第20話 運命廻り、神は応える
本日同時に2話更新しています。
前話を読んでいない方はご注意を。
「にしても、珍しいこともあったもんだなぁ」
その日の稽古が終わり、身を拭っていた弟子の一人が隣の友人に話しかけた。
「何がだ?」
「ウォンだよ。いつもすかしてるアイツが、あんな声荒げるなんてな」
話しかけられた方はああ、と納得の表情を浮かべ、次いで眉根を寄せて応じる。
「まあ、分からんこともない。今日のあの混血は、見ててちょっと惨めすぎた。勝負前から怯えて、どうにかしようって気持ちもどっかに行っちまってたからな」
勝負の世界に生きる彼らにとって、精神的に屈することは死と同義だ。
時に格上と戦うとなれば、そこに歴然とした実力差が存在するのは仕方がない。ならばとそこで屈してしまえば、わずかにあるかもしれない可能性さえ潰えてしまう。
ましてやここは称号世界。
完膚なきまでに折れてしまえばそれは直ちに称号に反映されて、以後の人生すら負け犬に落ちぶれる。逆に判定者たる『命名神』に届くほどの渇望を持ち続けることができれば、その場で称号の改変による大幅な強化すらあり得るのだ。
望む者は報われ、望まぬ者は報われない。
公平ではあるものの、際限なくどこまでもその格差を広げられる厳しい世界。
「そういや俺たちも、小さい頃は師匠や兄弟子に散々ボコられたっけか。その度にいつかやり返してやるって思ってたが」
「今思えばあれがふるいだったんだろうさ。あの混血みたいに、苦しい状況で反抗できるようじゃなきゃ戦士にはなれないっていう。ただのいじめじゃなくて、ちゃんと意味があるんだもんなぁ」
2人は数年前の過去を思い出してしみじみと頷き合う。今の師匠に教えを請おうと道場の門を叩いてすぐのことだ。
待っていたのは、まるで弟子入りに来た者たちを追い出すかのような苛烈な対応だった。理不尽な鍛錬に、いじめと言って過言でない対人組手。何度も地面に土をつけられて、誰もが泣いた洗礼だった。
しかしそれで良しとせず、怒りでも対抗心でもとにかく心が折れなかったのが、ここに残っている弟子たちだ。
戦士としての適性を見出された後は体作りに技術的な稽古など、本格的な鍛錬が始まる。つまり、彼ら25名は集落の子供の中でもエリート中のエリートである。
今回はそこに胡坐をかいて気持ちが緩んできたことを憂いた師匠が、フィージルを利用して発破をかけようとしたのだが、大きな成果が得られたとは考えにくい。
むしろフィージルの方にほとんどの被害が集約した結果となった。
「それを考えると、最後まで泣きもしないで師匠に向かい続けたウォンは精神力お化けだな。やっぱ天才だわ」
「まあ、なぁ。俺らより後から来たくせにあっさり抜かれちまったし。お、噂をすれば戻ってきたぜ」
水の入った桶が並べられた簡易の水浴び場にやって来たのは、話題の中心となっているウォンだった。
彼は師匠と共に、激しく負傷して気絶したフィージルを家まで運んできたのだ。
「よお、怒られたか?」
「乱入に、戦意がないやつへの暴行。これはしばらく罰くらっただろ」
いつも通り不機嫌そうな表情をしているウォンに、兄弟子である2人は気安く話しかけた。ジョニーの勘違いを端に発したあの事件で、幸か不幸かウォンの憮然とした態度が受け入れられるようになったのだ。
話しかけられたのを無視してそのまま手ぬぐいを桶につけて身を拭い始めるウォン。愛想がないのはいつものことなので、気にせず2人もその背中に声をかけ続けた。
「そういや、お前とあの混血って知り合いだったのか? ライバルとか言ってたよな」
「そうだよ、あれ皆気にしてたぜ。まさかあのウォンが弱いやつとつるんでたなんてな」
意図せずフィージルを貶める発言を聞き、手ぬぐいを持ったウォンの手がとまる。
「いや、弱いから縁を切ったって感じだろ。あれを見たら幻滅もするわ」
「だなぁ。でもさすがにウォンのあれは、やりすぎというかバカだったな。あと一試合待てば普通に殴れたのに、わざわざ自分から罰もらうようなことしなくても」
「それだけ頭に来てたんだろ。自分が強いと勘違いしてここに来たんだろうけど、結果があれじゃな」
2人は気づいていない。止まったウォンの手が、力をこらえるように細かく動いているのを。
「あれ、そんな理由だったっけか?」
「違ったっけ? まあなんでもいいだろ。それよりもなんでウォンが混血と知り合いだったのか教えて――」
兄弟子の言葉はそこで言葉を切った。否、強制的に言葉を切らされた。
「……黙れよ」
彼らの中は珍しくもないスキルである<威嚇>。ウォンは睨むでも吠えるでもなく、背を向けたまま殺気だけで2人に恐怖を感じさせていた。
硬直したまま動けない兄弟子の方へと、ウォンはゆっくりと振り返る。
交差する視線。年齢の上では兄弟子の方が立場が上だが、この場ではより強者であるウォンの方が上位者だった。上位者として、冷ややかな目で2人を見下す。
だがそれに臆したのは一瞬だった。兄弟子たちも、ここにいられるほどには反骨精神が旺盛だ。突然殺気を飛ばされては穏やかではいられない。
「……なんだよ、やるのか?」
「そっちがその気なら俺も容赦はしねぇぞ」
不用意な私闘はあまり推奨されていないが、理由があればその限りではない。
彼らからすれば、一方的に喧嘩を売られた形だ。生意気に過ぎる年下を指導する意味でも買う気満々だった。
年長者と言ってもまだ成人手前の子供である。自制心までは鍛えられていない。
しかし以外にも一触即発の空気を絶ったのは、仕掛けた側のウォンだった。
「……いや、気が立ってたみたいだ」
そう言って何事もなかったように背を向けると、桶に残っていた水を頭からかぶった。まるで頭を冷やすように。
無造作に跳ね回っていた白色の体毛がぺたりと体に張り付いたことで年相応に体が小さくなったようだった。
跳ねた水滴が兄弟子たちにも届き、その冷たさで呆気に取られていた思考が舞い戻る。
言葉の通り振り上げた拳の落としどころを失って、うち一方が慌ててウォンに詰め寄った。
「お、おいおいおい! 今のはそのままやり合う流れだろうが!」
「俺のやる気どうしてくれるんだよ!」
両肩を掴まれての抗議に辟易としつつ、ウォンは投げやりな感じで謝った。
「ああ、もう、悪かったよ! だから離せ!」
「ふざけんな、結局何がしたかったのか説明しろ!」
「横でぐちゃぐちゃ話されて邪魔だったんだよ!」
「よし、その喧嘩買った!」
「ああっ、くそ、とにかく離せ!」
乱暴に兄弟子の手を振り切って解放されたウォンは距離をとると、そのまま兄弟子を睨む。今度は<威嚇>は発動しなかった。
一連のやり取りで気が削がれたのだろう、もう一人の兄弟子が呆れ声で睨みあいに割って入った。
「はぁ、もう止めようぜ。とりあえずウォンは今日いろいろと疲れてんだろ。お前もムキになってやるなって」
「あ~ったく! 仕方ねぇな! 今回だけだぞ、手を引いてやるのは!」
不満をのみ込むように怒りを収めたのは、年上としての寛容さが発揮されたためか。無造作に頭を掻きながら彼はウォンから視線を外した。
「で、結局あの混血とはどういう繋がりなんだ?」
仲裁に入った側の兄弟子が、気を取り直してとでもいうように問いかける。
「続けるのかよ。その話」
「だって気になるだろ。実はウォンに元友達がいたんだからさ」
「俺に友達がいないみたいにいうな」
「いや、いないだろ」
「……クルリとレンレンがいる」
「クルリはお前の舎弟だろうが。あと女友達がいるって自慢かよ」
「…………」
口喧嘩、とも言えないような軽口の応酬。その割にはウォンのこめかみがひくついていた。せっかく冷やした頭がまた熱を持ちそうだった。
このままここにいれば、また遠からずして苛立ちが起きるかもしれない。そう考えたウォンは手際よくここを離れる準備をする。
しかしその前に。
「……友達じゃない」
「あ?」
「昔あいつに負けた。その時の恩があっただけだ」
「は、負けた?」
それだけを言い残し、今度こそ去っていくのだった。
そう、恩がある。
幼きにして『猛き者』という称号を授かり、自分に絶対の自信を持っていたウォンの鼻っ柱を叩き負ったフィージルに。
格下と見た相手から味わされた、敗北の苦さ。それに耐えかね、恨みから生ずる報復の渇望に、手が伸ばそうとしていた。自分の力で打ち勝つのではなく、卑怯でも不正でもこの悔しさを晴らしたかった。
称号に影響を与えかねない強い負の感情を取り去ってくれたのがフィージルだった。明らかに傷だらけなのに、上から目線のふてぶてしい笑み。そこで折れるのかと問いかける瞳に、ウォンの反抗心が燃え上がった。
結果としてウォンは、あれからここまで真っ直ぐに強さを突き詰め続けることができた。あの出来事が大きな転換点だったと今も思っている。
――借りは返したからな。
度重なる敗北に心が折れかけていたフィージル。ウォンはそれを彼なりのやり方で立ち上がらせたのだ。
フィージルの頭の良さをウォンは知っている。今回のことも、何か大きな目的があるのだと察していた。それを、こんなところで全部諦めていいのかと声と拳で問いかけたのだ。
同時にフィージルの負けず嫌いを知っているウォンは、彼がここで終わるはずがないとも思っていた。
今ここで叩き潰した分、あいつは強くなって帰ってくる。そんな確信があるのだ。
――俺は今回、まだお前と戦ってないぞ。さっさと立ち直って戻ってこい。
今度は自分が強者として、フィージルのリベンジを待ち受ける。
『勇猛なる者』ウォンは、いずれ来る日を思い浮かべて唇の端を釣り上げた。
――そしてウォンは、意図せずしてフィージルに多大な貢献をしていた。
「それって本当かよ!」
「ああ、ウォン本人が言ってた。昔あの混血に負けたって」
「昔っていうと、誰彼構わず殴り掛かってきた頃のウォンにか!? そりゃあすごいな。なんて言ったっけ、あの混血」
「確かフィージルだ。は~そんなことがあったんだなぁ」
弟子たちがウォンとフィージルのことで盛んに語らい合う。その内容に、大小あれど彼らの中でフィージルの印象はそれなりに大きなものとして残っていた。
――さらに運命は思わぬところで回り始める。
白狼の集落。女たちが情報を交換し合う場で、今日も多くの噂や情報が行き交っていた。
「それでうちの旦那がね、『絶対にそいつを後継者にする』って息巻いてて」
「へぇ~、でも不思議よね。フィージルなんて子、いたっけ?」
「私も聞いたことがないわ。だから、本当にその子は集落の子なのか聞いてるんだけど、すっかりやる気になっちゃったみたいで」
とある狩人を夫に持つ女が、顔なじみの相手に家での話を披露していた。
狭いコミュニティでは小さな噂話でさえ娯楽になる。見たことも聞いたこともない謎の白狼の少年の話は、怪談話のように不安と興味を集めていた。
「しかも最近その子は現れなくなっちゃったんだって。もう7日は見てないって。だから本当に存在してたのか、あの人も不安になってきたみたいで」
「ええっ、それって本当に怖い話じゃない! 嫌よ、このあたりに幽霊が出るなんて!」
「念のため族長にも話さないといけないかしら。フィージルっていう幽霊が出るって」
いよいよ本格的な話の流れに、悲鳴をあげる者も現れ始める。
これはともすれば危機的な状況ではないのかと、誰もが神妙な顔をしていたところに、別の意味を含む叫びがあがった。
「ああ!」
「えっ、何!?」
「そうよ、思い出した! ジョニーが言ってたのよ!」
「息子さんが? 何を?」
「ほら、集落の隅に族長の息子の一人が妖精種の人と住んでいるでしょう? 最近あそこの一人息子が、道場の稽古に来ているんだって。たしかその子の名前がフィージルよ!」
それを聞いた途端、あちこちから様々な声があがった。
「それ本当!?」
「子供がいたの!?」
「ほら、10年も前に問題を起こしたの、覚えてない?」
「ああ、あれ!」
「聞いた話だけど、あのせいであそこの息子は集落に入れなくなったんだって。私たちも子供を丘の方には近づけないようにって言われてるでしょ?」
「でも、どうしてまた……」
納得、疑問、そして新たな不安。
彼女たちは投じられた話題の種に思い思いの意見を述べ合った。
その中で、情報源であるジョニーの母親の言葉は信憑性が高く、比較的受け入れられていた。
「息子から聞いた話だけど、そんなに悪い子じゃないそうよ。多分、生まれ以外は普通の子供なんでしょうね」
女性たちのネットワークは広い。人から人へ、世間話を通してフィージルのことが伝われば、今度は各家庭の食卓でまた話題に上る。
フィージルの存在は、一晩で実態をもって多くの人に知られることになる。それがたとえ一過性の盛り上がりであっても、紛れもなく白狼たちの意識に根付き始めたのだ。
怪我と疲労で眠り続けるフィージルの知らぬ間に、この世界をつかさどる神はある判定を下す。
”――そのモノ、世に受け入れられたことを確認。”
異質で歪な存在として、世界に混じり合えないと思われていた”混ざりモノ”は、少なくとも悪くはない印象で人々の深層意識に受け入れられた。
また、同種の姿をして狩人の男や戦士の卵たちと接する様子は、決して”歪な”ものではない。
称号を変えようと願い続け、行動に移したことも事実。
よって、もはや『歪な混ざりモノ』という称号は不適切。改変が必要だ。
――”混ざりモノ”であることに変わりはないが。
夜の帳の下、大きな変化は静かに終わっていた。
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『人に紛れし混ざりモノ』
個体名:フィージル=バラメント
種族 :混血種
スキル:一般
<演技><高速思考><家事><見切り>
<強脚><体術>
称号
<種族選択><混入(New)>
特殊
<冥界神の加護>
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ひとつ、訂正箇所があります。
<種族変更>スキルの時間制限をなくしました。というのもこの章でフィージルはここまで多くの時間を獣人種の姿で過ごしているからです。
これまで作中で特に時間制限について言及されていないので、忘れていた方も多いかもしれませんね。混乱させてしまった場合はすみません。




