第21話 決意の後に届く知らせ
体に刻み込まれた生活リズムに沿って早朝に目覚めると、どこか違和感を感じた。
顔が少し腫れているような……と考えたところで昨日のことを思い出す。
そうだ、僕はウォンにしこたま殴られて気絶したんだった。痛みが多少引いているのは母さんが<治癒魔法>を使ってくれたからか。
ウォンについては思うところもある。しかし、あの塞ぎ込んでいた暗い気持ちを吹きとばすほどのインパクトはあった。そのことは感謝している。
たしか昨日はジョニーと戦わずに終わってしまったはずだ。あんな醜態を晒した後でまたあそこに行くのは足が重いけど、目的のために行かなくてはならない。
このすっきりとした気分のまま、上手く事が運べばいいけど……と思いつつ、習慣となっている称号とステータスの確認。
うんうん、いつもと変わり映えのしない……しない……しな……
「……って、変わってるぅぅうう!」
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『人に紛れし混ざりモノ』
個体名:フィージル=バラメント
種族 :混血種
スキル:一般
<演技><高速思考><家事><見切り>
<強脚><体術>
称号
<種族選択><混入>
特殊
<冥界神の加護>
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称号が、称号が変わってる! スキルも増えてる!
やばい、どうしよう。興奮しすぎて心臓がばくばく動いてる!
……いや、ちょっと待った。
称号変わってるけど、『人に紛れし混ざりモノ』ってそこまで変わってなくない!?
”歪”じゃなくなったのはいいけど、”人に紛れし”って完全に異物扱いじゃん!
あと、いい加減”モノ”じゃなくて”者”にしてほしいんだけど!
それと称号スキル! <混入>って! なんかマイナスのイメージしかないんだけど!?
よしよし、落ち着こう。まだそうと決まったわけじゃない。
僕の目標は称号の”純なる存在を遠ざける”という部分をどうにかすることだ。それさえクリアできていれば、多少のことには目を瞑ろう。
思い返せばこうしてステータスを詳細に確認するのは随分と久しぶりのことだ。5年前に<種族変更>のスキルを確認したのが最後だった。
称号の内容を確認するのはこれで二度目。生まれてすぐのもう12年も前のことである。
否応なく緊張が抑えられない。
逸る心臓を抑えながら、僕は称号に意識を集中させた。
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『人に紛れた混ざりモノ』
人間社会に紛れ込んだ、本来あり得ぬ存在。世の理に反したモノ。
純なる存在に嫌悪される。
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おおおぉぉぃぃいいいい!
変わってるけど! 変わってるんだけど! ちょっとしか変わってない!
記憶にある『歪な混ざりモノ』の説明との違いを探してみる。
”この世に存在するはずのない歪な存在”というのが、”人間社会に紛れ込んだ、本来あり得ぬ存在”に。
”世の理から外れたモノ”は、”世の理に反したモノ”へ。
そして一番重要な最後。”純なる存在を遠ざける”が、”純なる存在に嫌悪される”に変わっている。
結局、僕がこの世界にとってイレギュラーである事実は変わらないってことだよなぁ……
でも転生者である時点でそれはどうしようもないし、気持ち緩和されてるだけ満足するべきなんだろう。とりあえず”世の理”のうちには入れてもらえてみたいだし。
だけど肝心の効果がなぁ……
”遠ざける”と”嫌悪される”って、あまり違わない気がする。実際のところは検証が必要だけど。
その程度によって、僕がエルフィス王国に行けるかどうかが決まるのだから。
次に<混入>という称号スキル。
称号に合わせたみたいな名称だ。このスキルに意識を集中させると、その詳細が脳裏に表示された。
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<混入>
対象と同一の姿に扮することで違和感を消す。
ただし、一度感知されればその反動で注目を集めやすくなる。
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うんん? つまりどういうことだ?
変装することで違和感を消すということだろうか。相変わらずスキルなんかの文章は説明が分かりにくい。
混入という言葉から連想すると、ある集団の中で同じような格好をすることで気づかれにくくなるというイメージだ。そして見つかってしまえば逆に注目を集めてしまう。一度異物感を感じてしまうと、よく目に留まって気になってしまうように……って誰が異物だ。
反動があるっていうのが使いどころに困りそうだ。どのくらい効果が及ぶのか確認しないといけない。
試しに使ってみるが、僕からは何も感じられなかった。外から見る人が必要だ。
今回のステータスの変化。その大きさは微妙なところだったけど、僕でも称号を変えられるんだとわかったのが一番の収穫だった。
♢ ♢ ♢
「フィー君、体はもう大丈夫なの?」
僕が母さんに称号のことを話す前にかけられた言葉がこれだった。
そう言えば喜びの余り忘れていたけど、僕は昨日怪我をして家に運ばれてきたのだ。ただでさえ弱っているところに、追い打ちをかけるように母さんの心労を増やしてしまったことを後悔する。
「うん、大丈夫だと思う。治療してくれてありがとう。それと……いろいろ心配かけてごめん」
「ううん、元をたどれば私たちのせいだから。むしろこのことで気を遣わせちゃってごめんね、フィー君」
互いに謝り合えば、もう僕たちの間にぎこちなさはなくなっていた。ここ最近自分のことばかりに目が行っていたけど、数日前よりも血色がよくなっているように見えた。僕が外出している間に何かあったのだろうか。
「そ、それよりさ、僕ついにやったんだよ。称号が変わったんだ!」
「おめでとう、フィー君」
「あれ、驚かないんだね?」
「見てれば分かるわよ」
たしかに、ちょっと顔に出すぎたかいたかも。自分でもまだ興奮を抑えきれていないみたいだから。
「見せてくれる? フィー君のステータス」
「うん」
母さんの手に触れて、軽く意識を集中させる。今母さんの頭には新しくなった僕のステータスが表示されているだろう。
「……『人に紛れし混ざりモノ』、か。なかなか生まれのことからは遠ざかってくれないみたいね」
「でも、こうして少しでもいい方向に変えられることが分かったから、悪いことばかりじゃないよ。それに称号のことにさえ目をつぶれば、僕は自分の生まれも見た目も気に入ってるから」
「ええ……ええ。私も、フィー君を生んでよかったって思ってる。もちろんあの人もそう思っているわ」
「うん。それで……父さんのことなんだけど」
僕は真面目な調子で切り出した。
母さんは全部わかっているみたいに強く頷いた。
「行きたいのね? エルフィス王国に」
「うん、できればそうしたい。この称号で精霊や子供に害がなかったら。でも無理だったとしても母さんには父さんのところに行ってほしいんだ」
「そうしたらフィー君が……」
「そりゃあ寂しいけどさ。だけどここ数日で知り合いも増えたし、ばあちゃんもいるから何とかやっていけるよ」
称号を変えるための行動の数々は、たとえ僕が一人でもやっていけるということの証明も兼ねていた。精神年齢はもっと上だし、普通に暮らすだけなら問題ないはずだ。
「それよりも、今知らないところで父さんがどうなってるか分からないことの方が不安だと思うんだ。母さんは、どうなると思う?」
「分からないの。父は優しい王だけど、私を国から連れていったあの人に対しては怒っているはずだから。あの人も大抵の罰は甘んじて受けるだろうし、いつ帰って来られるのかも分からないわ」
「……だったら、ずるい考えかもしれないけど、母さんが直接行って説得すればなんとかならない?」
「それも分からないわ。家族や国の人々に謝りたい気持ちはあるけど、今更帰って大丈夫なのかなとも思うし」
終始母さんの顔は曇っていた。やっぱり今も大きな不安を抱え続けているのだろう。
それに、と母さんは続ける。
「フィー君は何も悪くないんだから、そんなに真剣になって考えなくても……」
「そんなわけにはいかないよ。僕だってずっと父さんがいないのは不安だし、それで母さんに悲しんでほしくないから」
母さんからすれば僕を巻き込むことを申し訳なく思っているのだろうけど、そこはもう割り切ってもらいたい。これはもう家族の問題だ。
「だからこれからを決めるためにも、称号が変わった今の状態を知りたいんだ。少しでも良くなっていればいいんだけど」
「それなら大丈夫よ」
「え?」
あっさりと断言されて僕は母さんの顔を仰ぎ見る。
母さんは部屋の中をぐるりと見まわしていた。
「精霊たちがフィー君を見てもあからさまに逃げたりしない。近寄っては来ないけど、これまでとは大きな違いよ」
ああ……なるほど。精霊が見える母さんからすればそんなに変わって見えるんだ。
さっきの「見れば分かる」っていうのはこういう意味でもあったのかもしれない。
しかしその後母さんは言いにくそうに付け加えた。
「だけどこれだとまだエルフィス王国に入ることはできないわ。妖精種からすればおかしいのが丸わかりだから」
やっぱりこれで全部解決、とはいかないか。新たな称号になってもともと大きかった不利が多少マシになったくらいの変化なのだろう。
ならこれはどうだ? 僕は<混入>というスキルを発動した。
「ねぇ、今精霊はどんな感じ?」
「……さっきと変わらないみたい」
一瞬、意味がなかったかと焦ったが、今の自分の姿を思い出して納得する。今の僕は混血種の姿だ。スキルの発動条件を満たしていなかった。
スキル発動のためには、対象となる群と同一の存在に扮さなければならない。そしてそれは、僕がここ最近ずっとやってきたことだった。白狼の姿になることで同族の人たちから違和感をもたれることなく交流してきたのだ。
姿を変えることに関しては、おあつらえ向きのスキルがある。僕は母さんと同じ、妖精種の姿に種族を変更した。
「……まあ」
母さんの驚きの声。
「どう?」
「精霊がフィー君のことを気にしなくなったわ。好かれてるわけでもないみたいだけど……すごい、フィー君にこんなに近づいて来るなんて」
母さんの様子から激的な変化が起きていることが分かる。
だが僕には見えないし分からない。つくづく精霊が見えないことが悔やまれる。
「ずっとこの状態を続けられればエルフィス王国でも大丈夫だと思うわ。だけど……本当に行くの?」
「母さんが行くなら、僕も行きたい。もちろん迷惑じゃなければだけど……」
「ううん。このまま待つのもフィー君を置いていくのも不安だから……私を手伝ってくれる?」
「うん!」
僕たちはやっと一歩を進むことができた。
♢ ♢ ♢
家の前、旅装をした僕たちの前にばあちゃんが立っていた。
「まさか夫の後を追おうとは……オレハ、もう体は問題ないのかのう?」
「はい、やることがはっきりしたら元気になりました」
「それは僥倖じゃが……フィージル、お前も」
「大丈夫。このために頑張ってきたから」
僕と母さんは今からエルフィス王国に向かう。
なんと知らぬ間に母さんは、ばあちゃんに頼んで旅のための準備を終えていたのだ。きっちりと二人分。僕のやろうとしていたことを察し、その上でうまくいくと信じていたのだという。
父さんが出発したのはもう30日も前のことだ。足の速さを鑑みれば、もう到着していてもおかしくない。
エルフィス王国はここから山を一つ越えた先にある。順調に進めば徒歩30日ほどで辿り着く距離だ。
僕らの足ではもっとかかると考えるべきで、そうなると一日も無駄にすることはできない。急ともいえる出発にはそんな理由があった。
「……儂からはもう多くは言わん。不肖の息子がしでかした事をきっちりと償わせて、帰ってきてくれればそれでよい」
「……! はい、お義母さま……必ず」
しばしの別れに僕たちはそれほど言葉を交わさなかった。またすぐに毎日でも会える日々が戻ってくると信じているから。
「それじゃあ、行ってきます」
だからまるで散歩に出かけるように手を振って、集落とは逆方向に進んでいく。そんな初めての経験に、少しだけ心躍らせていたその時だった。
「オレハ! フィージル! 上を見るんじゃ!」
後ろで見送っていたはずのばあちゃんから切迫した声が届き、僕たちは慌てて振り返った。
まるでそこだけ強い風が吹いているように、丘に生えた草花が大きく揺れている。上を見ろということで目線を上げると、そこに不可解な黒い塊のようなものが見えた気がした。
黒い塊はゆっくりと高度を下げていき、その途中であれが巨大な黒い鳥だということに気づく。大きな鳥が丘の上に降り立とうとしているのだ。
あれは、見覚えがある。もう5年も前のことだ。
「ギョエーッ! ギョエーッ!」
聞き覚えのあるまぬけな声。あんな鳴き方をする鳥を、僕は一羽しか知らない。
堪らず来た道を逆に走り出した!
黒い鳥はすでにばあちゃんが立つ近くの地面に降りており、その背中から小さな人影が飛び降りるのが見えた。
「ウィッピー! イリナ!」
ともに人攫いに捕まるという数奇な出会い方をした友人に、大きく手を振り上げる。
視線の先にいる少女は驚くほど昔のままだった。背はあの頃とあまり変わらず、長く伸びた金髪の毛先は赤い。
イリナも僕に気づいてこちらに走ってくる。
しかしその表情は喜びというよりも焦りと悲しみに満ちていて……
その理由を、僕たちは5年振りに聞いたイリナの声で知る。
「フィージル! オレハさん! 大変なの、ディエンテさんが裁判にかけられて……投獄されちゃった!」




