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称号世界の混ざりモノ  作者: 浮谷柳太
第一章 田舎暮らしの幼少期
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第1話 召喚、ではなく死

よろしくお願いします。




 


 高校二年生の僕、高本壮也という人間を一言で表すなら『真面目』だろう。


 これは別に思い込みとかではなく、周りからよく言われるのだ。



「掃除もきちんとやる高本は本当に『真面目』だな」


「壮也、今日も塾か? 『真面目』だねぇ」


「高本先輩って、本当に『真面目』ですよね。ちょっと真似できないです」



 それぞれ担任の先生、同じクラスの友人、部活の後輩の言葉である。


 とはいえ、彼らの言うことも理解できる。仮に僕と全く同じような人が現れたら、同じように『真面目』という称号を贈るだろうから。


 学校での成績はトップ。部活動にも精力的に取り組み、日頃の生活態度も評価されて今では学級委員長なんてものまでしている。確かに、どこからどう見ても『真面目』だ。

 加えてまだ大学受験を先に控えながらも本格的な進学塾に通っているのだ。そこでの評価も変わらず『真面目』である。




 だけど反論させてほしい。僕は断じて好き好んでこうなったわけじゃない。


 初めはただ自分が頑張ることで親や周りの人が喜んでくれるのが嬉しかっただけだった。小学校のテストで満点を取り、純粋に楽しみながら努力をすることができたのだ。


 だけど結果を出す度に周りの期待も上がっていき、僕はそれに応えるためにも弛まぬ努力を強いられることになったのだ。

 なまじ完璧主義みたいなところがあったために、自分で中途半端を許せなかったというのも原因である。


 そんなものが重なり続けた結果、今のように『真面目』な模範生像が定着してしまったわけである。




 本音を言うなら僕はもっと遊びたい。勉強なんかほっぽり出して、一度きりの青春を謳歌したい。

 けれど、完成してしまった『真面目』という印象を壊す勇気はなく、僕は今もこうして塾帰りの夜道をぽつりぽつりと寂しく歩いているのだった。


「ああ、休息がほしい……」


 学校からの部活からの塾という三連コンボに(しご)かれた僕は、つい愚痴をこぼしてしまう。


 ちなみに部活は陸上部。種目は短距離だが、こちらは目立って記録が良いというわけではない。

 こればかりは『真面目』であってもどうにかなる問題ではないだろう。


 それはそれとして、部活も楽しいけれど、やっぱり遊びたいという気持ちの方が今は強い。とはいえ退部という選択肢もなかなかとる決意を持てない。

 結局のところは周囲の目に逆らえないところがダメなんだろう。


 そんなことを考えるうちに歩道橋に差し掛かる。僕の家はここを渡るともうすぐだ。


 帰ったら明日の授業の予習をしないといけない。これも優等生であり続けるために僕に課せられた呪いだ。

 両親は優しいけれど、僕に期待を寄せすぎている節がある。きっと塾や宿題をさぼったりなんかしたら、多大な心配をかけてしまうだろう。


「もう『真面目』はやだなぁ」


 どうにもならない不満を口に出す。充実しているといえばそうなのだが、そんな世界が酷く息苦しい。

 いっそ髪でも染めてグレてやろうかーーなどと行動を伴わない虚言を呈そうとした、その時だった。



 ――――突然僕の足元からまばゆい光が放たれたのだ。



 一瞬の思考の間に車のライトかと疑った。しかしそれにしてはあまりにピンポイントすぎる。

 まるで周囲の期待を裏切ることを考えた僕を咎め、脱獄を試みる虜囚をそうはさせじと明るく照らすように、その光は僕だけに発せられていた。



 ――というのが僕の感想。だけどそんなことはすぐにどうでもよくなった。



「うわっ!? うぉぉおお!?」


 なぜなら僕の足はすでに、足元に浮かんだ光を放つ紋様から離れていたのだ。


 タイミングと場所が悪すぎた。

 光が放たれたのはちょうど僕が歩道橋の階段から降りようとする時。すなわち、片足を上げた不安定な状態から目をくらまされ驚かされた僕は、足を踏み外して下へと真っ逆さまに落ちようとしているのだから。


 死の間際に時間が何十倍にも引き伸ばされて感じられるという話は本当だった。

 そう最後に学んだ僕は、抵抗する間もなく真っ逆さまに転げ落ちていく。



 最期に目に映ったのは、何の役割をもって出現したのか分からない光が名残惜しそうに消えていくところだった――。
















 ♢ ♢ ♢



















「……あれ?」



 どこだここ? 僕は見知らぬ大地に立っていた。


 とはいえ辺りは真っ暗で何も見えない。昔に訪れた田舎のじいちゃん家の夜みたいだ。

 電灯なんかがないから、一歩外に出ると怖いくらいに何も見えなくなる。そんな光景をふと思い出して懐かしくなる。


「いや、そうじゃなくて……」


 不安を抑え込んで僕は首を横に振る。今は他に考えることがある。


 僕は謎の光に驚いて歩道橋の階段を転げ落ちたはずだ。病院のベッドで目覚めたというなら分かるけど、どう考えてもこんな真っ暗闇の中に放置される理由はない。

 というか、このどこまでも暗い闇は明らかに現代日本の光景ではなかった。まさか、僕は――――。


「はい、お亡くなりになられました」

「うわぁぁぁああああああ!?」


 突如背後から聞こえた声に僕は絶叫を上げて転げまわる。

 暗闇の中、前触れなく後ろから女性の声が聞こえれば驚きもする。ホラー映画やお化け屋敷は苦手だから、なおさらのこと。


 僕は地面を這いつくばったまま、恐る恐る声の方向を向いた。


 この真っ暗闇にも関わらず、その人物の姿だけははっきり見える。

 濃紺のドレスを着たグラマラスな女性。男なら一瞬目を奪われそうだが、ある一つの特徴が僕にそれを許さなかった。


「か、顔が……」

「お気になさらず。私はもとよりこのような『顔』ですから」


 そう、これだけはっきりと体の輪郭を闇に浮かばせておきながら、顔だけは真っ黒に塗りつぶされていたのだ。

 のっぺらぼうとは少し違う。目、鼻、口といった顔を構成するパーツをまとめて黒く塗りつぶしたようになっている。


『顔のない女性』は僕に言う。


「もう一度いいます。高本壮也さん、あなたはお亡くなりになられました。ここは魂の終着点、その入り口です。またの名を、冥界」

「ッ……! やっぱり……」


 動揺をそれだけで済ますことができたのは驚愕すべきことが重なったからというのもあるが、どこかでそれを予想していたからだ。

 こんな非常識な空間や存在は、現実ではありえない。この真っ暗闇も、冥界だというなら納得もできるというものだ。


「あと数歩後ろに下がれば冥界です。そうなるともう戻ってくることはできなくなります」

「あっ、危なっ……」


 言われて這って前に移動した僕は、そこで奇妙なことに気づいた。


「ここはまだ、その冥界じゃないんですか?」


 冥界の入り口、そしてもう戻って来られなくなる。つまりここはまだ冥界ではなく、僕は最悪の一歩手前にいるということだろうか。


「はい、その通りです」


 果たして、その予想は当たっていた。だがこの『顔のない女』が何を意図してそのようなことを告げるのかが分からない。

 その答えは聞かずともあちらから語られることとなる。


「高本壮也さん。あなたの死因は転落死ですが……それを引き起こしたのは神の勝手な行いです」

「神……ですか?」

「ええ。偶然とはいえ、あなたは神により間接的に殺された、といっても差し支えありません」


 話しがおかしな方向に向かっている。

 神の行いというのは、あの光を放つ紋様のことだろう。あれは車のライトでも懐中電灯でもなく、歩道橋の地面から発せられていた。そんなことは常識的に考えてありえない。


「あれは他の世界の技術。遠くのものを呼び寄せる召喚陣というものです。世界を越えてそれを使えるのは神以外にあり得ない。そして、それは決して好ましいことではありません」


 無理やり頭を働かせてなんとか納得する。

 要するに、足を踏み外さなかったら僕はわけも分からず別の世界へと呼び寄せられていたと。それ自体は回避されたけど、代わりに足を踏み外して転落死してしまったわけだ。

 死ぬくらいなら、別の世界でもなんでもいいから生きていたかったなぁ……。


「あなたに不幸を(もたら)した件について、かの神に代わり謝罪します。ああ、ちなみに私は『冥界神』という者です」

「い、いえ……どうも」


 謝罪と自己紹介を受けて、とりあえず姿勢を正して頭を下げた。というか『冥界神』って、もしかしてこの人も神様なのだろうか。今更だが会話の中で神がどうとか言っているのもおかしな話だ。

 とりあえず悪い人、いや、悪い神様ではないということは分かった。


「それで、僕はこれから……?」

「謝罪は済みました。どうぞ冥界へとお進みください」

「はぁ!?」

「冗談です」

「は、はぁ……」


『冥界神』様は顔が真っ黒に塗りつぶされているから表情の変化が一切分からない。声の抑揚も乏しいから冗談が冗談に聞こえないからタチが悪い。

 どうやら悪い神様ではないけど、少々マイペースでもあるようだった。


 僕の反応に満足したのかどうか、ともかく『冥界神』様は本題に入ってくれた。


「あなたの魂は完全には死んでいません。本来もっと後に尽きるはずだった命が、神の介入によって乱されてしまったのです。このままでは魂を輪廻に返すことができず、かといって生き返らせることもできません」

「それでは?」

「ある世界に生まれ直して頂きます。そこは比較的、命に関して融通が利きますので、改めてその世界で魂の寿命を使い切ってください。記憶に関しては魂と共に保持されます」

「それは………」


 娯楽に疎い僕でも分かる。つまりは、異世界転生だ。


 衝撃を隠せない僕に、『冥界神』様はやや声音を抑えて言った。


「せっかくお越しいただいて申し訳ないのですが、冥界にはそれからいらしていただくという形でお願いします」

「い、いえ、別に来たくて来たわけじゃ……」


 こ、これも『冥界神』様流の冗談なのだろうか。身長制限を満たしておらず、ジェットコースターに乗れなかった子供に言って聞かせる職員の図が頭に浮かんだ。


「そうですか……」


 あれ、何か悲しんでる!? もしかして、自分の世界に来たくないと言われたことで傷ついてるとか?


「あ、はい、いつになるかは分からないですけど、また来ますので」

「…………」

「いやー楽しみだなー。早く寿命使い切らないかなー」

「冗談です」

「冗談かい!」


 やっぱり冗談だった。表情が判らないから本当に判断に困る。

 いや、いちいち付き合う必要もないのだけど。相手が神だからどうとか以前に、勝手にあっちのペースに引き込まれてしまうのだ。

 何とも言い難い不思議な魅力をもつ神様だ。気づけば自然と強張っていた肩の力が抜けていた。


 そして今一度、高本壮也の人生を振り返ってみる。

『真面目』という仮面をかぶり続け、まわりに本音を零すこともできず、みんなの望むようにふるまってきた僕の人生。それは充実したものではあったかもしれないけど、本当の僕の望みとは遠いものだ。


 生きたい。素直にそう思う。

 もともと死にたかったわけではない。でも、人間いつ死ぬか分からない。今の僕みたいに、突然何かしらの原因で死ぬことだってあり得るのだ。

 そのときに、自分の人生を振り返って後悔を残したくない。そして何より、十七歳という若さで終わりたくない。


 これまでよくしてくれた人たち、友達のみんな。今までありがとう。

 父さんと母さん。先立つ不孝をお許しください。その期待はいつも僕の肩に重かったけど、少なくとも頑張るための原動力にはなっていた。


 ――でも、僕はもっと自由に生きたかったんです。


 与えられたただ一つの選択肢は、僕の願望と正しく一致していた。


「分かりました。僕はその世界でもう一度生き直してきます」


 僕が何と言おうとも、僕の行く末は決定されている。

 しかし、これは他人(『冥界神』様)に言われたからではない。僕自身が、自分の意志で決定したことだと、そう言える。


「では、参りましょう」


 僕の決断に頷いた『冥界神』様は、突然両手を広げた。すらりと細い腕が伸びてレースに透けた肌は雪のように白い。

 本当に顔が真っ暗なのがもったいないくらいだ。できればその全貌を見てみたいとも思う。


 そんなことを考える僕の目の前で、『冥界神』様はどこに隠していたのか背中から立派な黒い翼を広げた。

 烏のように漆黒のそれは、死神のように恐ろしく、そして何より美しかった。


「あなたに幸多からんことを……」


 そう言うと、『冥界神』様の翼から一枚の羽根がふわふわと僕の眼前に飛んできた。

 どう反応するべきか分からず硬直していたが、羽根は僕の胸に吸い込まれていった。その瞬間、僕の意識が遠ざかる。





 ここからの記憶はない。高本壮也という人間は死した後、稀有な体験を経て再び生者の世界へと返り咲くのだった。



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