彼女との出会い
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自分のアパートから徒歩30分ぐらいある心療内科には、いろんな人がいる。
かく言う僕もその1人であって、週に1回。歩きなれた道を歩いてそこに足を運ぶ。
彼女と出会ったのはそんな道の途中の出来事だった。病院に向かうために通る小さな商店街。見知らぬ人に声をかけるのは勇気のいることだ。しかし、彼女はまるでそれこそが楽しみであるように僕に声をかけてきた。
「生きる希望がない魚みたい。」
彼女が僕に向けて口にした最初の言葉だ。
「失礼な。生きる希望はありませんが僕は魚なんかじゃない。」
僕はそんな彼女にそう答えた。それっきりだと思っていた。僕は早歩きでその場を離れた。
しかし、彼女はいつもいつも僕が週一で通う病院に行く時に限って見る。そして、彼女はいつものように僕に尋ねた。
『生きる希望がない魚みたい』
僕はいつものように無言のまま早歩きでその場所を通り過ぎる。
意図的に彼女がその場所にいるのか。それともたまたまその場所にいるのかは分からない。
しかし、僕にとって彼女は不快そのものだった。
どうしたら彼女と出会うことを回避できるだろう。アパートに帰る時や、仕事中、寝る時までその事を考えるようになった。
地図を作った。遠回りせず彼女と合わない道を探した。しかし、やっぱりぐるっと回らないと彼女と出会ってしまう。
悩み悩んだ末に、彼女に直接自分の考えをぶつけようという結果に陥った。
自分の思いを相手に伝えるのは苦手なことだが、しょうがない。生きていく中で最低限のことは頑張ってやろう。それが僕のもっとうだ。
これは僕が病院に行くために必要なことだ。
次の日。僕はいつものように病院に足を運ぶため商店街を抜ける。ぱっと横を見るといつものようにポツンと置かれたベンチに彼女が腰掛けていた。
「また、会ったね。」
彼女はそう言ってニコッと微笑んだ。
僕は深呼吸して呼吸を整えた。誰かと話す度、自分を傷つける。それは、自傷行為と同じことだ。その傷は一生消えない。これが生きた証だと言い張って残り続ける。
1度、誰かに傷つけられた言葉も同じ。自分の心の中に残り続けて消えないだろう。
なんて、無責任な世界なんだ。
「不愉快なんです。」
風が強く吹いて自分の髪を靡かせる。俯いたまま手が震えるのを視界に捉えながら彼女に向けて投げつける。
すると、彼女の声が聞こえた。
「ごめんね。あまりにも、君が光の当たらない場所で生きているように見えたからさ。」
切なそうな声。確かにそれは彼女の声だった。
ズキリ。
何故か刃物が自分の心臓を貫いた。
ぱっと顔を上げると、彼女は涙をボロボロと流して俯きがちに口を積むんでいた。
何故、自分が不快に思っていた彼女が傷ついているのだろう。どうして、こんな見知らぬ僕に涙を見せることが出来るのだろう。
まるで、僕と真逆な人だと思った。
自分の感情をどうやったら相手に隠すことができるだろうと一生懸命探している僕とは真逆。
どうやったら、光の当たらない場所で誰にも気づかれず生きていけるだろうと模索している僕とは真逆。
光の当たる場所、自分の感情を相手にぶつけて一生懸命生きている彼女。
ーーー羨ましいな。
何故かそう思う自分がいた。だから、不快だと思ったんだ。
用意していなかった彼女に向けての言葉。昨日徹夜をして考えた言葉にはない。彼女に向けての好意というものの言葉。
自然に出てきた自分の言葉に僕は驚いた。
「どうしたら、そうやってあなたみたいに生きられるんですか?」
何故そんなことを聞いたのだろう。分からなかった。
震えた声でいつの間にか彼女に訴えかけていた。
瞳の中で彼女が僕を見る。
「知りたい?」
彼女の言葉はとてもシンプルなものだった。
病院の屋上。何故か自分はそこにいる。
当たりは何もなく僕と彼女2人だけだった。
「なんでこんな所......」
彼女に向けて尋ねると彼女はニャっと笑って僕の方を向いた。さっきまで泣いていたくせに......。僕はムッとした表情で彼女の目を見る。コロコロ変わる彼女の表情はまるで、この世界の光そのものだと感じた。
「私ね、あと一ヶ月しかないんだ」
「何が......」
最初彼女が何を言っているのかわからなかった。しかし、それは徐々に明白になっていった。
「私はあと30日でこの世から消えてなくなるの」
ハハッと諦めたように笑う彼女を見て僕は何かを言おうと口を開く。しかし、悲しいことにかける言葉が分からない。それも、自分となんの関わりも持たない彼女が死ぬことを悲しいことと捕えない自分がいた。
そんな自分の顔を見て、「実感わかないでしょ?」そう言って笑い話にしようとする彼女。
「ごめん。僕は自分が思っている以上に薄情なのかもしれない......」
僕は俯いて遠慮がちに彼女に答える。
「しょうがないよ。だって今私たちが話してる間にも病気なんかで死んでしまった人もいる。でも、私たちはその事を知らないんだ。私のことを君は知らない、だから悲しみなんてわかないのが当たり前でしょ?」
そういうものなのだろうか。
それだったらなんて悲しい世界なのだろう。
「そうかもしれないね......」
僕は曖昧に答える。
「ここはね、私の通ってる病院。」
彼女は微笑みながら答える。
「何故、ここに?」
僕は疑問になって尋ねた。
「ここにいると落ち着くんだ。とても、無責任なことだけど、ここに来たら楽になれる。もし、苦しかったらここから飛び降りればいいからさ」
同じだ。僕はそう思った。
屋上にいると楽になれる。この辛い世界で生きるのが嫌なら、ここから飛び降りて一瞬の苦しみで楽になれる。
それだけが、この世界の逃げ道。
「同じだね、僕もその1人だ。」
僕がそう言うと、彼女がフフッと可笑しそうに笑った。
「君はどうしたら私のように生きられるんですかって聞いたよね。同じだよ。私も君と。いつも死を考えてる。暗い瞳の君と同じ。」
「なんで、僕が死を考えてるなんて思ったんですか?」
「あそこ」
彼女が指さす。屋上から見上げた、僕らが生きる世界。いつも通ってる病院。
「心療内科。何となく君がそうなんじゃないかなって思ってた。ごめんね、模索しちゃって」
悪い気はしない。
何故か、知られてしまったことが嬉しい。
「ねえ、私が教えてあげよっか」
「なにを?」
「君が心から笑える方法」
心から。彼女の言葉を反芻する。心から笑ったのはいつ以来だっけ。考えて思い出せないのは、愛想笑いばかり振りまいていたからだ。
「君はその方法を知ってるの?」
そう尋ねると「もちろん」彼女はそう言って笑う。愛想笑いじゃない本当の彼女の表情。
僕にも出来るだろうか。
彼女に対しても。誰に対しても。
「じゃあ、期限は30日ね! 私が死ぬまでに貴方を笑わせられたら私の勝ち。もし出来なかったら貴方の願い事一つ聞いてあげる。私が勝ったら私の願い事、聞いてね!」
彼女は明るくそれでいて投げやりな声を出した。
「分かった」
僕も投げやりと言ったふうに答える。
たった今、僕達は契約を交わした。
空は雲一つない晴れ日和。
それは、僕と彼女の30日間の駆け引きだった。