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称号世界の混ざりモノ  作者: 浮谷柳太
第一章 田舎暮らしの幼少期
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第2話 二度目の誕生

「うぅぅぅ……!」

「オレハ、もう少しじゃ!」


 ある集落の片隅にある小屋の中で苦しそうに唸る女性と、それを励ます老婆がいた。


 横たわり玉の汗をにじませる女性は金髪でとても美しい顔立ちをしている。その線の細さや小柄な体型から少女と言っても過言ではない。

 やや長く伸びた耳以外は、概ね一般的な意味での人間と同じ存在であることを示している。


 一方で老婆の方は明確に人と異なる特徴があった。

 頭の上に生えた耳、突き出た黒い鼻に、鋭い牙。二足歩行する白い狼と言っても過言ではないその見た目は、どこからどう見ても純粋な人のものではなかった。


 そして今この時、新たな命が産み落とされようとしている。


 産婆を務める白い狼の老婆は必死にいきむ女性を励まし、そして汗を拭って手助けをする。


 そして、ついにーーーー


「…………」


 固唾を呑んでその瞬間を待ちわびる面々。

 しかし生まれたはずの赤ん坊は、産声をあげないどころか身じろぎ一つしない。


 女性の荒い息遣いのみが響く室内で、重い空気が流れ始める。


「はぁ、はぁ……あ、赤ちゃんは……?」


 期待を込めた声で訊ねる女性に、老婆は無言で腕に抱えた赤ん坊を抱かせた。

 その死んだように静かな我が子を見て女性は悲しみに暮れる。


「あぁ……やっぱりだめだっていうの? 愛し合っていても、異なる種族では子どもも……」


 それはこの世界における常識だった。


 純人種、獣人種、妖精種など多数の種族が生きるこの世界で、異種族間で子供ができることはない。

 なぜならそれらの種族はそれぞれ身体的特徴が異なりすぎているためだ。例えば大柄で獣耳や爪をもつ獣人種と、小柄で身体能力には乏しい妖精種とでは、正反対の身体構造をしている。

 そんな男女で子を授かろうとしても、そもそも妊娠の段階までたどり着くことすら困難なのだ。


 例外的にこれといった特徴をもたない純人種のみは他種族との子を授かりやすいようだが、それでもそうそう起こりうることではなかった。やはり身体構造上に不都合が大きいのだろう。


 母親となるはずだったこの女性も世の常識は知っている。それでも、どうしても愛する人との間に子供が欲しかったのだ。

 あり得ないとまで言われている妊娠が発覚した時は卒倒しそうになったほどである。それからも健康な子を産むために体調の管理は万全にしてきたはずだ。


 それでも現実はあまりに非情だった。望まれぬと分かっていながら獣人種の夫に嫁いだ妖精種の女性は、我が子の温もりを求めて小さな体を強く抱きしめる。


 そのときーーーー


「えっ?」

「……どうしたのじゃ」


 すでに諦めきった表情の老婆は、希望はないとばかりに冷めた声で問いかけた。


「今、動いたような……」

「なにを馬鹿な……」

「あー」

「今っ!?」


 老婆の声の合間に2人のうちどちらのものでもない声が聞こえ、女性は短く悲鳴を上げた。


 恐る恐る赤ん坊を体から離して持ち上げてみるとーー


「あー」


 なんと死んでいると思われたその子供は、かすかな声をあげながらもぞもぞと動き出したのだ。


 まだ皮膚は薄いピンク色で、獣人種特有の体毛は生えていない。だが頭部についた2つの獣耳と、顔の側面についたやや長めの耳が、まぎれもなく自分たちの子であるということを証明している。


 女性は耳が4つという恐るべき特徴さえ愛おしく感じられ、涙を浮かべて我が子の温もりを再び確かめた。


「温かい……」


 きちんと生きている。産声がなくとも、ちゃんと生まれて自分たちのもとへとやってきてくれた。


 そのことを感謝するのと同時に、業を煮やした夫、つまり父親が突入しようとして老婆に叩き出されたのだった。






 ♢ ♢ ♢






『冥界神』様なるお方からおかしな羽根を贈られてからのことはよく覚えていない。


 気づけば僕、高本壮也だった人間は赤ん坊になっていた。


 ちゃんと頭が働く状態で赤ん坊になるのもおかしな話だろう。けれど現実では体は動かないし、目も開かなければ耳もよく聞こえないからちょっと怖かった。

 事前に転生の件を告げられていなかったら、こうも落ち着いてはいられなかっただろう。


 とはいえ、だからといって不安がないわけじゃない。しばらくの間身じろぎもとれなかったのは、ここからどうするべきか測りかねていた。

 誰かに抱かれているということしか分からなかった僕は、とりあえず声を出したり体を動かそうとしてみる。


「あー」


 すると僕の体は重力を逆らって宙に持ち上げられた。


 そして不思議なことに、頭の上からかすかな声を拾ったのだった。


「■■■……」


 それをしっかりと聞き取ることはできなかった。仮に聞き取れていたとしても内容は理解できなかっただろうが、その声に含まれる温かみに僕の意識はゆっくりと微睡(まどろ)んでいくのだった。






 ♢ ♢ ♢






 あれよあれよという間に転生を果した僕は、寝てミルクを飲んでまた寝るという生活を続けていた。

 昼も夜も分からないものだからどれほどの月日が経っているのかも分からない。周囲に人がいても何を話しているのか言葉が理解できない。


 ようやく首が座って頭も動かせるようになった頃、徐々にだが(まぶた)を持ち上げて視界を得ることができるようになってきた。

 僕の両親は誰なのか、どんな所に住んでいるのか、そもそもここがどんな世界なのか。興味は尽きることがない。


 僕は(かすみ)がとれて見えるようになったばかりの目であたりを見回してみた。


 ここは室内。おそらく僕の家だろう。

 手の届く範囲に何本もの木の枝が見える。どうやら僕は布でくるまれて、木で編まれた(かご)に入れられているらしい。

 見れば、やたら自然的なものが多いように感じられた。つるされた籠に入った木の実に果実。おそらく毛皮のようなものも壁に引っかけられている。

 家自体も古風で簡素な木造建築のようだし、両親は自然と共に生きる人たちなのだろうか。


「■■■■■■、■■■■?」


 すると僕の向いている方向の反対側から女性の声が聞こえてきた。この声はよく耳にする。おそらく僕の母親と思われる人だ。


「■■■■~」


 ……”思われる”というのは、その人があまりに幼い風貌をしているからだ。

 首を傾げて僕に微笑みかけるのは、金髪の美しい少女。妖精のような可憐さを覗かせるその姿を小窓から差し込む光が照らし、まるで一枚の絵画のように輝いて見える。


 始めは、もしかして自分のお姉さんかな、などと思っていたのだが、実際に食事を与えられれば疑う余地がない。

 いまだにその事実を受け入れきれず、微笑みかけられれば身を硬くしてしまうのだが……その腕に抱かれて揺りかごのように揺られると、赤ん坊の本能には逆らえないのか、いつもそのまま(まぶた)を重くしてしまうのだった。



 ♢ ♢ ♢



「かわいい~」


 少女は自分の腕の中ですやすやと寝息を立てる我が子に頬ずりをする。

 切望に切望を重ねてやっと手に入れた小さな幸せ。そのことを思うとどうしても頬が緩んでしまうのだ。


 彼女の名前はオレハ=バラメント。小柄でまだ自身が子供のような見た目だが、正真正銘腕に抱く赤ん坊の母親である。


「フィージル。フィーちゃん。フィー君。ふふふ」


 オレハは我が子の名前を呼んで楽しげに笑う。そして優しくその頭を撫でた。

 指が当たるとぴくりと動く獣耳がひどく愛おしく思われた。


 フィージルと名付けられた子供は、おそらく普通の人間からしてみれば(いびつ)で、とても忌まわしく感じられるだろう。

 白狼の獣人種と、妖精種との混血。それぞれの種族的特徴を受け継いだフィージルには、左右合わせて4つの耳があった。頭部にある三角の獣耳と、顔の側面にあるやや尖ったオレハと同じ形の耳。

 さらに白狼であるにもかかわらず、白金のように白く輝く体毛。本人が後にプラチナブロンドと呼ぶ色の柔らかい体毛が生え始めていた。


 世間では忌み嫌われる体。おそらく集落でも白い目で見られるだろう。

 ここは白狼の獣人種の集落なのだ。オレハとフィージルを除いてここに住むのは生粋の白狼のみ。我が子の将来を心配してやまないのは本心からのことである。


 しかしその特徴こそが、紛れもなく自分と愛する人の血が流れているという証拠である。だから他の誰が何と言おうとも、オレハとその夫がフィージルを忌むことは万が一にもありえない。


「帰ったぞー」

「あ、あなた。おかえりなさい!」


 どうやら長く息子の寝顔に見入っていたらしく、気づけば夫が返ってくる時間となっていた。

 フィージルを抱きかかえたまま出迎えに行くと、そこには全身真っ白の体毛で覆われた野獣のような肉体をもつ白狼の男が狩りの成果を片手に立っていた。


「ただいま、オレハ。フィージルは眠っているのか?」

「ええ。抱っこしてたら眠くなっちゃったみたい」

「そうか。……安らぐ寝顔だな」

「すごくかわいいでしょう?」


 フィージルを抱えるオレハと、腰を曲げてそれを覗き込む夫。2人の身長差は倍とは言わずとも頭ふたつ分はあった。

 この事実だけでもフィージルの誕生がどれほど確率の低いことか分かるだろう。


 夫の名はディエンテ=バラメント。白狼の獣人種で、見た目からして屈強な戦士だということが分かるほど体格に優れている。

 顔も狼そのもので、オレハとの組み合わせはとても不自然に感じられる。


 今日の成果である鹿肉を置き、水場で汚れを落としたディエンテは傍から見ると凶悪にさえ思える笑みを浮かべてフィージルをオレハから受け取った。


「ほーら、フィージル。父さんだぞ」

「もう、そんなことすると起きちゃうわ」


 そんなやり取りを交わしていた、まさにそのときだった。


 眠っていたフィージルがぱっちりと目を覚ましたのだ。

 瞬きすること2、3回。狼顔の父親を至近距離で見たフィージルは、心なしか額に汗を滲ませているように感じられた。


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