第28話 <加護>
「フィージル、フィージル」
「うっ、んん……はっ」
誰かが名前を呼んでいる。これは、僕の名前か……?
瞼を開けばそこには金髪美少女がいた。
「ここは天国か……」
「バカじゃないの」
天国は手厳しかった。という冗談はさておき、僕は身を起こす。拘束は外されていた。
「おはよう、イリナ」
「おはよう。もう昼だけどね」
『魔導神』様を訪ねたのはもう昼過ぎだったから、一日近く眠ってたということか。あれ、それまで何してたんだっけ? うっ、頭が……
「それよりもなんでここにいるの」
「えっと、なんでだっけ。たしか僕がカザハさんに、『魔導神』様に会いたいって言って……」
それから何か衝撃的な出来事があった気がしたんだけど、なぜか思い出せない。
「そういえば、ここってイリナの家でもあったんだね」
「家なんて上等なものじゃない。さすがに自分の部屋は綺麗にしてるけど」
そう言われてざっと室内を見渡す。最後に記憶にあるまま物が散乱し、紙束がばらまかれ、足の踏み場を探さなければならない状況だ。
そして毛布にくるまり雑魚寝をする3人の男。よほど疲れているのかこんこんと眠っている。
たしかにここを居住スペースとは言えないな……
そのとき、白い毛に覆われた自分の手が目に入った。
「やばい……!」
僕の今の姿は混血種のそれだった。ということは当然<混入>も解除されているわけで。
「イリナ、精霊は?」
「近寄って来ないね。でもここは人も少ないし問題ないんじゃない?」
イリナの落ち着きぶりになんとか冷静さを取り戻す。これが街中だったら多くの人に違和感を持たれただろうけど、場所が場所だしそんなに人が出入りするはずがないか。
本当なら事情を説明したうえでカザハさんに人があまり近寄らない部屋を用意してもらう予定だった。
念のため姿は妖精種に変えておく。
「よぉ、お目覚めかぁ?」
「ひっ」
そこに盛大にトラウマを刺激する声が聞こえてきて思わず身を竦ませる。
扉をくぐりやってきた『魔導神』様は幾分マシな格好になっていた。服装が正され、きちんと髪に櫛が入れられている。目元の濃い隈は相変わらずだけど。
「けひひっ、心配しなくても昨日である程度の興味は満たさせてもらった。今すぐお前をどうこうする気なんてねーよ」
「それっていずれは何かする気があるってことですよね?」
本当に僕は何をされたんだろう。宣言通り外傷は一切ないみたいだけど。
「ちょっとアンドレア、フィージルに変なことしないでよ」
そこにイリナが物怖じすることなく『魔導神』様にそう言い放った。アンドレアという名前なのか。
「おーおー信用ねぇなぁ。えぇ、イリナ? オレが人体に傷をつけるなんてしねぇことはお前自身よくわかってんだろ?」
「……ふん」
からからと笑う『魔導神』様と、不快そうに鼻を鳴らすイリナ。二人の仲はどう見ても良好とは思えない。
「つーかよぉ、お前ら知り合いだったのかよ」
「あなたには関係ない」
「いいや、こっちにとっちゃあ好都合だ。フィージル=バラメントにはもうしばらくここにいてもらわなくちゃなんねぇからよぉ。多少は気も休まるだろ?」
「それはあなたの都合。フィージルがつき合う必要なんてない」
「まぁ待て。オレは基本自分の興味が第一だが、今回ばかりは割と本気でこいつのことを心配してるんだぜ?」
そう言って『魔導神』様が僕の方を見た。
え、心配? 僕を?
何か問題でもあるというのだろうか。
さすがにイリナも聞き逃せなかったのか『魔導神』様への反抗的な言葉はなかった。
「くひひ、そんなビビんなや。聞きてぇのなら聞かせてやる。聞かなくてもこの先どうこうなるもんでもねぇ。お前みてぇなありえねぇ混血がどういう理屈で存在できているか、それだけの話だ」
まさかたった一日でそんなことが分かってしまうとは。僕だってただぼんやりと転生したおかげとしか思っていなかったのに。
あるいはその転生者だということがばれたのか? 神様だからばれてもおかしくはないけど……
「フィージル、城に戻った方がいい。アンドレアは気を遣うことも言葉を選ぶことも知らないから」
イリナが僕を心配してくれている。いや、これは『魔導神』様を警戒している? これまでのやりとりといい、なんでこんなにも険悪なんだ?
「……ま、何であれ他に行く当てもないし」
僕が城に戻るとまた守衛たちに迷惑をかけそうだし、カザハさんも仕事が忙しいはずだし。
もともとカザハさんによってここに預けられたんだから、イリナの言うように城に戻る選択肢はなかった。
それに自分のことがわかるのは悪いことではないだろう。
「ということなんで、しばらくはお邪魔させていただきます。その間に教えてもらえることがあるならぜひ教えてほしいです」
「けひひ、いいだろう。おい、下僕ども! とっとと起きて茶とメシの準備だ!」
「はっ!? ラ、ラジャー!」
屍のように眠っていた男たちが一斉に跳び起きて部屋を出て行ってしまった。そして扉の向こうからガチャガチャと食器のぶつかる音が聞こえてきた。
「なんていうか、その、すごい仕事ぶりだね……」
「素直によく訓練されてるって言えばいいよ」
僕が言葉を選ぼうとする努力も空しくイリナからあけすけな物言いが飛んでくる。
イリナは本当に『魔導神』様に遠慮がない。
「昨日も行ったはずだが、あれはアイツらが自分で望んだ道だ。嫌ならやめればいいし、役に立たねぇなら眷属から外す。眷属ってのはそもそも神の下僕、体のいい駒だ。雑用なんか楽な仕事だろうよ」
神によっては平気で使い捨てにされるからな、と『魔導神』様は喉元に親指を当てた。神の共通のスキルである<眷属>に対する捉え方はそれぞれ違うようだ。
「あの、『魔導神』様」
「なんだぁ?」
「結局、眷属になったらその人はどうなるんですか?」
「主たる神にその在り方を固定する、ってのがスキルの説明なんだが、まあなんだ、具体的にはオレが在位な限り続く不老不死と、加護の強化版を与えられるっつー感じだな。その代わり、オレに生殺与奪権を握られ絶対服従を課せられる。自由と引き換えにして、力と永遠の命を得るというわけだ」
想像以上にシビアな関係性だった。力と不老不死と言えば誰もが欲するものだけど、その代わりに命を握られ服従しなければならないとなると考えものだ。
「なんだ? もしかしてオレの下僕に加わりてぇのか?」
「絶対にお断りします」
眷属になるにしてもあなたにだけは頼みません。下僕って呼んでる時点でアウトです。
「チッ、つまんねーな。お前がオレのモノになったんなら遠慮なく体をいじくりまわせるんだが」
「ますますなりたくなりました」
「今の眷属たちを見れば考えるまでもないでしょ」
こればかりはイリナに賛成だ。
『魔導神』様は初めから本気ではなかったのか何事もなかったように話を続けた。
「ま、単純に楽して力や不老不死がほしいって目的なら眷属なんて考えねぇ方がいいだろうよ。そんなやつは初めから相手にされないか、使い潰されて死ぬだけだ」
「そりゃそうですよね」
「<加護>にしろ<眷属>にしろ、他人に力を分与できるのが神の最大の特権だからな。恩恵に与かろうと寄ってくるアホは数えればキリがねぇ。だからオレの場合はオレの興味を引くものを持っきたやつの願いだけ聞いてやることにしている」
僕がここにやって来た時もカザハさんと褒美がなんだとか言ってたな。ちょっとは教えてくれてもよかったのに。
「そう言えば、母さんも<植物魔法>を調べさせる代わりに加護をもらったって言ってたっけ」
「ああ? お前のお袋?」
「オレハという名前なんですけど。知りませんか?」
「いや、名前なんかいちいち覚えてねーからな……下僕一号!」
呼ばれてすっ飛んできた眷属の男はその手に持っていた紙束を『魔法神』様に手渡す。
「よし、下がれ」
「はっ」
「ふーん、オレハ=エルフィス。先天的に植物の扱いに特化した人間の<植物魔法>の習熟度変化ね。20年前に半年にわたる観察。褒美として<加護>を与える……なるほど、思い出してきたぜ。あの鬱陶しいガキがもう自分でガキを生む歳か」
そこには母さんに関する研究結果が記されていたのだろう。『魔導神』様は読み終えたその紙束を適当にそこらに放る。すっと滑り込んだ眷属がそれを拾って部屋を出て行った。
「いや、どうも長生きしてると知ってる顔の移り変わりが激しくてな。会わねぇとすぐに忘れちまう。そうかそうか、アイツの子供だったか」
「初めて母さんのステータスを見せてもらった時にびっくりさせられました」
「親が加護持ちなんてそうそうねぇだろうからな」
うちは両親とも加護持ってましたけどね。
すると『魔導神』様はにやにやと僕の方を見て笑った。
「<加護>に興味津々だな。ほしいって顔に書いてやがるぜ」
「え、あー……分かります?」
「そのつもりで話を誘導したんだろ? ガキのくせして狡いこと考えやがる」
見抜かれてたか。自然に話をもっていけたと思ったんだけど。
<魔導神の加護>が欲しいかと聞かれればぜひ欲しい。さっき楽をするべきじゃないみたいなことを話していたけど、やっぱりチートというものには憧れがあるからだ。
それに魔法が使えるようになるかもしれないという期待もある。魔法は普通に便利だし、未熟な肉弾戦を補う力になるかもしれない。
「オレとしてはくれてやってもかまわない、と思っている」
「えっ、本当ですか!?」
「落ち着け。お前はオレに新しい知識をもたらした。だからその褒美をやることも吝かではない。オレはそう思ってるんだがな?」
ん? なんか回りくどい言い方だな。何が言いたいんだ?
「ま、実感してもらった方が早えか。見てろ」
そう言うと『魔導神』様の背後からオーロラのような光が溢れ出した。
光はまるで生き物のように形を変え、『魔導神』様の背中で二対の羽となった。上側の羽は大きく、下側はやや小さい。どちらにも不規則な葉脈模様が走っており、線に囲まれた区画ごとに様々な色をしていた。透明感のある羽はそこを透かして向こう側が見える。
そしてすべての変化を終えた後、僕の目の前にはステンドグラスの羽をもつ蝶と形容できるような姿になった『魔導神』様がいた。
彼女の立てた人指し指の直上には、羽の破片とも言えるガラスの欠片が様々な色を発しながら浮いていた。
「――神になれば翼を与えられる。<加護>っつーのは一種の儀式でな。やり方が決まっていてその度にこの派手な飾りを出さなきゃならんわけだが、それはまぁいい」
『魔導神』様は僕の方に向き直ってこちらに人差し指を向けた。
「この羽根を受け取ればオレの加護が得られる。フィージル=バラメント、手を伸ばしてみろ」
「は、はい」
恐る恐る、僕は輝くガラスのような羽根に手を伸ばした。あれ、加護に羽根……? なんか身に覚えがあるような……
僕が羽根に触れるか触れないかという直前、より近くで別の光が発せられた。いや、光っているのは僕の胸だ。
「えっ、何これ」
「フィージルっ」
イリナが僕の身を案じている。だけどこの光は無害なものじゃない。闇のような光という矛盾をはらんだようなものだけど、見惚れるような美しさを放つそれを僕は文字通り魂で感じたことがある。
光は僕の中で漆黒のカラスがもつ羽根の形をしていた。
直後、伸ばした僕の指の先で『魔導神』様の羽根は薄れるように残滓を残して消える。
僕はしばらくそのまま動くことができなかった。
「つーわけで、こういうこった」
再び目線を上げた時、すでに『魔導神』様はあのステンドグラスのような翼を元通り消した後だった。
掠れそうになる声をしぼって何とか反応を返す。
「……いや、そう言われてもまったくわからないんですけど」
十中八九、僕の中で存在感を放ったのは<冥界神の加護>だ。神社のお守りのような力しかなく、これまでないものとして放置していたものが、今更になって謎の効果を発揮した。それも僕からしたら迷惑な方向に。
「心配しねぇでも全部話してやるよ。メシ食った後にな」
その言葉と同時にタイミングよく香ばしいにおいが漂ってきた。




