第30話 400年前の神話、過去の神々
大変お待たせしてしまいまして申し訳ございません。
リアルの都合とパソコン関係のごたごたで執筆できませんでした。
お詫びではありませんが、過去最長の長さです。
僕たちがエルフィス王国にやってきて一週間の時が流れた。
父さんと母さんはまだ帰ってこない。しかしそれは分かりきっていたことで、完全に父さんの称号から罪が消えるのは長い時間がかかると思われる。
母さんもその間ずっと付きっきりというわけでもなく、定期的にこちらに帰ってきていた。
本当なら僕もいっしょに父さんのところへ行ってもいいのだが、それは両親ともに気が進まない様子。アッシュ大獄のある『黒灰の大地』は決して住みよい土地ではないどころかむしろ劣悪だ。
それに自分が刑罰を受けている姿なんて見せなくないのだろう。そんなわけで相変わらず僕は『魔導神』様の家にお世話になっているという状況だった。
「アァ? 『破壊神』の話だぁ?」
太陽が沈んで眠る前の時間帯、それは『魔導神』様とその眷属の人たちにとっては起床する時間だ。
これは単に『魔導神』様が夜型だというだけの話で、別に吸血鬼だからとかではない。
初めてあった時のようなダボダボのきわどいシャツに、寝癖で爆発している白い髪。低血圧なのか寝起きはいつも不機嫌で口調が荒い。
「い、いえ、もしよければでいいんですけど……」
ぎろりと睨みつけられて思わずたじろぐ。なんだかんだで気安く接してくれたので忘れがちだけぢ、この人は怒らせたらまずい神様である。
機嫌を損ねるわけにはいかない。
「あ~ったく、起き抜けに胸糞悪ぃ名前聞かせやがって。なんでんなこと知りてぇんだぁ?」
「前にカザハさんにその話を聞いて興味があったんです。『魔導神』様は当時のことを知ってますし……」
神が実在するからこそ現実として存在する神話。
それは決して楽しいものではなく、国ひとつを滅ぼして今もなお爪跡を残す事件だったわけだけど、その壮大さゆえに気を引かれるものであった。
なにしろ物語でいう魔王役たる『破壊神』に対し、『建国神』様はじめ複数の神様が共同戦線を張り、見事撃退せしめたのだ。興奮しないわけがない。
というのも通常、複数の神様が協力して何かをするというのは珍しいことだからだ。
『建国神』様にせよ、『魔導神』様にせよ、彼らは自分の所属する国の防衛戦力という意味も持ち、本来はむしろ牽制し合う仲なのである。
つまりその前提を崩した『破壊神』の出現は本当に世界の危機だったのだ。
「あいつはなぁ、モノホンの糞野郎だったよ。脳みそ狂ったアホが下手な力持つとどうなるかっていう手本みてぇなヤツだ。ったく、なんでオレのいる時代に出てきたんだド畜生が」
しかし飛び出してきたのはこっちが口を挟む隙もない悪口の嵐である。
僕は聞いてはならないことを聞いてしまったらしい。
いや、もっと早く気づくべきだった。旧エルフィス王国、妖精種の国はその『破壊神』によって滅ぼされた。つまり、おそらくその守護を担っていたと思われる『魔導神』様は『破壊神』に敗れた可能性が高いのである。
「なんでほっといてくれねぇんだよ戦うとか滅ぼすとか余所でやれや最近はまたアホ神が湧いてきやがるしどいつもこいつもいっそのこと位階譲るかいやでも落ちたら落ちたでまた下が調子に乗るし四位がちょうどなんだよなぁ」
トラウマスイッチが入ったのか死んだ目でぶつぶつと愚痴をこぼす。神様も大変なんだなぁと思った。
「あ、えっと、もう大丈夫ですので。突然すみませんでした」
「んあ? ああ、そうかよ」
僕は早々に撤退することにする。いくら威厳があまりなく接しやすいからといって、少し気安過ぎたかなという反省と共に。
しかし退室する直前に後ろから声が届く。
「おい、フィージル=バラメント。400年前のことを知りてぇなら城の人間に聞け。曲がりなりにもこの国の歴史の一部だ、知らねぇやつはいねぇだろうよ」
「……はい、ありがとうございます!」
なんだかんだで優しい人である。
♢ ♢ ♢
「……それで私たちに、ですか」
翌日の昼、僕の目の前には金髪碧眼の美少年と美少女、まあつまりは妖精種の男女がいた。例の如く見た目の若々しさとは異なり成人済みだ。
男性の方がヘロンさん、女性の方がヘレンさんという。二人は兄妹で、現在の守衛隊長の子供で、幼少期は母さんを姉と仰いで一緒に暮らしてきたという。
要するに王族である母さんの身分に合わせて宛がわれた友人のようなものである。
王様たちに会う前の感動的な再開はそうした裏話があってのことだった。
「はい。もしご迷惑でなければお茶をごちそうする間だけでもお聞かせ願えないかと」
「『魔導神』様の仰る通り、その話は我々にとって常識のようなものです」
「一般的なことであればお教えすることもできるでしょう」
ヘロンさんとヘレンさんは僕に対して少し余所余所しい。母さんと話していた時はもっと感情にあふれていたのに、僕の前ではどこか事務的だ。
母さんの子供であっても、姿を妖精種に変えていても、<混入>を使っていない以上隠しきれない混血種の異常性。精霊の嫌悪は妖精種の警戒を呼ぶ。
僕が問題を起こしていないか確認するという仕事がなければ、こうしてわざわざ会いに来たりしないだろう。
その辺はご愁傷さまと思いつつ、僕は慣れた手つきで紅茶を淹れた。<家事>スキルが地味に効果を発揮している。
「……お茶を飲み終えるまででよければ構いません」
「本当ですか。ありがとうございます」
ヘロンさんは迷ったそぶりを見せた後、最終的には了承してくれた。妹のヘレンさんは何も言わずに追従する。
「大まかな流れについては妃様より聞いていますね?」
「はい」
たしか当時の第六位の神様を倒して『破壊神』が台頭、あちこちで破壊を撒き散らしたが、『建国神』様が主導となって神の地位から追い落としたという話だったはずだ。
「旧王国は『魔導神』様を中心として善戦しましたが、かの悪神の圧倒的な力により敗北しました。そして『破壊神』が次に目をつけたのが純人種国家イルマーニス神国です」
「時の『破壊神』の位階は第三位。第二位たる『建国神』様を標的としたのは理にかなっていると言えるでしょう」
その神様が何を目的としていたのかははっきりしていない。『六柱神』の頂点に立って神界に至ろうとしたのか、単純に破壊がしたかったのか。
どちらの観点からしても大国のイルマーニス神国は狙い目だったという。
「しかし慢心があったこともまた事実なのでしょう。第二位様の守護域に侵入したのも束の間、単身現れた『建国神』様により撃退されたのです」
「え、そんなあっさり?」
もっとみんなで力を合わせて勝つみたいなのかと思っていたら、早々に『破壊神』が負けてしまった。
しかし拍子抜けした僕にヘレンさんが諭すように教えてくれる。
「自分の支配域で無類の強さを発揮する神というのは珍しくありません。『建国神』様もその一柱で、このお方の場合は自身の治めるイルマーニス神国がそうです。愚かにも『破壊神』は自分から死地へと踏み込んだのです」
「ですが、神は殺したところで復活します。<不滅>のスキルをもつ神で在り続ける限り、その暴虐が止むことはありませんでした」
言いながらヘロンさんがカップを机に戻した。
二人はいつも一組でいるけど、こういった説明においても息がぴったりだ。兄に話し手を譲ったヘレンさんは紅茶を飲んで喉を潤している。
「そこで『建国神』様は各地の神に協力を募り、『破壊神』に代わる新たな神を打ち立てようと画策しました。今は亡き元第四位神の『力神』、当時第五位に立場を譲っていた『魔導神』様、同じく元第六位神の『躯宝神』はこれに応じ、一人の高齢の聖職者を支援したのです」
かつての第四位『荒れ燃ゆる巨腕の力神』。
山をも持ち上げる桁外れの腕力を有したという鬼人種の古い神。戦いと侵略に明け暮れ、一時期は同族である鬼人種を一大勢力にまで拡大させた。
しかし晩年はどうしても届かぬ上位の神との差に絶望し、その失せた意欲が『命名神』様の目に留まったことでずるずると順位を落とし、ついには神の称号を剥奪されることとなる。
それに合わせて鬼人種は衰退することになるのだが、今でも彼らからその信仰心は失われておらず、細々とした暮らしの中で崇め奉られているのだという。
かつての第六位『心身煌々たる躯宝神』。
元は動物の山猫だったが、称号をもつことで知性を獲得し、人語も話したという。
高価で価値のある物に目がなく、また非常に用心深く独占欲の強い性格から、収集した宝を己の胃の中で保管していたというぶっとんだ神様。そんなことが可能だったのは、偏にここが真に願えば通じる称号世界だったからに他ならない。またその異常性が一匹の猫を神に押し上げた。
称号付きの宝物を数多く体内に有し、動物ゆえのモラルの低さから各地で自由に怪盗行為を繰り返す。しかしその悪行と、『躯宝神』自体が巨万の富を抱える宝であったことから、大勢の人間に狙われ討たれることとなる。
腹を割かれ集めた宝を根こそぎ奪われたただの猫に神である理由はなく、称号も失い歴史から消えるのだった。
人に歴史ありとは言うけれど、寿命のない神ともなればその生き様自体がひとつの壮大なストーリーだ。各々に焦点を当てればそれぞれが主人公で、解説を聞いていた僕も手に汗を握った。
ヘロンさんの話は続く。
「神々はこの聖職者に加護を与えました。また彼自身も高い求心力と医療技術、<治癒魔法>の才をもっていたため、あと20年若ければ自力で神に至れるとされていたほどの人物だったそうです。彼は神の位に興味を持っていなかったそうですが、世の荒廃を嘆きその役を引き受けました」
神様の<加護>は偉大だ。老いた体に活力を与え、体力を充実させ、魔法の才能を後押しされたその聖職者は、迷うことなく戦いの場に躍り出た。
しかし、ヘロンさんはそれを『破壊神』と直接戦うためではなかったと口にする。
「彼は傷ついた人々を癒し、生きる希望を与えることに専念しました。被害を食い止めるのはもっぱら他の神の役目だったとされています」
「それはなぜなんですか?」
「『破壊神』の最も厄介だったところは、人々が度重なる破壊に激しい恐怖を抱いていたことです。その感情の種類が何であれ、かの邪神が世界に及ぼす影響力が大きいということに変わりはありません。それは間違いなく、『破壊神』が神である所以のひとつでした」
なるほど、世界に及ぼす影響力の大小が神としての格につながるのか。
そう考えたところで僕はピンときた。
「つまりその聖職者は、人々を癒すことで恐怖を打ち消す希望になろうとしたんですね?」
「その通りです。4柱もの神から支援を受け、元より多くの支持を得ていた彼に期待が寄せられないはずがありません。結果として世界への影響力を削ぐことに成功し、また『魔導神』様方も『破壊神』を打ち破ることで位階を逆転させたのです。最後には聖職者自身の手で邪神を破り、彼は『癒神』という神になりました」
この結果、当時の『六柱神』は次のようになる。
第一位『覇龍神』。
第二位『建国神』。
第三位『力神』。
第四位『魔導神』。
第五位『躯宝神』。
第六位『癒神』。
これでめでたく『破壊神』は倒され、世界の平和は守られたというわけだ。
だけど現在の『六柱神』の中に『癒神』という神様はいない。
「この『癒神』という神様はその後どうなったんですか?」
「彼は一通り大陸を行脚し、人心を撫養して回った後、自ら神の座を降りたと言われています」
「自分から!?」
「はい。神となって6年後のことでした」
「6年!」
そのあまりの短さに驚きを禁じ得なかった。
かつての第六位『希望の体現者たる癒神』。
在位6年は記録上最短。平和を愛する心を持ち、かねてより傷つき苦しむ者に寄り添って生きてきた。
世界の情勢から持ち上げられて神となったものの、成した偉業、世に及ぼした影響力の大きさは他の神と比べても遜色はない。
致命傷すら治療してしまう高い治療技術を有し、さらには自らの体を活性化させることで『破壊神』と真っ向から殴り合いこれを打破している。
しかし本人は限りある命にこだわりを持ち、世界で6番目という地位を惜しげもなく捨て去ったと言われているが……
「実際のところは明らかではありません。彼が神であることにこだわっていなかったというのは有名な話ですが、だからといってまだ脅威から立ち直り始めたばかりの人々を置いて希望の体現者が消えることを良しとするとは考えにくいからです」
「うーん、たしかに……」
ヘレンさんの呈した疑問点に首を傾げる。
6年というのはさすがに復興しきれていないだろうし、それを放り投げて消えのはこれまでの『癒神』という神様の行動とは一致しない。
正解を探して頭を悩ませていると、ヘレンさんが続けて情報を開示する。
「ひとつ、判断材料となる事実があります。それは『建国神』様が推薦したかの聖職者が純人種であるということです」
うんん……? それはどういうことだろう。『建国神』様は純人種の国の王なので、自国で有望な人間を知っていてもおかしくはないと思うけど。
いや、でも、もしかして……?
「『建国神』様は、自分達の種族で『六柱神』のうち2つの枠を占めようとした……?」
そうだとしたら純人種は外敵を排除した上に強力な戦力を得ることになる。しかもそれは種族を越えた人望を持つ神様である。
相対的に純人種の立場は向上する。
だけど、それは『癒神』が早期に退いた理由にはならない気がする。
「国家間、つまりは種族間の競争を念頭に置けばそういった考え方は可能でしょう。イルマーニス神国は『建国神』様がいる限り安全なので、将来の優位性を見据えて策を立てる余裕はあったはず。『癒神』が政略に巻き込まれることを良しとせず、自ら位を譲った可能性は否定できません」
ヘレンさんの言葉を聞いてなるほどと思った。
平和を愛する『癒神』が祖国にだけ肩入れすることを嫌い、それならばと神でなくなったと考えることもできるのか。
しかしヘレンさんの話は終わりではなかった。
「逆に、そうした状況を危惧した他の国家が刺客を放ち、『癒神』を神から追い落としたと考えることも可能です。また国家の思惑がなくとも、第六位というものは野心ある者から狙われる立場です。『癒神』が不覚をとり、神の称号を奪われたという仮説も一定の支持がありますね」
う……自ら退いたという話が美化されたものである可能性もあるのか……
となるとまた前提が覆る。
「さらにはそうした状況を憂いた『癒神』がやはり自ら神であることを拒んだ説、あるいは”希望の体現者が敗れる”ことで生じる影響を心配し、それならばと同じく神の座を退いた説も存在し、後者は一般的に受けが良いためよく語り継がれている話で……」
「うがー! どれもそれっぽくてわからん!」
ヘレンさんが立て続けに話を二転三転させるものだから、すっかり頭がこんがらがってしまった。
考えることを放棄してしまった僕を見る彼女の目は、心なしか愉悦が浮かんでいるように感じられた。一見すると、できる女性像(少女だけど)を維持しているため考えすぎかもしれないけど。
「いくら考えようと歴史にただひとつの答えを求めることは難しいということですね。知りたければ、それこそ『建国神』様を訪ねるしかないでしょう」
ヘロンさんがそう結論づけ、僕はこのことに時間を割くことの不毛さを知った。
二人の前に置かれたカップの中身はすでに空だった。




