第16話 集落の反応
父さんがいなくなったことをきっかけに僕が始めたのは、本格的な称号の改善だった。
すなわち、『歪な混ざりモノ』という称号を変えてしまうか、その欠点を補えるスキルを手に入れることである。
あれから称号について、この世界についていくつかのことが明らかになった。
まず、称号の説明にある”純なる存在”という言葉の定義。
この場合の”純なる”とは精神性を表すものではなく、もっと限定的な意味を持っていた。それを言葉にすると”自分の性質を表す称号をもっていない存在”である。
ヒントとなったのはかつて出会った妖精種の少女イリナだ。当初彼女の年齢は僕と同じで7歳だった。それは十分に称号の効果を受けうる範囲内であり、実際初めのイリナの僕に対する悪印象はそのためであると思っていたものである。
しかし話してみるとそれはあらぬ誤解のためであると分かり、最後には再会の約束までした。イリナは間違いなく”純なる存在”とは判定されていなかった。
さらにもう一人。その後に突然家に押しかけて来た白狼の少年ウォンは僕よりもひとつ年下である。ウォンも始めこそ僕に敵対的だったものの、それはちょっとした行き違いと生来の性格のためであり、本能的に僕を忌避する様子は見せなかった。
仮にイリナを例外としても、ウォンは僕に直情的であったり敗北による感情に振り回されたりと、どう見ても純粋な面を残したままだったように思える。二人の共通点は何だろうかと考えて、ピンときたのが称号だ。
ウォンは『猛き者』という称号を持っていた。イリナに関しては想像の域を出ないが、鳥であるウィッピーと意思疎通を図っていた彼女が自分の称号も持っていないとは考えにくい。
逆に生まれてからしばらくの子供は皆一律でないにも等しい『染まらぬ者』という称号で、これを”純なる存在”と言い換えることも可能だろう。
精霊はそもそも称号を持っていないと母さんに聞いている。
以上のことから、この世界は思った以上に『命名神』様に授けられる称号に準拠しているらしい。
そしてそのことを分かりさえすれば、自信を持って行動に移せるというものだ。
「すみませ~ん」
「んん~? 見たことのない坊主だな」
「一人かぁ? 森は危ないからさっさと集落へ帰れぇ」
見るからに厳つい白狼の男たちを森で待ち伏せし、少し申し訳なさそうに話しかける。二人の上半身は裸というなかなかワイルドな出で立ちで、ムキムキの筋肉を当然のごとく晒していた。
白狼は自前の体毛があるため、春先のこの季節であってもこの格好で寒くはないのだ。
対する僕はこのごろ当たり前となりつつある白狼の姿に<種族変更>をしており、その上できっちりと服を着ている。見かけ上同種族であるため警戒はされていないが、なぜこんな子供が一人で森にいるのか訝しく思われていることだろう。
僕は精一杯の子供らしい<演技>で言い募った。
「あ、あの! 実は僕、狩りを見たくて……!」
「あぁ? 狩りだぁ?」
間延びした声の男がぐっと身を屈めて僕を見下ろす。ともすれば威圧しているようにも見える。
「はい。僕、もっと強くなりたいと思っているんですけど、なかなか思うようにできなくて……でも! 実際にこの目で白狼の戦士が戦うのを見られたら、何か変えられると思うんです!」
強さに憧れる純粋な子供を演じる。大の大人にすごまれても怯まない様子に、男たちは困ったように顔を見合わせた。
「どうするよ」
「そうそう危険はないだろうがなぁ。興味本位で許すわけにはいかんだろぉ」
「ああ、そうだな。悪いとは思うが……」
む、何やら雲行きの怪しい様子。仕方がない、ここは奥の手だ。
「ところでお二人は素晴らしい筋肉をお持ちですね!」
ぴくり、と獣耳が動いたのを見逃さない。
「腹筋も胸筋も腕も満遍なく鍛えられていて、しかもバランスもいい。僕もそういうふうになれたらなぁ……」
筋肉については詳しくないけど、とにかく褒めそやす。白狼に限らず筋肉を褒められてうれしくない獣人種の男はいない。
ついでに獣人種の女性は毛並みを褒められると喜ぶのだとか。今のところ実践する機会はないのでただの伝聞だ。
「そ、そうか? ははは」
「そうです! 憧れます! 僕もあなたたちみたいになりたいんです!」
「そうかそうか! いいこと言ってくれるじゃねえか!」
効果はこの通り。頭を掻くふりをしてさりげなく筋肉を強調したり、顔をによによと緩ませる様子から満更でもないというのが丸わかりだ。
ちなみに嘘は言っていない。4年間も体作りを続けていれば筋肉に憧れもするというもの。ここまでゴリゴリとはいかずとも、効果的なトレーニング法があるならばぜひ教わりたい。
「そこまで言うなら仕方ねぇ。ついて来い」
「俺たちの近くから離れるんじゃねえぞ。そんでもってよく見ておけ!」
「はい!」
あっさり交渉は成功。僕は狩りをしに向かう二人との同行を許された。
チョロいとは言うまい。獣人種は仲間意識が強く、これも僕が白狼の姿だからこそここまで簡単だったのだ。よそ者に対する警戒心はきちんと持ち合わせている。母さんや本来の僕も、その警戒対象のうちに含まれている。
僕たちは簡単な自己紹介をしてから足を踏み出すのだった。
なお、張り切り過ぎた二人は猪2頭と兎を3匹、さらに鳥を6羽投石で撃ち落とすという大成果をあげたのだった。
♢ ♢ ♢
さて、なぜ僕がこんなことをしているのか。それはもちろん称号をどうにかするためだ。
『歪な混ざりモノ』は個人の称号をもっている相手は対象外ということが分かった。つまり大人や、すでに称号を授かった子供とは普通に接することができるのだ。
そこで僕は、対象範囲内のほとんど子供が出てこない集落の外ならば人と接することができると踏んだのだった。
僕の称号はフィージルという個体自身のことと同時に、今の環境も意味している。獣人種の白狼一族という社会の端っこに”混ざり”込んだ”歪なモノ”。白狼は僕を迫害こそしないものの、同族としても見ていない。どうしても異質であり”歪”であるという認識を取り除けないでいる。
逆説的に、僕が集落の人にとって”歪”でなくなりさえすれば、称号にプラスの影響が出る可能性が高いとも言える。今やっているのは、つまりそういうことだ。
狩りにやってきた白狼の大人たちと会話をし、乱戦の稽古で森へとやってきた同世代の子供たちに紛れ込んで拳を交える。姿を偽ってでも、僕という存在のことを集落の人たちに知ってもらうのだ。フィージル=バラメントという混血種は姿形こそ見慣れないものであっても、彼らと同じく思考する存在であり、気の合う友人をつくって仲良くなりたいと思うただの人間であるということを。
唯一不安なのが、『命名神』という名の神様は、この行為が人を謀るものであると判定を下すかもしれないことだった。僕が白狼の人たちと仲良くなったことよりも、騙したという行為に重きを置かれた場合、称号はよりまずいものになるかもしれない。だからこれまでこの方法を実行に移すことを躊躇っていた。
だけど、今は迷っている場合じゃない。事は父さんの生死にすら関わってくる。家で弱り切った母さんと結果を待つよりも、家族として同じ運命を共にし、なんとかして許しを得なければならない。
二人にもらってばかりだった僕だ。今動かないなんてのはありえない。
♢ ♢ ♢
「なあ、見たか? 最近森での稽古に乱入してくるやつ」
「ああ、俺なんか直接やり合いもしたぜ。あの場にいたんだから倒していい相手だと思ったんだが、どうにも見覚えがなくてな」
「俺も戦った。前髪を編んで女みてえなやつだったけど、こっちの攻撃が全然当たらないんだ。代わりに攻撃はへっぽこだったけど」
夕暮れ時。集落のある一角で、白狼の少年たちが話し込んでいた。彼らは将来戦士となるべく期待される者の中でも有望株であり、今日も激しい鍛錬に打ち込んだ後だった。話の内容は、その有望株たちをもってしても仕留めきれない謎の同族の少年、すなわちフィージルのことだった。
その出没回数はすでに5度に昇っている。
「師匠も知らないんだろう? どこからか特別に引き抜いてきたっていうのなら納得なんだけど」
「いやいや、それでも俺たちが顔を知らないはずがないだろ。ただでさえ広くない集落なんだ。あれだけできるやつならどっかで有名になってる」
「じゃあ最近になって称号を授かって強くなったとか?」
「それならそれでそのことを師匠に言って、弟子入りすればいいだけだ。わざわざ乱入してくる必要はない」
議論は熱く盛り上がっていた。話題に飢えていたというのもさることながら、自分の知らない強者の存在を戦士として気にせずにはいられないからだ。
「自分のことを隠していて、だけど強くなりたい……あっ、まさか!」
「分かったのか、ジョニー!?」
その正体に心当たりがあるそぶりを見せたジョニーという少年に仲間たちが詰め寄った。
「分かったぞ……あいつは、どこかの家で大事に育てられてきた箱入りの女の子なんだ!」
「ぶほっ!?」
誰かが吹き出したかのような音は輪の外から聞こえた。幸いというべきか、謎の乱入者の正体に興味津々だった少年たちは、その誰かに対してよりも言われた内容を受け止める方を優先した。
「そ、そうか、大事に育てられてきたけど、その子は本当は戦士になりたくて隠れてこんなことを……!」
「言われてみればきれいな毛並みだったよな。こう、太陽の光に透き通っていたっていうか」
「ぶふっ!? げほっ、ごほっ」
再び誰かの吹き出した音がする。さすがに看過できなくなったのか、盛り上がっていた少年たちは今も苦しそうに咳き込んでいるもう一人の少年の方を向いた。
「なんだよ、ウォン。さっきから」
「い、いや、げほっ、げほっ」
気道に唾液が入り込んだのか、なおも苦しそうに咳き込むのはこの中で最年少のウォンだった。同じ鍛錬を受ける者同士、ウォンも輪にこそ入っていなかったとはいえ、恒例の駄弁りに付き合っていたのだった。
「すました顔をして横で聞いてたんだろ」
「あーなるほど。つい反応したのか。ウォンはむっつりだな」
「ち、違う! 言っておくがそれ間違って……!」
「誤魔化すなって。ほら、顔が赤いぞ」
「いつも目つき悪いと思ってたけど、案外かわいいやつだな」
もはや何を言おうとしても聞き入れてくれなかった。弟分の意外な一面に、少年たちはよってたかってウォンをからかう。
「くそっ、俺もう帰るからな!」
「おう、またな~」
「明日会えるといいな、あの女の子に」
「お前ら、明日覚えてろよ! 全員殴り倒してやる!」
負け惜しみのような言葉を残してウォンはさっさとその場を去っていった。背中に届く朗らかな笑い声が彼の気を逆なでする。
そしてそのままの流れで、いつの間にか彼らの間で謎の乱入者が少女であることが確定していた。
「くそ、あいつのせいだ。フィージルのやつ!」
唯一その正体を知っていたウォンだったが、ことさらフィージルのことを明かそうとはしてこなかった。それを話題にして話し合う相手がいなかったというのもあるが、戦えればそれでいいかとその思惑を頭の隅に追いやっていたことも原因である。
しかし、そうした怠慢が祟ってウォンは窮地に立たされてしまった。これまで畏敬の念を込めて年上たちの視線を集めてきたのに、それが一気に生暖かいものへと転じてしまったのだ。恨みの矛先はフィージルへ向かう。
「あいつも今度は出し惜しみなく殴り倒してやる」
以前敗れた時はフィージルに対する恨みをさらなる強さへの欲求へと昇華できたウォンだったが、今回ばかりは話が違うとばかりに拳を握り締める。これが八つ当たりであることに関しては目をつぶる。
「それでなぁ、今日またその子が来て狩りに連れて行ってほしいと頼まれてなぁ」
「おお、今日もか。随分と熱心だな。そろそろ弟子入りされるんじゃねえか? なんといった名前だったか……」
「フィージルと言っていたな」
知った名前を耳にしてウォンは思わず首を回した。
そこには狩った鳥を担いで歩く男と、それに連れ立って歩く男がいた。狩人の方の男は間違いなくフィージルという言葉を口にしていた。
「いやぁ、あの子は狩人というよりも戦士になりたがっているようだからなぁ。体は鍛えていても、そっちは俺にはからっきしだからなぁ」
「そうか。それにしてもどこの子なんだろうな。フィージルなんて子、集落にいたっけな」
そのまま二人はウォンの視界から外れていった。それでもウォンはしばらくその場を動くことはできなかった。
「あいつ、本当に何やろうとしてるんだ……」
これは本腰を入れて暴くべき案件ではないかと思い始めるウォンだった。