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称号世界の混ざりモノ  作者: 浮谷柳太
第二章 父を救う少年期①
24/30

第24話 母の両親

 ギギ……とやや重い音をたてて扉が開かれていく。

 その先から明るい光が漏れ出て思わず目を細める。


 兵隊やヘロンさん、ヘレンさんはその場で立ち止まったまま母さんを見送る。僕はその母さんからのアイコンタクトを受けてこっそり後に続いた。


 扉が閉まる音を背後で聞きながらその空間を観察すれば、想像していたものとは違った光景が広がっている。

 なんとなく謁見の間のような広い場所で一段上の玉座に座る王様というのをイメージしていたのだけど、どちらかと言えばここは会議場だ。楕円形のテーブルに沿って高貴な感じの妖精種の人間が8人、座ってこちらを見ている。


 なかでも目を引くのが、一番奥に座る落ち着いた少年のような見た目の妖精種。頭に乗せた王冠はこの人の地位と母さんとの関係を表していた。


「やあやあ……久しぶりだね、オレハ。我が最愛の娘よ」


 その王様らしき人の口から甘い音が流れ出た。


 いや、本当に一瞬楽器の音色と錯覚してしまうくらいきれいで自然な声だった。声変わりをしていない少年の高くて透き通るような声だ。


 そして最後の一言から分かる。この人、紛れもなく母さんの父親だ。


「……恥知らずの身ではありますが、ただいま戻りました、父様」


 十年も前に駈け落ちをして家を出たという後ろめたさから、王様と比べ母さんの声はぎこちなかった。ここにやって来るまで保っていた余裕も今はない。


 しかし王様の方はにこにこと笑顔を絶やさず両腕を大きく広げた。身振り手振りの仕方が実に様になっている。


 優しそうな人ではあるけど、どこか裏を隠し持っていそうというか、明らかにやり手な感じだ。これが一国を治める人物――


「うんうん。思うところはたくさんあるだろうけど、今は再会を喜ぼう。ほら、お父さんの腕に飛び込んでおいで。いや、むしろこっちから飛び込みに――」

「お痛はいけませんよ。えいっ」

「ぐほおぉぉう」


 あれ、気のせいかな?


 今なんか聞き間違いに思えるような言葉が発せられた上に、王様の隣で同じように微笑んでいる見た目少女が何かを言ったとたん、王様が机に突っ伏したんだけど。


 しかも、それを母さんも机を囲む他の人も誰一人として気にしていないんだけど。僕だけがおかしいの?


「オレハちゃん、おかえりなさい」

「母様……はい、ただいま帰りました」


 母様って、王様の隣に座るこの女性が母さんの母親か。

 ということは僕のおばあちゃんでもあるのか? 若々しすぎてそんな呼び方をできそうにない。

 というか雰囲気的に母さんよりも幼そうなんだけど。金髪碧眼はみんな共通だけど、この人は同じ妖精種の中でも一際体が小さいように見える。あとさっき「えいっ」とか言ってなかった?


 皇后様は隣で呻く王様を放置して席を立つと、なんと長机をふわりとひとっ飛びで跳び越えて母さんの前に着地した。何かのスキルだ。

 そしてそのまま母さんを正面から抱きしめる。


「もう、オレハちゃん。いきなりオレハちゃんがいなくなって、お母さんは寂しかったんですからね」

「はい……ごめんなさい」

「そんな顔しないで。大丈夫ですよ、お母さんは怒っていませんから」


 ああ、見ているだけでわかる。母さんも愛されて育ってきたんだということが。

 抱きしめあう二人は目に涙を浮かべ、机に座る人たちもハンカチで目元を覆っていた。


 ここに来るまでにどれほどの人が母さんの帰りを喜んでいただろう。わざわざ街中からその姿を一目見ようと押し寄せてきた国民、知り合いと思しき兵隊たちに王族でもある家族。

 白狼の集落では僕たちやばあちゃんを除き誰一人として顧みられることのなかった母さんがたくさんの人に受け入れられているのを見て、僕も涙をこらえることができなかった。


 どんな思いで、母さんはこの幸せで心地いい世界よりも父さんと歩む人生を選んだのだろう……


「ちょっとちょっと。僕の足を踏んでおいてそれはないんじゃないかな、カザハ……」


 この空気に水を差すように王様が苦言を呈するが誰も相手にしない。伏せる姿には哀愁が漂っていた。


 母さんはいつの間にかあやされるように皇后様の胸に顔を埋め、頭を撫でられていた。見た目は少女でもこうした姿を見ていると、やっぱり母親なんだなって思う。


 ややあって目を腫らした母さんが顔を上げた。


「もう、大丈夫です。ごめんなさい」

「お母さんとしてはもっと甘えてほしいのだけれど。そんな敬語なんて使わないで」

「いえ、けじめですから」


 皇后様の腕から離れる際、一瞬だけ僕と目が合った。心なしか恥ずかしそうにしている。

 察するに子供の前で親に甘えるのは矜持が許さないといった感じだ。


 しかし驚いたのは、皇后様がその視線を追って僕と目を合わせたことだった。


 僕は今スキルの効果でここにいても違和感を持たれないようになっている。一瞬だけだし、ばれてはいないか……?


「あのーカザハさん」

「父であり国王である貴方はもっとどっしりと娘を迎えてあげるべきでしょ?」


 僕が不安に思っている間に、なおも置いてけぼりな王様はようやく皇后様から反応をもらえたようだ。

 機嫌を治したのか王様に身振りと笑顔が戻った。


「いやいや、公式の場じゃないんだからそんなに気負わなくても」

「だからといって何をしていいわけでもないですよ。それに――」


 皇后様はそう言って意味深に笑う。


「オレハちゃんがただ私たちに会うためにだけ帰ってきたわけじゃないなんてこと、分かってるでしょう?」


 その瞳は優しげなまま、母さんの方を向いていた。

 母さんはそれを受けてしっかりと頷く。


「……父と娘の感動の抱擁は持ち越しかな。仕方がない。先に大事な用件を済まそうか、オレハ」

「……ええ、お願いします」


 王様は緩んでいた表情を引き締め、皇后様はこちらに来た時と同じように空中を飛んで自分の椅子に戻っていった。


 母さんは立ったままだ。母さん用と思わしき空席がひとつだけ残っているものの、そこに座ろうとはしない。


「さてさて、我が娘オレハよ。もう12年も前かな。多くの制止の声、さらには実力行使さえ振り切り、他種族の男と出奔した君が今になって帰ってきた理由を聞こう」

「はい。私はたくさんの恩恵を受けておりながら国に、そして父様や母様、兄様や妹たち家族に大変な不義理を働いてしまったことを、遅まきながら謝罪するために帰ってまいりました」

「ふうん? ということは、自分のやったことが誤りだったと気づいたということかな?」


 王様から怒りは感じない。しかし、試すような意地の悪さがあるように思えた。


「いいえ、私は自分のやったことの結果に関しては、誤りだったと思いません。慣れない暮らしでも、私は確かに幸せでした。でも……」


 母さんは絞り出すような声を出す。


「でも、それは自分たちのことしか考えていない幸せでした。ごめんなさい、父様、母様……兄様、クズハも。ごめんなさい、叔父様、叔母様。シエンさんにキエラさん。大変ご迷惑をおかけしました」


 謝罪の過程でこの場にいるのがどういう人たちかも分かった。多分この場には母さんの近縁の人たちが集まっているのだろう。


 頭を下げる母さんを、王様は感情の読み取りにくい穏やかな顔で、皇后様は控えめな笑顔で受け止めている。他の面々も神妙な顔をしていたり、眉根を寄せていたりと反応は様々だ。


「ふむふむ。で、オレハはどうしたいのかな? 個人としては全部許してなかったことにしてあげたいところなんだけど、そういうわけにはいかない。望んで得た出自ではないとしても、王族の義務を放棄したわけだから」

「はい、なかったことにできないことは重々心得ております。ですがその前に……先日、夫がここを訪れ、投獄されたと聞いているのですが」


 夫、という言葉に一同は一瞬だけ首を傾げる。そして父さんのことを言っているのだと分かると驚いたような顔をした。


「夫、ね。白い狼の獣人種のことを言っているのなら、彼は確かにやってきた。一国の王女を攫い、国を混乱に陥れた罪を償いたいと自首をしにね」

「はい、間違いなく私の夫です」

「言い切っちゃうか。そうかぁ……小さい頃は「父さんと結婚する!」って言ってくれてたのに……ハハハ……」

「えいっ」

「いだっ!? ごめんなさい、真面目にやります、ハイ。ごほん、なんとなく感じていたことではあるけど、本当にうまくやっていたようだね」


 壊れかけた王様の身に机の下で何かが起き、元の様子に戻った。しかしすでに威厳が台無しである。

 誰もこのことに反応しないことから、一家の中でこの夫婦のやり取りは日常茶飯事なのだろう。


「父様は夫と話を……」

「したさ。したとも。とても信じられることではなかったけどね」


 王様は肩を竦めた。


「君は幸せに暮らしている。まあ、それはいいとしよう。しかし彼は君との間に子を授かったという」


 まるで自分の常識を疑うかのように、開いた両の手を見つめながら。


「ありえない、ありえないことなんだよ、それは。前例がない。妖精種と獣人種のハーフだなんて。オレハ、分かるかい? 君と彼は、『命名神』様の定めた世の(ことわり)を変革させたんだ。自分たちの願いを、世界に押し通したんだ。『命名神』様に譲歩させる、それがどれほどありえないことか、君は理解していないだろうね」


 改めて僕に自分の異常性を突きつけた。慣れ親しんでいた常識を覆すことはそう簡単なことではない。良識のありそうで、国を治めるほどの器をもつこの人ですら、受け止めるのは容易ではないということだ。



 しかし王様は勘違いをしている。

 僕は『命名神』様がこの世のルールを変えたから生まれたんじゃない。『命名神』様の定めた世の理に外れていながら、それにもかかわらずこの世界に生き続けているんだ。称号がその事実を指し示している。


 ――”世の(ことわり)に反したモノ”。


 少し前までは”世の理から外れたモノ”だった。

 神様からそんな判定を受けていながら、僕はこうしてその膝下で生き続けている。王様の語る推測よりもよっぽど異常なことだと思う。

 そう考えると途端に怖くなって、僕は背筋を強張らせた。


「……父様であっても、フィー君のことを悪く言うのは許しませんよ」


 すると、それを聞いた母さんが低い声で自らの父を咎めた。僕に気を遣ってくれたのか……いや、たとえ僕がこの場に居なくても母さんは同じように言ったに違いない。


「いやいや、誰も悪いだなんて言っていないよ。子供がいて幸せなのは結構なことだ。それでこそ、信じた甲斐があったというもの」

「え……?」


 信じた? 何を?


 怪訝な顔をする僕と母さんだったが、王様は意に介さなかった。


「しかし、だ。彼の称号には紛れもなく『姫攫い』という罪が記されている。そうである以上、こちらも厳しく対応するしかない。加えて、国民たちはあの獣人種が君を唆したと思っていて、激しい怒りが向けられている。他国なら即処刑だったかもしれないね」

「ちょっと、待って。それよりもさっきのは……」

「それはそれとして幼気(いたいけ)な娘にあれやこれやとやってくれたと思うと、父としてはこう、はらわたが煮えくり返るというか、むしろあの白い毛玉を真っ黒に燃やし尽くしてやりたいというか――」

「お痛がすぎますよ、えいっ」

「どっふぉい!?」


 手をわなわなと振るわせながら早口でぶつぶつと何かを言う王様に、三度制裁が加えられた。机の下で何が起きているのかは知らないけど、今度のは今まで以上の威力だったのか、机に沈んだ王様が浮上することはなかった。


 もう僕も他の面々と同じく「またか……」という心境だ。


「ごめんなさいね。相変わらずこの人、子供のことになると暴走しちゃうみたいで」

「いえ、それはいいんですが、それよりも母様……」

「ええ、全部話しましょう。12年前のことも、オレハちゃんに伝えきれなかった私たちの種族のことも」


 これはどういう流れなのだろうか?

 父さんと母さんの駈け落ちは、ただ父さんが合意の上で母さんを攫ったというだけではないのか?


「でも、その前に――」


 困惑する僕だったが、次の瞬間には激しい驚愕に見舞われた。


「――オレハちゃんのかわいい子供を紹介してくれないかしら?」


 皇后様の笑顔は間違いなく僕に向けられていた。



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