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称号世界の混ざりモノ  作者: 浮谷柳太
第二章 父を救う少年期①
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第22話 入国、護送

『――初めまして』


 つまらない国だと思っていた。


 人はみな細く脆く、また戦う意志も持っていない。何がそんなに楽しいのか、花を愛で蝶の飛ぶ先を追ってはあらぬ方向に笑みを向ける。

 彼らと同じ視界を持たない彼からすれば、そこは異常者の国だった。


 争い事もなく平和な毎日。まるでお伽噺の理想郷のように、整えられた花壇に美しい噴水の広場。夜を照らす明かりでさえ優しさにあふれている。


 馬鹿馬鹿しい。そんなものに何の価値がある。

 永遠の美しさなどあり得ない。せっせと築き上げた硝子(ガラス)細工の城は、槌の一振りで容易く砕け散ってしまうのだ。


 だから彼は美しくも儚い硝子よりも、たとえ武骨で薄汚れていても硬い鋼を求めた。実益を伴わない見た目だけのものに価値などないと思っていた。


 ――その少女と出会うまでは。


「――珍しいわ。この国に獣人種の男性がやってくるなんて。せっかくだから、何か楽しいお話を聞かせてくださいな」


 妖精種の、女。美しくはあるが、子供のような体形は他の同族と同じでひどく弱々しい。


 それにも関わらずこの繊細な硝子細工は、あろうことか臆することなくこの鋼の牙に笑いかけたのだ。


「――ね、オオカミさん?」






 ♢ ♢ ♢






 この世界には大きな国が三つある。


 僕たちの暮らす獣人種国家、ガウレス連合。

 母さんの祖国である妖精種国家、エルフィス王国。

 国土、人口共にトップである純人種統一国家、イルマーニス神国。


 もちろんこれ以外にもたくさんの小国家はあるが、主要なのはこの三国だ。多種多様な種族にあふれる称号世界の中で、こうした国の規模の大きさはそのまま種族としての規模も反映している。

 言い換えればこの世界の全人口は獣人種、妖精種、純人種がほとんどを占めるということだ。


 少数派の種族は挙げればきりがない。鬼人種、吸血種、海人種、翼人種などなど。

 異種族間では子供ができないため、彼らは今も自身の領土で細々と血を繋いでいるのだろう。種族ごとに国家が樹立されているのも、同種族でしか基本的に子孫を残せないためだ。



 僕たちがこれから向かうのは、3大国家のうちのひとつであるエルフィス王国。

 王国と言われてはいるものの、ひとつの大きな都市から成る都市国家である。ゆえに領地を治める貴族なんてものはなく、王族のみを上位とする専制君主制だ。


 ともすれば国民の反感を買いそうな不安定な支配体形だが、エルフィス王家は数百年という長い歴史の中で一度も揺らぐことなく頂点に立ち続けている。


 理由は単純明快。

 種族柄として妖精種は争いや流血を嫌っているからだ。

 だから国民たちは反乱を起こしてまで国家を転覆させることなんて望まないし、王族も過度に国民の血を流させるような政治をしていない。互いに利害が一致している、というか考える方向性が同じなので治世の乱れようがないのである。


「ありがとう、ウィッピー。またお願いするかもしれないから、その時はお願いね」

「ギョアッ」


 イリナの労いを受けて、ウィッピーが目玉をぎょろつかせながら鳴く。人と鳥、種として違っていても両者は意思を通じ合わせることができる。それはウィッピーが称号と知能の高さを持っており、またおそらくイリナもその方面の称号を持っているうえで、長い付き合いがあるからだろう。


「本当にありがとうね。イリナちゃんとウィッピーのおかげで時間を大きく短縮できたわ」

「ううん。助けになれたならよかった。ずっとオレハさんたちに恩返しがしたかったから」


 母さんに礼を言われ、イリナは嬉しそうに返す。見た目は変わっていないのに、性格面で落ち着きが出たというか、さらに大人びたように感じる。

 それもそうだ。もうあれから5年も経っている。


 出発したその日のうちに、僕たちはすでにエルフィス王国付近までやってきていた。30日はかかるという道程をここまで短縮できたのは、ひとえにイリナとウィッピーのおかげである。

 つまり、ここまでウィッピーの背中に乗せてもらい、運んでもらったのだ。


「お疲れ、ウィッピー。ありがとう」

「ギョアー」


 僕が礼を言うと、ウィッピーは欠伸で答えた。こ、これは伝わっているのか……?

 まあ、疲れているのは本当だろう。そこそこの距離を一日で往復したのだ。しかも行きはイリナを、帰りには僕と母さんと3人を乗せて。いくら体が大きく、妖精種が軽いといっても大変だったに違いない。僕たちも飛ばされないようにするのが大変だったけど。


「私には何もないの?」


 そうしていると、イリナから少し不機嫌そうな声が。それはどこか初対面のときのイリナを彷彿させる。


「イリナもありがとう。わざわざこっちまで伝えに来るまでしてくれて」

「本当よ。大変だったんだから」


 随分と母さんとは態度が違う。言わせておいてそれはひどい。


「でも役に立ててよかった。あと称号もなんとかなったみたいで、おめでとう」

「まだなんとかマシになったくらいだけど、一応ありがとう」


 つんけんしているように見えて実は優しいのも昔通りだ。きちんと僕の称号のことを覚えてくれていたらしい。


「さ、移動しましょう。夜になる前に街に入らないと」


 当然のことだが、僕たちが降り立ったのは都市から離れたところだ。ここからは歩いて移動しなければならない。

 道を知るイリナを先頭に、僕たちは歩き出した。


 イリナが言うには、父さんは現在投獄されているという。命の危険はないようだが、不安定で不安な状況には変わりない。

 歩む足は無意識に速められていた。



 ♢ ♢ ♢



「止まってください。妖精種の大人1人、子供2人。称号の確認をします」


 白いレンガを積み重ねた外壁の手前で、金髪碧眼の背の低い、首に片眼鏡を吊るした男に止められる。妖精種なので男というよりも少年のようだ。


 白狼の集落と違って、ここまでしっかりとした街だと顔パスで入ることはできない。この世界ではパスポートの代わりに称号のみを自主的に開示するのが一般的だ。

 称号は決して偽ることのできない、神が与えた2つ目の名前。そこにある情報は絶対的な信頼性を有しているので、偽証される心配がないのである。


 称号に後ろ暗いものがあれば別所に連れていかれ、いろいろと面倒な手続きを踏むことになる。あるいはその場で捕まる恐れすらあった。


 つまりは、だ。


「すみません。先日ここに少し問題のある者がやってきたもので、少し警戒を強化しています。ですので失礼ですが、称号の確認はこちらでさせていただきます」


 おそらく正々堂々、正面からこの国に入ろうとした父さんは、ここで『姫攫い』という称号を公にしたのだろう。


 称号をあちらで確認する、という言葉を聞いて母さんが僕を隠すように前に出た。


「分かりました。では私からどうぞ」


<看破>スキル、あるいは特別な道具があれば、相手の称号を見ることは不可能ではない。

 この場合、意味ありげに吊るしている片眼鏡がそうなのだろうか。称号は道具にもつくので、十分にありえることだった。


「では失礼して……ええっ!?」


 案の定、片眼鏡を身につけて母さんを見た男は驚きの声をあげる。


 そこにある称号は『駈け落ちの花舞姫』。その中には2つの強烈なワードがある。


 あんぐりと口をあけて母さんと視界に映る称号を見比べる男に、母さんは静かに言った。


「お仕事をさせて悪いのだけど、父に連絡を頼んでいいかしら。不出来な娘が、頭を下げに来たって」


 妖精種の男は綺麗な顔をのけぞらせて、こくこくと何度も頷いた。


 僕とイリナの称号の確認もうやむやになり、一気に場が慌ただしくなった。






「母さんって、本当に王族だったんだね……」


 カラカラと走る馬車に揺られつつ、僕は隣のイリナに小声で話しかけた。


「……えっ、あ。フィージル、いたの?」

「いたよ!? ずっと横に!」

「なにそれこわい」


 イリナは両腕を抱えて距離をとろうとする。

 もうこのやりとりも3度目だ。


「便利だけど、なんか残念なスキルだよなぁ……」


 それもこれも<混入>スキルのせいだ。


 僕は今妖精種の姿をしている。妖精種ばかりの国ということで、スキルは見事なほどに効果を発揮し、今のところ僕の称号で騒ぎは起きていない。


 しかしその効力は味方にまで及んだ。

 イリナは度々僕の存在を忘れかけ、僕に気づいては今度はやけに視線が吸い寄せられるという珍奇な事態が発生しているのだ。


「ああ、またフィージルに目が吸い寄せられる……忘れないと」

「ごめん。僕もいろんな意味で心が痛いよ……」


<混入>スキルの効果は、対象と同じ姿でいるときの隠密。そして気づかれた後に相手の注意を向けさせてしまうという2つである。


 ゆえにこの大勢の妖精種の兵隊らしき制服の人たちに囲まれ、馬車で護送されている中でも、誰も僕のことを気にしない。もちろん精霊も。

 居て当然、少々変なことをしても違和感をもたれない。明確にはっきりと気づかれるまでは。


「フィー君、スキルで隠れてるからって油断しちゃだめよ。私の<隠密>と違って、強力な分副作用があるんだから」

「うん……って、なんで母さんには効かないの」

「? 私がフィー君を見失うわけないでしょ?」


 いや、こっちが「?」だよ。

 偉大なる親の愛の前では称号スキルも形無しらしい。


「にしても、イリナは母さんが王族だって聞いても驚かないんだね」

「……え? あ、いたの、フィージル」

「忘れるの早すぎじゃない?」


 そして繰り返される同じやりとり。

 その後イリナは疑問に答えてくれた。


「オレハさんが王族で、ディエンテさんと駈け落ちしたこと? 驚いたけど、生まれる前のことだしあまり気にならなかったかな」

「たしかに。もう知らない人もけっこういるのかな」

「そうだけど、大人たちはやっぱり覚えてるから。ディエンテさんが現れた時はすごい大騒ぎになった」

「大騒ぎ……こんな感じに、かな」


 僕は見ようとしていなかった道の両脇に目を配る。


 白いレンガと赤い屋根で統一された小さな家々。道路脇にはずらっと花壇が並び、色とりどりの花が鮮やかに咲いている。

 そしてそこに美しく映える金髪碧眼の美少年、美少女たち。たくさんの妖精種の住民たちが、母さんを一目見ようと立ち並んでいるのだ。


「姫様ー! よくぞご無事でー!」

「ああ……おいたわしや……」

「お美しくなられて……」


 彼らの顔を見るだけで母さんの人気ぶりがうかがえる。そしてそれに窓から手を振って応える姿は、まさに超有名スターのようである。


 それ以外にも、街門前での門番とのやり取りからは上の立場に立つことへの慣れというものが感じられた。家では父さんを立てて支える姿からは想像しにくい光景だった。


 しかし母さんは僕らに向けて苦笑する。


「みんなの中ではまだ私は”お姫様”みたいね。本当はもうそんな歳じゃないのに」


 そうは言うものの、母さんの外見は完全に少女のままである。とても28歳には見えない。


 これも種族特徴。妖精種は早く成人の姿になり、それから何十年も若い姿のままなのだ。

 しかし物語のエルフのように長命ではない。60を過ぎればだんだんと老いが見られ、寿命は大体70から80歳ほど。


 そんなわけでこの街というか国は、花とレンガのきれいな街並みに見た目が少年少女ばかりのおとぎ話のような国なのである。


「あれ、それじゃもしかして僕ってこの国の王子だったり?」


 今さらな疑問を口にすると、母さんは首を横に振って否定した。


「残念だけどフィー君は王族ではないわ。『命名神』様がそれを認めていないの」

「ああ、それも称号に出るんだ」


 一国の王族。十分に称号に反映され得る個性だ。


「一応言っておくけど、別にそのことを残念だとは思ってないからね。今までみたいに、あの家で3人で暮らすのが一番幸せだよ」

「ふふ、わかってるわよ」


 気にされたら悪いと思ってあえて言ったのだが、母さんは初めから分かっていたらしい。本当にテレパシーでも持ってるんじゃないだろうか。


 そこで僕は隣から視線を感じた。


「あれ、イリナ? どうしたの?」


 イリナはぼんやりとした目で僕を見た後、はっとした顔で言った。


「……あれ、フィージル、いたの?」

「いや、さっきのは明らかに僕だと分かってたでしょ。横ずっといるから」

「なにそれこわ――」

「そのネタもういいから」


 そろそろ突っ込むのも面倒臭くなってきた。


「ていうか今更なんだけど、イリナはこのまま馬車に乗ってていいの?」


 流れでそのままここにいるけど、イリナは本来無関係だ。正直、あまりこちらのことには巻き込みたくない。


 しかし、イリナは問題ないとばかりに首肯する。


「うん。だってこの馬車、私の家に向かってるから」

「「……え?」」


 僕と母さんに声が重なった。


 正面の窓からイリナの見据える先。馬車の進む道が続く先。


 そこには、街壁や家と同じく真っ白なレンガでできた立派な城がそびえたっていた。

 中央の尖塔、その先端には羽をもつ小柄な妖精のシルエットを描いた旗が、ひらひらと風にはためいていた。



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