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称号世界の混ざりモノ  作者: 浮谷柳太
第二章 父を救う少年期①
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第23話 入城

『ねえ、あなたはどうしてこの国に来たの?』


 名も知らぬ少女は訊ねた。


 男はやれること――彼にとっては自分を高めるための鍛錬――がなく、手持ち無沙汰だったので面倒と思いつつも素直に答えた。


『この国には神がいるだろう。そいつと戦いに来た』


 それを聞いて少女はひどく驚いた。当然の反応だ。


『えぇ、『魔導神』様と!? なんで?』

『そんなもの、強いからに決まっている。そのために来たのに門前払いをくらった。神のくせに気概のないやつだ』


 この国には神がいた。自称ではない。きちんと本物の神によって認められ、その称号を与えられた本物の神だ。


 もとは人であっても神は神。人々はその存在を深く尊敬し、崇めていた。その神と不敬にも矛を交えに来たと聞けば、人によっては激怒されてもおかしくはない。


 運がよかったのか、男の隣にいる少女はそのうちの一人ではなかったようだ。

 意外にもこの話について切り込んできたのだ。


『……それって、どんな頼み方だったのかしら』


 訝しく思いながらも、男は当時のことを思い返す。


『どうって、普通だ。城の門番に手紙を渡しただけだ』

『何を書いてあったの?』

『あらゆる魔法を操るかの名高き『魔導神』殿に決闘を申し込む、だ』

『あはははっ』


 それを聞いた途端、少女は腹を抱えて笑い出した。

 彼女を弱者として半ばどうでもいい存在としていた男だったが、これにはさすがに腹を立たせた。


『何がおかしい。俺はそのためにわざわざこの国の言語を習得してきたんだぞ』

『このためって、戦うために!? あははは……』

『っ、だから何がおかしいと言っている!』


 思わず声を荒げてしまう。

 体を鍛えた大の男、それも狼の獣人種が牙を晒し毛を軽く逆立たせて怒るのだから、相当な威圧感のはず。しかし少女はなおも楽しげに笑っていた。笑いを必死に堪えようとしていた。


『待って、いろいろと、言いたいことがありすぎるから……!』


 男は怒りを堪えた。むかついた相手に暴力を振るうために磨いてきた技ではない。無論、相手になめられているのならばその限りではないのだが、目の前の少女にそうした色は見受けられなかった。


『……ふう、ごめんなさいね。お詫びじゃないけれど、正解を教えてあげるから』

『……お前がそれを知っていると言うのか?』

『ええ。自慢じゃないけれど、私『魔導神』様とは知り合いよ?』


 武人として鋭い観察眼をもつ男は、それが嘘ではないと察知した。


 少女はまるで子供に諭すように指を一本突き立てた。


『いい? 『魔導神』様にお願いするときは、適当に珍しい魔法を使える人を連れて来て、その人で好きに研究してくれていいから、見つけてきた対価に自分と戦ってください、って言えばいいのよ』

『は……?』

『だいたい、果たし状が通じるのは獣人種だけよ。そんなものをいきなりぽんって渡されても、困っちゃうだけだわ』


 つらつらと妖精種にとっての常識を説かれ、男は自分たちとの常識の差に今更気づいた。


 呆然とする男をほっといて、少女は踊るように身を翻らせて男の正面に立った。


『それじゃあ私はもう行くわね。そろそろ父に心配をかけてしまうから。今日は楽しいお話をありがとう。それから――』


 礼の一つに気品を漂わせながら背を向けようとした少女は、ふと思い出したかのように首だけを男の方に向けた。


『――理由が何であれ、筋を通すために私たちの国の言葉を覚えてくれたのは嬉しかったわ。言葉で通じ合えるって素晴らしいことだと思うの』


 そう言い残して、少女は去っていく。男の心に強烈な印象を刻みつけて。


 ――これは、どこにでもあるごく普通の物語。一人の男が、一人の少女と出会った、ただそれだけの物語だ。






 ♢ ♢ ♢






「『魔導神』様が親代わり!?」


 イリナから告げられたのは驚愕の真実だった。


 かつて本人から聞いた話だが、イリナには親が居らず、血のつながらない義理の親と共に暮らしている。

 ところがその人は仕事が忙しいらしく、なかなかイリナに構ってやれないらしい。その結果、同年代の他の子供とも価値観が合わなかった幼いイリナは都市の外、ウィッピーを初めとする動物たちに繋がりを求めることになったのだ。


「代わりにもなってない。いつも研究が第一だから、本当に住む場所と食べるものをもらってるだけ」


 口をへの字に曲げたイリナはいつも以上に辛辣にそう語る。

 それを受けて母さんも微妙そうな顔をした。


「あぁ……確かにあの方は魔法以外のことに興味ないものね」


 僕の認識が偏っているせいでもあるけど、神に対してどこかフレンドリーというか、距離が近すぎるような気がする。

 そういえば母さんはこの神様とご近所さんで、加護までもらってたんだよなぁ。このままいけば、その神様とご対面なんてこともあるかもしれない。


「私のことは今はいいでしょ。オレハさん達はこれからが大事なんだから。言っておくけど、私はこの城の隣の家に住まわせてもらっているだけで、何かお願いしても聞いてもらえるなんてことはないから」

「ああ、うん。ここまで連れて来てくれただけで十分ありがたいよ。ここからは僕と母さんでなんとかするから」


 というか、本来ならこれは家族の問題。僕が生まれる前のこととはいえ、僕たちだけで決着をつけるべきだと思っている。


 間違っても僕たちに協力したせいで、この国におけるイリナの立ち位置を悪くすることだけはあってはならない。




 そうこうするうちに城門を潜りぬけ、馬車は城壁の内側にまで進んでいた。


 そこは街と比べてもさらに彩りにあふれていた。


 街にあった花壇は花畑に。噴水は透き通った天然の泉に。白いレンガ造りの城までの道には川さえ流れ、僕たちはそこにかかった橋を越えてそびえる美しい建物に近づいていく。


 さすがは一国の頂点が住まう場所というべきか。壁の内側にここまで自然の豊かさを維持するとなれば、大変な労力が必要なことだろう。


 もうまもなく到着ということで、馬車の中で作戦会議が開かれる。


「まずは順当に行けば王様に直訴。そこで失敗しても、せめて投獄されている父さんと直接合わせてもらえるようにお願いする」

「ええ。だけどフィー君、万が一見つかって危害を加えられそうになったらすぐに逃げるのよ。不測の出来事でフィー君のスキルが解けちゃうかもしれないし、混血種だということを良く思わない人もいるかもしれないから」


 母さんに強く念を押される。

 父さんを助けに来たはいいものの、ミイラ取りがミイラになってしまっては本末転倒だ。母さんに害を加えられる可能性は低いので、僕自身が立ちまわり方に気を遣わなければならない。


 そう心にとどめたところで馬車が停止し、扉が開いて外を歩いていた兵隊に声をかけられた。


「到着しました。足元にお気をつけてどうぞお降りください、オレハ姫様」

「ありがとう。ご苦労様」


 慣れたように兵隊を労い、母さんは馬車を降りていった。その影に隠れて僕も馬車を出る。まだ違和感を持たれた様子はない。


「わあ、すごい歓迎」

「え?」


 イリナが軽く驚いたのを聞いて軽くあたりを見渡す。兵隊が何人か列を組んでいるが、すごいというほど豪華な歓迎には見えない。


 しかし、近くにいた兵隊もまた空を見上げて深く頷いた。


「ええ、本当に。『花舞姫』のご帰還ですから、花の精霊たちも喜んでいるのでしょうね」


 ああ、精霊の話……


 見てみれば、僕以外の人はみんなあちこちを見渡してほうとため息を零している。母さんも、どこかくすぐったそうに笑みを浮かべていた。持ち上げられた手の指の先には、さながら小鳥が降り立つように精霊たちが集っているのだろうか。


 僕だけがその光景を見ることができない。感動を共感することができない。僕はひどく疎外感を感じていた。

 なるほど、種族間の性質的な差が大きすぎることも他種族との親交が深まらない原因なのかも、と半ば冷めた思考で分析してさえいた。


「さて、イリナちゃん。また懲りずに言いつけを聞かず国外に出たことの言い訳を、あちらで聞かせてもらいましょうか」

「えっと、それには深い深い理由が」

「それから姫様のことを黙っていたことについても聞かせてもらいましょうか。逃げてはなりませんよ」

「あー」


 感動もつかぬ間、イリナがずるずると兵隊に連れ去られていく。

 脱走の常連みたいだから、これも珍しいことじゃなさそうだ。


「えーと、全部私がお願いしたことだから、イリナちゃんを怒らないであげてくれないかしら?」

「姫様、昔この子を助けて頂いたことは感謝しますが、そこははっきり言ってやるべきなんです。何より、私共は『魔導神』様よりこの子の教育係を賜っておりまして……」

「丸投げじゃないの」


 母さんが呆れたようにため息を零す。兵隊の人も苦労しているのか、一緒になって肩を落としていた。

 彼らは『魔導神』様に常日頃から振り回されているらしい。


「では姫様、どうぞこちらへ。陛下の下へお連れします」

「ええ、お願いね」


 一通り言葉を交わし、母さんは白の中へと通される。僕のことは誰にも気にされないので、勝手に後ろをついていくだけだ。まるで幽霊にでもなったような気分である。



 場内の壁はまるで新築のように白く綺麗だった。それと相反するように古めかしさ醸し出しているのは、壁を伝って伸びる細いツタだ。

 いたるところに花が生けられており、置き物の広い皿には水が張られ花弁が浮かべられていた。


 城の外といい、人工物の中に自然がこれでもかというほど盛り込まれている。ごてごてとした装飾品はないけど、また違った方向性で贅を凝らしているように感じられた。


 ホールのように広い玄関から階段を上り、迷路のように場内を進む。日中ということもあるが、植物に配慮してかあちこちに光を通す小窓が設けられており通路は明るい。


 もうひとつ特徴的なのが、天上の低さである。

 妖精種の背丈に合わせて造られたのだろう、父さんがジャンプすれば余裕で天井に手が届きそうだ。



 そうして城の内部を観察していると、ようやく母さんたちの足が止まる。青色の両開きの扉の前だ。

 扉の前に立っていた守衛と思われる二人の男女が母さんの前に片膝をついた。


「よくぞお帰りになられました」

「お喜び申し上げます」


 声からも表情からも母さんの帰還を喜んでいるのが分かる。


「ヘロンにヘレン! 大きくなったわね」


 母さんは二人と知り合いなのか。顔をほころばせて嬉しそうにしている。


「覚えて頂いていて光栄です、姫様」

「あら、昔みたいにお姉様って呼んでくれないの?」

「あ、あれはまだ小さかったからです! 私たちももう大人ですから」

「そう、よね。もうそんなに経っちゃったのよね」


 昔のことを言われて顔を赤くするヘロンさんとヘランさん。

 妖精種は見た目から年齢が判別しにくいが、この二人は母さんよりも年下らしい。どんな関係性にしろ、親しい間柄であったことは確かだ。


 成長した知り合いを見て時の経過を感じている母さんに、守衛の二人は居住まいを正して言った。


「こちらに陛下が居られます」

「皇后様や太子様も、姫様がお見えになるのを心待ちにしております」

「どうぞ、お進みください」


 開かれる扉。

 ここからが勝負だ。



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