第26話 『魔導神』に会いに行こう
何度も言っていることだけど、この世界には普通に神様がいる。
人間に限らず動物や土地、道具なんかに称号という形で名前を授ける『命名神』、その『命名神』に神の称号を与えられた『六柱神』、あとは冗談神こと『冥界神』も神様だ。
神というだけあってこの方たちは一般人とは比べ物にならない力を持つ。もし神様どうしで喧嘩をするようなことがあれば、それはもうとんでもない被害が起きる。
つまり実際に起きた歴史としての神話が、この世界には当たり前のように存在するのだ。
「今から432年前、時の第6位の神を破って新たな神が誕生しました。『命名神』様はその新しい神を『破壊神』と命名されたのです」
「うわぁ……また名前からして物騒な……」
にこにこ顔で語るカザハさんの口調とは裏腹に、なんともおどろおどろしい内容になりそうで僕は顔を引きつらせる。
今僕はカザハさんと城内の通路を歩いていた。護衛として守衛のヘロンさん、ヘレンさんがついている。
「『破壊神』はその名の通り、世界各地で破壊の限りを尽くしました。その力の影響を受けた土地は生命が育まれない荒廃した地となり、今もその影響を残しているのです」
とんでもない神がいたものだ。400年前に生まれてなくてよかったと思う。
そりゃあ、善神ばかりなはずないよね。神に相応しい力をもっていることが神になる条件なら悪神だっていたはずだ。
「その『破壊神』によって跡形もなく滅ぼされたのが旧エルフィス王国、私たち妖精種の国だったのです」
「えっ、そうなんですか?」
「そうなんです。今の王族はそこから新たに国を興した一族ということですね。そして旧王国のあった場所が、オレハちゃんの向かっている『黒灰の大地』です」
『破壊神』によって大規模に破壊されたことで、その土地に称号がついた。それが『黒灰の大地』であり、エルフィス王国民にとっては心理的に近づきがたい場所なのだ。
というのも――
「称号の効果なのでしょう。その地には精霊が一切居つこうとしないのです」
ちょっと前に妖精種の遠い祖先が精霊だということを明かされたけど、それ以上に精霊は妖精種の生活に深く根差している。
精霊が集まれば作物はよく実り、水や空気も澄む。時には危険を察知してくれさえするという。
そしてなにより<精霊魔法>という形で身を守る術にもなる。妖精種は争い事が苦手だが、戦って弱いということは一切ない。むしろ精霊が多く集まるホームにおいては無類の強さを発揮できるのである。
強力な自衛手段をもつからこそ、現在において獣人種、純人種と並んでここまで繁栄できたのだ。
逆に、その精霊がいない場所では妖精種は著しく弱体化する。能力的にも、精神的にも。
そんな場所に父さんがいて、母さんが向かおうとしている。僕を残して。
「ごめんなさいね? 事が事だから半端な刑にするわけにはいかなかったの。これはこの国で実質一番重い刑なのだけど……」
「獣人種である父さんには、普通の檻と変わらないわけですね」
「ええ。でもオレハちゃんにとっては厳しいでしょう。いつもそばにいるはずの精霊がいないというのは負担も大きいはずです」
この人たちは父さんを罰しながらもできるだけ穏便に済むように取り計らってくれたのだろう。
それだけ昔の母さんの選択を信じていたということか。結果としてその母さんを追い込むことになってしまったわけだけど――
「大丈夫ですよ」
ある種の確信をもって、僕はそう言えた。
なぜなら精霊が周囲にいないという環境は、僕の近くにいればいつも感じていたはずのものだから。どれくらいの負担をかけていたかは分からないけど、その負担を押して母さんは僕のそばに居続けてくれたのだ。
だから精霊のいない場所でも母さんならなんとかなる。ましてや、その先に父さんがいるとなれば敵なしだ。
「ふふ、フィージル君はお母さんのことを信じているのですね」
「まあ……ずっと一緒に暮らしてきましたし、頼りになりますから。いろいろ驚かされたこともありますし」
主に<暗器術>とか、<魔導神の加護>とか。あの優しい見た目で意外性の塊だからなぁ……
「そう、ですね。私もあの子の母ですから信じることにしましょう。オレハちゃんならあの不毛の大地を甦らせてくれるかもしれません」
「いや、さすがにそこまでは……」
一気に期待度上げ過ぎじゃないですかね? そう言いたかったのだが、カザハさんは至って真面目そうだった。
「できますよ。というより、私たち王族はあの大地を甦らせる役割を負っていますから」
「それはまた驚きの事実ですね。でもそんなことができるんですか?」
「王族には代々伝わるスキルがありましてね、フィージル君はお母さんの<祝福の花園>というスキルを知っていますか?」
「はい……ってああ、なるほど」
記憶を手繰り寄せるまでもなくその印象的なスキルの内容は思い出せた。うちでは専ら家庭菜園に使われている便利スキルだ。
その効果は、植物の生長を促し、また精霊の好む環境を作り出せるというもの。重要なのは精霊に関する効果だ。
「祝福系統は代々王族が受け継ぐ特殊なスキルで、その効果はいずれも精霊にとって居心地のいい空間をつくるというものです」
「そのスキルで精霊を呼び込むんですね?」
「そううまくいけばよかったのですけど……何代もかけて地道に相殺を試みている状況ですね」
400年かけても元に戻らないって、どんだけ強力な力を振りまいたんだ『破壊神』。迷惑なことこの上ない。
「じゃあ母さんが放棄した王族の仕事って」
「はい、<祝福の花園>を用いた『黒灰の大地』の復興、それに加えて王国内に精霊が集まるような環境をつくることですね。私の<祝福の風>や息子の<祝福の灯火>など、それぞれ効果の対象に応じて分担していますから」
それは母さんも責任を感じるはずだ。自分にしかできないことを放り出してしまったんだから。
「ちなみに、その祝福系統のスキルをもつことが王族の条件だったりしますか?」
「よくわかりましたね。これらのスキルは王族に生まれるか、王族に嫁入りするかなどでしか発現しません。その様子だとフィージル君は……」
「はい、持っていません。でもそのことはあまり気にしてないです」
「ごめんなさいね、こればかりはどうしようもなくて。だけどそのことで私たちが隔意を持つことはありませんからね」
「そのお言葉だけで十分です」
本心からそう思う。僕がハーフと知ってもこうして普通に接してくれる人なんかそうそういない。
「父さんたちはどれくらいの間、あっちで過ごすことになるんですか?」
脱線した話を戻すべく質問をしてみる。
カザハさんは歩きながら指をあごに当てて軽く唸った。
「そうですねぇ……称号から罪が除かれるまでですので、長ければ10年単位は必要でしょうか」
ステータスと称号がある世界ならではの独特な制度だ。
それにしても10年! 気が遠くなるような長さだけど、実際僕が称号を変えるのに12年かかったことを考えるとそれくらいは必要なんだろう。
いや、でも父さんが『姫攫いの白獣戦士』の称号を得たのは僕が生まれる前のことだから、そこまで長くはならないか……?
「要は『命名神』様のお許しを得られるかどうか、ですね。十分に反省した、もうその称号は相応しくないと判断されれば早く釈放されることでしょう」
「なるほど……」
「そのためにもディエンテさんにはよく働いてもらいませんと。『黒灰の大地』の復興、労役も刑のうちに含まれていますから」
犯罪者に罰を与えると同時に人の近寄らない枯れた大地で労働をさせる。一石二鳥だ。
旧王国領土の復興には精霊を集めるだけじゃなくて人の手が必要なことも多々あるだろう。それを罪人に科すことで誰もやりたがらない仕事の人手を確保をしているわけだ。
「はぁ~聞けば聞くほどその『破壊神』は大変な神様だったみたいですね。そんなのをどうやって排除したんですか?」
国ひとつを滅ぼした称号からして危なそうな神様をその座から引きずり下ろすのは簡単ではないと思うけど。
「記録によれば、複数の『六柱神』様が協力して『破壊神』の侵攻を防ぎ、代わりとなる神を打ち立てることで対処したそうですよ。主導したのは『建国神』様、それに協力したのがこれからお会いする『魔導神』様なのです」
『六柱神』のうち二位の『調和に導きし建国神』、そして四位の『魔の果てに至りし魔導神』。どちらも古い神様だ。
『建国神』様は純人種で、その昔多数に分裂して争っていた純人種の国家をまとめあげ、統一国家をつくったことで神になったとされている。この神様は純人種統一国家イルマーニス神国の初代国王として600年にわたって君臨し続けている。
一位の『覇龍神』様がその名の通り龍で、人間の生活圏に近づいてくることはないため、僕たちにとってはもっとも身近な最高位の神様と言える。
そして『魔導神』様はこの『覇龍神』様に次いで長命で、1200年にもわたって神であり続けるとんでもない方だ。魔法を極めており、母さんやイリナの話では研究第一のようだけど、すでに人とは感性が違っているのかもしれない。
そんな神様になぜ今会いに行っているかというと、僕がお願いをしたからだ。母さんが父さんのところへ行っている間、僕はカザハさんたちに預けられたのだけど、なにかあれば何でも言ってほしいと言われたので試しに聞いてみればあっさり了承が得られた。
母さんにチートな加護を与えた神様ということもあって下心がないと言えば嘘になるけど、会える距離にいるのであれば一度会って見たいというのが大きい。あとはもしかしたらイリナがいるかもしれないという理由もある。
わざわざカザハさんが案内してくれているのは半分僕の監視のためだ。誰にも気づかれずに王様たちの前までやって来たことがどうにも警戒心を抱かせたらしく、単独で行動することを母さんの叔父さんに禁止された。
今も意図的か否か背中にヘロンさん、ヘレンさんの視線が痛いほど刺さっている。僕のせいで叱責を受けさせちゃって本当にすみません。
「ところでカザハさんはどうして僕のスキルが効かないんですか?」
カザハさんは僕の存在をいつからか見抜いていた。多分、母さんとカザハさんが抱擁を交わしているときにはもう気づいていたはずだ。
<混入>スキルの有用性はここにくるまでに十分実感している。堂々と目の前に居ながらその違和感を気づかせないというのは、母さんの<隠密>スキルでも不可能だという。
もし抜け道や対処法があるのなら今のうちに知っておきたい。幸いにもカザハさんは隠すことなく教えてくれた。
「ああ、それはですね、私が特別大気の精霊と親和性が高いからです」
「大気の精霊?」
「大気はそこら中どこにでもあります。ひいては大気の精霊もどこにでもいるのです。妖精種は多かれ少なかれ精霊に寄り付かれるものなのですが、フィージル君にだけは大気の精霊が無関心だった。それが小さな違和感となって、あなたのスキルを打ち消したのでしょう」
また精霊か……つくづく見えないことが悔やまれるほど大きな影響を与えてくる。こればかりはどうしようもない。
「なので特定の環境下ではスキルが効かないこともあるでしょうね。例えばクズハちゃん、オレハちゃんの妹は<祝福の泉>というスキルを有し水の精霊と親和性が高いので、水場の近くでは気づかれるかもしれません」
「そうですね。気をつけたいと思います」
いくら称号スキルであっても無敵であるはずがないか。むしろきちんとした理由が判明しただけよかったと言える。母さんのように謎パワーで打ち消されるのと比べれば。
そうこう話しているうちに僕たちは城の外へ出る。場内がかなり広いので、ここにくるまでそれなりの時間がかかってしまった。
そして城の影に隠れるようにあるのが、薄汚れたレンガの小さめの平屋だった。立地のせいか城正面の華やかさとは対照的に少しじめじめとして薄気味悪い印象を受けた。
「さあ、入りましょう。機嫌がよければいいのですけど」
そう言って、カザハさんはドアを2度軽くノックしたのだった。




