは、2596652。」
会話の合間に脳内で読んだ情報を伝える。目を見開いて動きを止めるハルト様に後ろ手を軽くふるとそのままギルドをあとにした。
そして、出たと同時に全力ダッシュ。こんなにかっこよく退場したのに、すぐ捕まるとか笑えない。
そのまま城門まで行くと、呼び止められる。
「嬢ちゃん!無事冒険者にはなれたのかい?」
その人は私の入国手続きをしてくれた男性だった。鍛えられた体は正しく騎士といった風貌だ。
「はい!今から依頼をしに行きます!」
「何の荷物もないだろう!?ポーションは!?」
「そんなもの買う必要はありませんよ。これでも、この街に来るまで1人だったんですから。回復魔法くらい使えますよ」
魔王である私にこんな街の近くに出るような魔物が傷一つつけられるはずがないのだから。それに、実際に回復魔法も使える。
想定外の事件が起きて私が死にそうになっても、それはそれでおーけー。
魔王は死ぬか封印されるものなんだからね。そんな軽い気持ちなのだ。
まぁ、こんなところで死んでやるつもりなんて微塵もないのだけれど。
「はぁ、そうかい。いいか?死ぬんじゃないぞ。」
「もちろん。まだ死んでやるもんですか。」
そう言うと苦笑いしながら門を開けてくれた。そこを走ってくぐり抜けて森に突っ込んでいく。
良かった。
王子様には追いつかれなかった。本を片手に探索の魔法と重力操作の魔法を使って歩きながらサーチアンドデストロイならぬサーチアンドテイクを繰り返す。
三十分もすれば三つの依頼の全ての薬草が集まった。
街に帰って時計塔を見て時間を確認しても日没まではまだかなりあるようだ。
時間もあることだし、住み込みの仕事を探すとしよう。
そう思って、歩いてるとなんという奇跡だろう。掲示板には「公爵家のメイドを募集中。戦闘能力及びに危機管理能力も審査します。住居は公爵家の使用人室。」
なんということでしょう。私のために用意されたような仕事ではありませんか。
日本人の気遣いスキルと本での知識で完璧だ。貴族の情報だって見放題ではないか。グングンと上がっていくテンション。
その紙を手に取ると、服を一瞬で着替える。見ていた人たちが目を見開いて二度見していたきがしたけれど気にしない。
強面の女の着替えなんて早着替えだろうが公開だろうが大した価値なんてないしね。
いわゆるメイド服に着替える。
上質な素材で出来ているが、実はあの着物と同じものだったりする。
魔力で変形させられるらしいのだ。だから試してみた。公衆の面前で?見えなきゃ問題ないさ。ちなみにその気になれば一瞬で着物にも戻せる。
銀の髪をポニーテールに結い上げて軽く身だしなみを確認する。そのままスカートの裾を持って駆け出す。
あくまでも品位を失わない走り方で。速さは自動車並に抑えてある。かなり異質な光景だが、その刹那に彼女の顔をしっかりと認識できた者はいないのだった。
もし、前の私を知る人物が見たら二度見どころか三度見して飲み物を吹き出すであろうな、と思う。
笑うことなど無く、ほの暗く陰った瞳には何も写していなかった。
自覚はしてる。敢えてそうしてきたから。しょうがなかった。だってそれは身を守るためには必要なことで。
そんな私が、楽しげに笑い、感情を精一杯表に出しているのだから。
それは、弱点を見せれば≠死という過酷な闇の中で生きてきた私には当然の事で。
自分でもなんで今、笑えてるのかなんて知らないし、まったくもって分からない。
理由にだって勿論、心当たりはない。
それでも、この胸の高まりは悪くは無い、そう思うし、今は、それでいいとも思った。