第25話 ルーツ
定時に遅れてすみません。
皇后様の言葉がきっかけとなって室内のすべての目が僕の方に集まった。
よく見て、よく考えてみれば、この場に子供がいるということの違和感に気づく。この空間に、異分子が<混入>していることに気づくはずだ。
「なっ、いつの間に!」
座っていた男の一人ががたっと音を鳴らして席を立った。
僕はどうするべきか、逃げるべきか。判断を仰ごうと視線を向けた先の母さんは静かに口を開いた。
「フィー君、落ち着いて。大丈夫よ」
「あ……うん」
いつでも逃げられる態勢をとっていた僕は足に込めていた力を抜く。
平静を整えてから室内を見ると、皇后様と王様以外は緊張を保っているようだった。
「大丈夫です、兄様。叔父様も。あとで紹介しようと思っていましたが、この子が私とディエンテさんの息子のフィージルです」
「えっと、よろしくお願いします?」
どう対応すべきか迷ったがとりあえず挨拶をする。まずは無害であることをアピールしないといけない。
そこに一人だけほんわかとした笑みを浮かべた皇后様が僕に訊ねてきた。
「そう、フィージル君というの。おいくつ?」
「12歳です」
「もう12なのね。私はあなたのおばあちゃんのカザハと言います。よろしくね」
「はい、よろしくお願いします……カザハさん」
言えない……! おばあちゃんなんて見た目じゃなさ過ぎてナリスばあちゃんみたいに呼ぶなんて無理だ。
「ふふふ、緊張しているのね? ほら、こちらにいらっしゃい。お菓子を差し上げ……」
「待ってくれ、母さん! マイペースなのはいつものことだけど私たちのことを置いていきすぎだ!」
「そうですぞ、妃殿。我々に気づかれずにここまで侵入したとなれば大問題ですぞ!」
我が道を生き続けるカザハさんに男性二人が待ったをかける。一方は母さんの兄、この国の王子なのだろう。
「問題がないから私も言わなかったのですよ。それにかくれんぼ好きだったオレハちゃんを思い出してね」
「くっ、嫌な思い出を……<潜伏>スキルで隠れたオレハを探すのに一体何時間歩き回ったことか……!」
「ちょっと兄様、一体いつの話よ!」
「私にとってはつい昨日の出来事のように、記憶に沁みついているんだよ」
ははあ、母さんも小さい頃は随分とやんちゃだったみたいだ。王子様が遠い目をしている。
こほん、と咳払いをして母さんは僕の型に手を置いた。
「とにかくこの子が私とディエンテさんの息子です。今は妖精種の見た目をしていますがこれは仮の姿で、獣人種と妖精種の血をしっかりと受け継いでいます。しかし称号に不利を抱えているのでこうして身を隠させていた次第です」
説明を受けて一同は今更のようにハーフであるはずの僕の姿が妖精種のものであることに気づいたようだ。ハーフといった存在自体が珍しいので、言われなければ改めて気にすることもなかったのだろう。
「驚かせる結果になりましたが、どうしても私たちが幸福に暮らしていると知ってほしかったため、ここまで連れてきました。とても優しい子です。不甲斐ない両親のために称号を変えてまで、私がここにやって来られる選択肢を示してくれました」
「そう、それは素敵ですね」
「はい、本当に自慢の子なんです」
口でいくら言っても父さんと母さんが本当に幸せかは想像に任せるしかない。僕はそれに対する証拠というか、明確な形として母さんの話に説得力を持たせることができる。
特に母さんは家族のこととなると、訊いていてこちらが恥ずかしくなるような言葉を割と憚りなく使うのでそれが本心であると伝わることだろう。
「身勝手だということは理解していますが、私はこの子とディエンテさんと生きていくと決めています。確かに夫のやったことは許されざる罪でしょうが、それは私も同罪です。どうか夫とともに償わせてください。そして叶うのであれば私の顔に免じて過去の過ちを許していただけないでしょうか」
母さんは深く頭を下げた。僕も同じように頭を下げる。子供にこのようなことをさせるのは母さんにとって心苦しいだろうけど、お願いしたいのはこちらも同じだ。どうかこれまで通りの暮らしを続けさせてほしい。
先ほどまでの騒がしさから一転、重い沈黙が降りていた。王様はいまだに撃沈、カザハさんが何も言わないとなれば、立場が下の他の方々が勝手に決断を下すわけにはいかないのだろう。
ちら、と目線をさりげなく上げてみると、王子様は組んだ両手に額をつけて目を閉じている。気持ちとしては母さんに味方したい、といった感じだろうか。
母さんの叔父と思われる男は険しい顔をしている。見た目は美少年でも眉間によったしわが厳格そうな性格を思わせる。さっき僕がこの場にいることに対し大問題だと言っていた人だ。
その他、おろおろと周囲を見回す女性が一人、何を考えているのか読めない女性が一人、空気に徹している男女が1人ずつだ。
みんながカザハさんの判断を待つ中、その彼女はおもむろに口を開いた。
「とりあえず、座りましょう? フィージル君の分も椅子を持ってきてあげて。お話はそれから」
♢ ♢ ♢
僕と母さんは椅子に座り、目の前には紅茶が置かれている。
「オレハちゃんは色々と気にしているみたいだけど、私たちは12年まえのことをある意味仕方がないとも思っていたの」
仕方がない? 駈け落ちしたことが?
カザハさんは微笑を浮かべて言葉を続ける。
「人間恋に落ちたら一直線なんて聞くけれど、私たち妖精種はその中でも飛び切り”好き”に忠実な種族なのです」
「聞いたことがありません。そのようなこと」
「それはそう。だって他の種族と交流することがなければそれが当たり前になるのですから。私たちが他の種族との違いを比較する機会なんて、そうあることではありません」
種族ごとに集まって社会を形成する弊害か。自分たちが変わっている、違っているといった部分を彼らは認識できないだろう。
「その様子だとオレハちゃんはご近所付き合いがうまくいっていないみたいですけどね」
「うっ」
痛いところを突かれたと母さんが呻く。集落に母さんは居場所がなく、血縁以外で親しくできる相手がいないのは確かに事実だった。
「だからこのことは限られた人しか知らないことなんですが、理由は『魔導神』様によって解明されています」
「『魔導神』様が……」
「ふふふ、かなりの重大発表ですよ? なぜならそれは私たち妖精種の起源に大きく関わっているのですから」
研究が第一らしい『魔導神』様。その神が明かした、妖精種という種族の起源に僕は驚きを隠すことができなかった。
「古い古い大昔、妖精種は精霊が自我と実体をもったことで生まれた種族とされています」
母さんも衝撃のあまり絶句していた。妖精種にとって親しみ慣れた身近な存在が、自分たちのルーツだとは思ったこともなかったのだろう。
「原理は謎ですが、もはや精霊とは別種となったその存在に『命名神』様が新たな種族名を授けてくださったのでしょう。その後幸運にも恵まれ、今日まで繁栄し続けているのです」
「そ、そんなこと聞いたことがありません!」
「それはそうです。だってオレハちゃんはそれを教える前に国を飛び出っちゃったんですから」
そう言われては母さんに反論の手立てはない。無理矢理のみ込んで納得するしかなかった。
同席している母さんの血縁は皆知っていたのだろう、驚いている様子はない。
「なぜ妖精種にだけ精霊が視えるのか? なぜ精霊たちは妖精種を助けてくれるのか? そして、なぜ妖精種は”好き”という気持ちを抑えきれないのか? すべての理由はこれで説明できます」
精霊が視えるのはもともと同一の存在だったから。
<精霊魔法>という形で力を貸してもらえるのも、精霊たちに同じ波長のようなものを感じさせているから。
そして何より、精霊たちは好き嫌いに忠実だ。好ましいものに近づき、嫌いなものには見向きもせず、場合によっては避けられすらする。
「もちろん知的生物として種族と称号を賜った私たちには本能を抑え込む理性があります。しかし時にはその理性を越えて本能が沸き起こることもあるのです。あの時のオレハちゃんもそうだったのではない?」
「はい……」
「私たちだってオレハちゃんがこの国や家族に深い情をもっていることは分かっていましたから。ゆえに考えられるのは洗脳か、あるいは私たち以上に愛を注ぎたくなった相手が現れたか、です。結果は後者だったわけですが、ふふ、この人じゃないですが妬けてしまいますね」
カザハさんは視線で王様を指した。いまだに起き上がらないって、カザハさんはいったい何をしたのだろう。
王様を放置してカザハさんは語り続ける。
「しかしいくら好きでも相手が獣人種となると話は違います。一時だけの感情を優先して不幸な未来を迎えさせるわけにはいきませんから。けれどオレハちゃんも折れそうにない。何度言われても直談判しに来て、強硬手段にも出たのですから」
知られざる裏側に僕たちが聞き入っていた。淹れられた紅茶はぬるくなり始めている。
「果たして無理に引き留めるのが得策なのか。私たちは悩みました。そして決めたのです。お相手の方が絶対にオレハちゃんを守り続けることが確信できたなら、あなたたちを信じることにしよう、と」
「母様……」
「オレハちゃんの旦那さんは見事、幾度となく迫りくる追手を殺すことなく退け、危機にあってもあなたを手放すことはありませんでした。こちらも本気だったのですが、戦士の気概というのでしょうか、見事というほかありません。そして年月を経ても幸せでいると聞いて、あの選択は間違っていなかったと知りました。本音を言えば、もう少し早く顔を見せてほしかったのですけどね?」
柔らかく微笑むカザハさんに再度母さんの目元は潤んだ。
「そんな……私は、自分のことしか考えていなかったのに……そこまで……!」
「いいのよ。正直、先祖返りのような性質をもったあなたを見て、神の思し召しなのではと考えたこともあったのです。『魔導神』様にはそんなわけあるかと一蹴されてしまいましたが」
「ごめんなさい……ありがとう……!」
母さんは泣きじゃくった。顔を覆う指の隙間から涙の粒が零れ落ちている。
しかしこれは僕がおかしいのか、この感動的な雰囲気にどこか乗り切れない。あまりに都合がよすぎるというか、どこか謎の違和感が拭えないのだ。
すすり泣く音だけがする中、久しぶりに聞く声があった。
「――しかし二度目になるけど、オレハの伴侶に重大な罪の証ある以上、認めているからと言って対外的にも無罪放免とはいかないんだ。申し訳ないけど」
王様だ。まるでゾンビのようにゆったりと体を起こし、困ったような笑みでそう口にする。
父さんを今のまま釈放することは重罪犯を野放しにするということだ。そんなことをすれば国家としての信頼に関わる。
「はい、分かっております。ですのでどうか、私にも罪を償う手助けをさせてほしいのです。どうか、お願いします」
「いやいや、ちょっと厳しいんじゃないかな? 投獄は投獄でも、それはこの城の地下牢じゃないんだから」
そう宣う王様の表情は試すように挑戦的。12年前に父さんを試したように、この人は生来の性質としてそういうことが好きなのではないか。そんな邪推をしてしまう。
「――彼がいるのは忌まわしき地。精霊が一切存在しない『黒灰の大地』にあるアッシュ牢獄だ」
僕にはわからなかったが、横でひゅっと息の飲んだ音で事の重大性を察した。
「さてさて、愛しのオレハ。口で言うのは簡単だけど、当たり前の存在がいない場所で、伴侶の称号から罪が消えるまで留まり続けるのは無理な話じゃないかな?」
明日からも時間が不定期になる可能性がありますのでご理解いただけますと幸いです。




