第11話 目が合ったらバトル
「はぁー」
『木枯らしの季節』が過ぎ、『芽吹きの季節』がやってきた。日本では春にあたると言えるが、厳密には完全に一致するわけではない。
具体的には二月下旬から四月くらいだろうか。大雑把な季節区分のためか、この世界では春が短く夏が長い。
まあ、それはどうでもいい。問題なのは冬から春になったということ。
つまり、僕は八歳になったのだ。
しかしそれにもかかわらず、最近の僕はなんだかナイーブな気持ちになることが多かった。
「ほー」
白狼の集落から少し離れた丘の上に我が家はある。
僕はその丘の斜面に寝そべって、気の抜ける声を漏らし続けていた。
今日は天気が良く、気温も温かい方だ。このままぼうっとしていれば、夕方まで一瞬で時間が流れ去るだろう。
ましてや考え事をしている時には、なおさら時の流れの速さを実感する。
ぴくり、と頭の上についている方の耳が動いた。小さな音も拾ってくる高性能な獣耳が、こちらに近づいてくる足音をキャッチしたのだ。
歩幅の狭さ、大地を踏みしめる足の軽さ。よく知る母さんのものだ。
「フィー君、何してるの?」
ビンゴ。
母さんの声は獣耳だけでなく、側頭のエルフ耳にも届いていた。
「んー。ぼーっとしてる」
「あら、今日はいい天気だものね。でも眠っちゃだめよ。風邪を引いちゃうから」
「うん」
寝転がってうつ伏せになった僕は母さんの方を向いた。相変わらず少女のような若々しさ、というよりも幼さの母が呆れたように微笑んでいた。
「ほら、フィー君。尻尾に草がついてるわよ?」
おしりの上に生えた一房の毛束、まあ僕の尻尾なのだが、そこにまとわりついた草やらゴミなんかを母さんはとってくれる。
尻尾はかなり敏感な器官だ。ときおり体が身動きしそうになるのを抑えて、僕は母さんが手を離すのを待った。
もう慣れ切ってしまっていたけど、そういえば僕は獣人種のハーフであって、尻尾なんぞというものをもっていた。それが地球で考えるといかに異常なことなのか、今更ながら思い出した。
「はい、おしまい。お外で遊ぶのもいいけど、家に入る前にはちゃんと綺麗にするのよ?」
「うん、大丈夫」
「ふふ、えらい子えらい子」
頭をひと撫でしてから母さんは家に帰っていった。最近では黙って家を出て事件に巻き込まれたことを僕が反省していると察してか、一時的な外出も許可されていた。
といっても、行ける場所は家の周り以外にないのだけれども。
「ふぅー」
誰もいなくなってから、僕はまた気だるげに息を零した。音は違えど、それはため息といって遜色なかった。
僕の悩み。いろいろある。
自分のこと。称号のこと。将来のこと。
でもなにより僕は、今について悩んでいた。
「……魂の寿命、どれくらい使ったかな」
極めて小さな声でつぶやいた。
獣人種であっても内容を聞き取れないほどの大きさの声だ。
フィージル=バラメントとして二度目の生を受けて八年。さすがにもうこの集落での暮らしや新しい家族にも慣れている。
ステータスや称号の存在は当たり前に受け入れているし、毎日父さんに戦いを教えてもらっているのも日常の一部。母さんに勉強を教えてもらうのも含めれば、それが僕の生活のすべてだった。
一緒に遊ぶような友達はいない。
家事以外に両親を手伝えることはない。
集落の外に出るなどもってのほか。よしんばどこかの街に繰り出したとしても、『歪な混ざりモノ』の称号がある限り人の多い場所には行けない。
僕がやれることはこんなにも少ない。未知の世界はすぐそこに広がっているのに、このまま一部の地域でごく狭い広さの人間関係のまま時が過ぎていくと思えば、酷く憂鬱な気持ちになるのだ。
考えたくもないことだが、高本壮也の魂の寿命、あるいはフィージル自身の寿命を終えるまでずっとこんな毎日だったならば、これほど絶望的なことはない。
要するに、変化がほしい。ルーティーンのような毎日ではなく、もっと刺激的で意欲の湧くような、そんな生活がしたい。
「……でも、何をするにしてもやっぱり問題なのは称号なんだよなぁ」
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『歪な混ざりモノ』
この世に存在するはずのない歪な存在。世の理から外れたモノ。
純なる存在を遠ざける。
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変わり映えのしない内容だ。その効果も、こちらの気も知らないで絶好調だ。
今も精霊たちは僕から遠ざかろうと必死に逃げていることだろう。
問題は分かっている。しかし、その問題を解決するためには大々的な行動を起こさなくてはならない。
だが、これまたしかし、それをするにはまだ力も年齢も足りず、家族に心配をかけることもできない。
一発逆転的な解決は不可能と思っていいだろう。
「だったらコツコツ積み重ねる方法だけど……」
そんなやり方ではいつまでかかるか分からない。今の称号がかなり強固に定着している分、十年単位での積み重ねが必要と見た方がいいだろう。
確実とも言えず、そんな先の見えない方法はとりたくない。
結局、詰みだと分かっただけだった。
「はぁー……」
誰が聞いても明らかなため息をつく。口から逃げていく幸せが見えた気がした。
「こっちでも、僕は思うようには生きられないのかな……」
他人の顔色を窺い、その人の望むように振る舞ってきた前世。今度こそ自分に素直に、そして自分の望むように生きようという願いは、今のところ叶えられる気がしない。
そりゃあ誰だって柵はあるだろう。でも、称号という形で世界によって巻き付けられた鎖はあまりに太く、重かった。
「そもそも、僕のやりたいことってなんだろう」
ふと、疑問に思う。
『真面目』と言われないように、ほどほどに頑張ってほどほどに遊べればと思っていたけど、そこに具体性がないことに気づく。
押し付けられた環境をなんとか脱しようと考えるばかりで、僕がやって来たのはあくまで受動的な対処だけだ。
僕のやりたいこと……改めて考えると難しい。
旅や冒険に憧れはあるが、危険なことはしたくない。だけどこのままここで暮らすのも味気なく、もっと都会に行ってみたいとは思う。
漫画のように強さを求めようとも思わない。ただ、何かあった時に命を守れるようにはしておきたい。
うーん、どれもしっくりとこない。どちらかといえばそうした方がいい、くらいの感じだ。
というか、いくら考えても結局は称号の件に戻ってくるのだから堂々巡りだろう。
「あーもう、こんがらがってきた」
眼下に広がる白狼の集落。あそこでは僕と同じ年の子供たちが、友達と一緒に楽しく遊んでいるのだろうか。
正直言って羨ましい。そうだ、僕は友達が欲しいのだ。これは間違いなく僕の本心からの願いだ。
唯一友達と言っていいイリナはエルフィス王国に帰っていった。今頃どうしているだろうか。僕のように勝手にいなくなったことを叱られて、そして今もウィッピーと楽しく遊んでいるのだろうか。
僕の称号の影響を受けなかった稀有な存在。もしかしたら、この年ごろから徐々に”純なる存在”の括りから外れていくのかもしれない。
ならば僕も、そろそろ恐れを脱ぎ捨てて前に踏み出してもいい頃合いではないだろうか。頑なに顔を合わせないようにしてきた集落の人たちと交流をもつ覚悟をするべきかもしれない。
でも、それをするにはまずこちらまで来てもらわないといけないわけで。集落には今も小さな子供がたくさんいるので、僕の方からは近づけない。
触らぬ神に祟りなし状態で、こっちまで来る人がいない現状で、そんな行動を起こすもの好きなんているはずが……。
「ね、ねえ、本当にだいじょうぶなの?」
「おそってきたりしない?」
「ああ、問題ない。俺は何回もあの家の近くまで行ってきたからな。族長がいるとやばいが、今は集落の方にいるのを確認している」
来たー! ちょっ、このタイミングで……!?
「むっ、あにき、誰かいる!」
「においがする!」
「この俺の前に立ちはだかろうとは度胸のあるやつだ。邪魔するならば打ち倒すまで」
ま、まずい。こちらが風上だから匂いで存在がばれた。声からしてこちらに向かってきているのは三人の子供だ。
このまま見つかってしまえば……!
「そこだな! むっ、なんだお前……」
「いぎゃぁぁああああ!?」
「こわいぃぃいいいい!!」
「おっ、おい!?」
ああ、やっぱりぃ……。
現れたのは三人の白狼の子供。そのうちの二人はまだ五歳くらいという幼い風貌をしていた。
おそらく兄貴分であったのだろう、年長の子だけは僕を見ても恐れた様子を見せなかった。突然泣き叫びながら丘を駆け下っていった二人と僕を見比べながら訳が分からないという顔をしている。
「な、何をした! レンレンとクルンに何をした!?」
「ごめん、僕の称号が――」
「問答無用! わるものめ、二人のかたきだ! 最強の拳をくらえ!」
「ちょっとお!?」
あぶなっ!? 突然跳びかかってきたのを咄嗟に避ける。
白狼に特徴的な低姿勢からの高い機動力は、この子の年齢からすれば目を見張るものがある。<見切り>のスキルがなければ直撃していた。
というか推定年齢六~八歳ほどのこの子、僕の称号の効果を受けていない……?
「なに、避けた!?」
「ちょっと、話を聞いて!」
「惑わされるか! おかしな恰好をして! <拳風>!」
「い゛っ!?」
振り抜かれた拳は僕に届いていないにもかかわらず、無防備な腹部に衝撃が加わった。間違いなくスキルだ。
軽い腹パン程度の強さだが、隙を作るには十分。白狼の子はすでに拳の届くところまで接近していた。子供の筋力とはいえ、身体能力に優れた白狼の攻撃は無視しえない威力になる。
「負っ、けるかぁあ!」
「な……!」
万全の態勢から放たれた拳は重い。その重い一撃を、僕は両手で受け止めていた。
白金色の体毛にびっしりと覆われ、小さくも鋭い爪を伸ばした両手で、だ。同様に僕の顔も体毛に覆われ、広く裂けた口から牙がのぞいていた。
突然の変化に動きを止めてしまった名も知らぬ白狼。その隙だらけの足もとに自分の足を差し込み、取り押さえるように地面に引き倒した。
一応は敗れた形になる彼の表情は、想定外のことが起きたというような驚きを露わにしていた。




