テンプレ転生者がある日スライムを狩れなくなるまで
ぽにょんっ!
ロングソードがゆるい弾力の粘体を貫くと、そいつは光の粒子となって消滅した。
残念ながらドロップ品は無かったが、これで本日10匹目。
「ふぅ~」
俺は剣を鞘に戻してから溜息を一つ吐き、手頃な岩へと腰を降ろした。
見上げればもう陽は高い位置。 そろそろ昼飯の時間だ。
「ごきげんよう、クルスさん」
涼やかな声音に振り向けば、中空から見目麗しい女性が姿を現す所だった。
気品ある雰囲気と柔和な笑み。 その身を包む神々しいまでの衣装も、彼女の美貌の前では霞んで見える。
女神ライラ様。
一度は死んだ俺の命を救い、この世界で新しい人生を与えてくれた恩人だ。
「これはこれは女神様。 ご機嫌麗しゅうございます」
「ああ、そんなに畏まらないで下さい。 今日は少し様子を見に来ただけですから」
地に膝をつこうとした俺を慌てた様子で制止して、畏れ多くも同じ岩の上に腰かけられる女神様。
彼女は己の神性の高さに奢ることなく、俺のような駆け出し冒険者にも気さくに話しかけくれる。
初めて会った時からその好印象に変わりはない。
握り飯を片手に少し長めの雑談をしてしまうのも、彼女の柔らかな雰囲気がそうさせるのだ。
俺は調子に乗って、つい先日新調したブロンズソードについて自慢するように話してしまったが、彼女は嫌な顔一つ見せずに付き合ってくれた。
女神様の方も最近は転生者の管理が大変らしい。
つい先日、勇者となった転生者が魔王に挑んだものの、敗れてしまって気落ちしているそうだ。
「ごめんなさい。 なんだか愚痴ってしまったみたい」
「とんでもありません! 私は女神様に命を救って頂いた身。 いつだって女神様のお力になりたいと思っているのです。 愚痴でも何でも、いつだって喜んで聞かせて頂きますよ!」
あわあわとフォローを試みる俺に、女神様はくすりと魅力的な笑顔を向けてくれた。
ああ、今日はなんて良い日なんだろう。
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「ごきげんよう、クルスさん」
「ああ、これは女神様。 本日もお美しい」
今日も今日とてスライムを狩っている日中、女神様が来訪された。
本日もその神々しい姿に見惚れるばかりだ。 ……少々胸部の厚みが足りないかもしれないが、天は二物を与えぬと言うことわざは、神の世界にも通ずるのだろう。
「最近かなり頑張っているようですね? もう駆け出しなんて呼べないかもしれません」
「滅相もありません。 僕なんてまだまだ、他の先輩方に比べたら若輩もいいところです」
「……ですが、その手の剣には火の力が感じられますよ?」
「おお、やはり分かりますか。 つい最近、属性付与のスキルを習得したんです。 大型のスライムも一撃で倒せるようになって、かなり狩りの効率が上がりました」
また自慢話になってしまったようであったが、女神様は文句の一つもなく話を聞いてくれる。
「良いスキルを習得されましたね。 あなたのレベルであれば、もうゴブリンやコボルトを相手にしても引けは取らないと思います。 そろそろはじまりの街を出ることも検討して下さいね」
「はい。 前向きに検討させて頂きます」
女神様はニッコリと笑ってくれた。
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「こんにちは、クルスさん」
「ああ、女神様。 今日はどういったご用件で?」
今日も今日とてスライムを狩っている日中、女神様が現れた。
そろそろボス型のスライムがポップする時間なので用件があるなら急いで欲しい所だが、相手が女神様ならば無碍にするわけにもいかない。
「あのぅ、つかぬことおうかがいしますが……クルスさんは、レベルいくつになりましたか?」
「確か、昨日で39になりましたね」
胸を張って答えた俺の返答に、女神様はなぜか場違いなものを見るような、微妙な視線を返した。
「何かまずいことでも?」
「いえ、まずくはないんですが……そのレベルなら、もう中級の迷宮ボスでも楽に倒せると思いますよ? そろそろスライム相手では物足りないのでは……と」
「何を仰るのですか女神様。 私はまだまだ若輩の身」
「三年経ってますけど」
「我が故郷には石橋を叩いて渡るということわざもあります」
「叩かれる石橋が耐えられないのでは」
「それに、いかなスライム相手とはいえ、まだまだ小さいミスが命取りにもなりかねません」
「ミスリルの剣を装備されている方が吐ける言葉でしょうか」
……いちいち小言のうるさい女神様だ。 ストレスでも溜まっているのだろうか?
人が楽しく生活しているのだから放っておいて欲しいものだ。
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「クルスさん」
「あぁ、どうも」
俺は女神様にペコリと頭を下げてから視線を戻し、連式のボウガンを構え直した。
銀貨六十枚で鍛冶師に製作してもらった自慢の一品だ。
「……何を、なされているんですか?」
「何って、狩りですよ。 見て分かりませんか?」
ベルトにぶら下げた『三十一番』の砂時計の砂が全て落ちるのと同時、俺は『E-18』の旗を立てた地点から森へ向かって三方向、立て続けに矢を放った。
その矢が射出されるのと同時、各ポイントにポップした中ボス級スライムがその身を貫かれ、光の粒子となって散る。
生存時間約二秒。 もう少しチューニングできそうだ。
「よし、今日は星の日だから次は……E-27、10分後か」
「クルスさん!?」
なぜか戸惑った様子の女神様が再び声を掛けてきた。
と言うかこの神、まだいたのか。
「何でしょうか?」
「今のは一体なんですかっ!?」
「だから、狩りだと言っているでしょう。 もうこの地域を“買い取って”から4年になりますし、スライムがいつ、どのポイントにポップするかは把握しています……おっと、ドロップ回収を忘れていた。 あー、まあいいか、どうせ良くてもクズレアだし」
「…………クルスさん、現在のレベルは?」
「68です。 あ、それと女神様、ちょっと頭を左に傾けてくれますか?」
「はい?」
ひゅんっ…………スパァンッ!
危ない危ない。
星の日はポイントデルタにレアスライムがポップする日だったのを忘れていた。
あれは移動がランダムだから逃すと厄介なのだ。
「クルスさんっ!!」
なぜか軽く涙目になってぷるぷる肩を震わせていた女神様が、怒りの形相でこちらを睨みつけてきた。 男にでもフラれたのだろうか。
「何か?」
「もう殺神未遂は流して続けますけど、あなたはどこまでシステマチックにスライムばかり狩り続けるつもりなんですかっ! もう四天王でも楽に倒せる出来るレベルですっ! 早く冒険の旅へ出発したらどうなんですかっ!?」
「しかし我が故郷には」
「あなたなら石橋なんてなくても渡れるでしょう!」
「……ああ、確かに以前飛翔のスキルは習得しましたっけ。 こりゃ一本取られたな」
「漫才やってるんじゃありません!!」
及第点だと思うが、なぜか泣き出す女神様。
「お願いですからもう出発してくださいよ……最近うちの業界も『テンプレはもういいから』って門前払いされることが多くて、転生者採る機会も減ってるんですから……」
「大変ですね」
「同情するなら街を出て!」
「今や二児の母らしいですよ」
「知りません!」
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「クルスさん」
「…………」
「クルスさんっ!」
「……ん? ああ、またあなたですか」
俺はマナ式ヘッドセットを外すと、サングラスを軽くズラしてその女神を見上げた。
本日もその顔に不機嫌を貼りつけた彼女。
どうせまたぞろ「魔王を倒しに行きなさい」のお小言をこぼしにきたに違いない。
最近マジで姑じみてきたこの胸無し女神には、辟易とさせられている。
「そろそろ触れておきますけど、あなたのやっていることはもはや狩りではありませんよね?」
「何言ってるんですか、自分で作ったアイテムで魔物を狩ってる以上、経験値も入ります。 歴とした狩りですよ」
にべもなく答えてやったが、納得している様子がない。
この女神がイライラを隠そうともしなくなったのは、果たして何年前からだったか。
まあ、どうでもいいか。
しかしクラフトスキルをカンストさせたのは我ながら良い判断だったと思う。
素材さえ揃えれば大抵のものは制作できる。 もっと早く気付けば良かった。
俺はあくびを噛み殺しながらパラソルつきのデッキチェアから身を起こした。
有名ブランドを模した腕時計に視線を落とせば、時刻は15時を回った所。
そろそろ回転式銃座の弾丸も補充する必要があるだろう。
「……クルスさん。 何度も言いたくありませんが、いい加減魔王を……」
「ああもう、うるさいなぁ。 いっそそっちから来るよう伝えてもらえません? お金なら出しますから」
「お金もらって勇者を倒しに来る魔王がいますかっ!」
「最近なら珍しくないと思いますけどねー」
俺は小うるさい女神をテキトーにいなして平行二輪車のハンドルを取った。
時速20kmの速度に乗ってしまえば、やって来るのはまた数週間先だろう。
「逃がしませんよ!」
「おっ、今日はしぶといですね、女神様」
「お願いしますよ本当に! もう査定だって近いんですから!」
「俗っぽい話題もいいですが、人の平行二輪車(予備)を勝手に乗り回すのは止めて下さい」
「これ楽しいですよね♪」
「帰れよ平行女神」
「その程度の侮辱では引き下がりません! 本当の本当に魔王を倒して下さいよ、今のクルスさんなら楽勝です。 あなたにデメリットはないでしょう?」
「めんどくさいっす」
ぽろっと本音をこぼしてしまった所、女神様の額に青筋が入った。
あ、やばいかな?
しかしどうにか踏みとどまった様子の女神様は、ドスの利いた声色でまた質問をしてきた。
「……逆に聞いておきますが、あなたはどうすれば魔王を倒しに行くと言うんですか?」
「んー……」
恐らく、これが俺の転生人生、最初で最後のミスだったのだろう。
「スライムが狩れなくなったら」
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俺の名前はカッツ。 十四歳になったばかりの駆け出し冒険者だ。
ギルドの受付で登録を終え、いよいよ今日この日、冒険へと出発する。
「カッツさん。 なるほど、新しい登録の方ですね」
「はい! 今日から冒険者になります! よろしくおねがいします!」
笑顔で対応してくれたギルド受付のお姉さんは、幾つかのクエストを紹介してくれた。
「初心者の方にお勧めできるのは、薬草の採集に、外壁の補修作業、ペット探しなんかもありますよ? 慣れてきたら隣町で野良狼や、ゴブリン駆除に参加してくださいね」
ん? ……なんだか違和感があった。
爺さんに聞いた話と違ったからだ。
「あの、どうして狩りのクエストがないんですか?」
「………………」
笑顔のまま固まるお姉さん。
なぜだろう? ここははじまりの町。 スライムくらいはいるはず――
ドンッ。
タタタタタタタッ。
ズドーーンッ。
外から奇妙な音が聴こえてきたのはそんな時だった。
近くの森の方だ。
魔法の爆発音とも違うみたいだけど、何の音だろう?
「ああ、また今日も始まってしまいましたか……」
なぜか哀愁を漂わせる受付のお姉さん。
「カッツさん……悪いことは言いません。 この街での狩りは……スライム“だけ”は、やめておきなさい」
「え? スライムってこの世界で最弱の魔物じゃ――」
ゴゴゥンッ。
ドゥルルルルルル。
ギョーンッギョーンッ。
森から聞こえてくる奇妙な音が、物騒さを増していくように感じられた。
なぜだろう。 聞いたこともない音なのに、高い殺傷能力の有しているような。
「長生きしたいなら、知っておきなさい。 もはやこの世界で“スライムを倒すのは、魔王を倒すよりも難しい”と」
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「クソ女神! 神様が冒険者の狩り邪魔していいのかよ!」
「邪魔してませんー! たまたまシールドを出現させた所に攻撃する方が悪いんですー!」
「はんっ、しらじらしい。 今日は新型のガウスライフルに、改造対物ライフル(30mm)を試してやるぜ」
「愚かな。 どんな世界の技術を持ち込もうと、女神の盾を破れるものですか」
「語るに落ちてるじゃねえか確神犯が!」
「あなたこそ、スライム狩れないんだからさっさと魔王倒しに行きなさい!」
確かにあの日を最後に、俺はスライムを狩れなくなった。
だが、今日こそは狩って見せる。
俺の戦いはこれからだ!