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称号世界の混ざりモノ  作者: 浮谷柳太
第一章 田舎暮らしの幼少期
4/30

第4話 ボッチは確定のようで



「フィー君、こっちこっち」

「あうー」


 生まれてからどれくらいの時間が経ったのか分からないが、僕はようやく自由にはいはい(・・・・)で動き回れるようになっていた。少しだけなら立ち上がることも可能だ。


 相変わらず僕にべったりの母さんに向かってバタバタと駆け寄ると、彼女は僕を持ち上げて抱きかかえる。




 あれから分かったことの一つに、母さんの名前がオレハだというものがある。ひたすら会話を聞き続けた成果である。

 悲しいかな、やはり地道な作業は僕の得意分野なのだ。頭が柔らかいこともあってか、僕は両親の使う言語を少しずつだが習得していっていた。


 ここでの言語は何やら喉をうまく鳴らすことが重要になるらしい。父さんの発音は楽器を演奏するように滑らかなんだけど、母さんのは少し詰まりがちというか、どこかたどたどしい。

 また、僕と2人っきりでいる際にときどき喉を鳴らさないまったく別の発音を使うことがある。察するに、母さんの種族が使う言語と父さんの種族が使う言語は違うのではないだろうか。


 場所が違えば文化が違う。もちろん、言語も。

 食事の時に父さんが肉をたらふく食べるのに対し、母さんは野菜や果物ばかりを食べていることからも文化の違いがよく分かる。いわば2人は国際結婚をして夫の出身国で暮らすことになったというところだろう。


 前世ではハーフや帰国子女の人に憧れをもったものだが、いざ自分がそうなるとやや複雑な感じはする。

 一体僕はどちらの文化に染まるべきなのだろうか。いや、そもそも日本での暮らしが定着している僕は、ここでの暮らしにきちんと適応することができるだろうか。そこから考えなくてはならない。


「フィー君、今日はお外に出てみましょうか」

「あう?」


 母さんが僕の名前を呼んで喉を鳴らす言葉ーー『獣人語』と名付けたーーで語り掛けてきた。

 あいにく何を意味しているのかまでは分からないので適当に相槌を打つだけにとどめる。よく考えたらそれも少し異常なことかもしれない。


 しかし母さんは優しく僕に微笑みかけてドアの方へと歩き出した。どうやらついに外へ出られるらしい。


 生まれてこの方僕はこの小さな部屋から出たことはない。僕の世界はここがすべてだったのだ。

 今、僕は一気に広がろうとする世界に怖気づくと同時に、それ以上の好奇心を感じていた。悩み続けていたことの多くが、この一歩で解決されるのだ。


 転生先はどんな土地、時代だろう? 建築技術や食事、食器からして中世ヨーロッパはありえない。

 狩猟文化にしても縄文時代は勘弁してほしいところだが……。


 母さんがドアを開けると、少し冷たい風が頬を刺した。


「今日はいい天気ね」

「…………」




 そこに広がるは雄大な自然、自然、大自然。

 さらさらと心地のいい音をたてる草原は、人の手でできた一本道を除いて風に揺れている。視線の奥には溢れんばかりの木々が生い茂り、されど鬱蒼とした印象は与えずに力強く根を張っている。

 さらにその後ろには白い冠をかぶせた大きな山。富士の山のような美しさのそれは、周りにぷかぷかと雲を遊ばせながら僕らを見下ろしている。


 そして眼下には、(わら)で編んで重ねたようなちょっと前時代的な家々が立ち並ぶ広い集落があった。

 どうやら僕の家は丘の上の離れに建っていたらしく、集落へと向かって母さんは草原の一本道を降りていく。




 ……あまりにもびっくりしすぎて言葉を失ってしまった。

 有名な世界遺産の集落のような、見慣れないけれど自然の景色とよく調和した家々は機能性を外に置いた趣深さを感じられる。

 また自然にとけ込んでいるが、集落の周りには石を積まれた石塁(せきるい)のような防御壁もある。やはり誰か争う相手がいるのだろうか。


 まあ、一言で言うと後進的だが、それを補って余りある美しさがある。都会のコンクリートやアスファルトだけを見て育った僕は心が洗われていくのを感じていた。


「今は『芽吹きの季節』だけど、『花開きの季節』になったら温かくなるよ」


 母さんの口から新しい単語が出てきた。やはり言語の習得は真っ先にやるべき必須事項だ。

『獣人語』は喉をどう鳴らすかが肝になってくる。聞いた限りでは「ぐるる」とか「ぐらら」とかだけど、言葉で表しにくい違いなんかもある。


 実地研修上等だ。渡航経験はないけれど、これでも長く英語を勉強してきた身。日頃の復習が大切な外国語は僕の得意分野だ。



 ……と、いけない。『真面目』からは脱却するんだった。

 あくまで楽しみながら『獣人語』を覚えよう。気づけば習得していた、くらいがちょうどいい。



 そんなことを考えているうちに、ついに母さんと僕は集落まで降りてきた。

 あたりにはたくさんの白いふさふさ狼がいる。とはいっても女性と子供ばかりで大人の男性は見当たらない。彼らは今狩りに行っているのだろう。父さんもそのうちの1人だ。


 みんな僕と母さんを変なものを見るような目で見ている。自分たちのコミュニティーに他種族が混じり込んでいたら目立つだろうけど、それだけじゃなく別の感情も込められているようだ。


「ふぎゃぁぁぁ!」

「あ、あら? どうしたの?」


 泣き出したのは僕ではない。僕たちを遠巻きに見ていた女性の腕に抱かれた赤ん坊だ。

 するとそれが引き金になったのか、辺りから次々と子供の泣き声が上がる。赤ん坊だけでなく、立って歩いているような子供まで。


「え、な、なに?」


 これには母さんも驚いたようで、辺りを見回して事情を推しはかろうとしている。


 一方で一人静かな僕は背中に冷たい汗が流れているのを感じていた。

 思い出されるのは少し前に発見し、度々確認し直しているステータスである。


(ステータス・オープン)






==================



(いびつ)な混ざりモノ』

 個体名:フィージル=バラメント

 種族 :混血種

 スキル:一般

     称号

     特殊

     <冥界神の加護>


==================






 この中の称号をさらにピックアップする。



==================


(いびつ)な混ざりモノ』

 この世に存在するはずのない歪な存在。世の(ことわり)から外れたモノ。

 純なる存在を遠ざける。


==================



 もしかしたら、これのせいだろうか。

 まだ小さな子供や赤ん坊は無垢で何も知らない。「純なる存在」と定義される可能性はかなり高いのだ。


 これはまずい。生まれながらに持った称号というものは、予想以上に悪いものだった。無条件で子供に嫌われるなんて、今の時点でボッチ確定だ。


 それだけではない。ただでさえ母さんは他種族で、僕はそのハーフなのだ。これで母さんに何かあったらと思うと心配でならない。




「これは何事じゃ」


 そこに重くのしかかるような声が響いた。

 子供をあやす声は収まり、泣き声だけが残る。騒ぎを聞きつけた人を掻き除けながら現れたのは白い老犬、ではなく老狼だった。


 老婆は騒ぎの中心にいる僕と母さんを見ると、事情を察したようだ。


「……オレハ、子供を連れてこっちに来なさい」

「……はい」


 大勢の人に道を譲られながら、僕と母さんと老婆はひときわ大きな建物の中に入るのだった。



 ♢ ♢ ♢



 外見は粗末な(わら)の家だったけど、内装は思いのほか整っていた。床には毛皮が敷き詰められ、テーブルや座布団のようなものも置かれている。

 部屋は一つではないらしく、いくつか扉を潜った一室に座らされた母さんは不安そうに僕を撫でている。


 そんな彼女に老狼は重苦しく口を開く。


「先に聞いておくが、先の騒ぎ心当たりはあるかの?」

「いえ……集落に入った途端、突然……」

「なら言わせてもらおう。おそらく原因は、その子じゃ」


 老狼の目が鋭く僕を見抜く。

 家の規模に母さんの緊張具合、そして大物っぽい雰囲気。たぶん彼女は集落の中でそれなりに高い地位につく人だ。


「わしも自分の孫じゃ。疑いたくはないがのぅ……」

「やはり、何か称号が……」


 くそ、何を話しているのか全く分からない。目の前で意味不明な言語を使われて、与り知らぬうちに沙汰を決められるのはかなり怖い。

 前言撤回だ。『真面目』だなんだと言われようと早急に『獣人語』をマスターしよう。


 あっさりと十数分前の決意を覆した僕の目の前では、相変わらず厳しい目で老狼が僕を見つめている。


「オレハ……厳しい現実を知ることになるやもしれぬが、この子の称号を見せてもらうぞ」

「私も知らなくてはなりません。ですからお願いします、お義母様」

「あい分かった。では……」


 何か分からないが老狼が僕をガン見している。落ち窪んだ眼が怪しく光るのを僕は見逃さなかった。


 これは何かのスキルか? もしかして僕のステータスを見ようとしている?

 ならば間違いなく僕の称号も見破られて、原因はこれだと確定してしまうだろう。どうにかしたいが逃げることもできない。


 やがて眼を閉じた老狼はため息を吐き、口を震わせながら結果を告げる。


「なにがあったのですか?」

「うむ……心して聞きなさい。この子には『歪な混ざりモノ』という称号、そして<冥界神の加護>がついておった」

「称号に、加護まで、ですか? それはどんな効果を?」

「わしにできるのは見るだけじゃ。内容は推測しかできん。おそらく加護によってフィージルはこの世に生を受けることを許され、称号のせいであの騒ぎが起きたのじゃろう」


 僕を完全に置いてけぼりにしたまま話は進む。


「今の六柱神に『冥界神』なんていらっしゃらなかったと思いますが……」

「わしも知らん。『天啓』もここ最近は来ておらんしのう。古い文献にある神やもしれぬ」

「そんなお方がなぜ……」


 まったく話が分からない。自分のことだけにここまで分からないのももやもや感がすごい。




 結局僕と母さんは特に罰されることもなく、老狼の家を出た後は速足で家まで戻ってきた。

 外から見て気づいたのだが、僕の家も(わら)をかぶせたとんがり帽子型の住居だった。この外装で内装は普通なのだからギャップがすごい。


「どんな称号や加護があろうと関係ないわ。フィー君は私の、私たちの子よ。この子は立派に育てて見せるわ」


 この事件の後、母さんと事情を知った父さんにこれまで以上に溺愛されるようになったのだけど、なんでだろうか?



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