魔法少女フォルシュトレッカー
急に思いついた魔法少女ネタ。つづくかも?
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ!!」
たまたま用事で帰りが遅くなったある夏の日。ナニカに追われていた私、桜野美咲は必死に夜道を走っていた。
帰り道、何か後をつけられていると感じた私は後ろを振り返ると少し離れた位置にそのナニカがいた。人にも動物にも見える不気味な黒い靄。ナニカの正体は分からない。けど私は恐怖を感じ走りだすとそのナニカも私を追いかけるようについてきた。
普段は仕事帰りのサラリーマンとか通行人がいてもおかしくないのに今日に限ってさっぱり人気がない。それに気のせいか走っても走っても周りの景色が変わらず、まるで自分が別世界に囚われたような感覚だ。
そうこうしてるうちに私とナニカと距離は徐々に縮まってきた。必死に走っているつもりなのに私が進んでいるスピードが途轍もなく遅く感じる。距離が詰まるごとに恐怖心がどんどん大きくなっていく。差が10メートルを切ったことでとうとう恐怖が私のキャパの容量を超えた。
『いやあああ!!だ、誰か助けてええ!!』
次の瞬間、泣きながら走る私を紅い輝きが包みこんだ。
この時に運命の歯車が廻り始めた。
◇◇◇
「うーん、マジカル……魔法……むにゃむにゃ」
「美咲!いつまで寝てるの!遅刻するからさっさと起きなさい!」
「ふぁ!?……なんだお母さんか。そんなに怒鳴らなくていいじゃん」
「文句は時間みてから言いなさい」
時計『8時だぜ』
「8時ィィイ!?何でもっと早く起こしてくれなかったのさ!」
「こっちは何度も起こそうとしたよ。『おのれ〜組織の陰謀か〜』とか『魔法少女は挫けない!』とか寝ぼけて起きなかったあんたが悪い」
えっ、私そんな変な寝言言ってたの?マジですか……。
「あっ、そうそう。昨日の夜に届いたんだけど、なんか流涎さんからあんたにプレゼントらしいわよ」
流涎さんは間藤院流涎といって私の父方の叔父にあたる人だ。海外で仕事をしていてよく現地の土産をプレゼントしてくれる。両親に内緒でお小遣いをくれる良い人なんだけど、本人は海外の呪いに興味があってたまに土産がその呪い関連の物になるんだよね。
「あとでちゃんとお礼の電話しなさいよ」
そう言ってお母さんは私に手のひらサイズの木箱を渡してリビングに戻っていった。
「今回はなんだろう。また変な物じゃなければいいけど」
期待と不安が入り混じりながら恐る恐る箱の蓋を開ける。
「紅い……石?」
中に入っていたのは布に包まれた楕円形の綺麗な紅い石と折り畳まれた紙。紙は恐らく叔父さんから私に宛てた手紙だろう。気になって紙を広げるとそこには普段の温厚な叔父さんからは想像できない乱暴な字でこう書かれていた。
『急にすまない。その石を肌身離さず持っていてくれ。絶対に絶対だぞ』
本当にそれだけで他には何も書かれていない。なんか不気味だ。よく手紙を見ると乱暴な字というより書き殴った感じがする。今まで何度もプレゼントをもらってきたけど、こんなのは初めてで一体どうすればいいんだろう。叔父さんがどんな心境でこれを書いたかは分からない。だけど漠然と嫌な予感がしてなんとなく叔父さんの言う通りにした方が良いとそう思った。
「って時間!」
時計を見るとすでに8時20分をまわっていた。マズイ本気で遅刻する!
すぐに制服に着替えて、叔父さんから貰った紅い石を制服のブレザーの胸ポケットにしまう。
「いってきまーす!」
朝食を抜いた状態で学校まで全力ダッシュ。
入学以来続いていた皆勤を途切れさせるかあああ!!!
「死ぬかと思った……いやマジで」
結局、先生が出席するギリギリで教室に滑り込んだことで遅刻は回避できました。でも家から学校まで全力疾走+朝食抜きだったから眠気やら何やらで午前中の授業は死んだ。で、今は昼休み。
「それで美咲はあんなにへばってたわけね」
呆れた声を上げるのは私の親友で幼馴染の禊ちゃん。キリッとした委員長タイプで男女共に人気が高いクール系美少女。何度も告白されてるけど本人はそんな気はないようで誰とも付き合うつもりはないらしい。私なんて生まれてから一度も告白されたことないのに。モテ女め!
「いやいやいや、それを美咲には言われたくないし(美咲のこと好きな奴は結構いるし、美咲って鈍感だから気づかないだろうけど)。それに私が付き合うつもりがないのは、好き云々より今年が受験で忙しいからよ。私達が中3だってこと忘れてない?」
「アハハハ……流石我が親友。よく分かってるね。そういえば禊ちゃんって県外の進学校を志望してたよね。やっぱりレベル高いの?」
「まあね。あそこは全国的にもレベルが高いことで有名だから、並大抵の努力じゃ話にならないわ。だから恋愛に構っている場合じゃないの。それはそうと美咲は志望校決めたの?まさかまだ決めてないなんて言わないでしょうね」
「流石に決めたよー。まあ決めたの昨日だけどね。蓬莱学園だよー」
「は?《《あの蓬莱学園》》にしたの?あそこレベルは高いけど学費も洒落にならないくらい高いじゃない。そりゃあ近所の底辺校よりはマシだろうけど大丈夫なの?」
禊ちゃんが心配する気持ちはよくわかる。蓬莱学園は学力が高くて設備も充実しているけど、いわゆる金持ち高校というやつで学費が一般家庭では到底払えないほど高いことで有名だからだ。多くの生徒の親は医者やら会社の重役やら社会的地位が高い人らしい。だからレベルが高くても周囲から敬遠されてきた。でも私はそんな蓬莱学園に行きたかった。
「大丈夫大丈夫。私特待生枠狙ってるから。特待生だと学費の殆どが免除されるんだよ」
「たしかに美咲の成績なら特待生枠狙えても不思議じゃないけど、なんでわざわざ蓬莱学園なの?他にもレベルが高い学校はあるじゃない。ま、美咲のことだから何かしら考えてはいるようだけど」
そう言うと禊ちゃんは興味を失ったようで、さっさと午後の授業の準備を始めた。禊ちゃんの言う通り蓬莱学園を行く理由はちゃんとあるけど人前で言うことじゃないから、しつこく聞いてこなかったことに感謝している。
「あ、後で午前の授業のノート貸して」
「はいはい」
やや退屈だけど、平凡で平穏な日常がこのまま続くと思っていた。この日までは。
◇◇◇
そして場面は冒頭に戻る。
(嫌な予感が的中した!叔父さんはこの事を危惧してたの!?)
黒いナニカから逃げながら私は必死にどうするか考えた。だけどまったく打開策が思い浮かばない。その間にもナニカとの距離が縮まってくる。恐怖で自然と涙が溢れてきた。
「いやあああ!!だ、誰か助けてええ!!」
そして私は紅い光に包まれた。その時、
『やれやれ。やっと担い手が現れたと思ったのにな……』
という声が頭の中に響いた。
「……あれ?ここはどこ?」
光の眩しさによって瞑っていた目を開けると、そこは真っ赤な空間だつた。
『やっと気づいたか。まさかこんな女が担い手なんてな』
頭の中で響いた声がまた聞こえた。今度は頭の中じゃなくて空間に響いている感じだ。
「誰!?ここはどこなの!?」
キョロキョロと周りを見渡したが、声の主らしき人影すら見えない。
『どこ見てんだバカ。ここだよここ。胸元見てみろ』
なんかむかつく言い方にムッとしながら素直に胸元を見ると、そこには紅く輝く叔父さんから貰ったあの石。ポケットから取り出すと、いきなり石が手から飛び出して私の目の前に現れる。……なんか宙に浮かんでいるんですけど。
『やっと出れたぜ。さっさと気づけ。まったく鈍い奴だなあんたは』
どうやら声の主はこの石らしい。いちいち言い方がむかつくなあ。
「鈍くて悪かったね!いいから質問に答えてよ。ここはどこ?貴方は一体何?私を追いかけたのは何者なの?」
『おいおい、そんなに質問すんなよ。答えんのが大変だろうが。まず俺の正体は『賢者の石』の欠片で、今は『展開式魔道霊装レ・ルージュ』って呼ばれてる。あんたに分かりやすく説明するなら魔法のステッキみたいなもんだな。で、ここは俺の精神世界だ。外部の時間は止まってるから安心しろ。最後にあんたを追ってた奴の正体は知らん。が、ありゃあタチが悪い魑魅魍魎の類いだろうな。周囲に人影すらいなかったのは逢魔時に奴に出会ったせいで、別世界に引きずり込まれたからだ。脱出するには奴を倒す必要がある』
正直入ってくる情報が多すぎてよく理解できていないけど、どうやら私はとんでもない状況に陥っているらしい。もう何が何やらでリアクションがとれない。まさに頭の中が真っ白になった感じ。何とか理解してできたのは石が喋っていることと変なのに追われていること、そしてその変なのを倒せないと元の世界に戻れないこと。
もう訳が分からないよ。何でこんなことに巻き込まれるの……。今日まで普通に暮らして普通に学校に通ってたのにさ。
『呆然となるのは分かるけどさ。そろそろ再起動してくれない?俺の精神世界も無限にいられる訳じゃないから』
フリーズした私に業を煮やした石は呆れ半分苛立ち半分の声で話しかけてきた。その声で私は再起動したがどうも現実感がない。追われて怖かったのは本当だけど、何だか変な夢を見てるような感じがする。
「でもどうすればいいのよ?倒せって言われても私じゃ無理だよ」
運動はそれなりにできるけど喧嘩なんかしたことないし、あんなの相手だと怖くて何もできない自信がある。
『いや別に生身で遣り合えとは言わねえから安心しろ。ただ俺と正式に契約してくれれば、あれを倒す力を与えてやるよ』
「契約すれば本当にあれを倒せるの?というか結局私が倒さないといけないじゃない!そんなの無理に決まってる!大体何で私なの!?何で私が選ばれたの!?」
もう意味わかんなくて叫ばずにはいられなかった。
『……すまん。重要なことを説明し忘れた。あんたが俺の担い手だったのは俺を操れる程魔力が膨大だったこと、そしてその魔力の相性が俺と合っていたからだ。契約すれば倒せる力を得るのは本当だ。たしかにあんたが戦うことになるが俺も全面的にサポートする。強引なのはわかってる。俺と契約してくれ。でないとあんたはあれに殺されちまう』
頭の隅ではまだ信じられない気持ちがあるけど、契約しないと殺されることは理解できていた。この石が嘘をついてる可能性も考えた。だけどこのまま家族に会えずに死ぬことは考えられなかった。
「分かった。契約しよう」
自然と私の口からそんな言葉が出てきた。やらずに後悔よりやって後悔した方がマシだ。
『了解した。なら俺を握って胸元に当ててくれ』
石ーールージュの言う通りにルージュを胸元に寄せる。すると、そこから私が私じゃないような感覚に襲われる。
「我、レ・ルージュと契約す。誓いに従い破魔の力を我に与え給え」
『え……?』
自然と口ずさんだ言葉だったが、そう唱えるとルージュは太陽のように輝き、私にも熱が帯び始めた。右手を見ると手の甲に変な文様が浮かび上がっていた。契約の証なんだろうか。
「変身!」
その言葉を唱えた直後、私の身体は紅い光が包まれ燃えるような熱さに襲われた。熱さが身体から引くと身体が軽くなったように感じられる。
ちらりと自分の様子を見てみるとまず服が違った。直前までは中学の制服だったのに今着ているのは紅いアーマードレス。靴は運動靴から金属製らしいものへと変化していた。だけどまったく重さは感じられない。
『おいおいおいマジかよ……なんて魔力だよ一体。信じらんねえって』
ルージュがなんか呟いてたけどよく聞こえない。近くから聞こえたのに、何故か遠くから聞こえたみたいだ。
『そりゃあ今は俺はあんたの体内にいるからな』
何それ気持ち悪い。
気づけば私は精神世界から奴のいる路地に戻っていた。私の雰囲気が変わったのに気づいたのか、奴は私から少し離れた位置から動かない。
『そう言えばあんたは魔力の使い方を知らないみたいだから、軽くレクチャーしてやる。正直魔力のコントロールとか面倒だから、今使えるのは俺にインストールされてる召還系のやつだけだ。魔力のコントロールは俺が代理演算してやるからとりあえず何か召還してみろ。イメージできればできるはずだ』
言われた通りに召還を試してみる。イメージはステッキ。魔法少女の定番だよね。
「召還」
すると身体から僅かに何かが抜けた感じがした。あれ……この感覚どこか覚えがあるような。
召還を唱えると右手に棒状のものが現れた。だがなんか重い。
「……いや、なんでさ」
本当にステッキなのかと思って見てみると、それはステッキじゃなくてモーニングスターだった。たしかに棒状のものをイメージしたけど先端部分が明らかに別物なんですけど。
「ちょっと!ステッキをイメージしたのになんかモーニングスターになったんだけど!」
『いやそんなの俺に聞くなよ……って、来るぞ!!』
ルージュの焦った声に反応して前を見ると、奴が目の前に現れた。咄嗟に横にダイブすると、元いた位置に奴の腕が通過する。あと数秒遅かったら奴の攻撃の餌食になっていた。
「あ、危なー!!」
『前方不注意だクソッタレ!戦闘中に余所見すんな!』
ルージュの叱責をうけながら、奴から距離をとる。
「あー!もうどうすればいいのさ!」
『とりあえずそのモーニングスターで殴るしかねえな。召還はそれなりに魔力食らうから使うにしてももう少し時間が必要だ。何、心配すんな。霊装のアシストがあるから身体の使い方に補正が入るから多少の無理は問題ない』
補正が効くのは有難い。でももうそれどころじゃないんだよね。自棄って訳じゃないけど、どんな手使っても奴を倒さないと元の世界には戻れない。こんなところで死ぬなんて真っ平ごめんだ。
「うりゃああああ!!」
『あっ、馬鹿!』
突進する勢いで奴の胸元へ飛び込む。補正がかかっているせいか思った以上のスピードが出た。叫び声で奴が私に気づいたが、既に私は間合いに入っていた。
「うらああああああああああ!!」
両手でモーニングスターを握って、フルスイングする要領で奴の胸元へ叩き込んだ。
「○*☆♪%¥〒〆♪$#!!」
モーニングスターが奴にジャストミートして、奴は発音不可能な叫び声を上げながら吹っ飛んでいく。叩き込んだ時の肉を潰したような感触が気持ち悪い……
『なんて無茶すんだあんたは……いくら補正があるっていっても無謀過ぎるだろ』
ルージュの言う通り私のあの行動はかなり無謀なものだった。上手く攻撃できたからよかったものの、真正面から飛び込むのは明らかな自殺行為だ。もし反撃を食らっていたら無事ではなかったかもしれない。でも何故かそんな心配はなかった。まるで確実に攻撃が当たると確信していたみたいだ。
我ながら自分が怖くなってきた。変身する前は恐怖で泣いていたのに、今では恐ろしいほど冷静で落ち着いている。普段なら虫すら殺せないはずなのに、奴を攻撃することにも一切の躊躇いがなかった。そして召還を唱えた時の感覚。あの感覚は初めてのはずだったのに、何故か身に覚えがあった。
「何だか自分のことがよく分からなくなってきたよ」
奴はまだ起き上がろうとしていた。かなりのダメージを負ったようだけど致命傷には程遠かった。
「まだやるんだ。ならさっさと終わらせないとね」
自分でも驚くような冷たく無機質な声。本当に自分が出しているのかと疑ってしまう。そして私の心境も無邪気な子供が虫を殺すような冷酷なものだった。さっさと終わらせるために強力なものをイメージする。だが具体的なイメージが出てこない。
『おい!曖昧なまま召還を使うな!危険過ぎる!』
ルージュの制止する声が聞こえた。普段の私なら間違いなく言うことを聞いていたが、何故が今はどうでもいいと感じた。
「ま、いっか。召還」
制止する声を振り切って召還を使う。すると今までの召還と違って禍々しい雰囲気が漂いだした。
すると突然、奴の背後にアニメで見るような黒い魔法陣が現れ、そこから奴をすっぽり包むような巨大な鉄の処女
が姿を見せた。……私、鉄の処女なんてイメージしてなかったんだけどなあ。何で現れたんだろ?
私がぼんやりとそんなことを考えていると、いきなり鉄の処女が開いて奴は吸い込まれるように中へ捕らえられた。捕らえられると自然と鉄の処女が閉まり、中に内蔵してある針が奴を襲う。
「○*☆♪%¥〒〆☆♪%¥○*☆♪%¥〒〆〒!!!」
奴の口(?)から先程とは違う、まるで断末魔の叫びのような悲鳴が聞こえた。それと同じく生々しい肉を突き刺す音も聞こえる。普通なら嘔吐ものだが、私は何も感じなかった。当分肉は食べれないねとは思ったが。
やがて悲鳴が収まると、鉄の処女が開く。開いた先には黒い煙しかなく、奴の姿はどこにもなかった。
『あいつは死んだな。魑魅魍魎の類いだから死ねば肉体は残らない。直にあんたも元の世界に戻れる。霊装が解除するぞ』
そう言うとルージュは勝手に解除して、私は中学の制服姿、ルージュは元の石の姿に戻っていた。
「あ、ああ、怖かったあああ!!」
元の姿に戻ると恐怖も蘇ってきた。身体の震えが止まらない。
『俺はあんたの豹変具合が怖かったわ!何で変身したらあんなに冷酷になれんだよ!別人かとおもったぞ!』
いやあ、それは私も知りたいよ。なんか変身したらあたまがクリアになるっていうか、まるで他人事のような感覚に近かった気はするけどよく分からないや。魔法(?)を使った感覚もなんか覚えがあったような気もするし。
『正確には魔法というより魔術だがな。だがその辺は後々説明してやる。と、そろそろ戻るようだな』
ふと周りを見渡すといつもの帰り道。人もまばらながらちゃんといる。
「よかったあ。ちゃんと帰れた。なんか変な夢を見た感じだなあ」
『ま、残念ながら夢じゃねえけどな』
頭の中にルージュの声が響く。胸ポケットには仄かに光る紅い石が転がっていた。
「歯車が廻り始めたか。愚かだな流涎よ、貴様の選択が可愛い姪を巻き込ませたんだからな」
それから、半年後。
「うわあああああ遅刻だああああ!!入学式に遅刻とか笑えないいいい!!!」
相変わらず道路を全力疾走する少女がいた。無事蓬莱学園に入学した美咲だ。
『俺がわざわざ起こしてやったのに、寝ぼけて俺を外に放り投げて二度寝するからだろうが!お前が起きるまで野良猫に襲われそうで、ずっと怖かったんだぞ!』
半年前に美咲と契約したルージュは最初こそ傲慢な性格だったが、今では完全に世話焼きオカンになっていた。
「ねえ、遅刻するから変身していい?」
『駄目に決まってんだろうが!』
そしてなんやかんやで無事に校門前に着く2人だったが、校門は閉められそうになっていた。
「うおおおおおお間に合ええええええ!!」
最後の全力疾走でなんとか閉められる前に学校にたどり着いた。後ろを振り返ると同じ新入生らしき2人の生徒が美咲と同じように走っていた。
「ちょっと!あんたが寝坊するからもう校門が閉まりそうじゃない!」
「チキショー!入学式前日にエロゲーすんじゃなかった!」
「ハア!?エロゲーのせいで私達遅刻とか笑えないわ!」
どうやら男女らしい。雰囲気から見てそれなりに仲が良いようだ。
(ぐぬぬ。リア充爆発しろ!)
美咲の呪いが効果を発揮したのか2人が校門にたどり着いた直前で校門が閉まってしまう。これで普通なら遅刻確定だが、この2人は美咲の考えの斜め上をいっていた。
「ヤバッ!門が閉まった!しょうがない、跳ぶよ!」
「イエス、マム!」
(へ?跳ぶ?)
すると2人はそのまま走りながら3メートルはある校門を文字の如く飛び越えてきた。
難なく着地した2人は呆然とする美咲を置いてそのまま走り去る。
「ちょっと晴明早く!遅刻なんてさせないわよ!」
「待て美波!せめて地上を走ってくれ!壁走りは俺にはできん!」
あっ、女の子の方が校舎の壁を走り始めた。
『なんか……スゲェ奴らだったな』
ルージュも驚いたらしい。
呆然とした美咲がようやく動けたのはチャイムが鳴ってからだった。
『遅刻、確定だな……』
ルージュの呟きが美咲の心に突き刺さった。
「私の華やかな学校生活が……」
私、ここでやっていけるかなあ。