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白いところ以外 踏んだら死亡

「白いところ以外踏んだら死亡ね」


それは小学校が終わって、みんなで帰っているときだった。

横断歩道の信号が青に変わってから、ぼくは身軽なステップで白い部分だけを踏んで歩いた。


「なんじゃそりゃー」

「横断歩道の黒いところを踏んだら死んでしまう病にかかるんだよ」


もともとみんなとは家が近いという理由だけで

いつからか一緒に登下校するようになっていた。


「はやくしないと信号が赤になっちゃうぞ」


みんなは両手をひろげてバランスをとりながら。つまさき立ちでアスファルトの白いところを踏んで渡ってきた。


学校の帰り道なんて、大抵いつも退屈だった。

だからぼくたちは地面の小石を蹴ってサッカーを始めるし、茂みに生えている葉っぱを無作為にちぎったりする。



「ぼくについてきて」


だから、こういうのも暇つぶしの一つだった。


「急になんなんだー」

  

ランドセルをがちゃがちゃ鳴らしながら

通学路にぬられた白いラインの上を走っていく。


「よいしょ」


ぼくは民家の塀をよじのぼってその上に立った。

ぼくがそうすると、みんなも同じように上ってくる。


「あちゃー、こりゃおいらにはむりだ」

  

ひとりだけ塀に上ることをあきらめて、地面に足をつけた杉原くん。


「はい、杉原くん死亡~」

「えっ」

「次から地面に足をついたら死亡なんだよ」

「そんなん聞いてないし……」

  


普通に学校にいって、普通に授業をうけて、普通に給食をたべて、普通に家にかえって。

ぼくは、日常そのものに退屈しているのかもしれなかった。



「おい、ここから行き止まりだぞ……」

「まかせて」


ぼくはランドセルを地面に放り投げると、その上に飛び乗った。


「川島くん、そのランドセルかして」

「え、ああ……」

  

川島くんから黒いランドセルを投げてもらうと、その先にぽんと投げて置いた。


「なるほど、つり橋かあ」


みんなからランドセルを受け取ると、縦に並べて道をつくった。


6年間も使うんだから大事にしなさい、と先生に言われたことがあったけど、みんなお構いなしにランドセルを踏み潰して渡っていった。


「ちょっとまち、最後のランドセルが取れないんだけど」

  

列の最後で、渡りながらランドセルを回収する係の田中くんがあたふたしていた。


「ごめーん、それみんなに返してあげて」


クモみたいにフェンスにしがみついたぼくたちは、田中くんに哀れみの視線を浴びせた。



「おれ、しぬのか……?」

 

「じゃあな、おまえのことは一生わすれないぜ」

  

川島くんはそう言ってランドセルを受け取ると「いこうぜ」と先陣をきった。

ぼくたちは田中くんを置き去りにして、フェンスを横移動していった。


「ごめんね、田中くん、また明日学校でね」

  

松本さんは申し訳なさそうに田中君にむけて手をふった。




「あーあ、帰って宿題するのめんどくせーな」

  

いつの間にか先頭にいた川島くんは腕を頭の後ろに組んで、塀の上を堂々と歩いていく。


「宿題なんて夜やればいいじゃん。それよりあとで集まってゲームをしようよ」

「おっ、じゃあ帰ったらすぐ、いつもの公園で待ち合わせな」

  

そう言って川島くんは塀を飛び降りた。


「オレの家あっちだからさ」

   

そう言って、走って帰っていった。



残ったのは、ぼくと松本さんのふたりだけになってしまった。


「まだ、やる……?」

「うん、松本さんがよければ……」


女の子とふたりっきりになって、なんだか緊張してしまう。

おたがいに無言で塀の上を歩くぼくたち。


「あっ」


松本さんが足を滑らせて塀から落ちてしまった。


ケガをしていないか心配だったけど、松本さんはスカートを手ではらいながら立ち上がった。



「……死んじゃった」

  

呆然と立ち尽くしたまま、そうつぶやいた。



「でもちょうど松本さんの家の近くだね」

「うん、そうだね。じゃあ、またあとで公園でね」

  

  

赤いランドセルを背中に、松本さんは家のある方に歩いて帰っていった。

ぼくはその後姿をしばらく見届けていた。


ぼくは松本さんのことが前から好きだった。




風がふいて、ぼくは塀の上で空をみあげた。

夕暮れが近いのか、カラスが鳴きながら空をはばたいている。

あんなふうに空をとべたらどんなに気持ちいいんだろう。


ぼくにもあんな翼があったら。





「ゴール」


ぼくはただひとり、地面に足をつくことなく自宅に到着した。

石段に飛び移り、バランスをとりながら玄関に入っていった。

ぼくは家に帰ると、ランドセルをおいてテレビをつけた。



『大変です! 今、渋谷が大変なことになっています!』



画面の向こうで、ニュースキャスターが声をあらげていた。



『これは生中継です。道を歩いていた人々が、地面に倒れこんでいます!』


上空から映し出された都会の人たちが、みんな倒れている。



『これは何かのテロでしょうか? 街中のいたるところに人が倒れています!』


車から降りた人が、胸をおさえて倒れこむ映像が流れた。


『あっ、また一人倒れました! 地面に足をつけた直後です!』

『どうやら地面に足をつけたら死んでしまうようです! これでは私たちも放送局から一歩も出ることができません!』


そんなまさか、とぼくはおどろいた。


『世界中で同じ現象が起こっています! すでに半分以上の人類が死んでしまったようです! みなさんは屋内から一歩も外に出ないでください』


ぼくはあわてて靴をはいて玄関を飛び出す。

玄関先の路上で、若い女の人がたおれていた。


「な、なんてこった……」


ぼくは塀に登り、地面に足をつけないように町を徘徊することにした。

町のいろんなところに人が倒れこんでいる。


魂をなくしてしまったんだろうか。

人形のように動かない人たちを見回しながら、商店街のほうに向かった。



「あ」


スーパーの前で、倒れているお母さんの姿をみつけた。


ぼくは慌てて塀から飛び降りようとしたけど、地面に足をつけたら本当に死んでしまうことに気付いた。



「おかあさん……」


まるで戦争の後みたいに、商店街には人の死体がたくさん転がっていた。

どうかこれが夢でありますように、と何度も神様に願いながら、ぼくは松本さんの家のある方に向かった。



松本さんは家の前の路上でうつ伏せになっていた。

可愛らしいポーチを肩にかけて、声もなく、倒れこんでいる。



「ぼくが地面に足をついたら死ぬ、なんて言ったからこうなったんだ……」


ぼくは頭を抱えた。

まるで大きな犯罪をしてしまった気分だった。


ぼくはお母さんと松本さんを殺してしまった。


本当に申し訳ない気持ちになった。

うつむきながらぼくは自分の家に帰ることにした。


テレビのニュースは、このままでは人類は滅亡してしまうと言っている。



『国家非常事態宣言が発令されました!』

『さきほど、料亭で会食をしていた内閣総理大臣が宣言しました!』

『どうやら総理も料亭から一歩も出れないようです! しかし国家非常事態宣言を発令しました!』


テレビがざわついている。


ぼくの頭のなかは真っ白だった。

どうしてこんなことになってしまったんだ。


ぼくのせいで……こんなことに……。



しばらくお父さんも家に帰ってこれないだろう。

そもそも、お父さんさえ生きているかもわからない。


ぼくはこれからどうやって生きていけばいいんだろう。


冷蔵庫の食べ物はあるけど、この量だけで何日生き延びられるんだろう。

地面に足をつけたら死んでしまう……。


足をつけないように生きていくにはどうすればいいのか。



ぼくは自分の部屋でひたすら考えた。



あのとき、塀の上から見上げたカラスの姿をおもいだす。



「ぼくにもあんな翼があれば……」



ぼくは頭の中でイメージした。


背中の皮膚を突き破り──翼が生えてくるような──そんな感覚を。


やがてそれは大きく広がり、部屋中に白い羽根が散らばった。



鏡をみると、白い翼をはやしたぼくの姿が映っていた。


自分の身長の何倍もある大きさで、今にもすぐに空を飛びたい衝動がおそってきた。


ぼくは2階のベランダに立ち、羽を大きく振って夜空にはばたいた。


羽根を散らしながら、風を切り、月夜の中を飛び回る。

ぼくはどこまでも行ける。

どこまでも飛べる。




──ぼくは、自由だ。




これで地面に足をつけなくても生きられる。


でも、他のみんなはどうだろう。


ぼくのせいでこんなことになってしまった。

おかあさんも、松本さんも、ぼくのせいで死んでしまった。



ぼくは、この翼を使って沢山の人を助けようとおもった。



空を飛んでいると、屋根の上でうずくまっている老人の夫婦をみつけた。



「おお、きみぃ、その翼は……」

  

お爺ちゃんがぼくを見上げた。


「助けに来ました」


「ありがたや、ありがたや」

  


けれど、ぼくにはお爺さんの細い体を持ち上げることすらできなかった。

子どものぼくには、人を助けるだけの力がなかった。




「ワシらのことは気にせんでもいい」


「それよりもきみは生きるべきだ。生きなさい、その翼を使って」




ぼくはどうしようもなく町の空を飛び回った。

ぼくには人を助けるだけの力がない。




ぼくは近くのコンビニの前で停止した。


「うおっ」

 

 

宙を浮きながら中に入り、ぎょっとした顔のコンビニ店員を横切って、お弁当コーナーに向かった。


できるだけ多くの人に食料を届けよう。

レジのカゴを2つもって、お弁当や飲み物、惣菜パン、おにぎり、栄養ドリンク、いろんなものを入れてレジに向かった。



「これをください。お金はありません。でも、できるだけ多くの人を助けたいんです」



レジ袋を2つぶらさげて飛ぶのはかなり体力をつかった。

途中落としそうになりながら、あの老夫婦の元に向かった。


それからぼくは、近くの民家にありったけの食料をわけて回った。


レジ袋の中に、もう食料は残っていない。



もう人類の半分が死んでしまったとテレビで言っていた。




──『それよりもきみは生きるべきだ。生きなさい、その翼を使って』



ぼくは空から、地上に横たわる大量の人間を見た。



「生きよう」



声に出して、そう誓った。


目を閉じて、心の中でも何度強く、強く誓った






  ◆  ◆  ◆

  

  

  

──鳥になった僕は、それから3ヶ月を生き延びた。

 

 

 僕の心はいつも軽かった。

 羽根を散らしながら、行方もなく彷徨った。

 乾いた空を羽ばたくと、悲しい思いが紛れ、笑みが浮かんだ。

 いつまでも一人で生きていくのだと決めていた。

 この空の下、自由に風を切り、この世界の地上を確かめたい。

 最後には、晴れ晴れとした気分で死ぬのだ。

 寂しくはなかった。

 それでも時折迸る悲嘆は止まなかった。

 


  ◆  ◆  ◆

  

  

  

  

 

 目覚ましのアラームが鳴る。時刻は7時30分。

 

 

「あれ……?」


パジャマ姿で寝癖をつけたぼくの背中には、翼がない。

鏡に映るぼけーっとした顔を、しばらく見つめていた。


「なんだ、夢だったのか」



居間に下りるとお母さんが朝食を用意していた。


「起きるの遅いんだから。お母さん何度も起こしたんだからね。もう遅刻よ」


  

朝食を食べ終わって、ランドセルを背負って靴を履く。



「いってきまーす!」


ぼくは玄関の門から出るのに少しためらった。

そっと足を伸ばし、黒いアスファルトに体重をのせる。



「よかった、生きている……」


その日、なんだか久しぶりに会った気がするクラスのみんなと授業を受けた。



休み時間に松本さんと楽しくお喋りをした。

友達のみんなと笑い会い、いつもの日常にもどった「ぼく」。


チャイムが鳴った。

次の授業は体育だった。


100m走のタイムを計るらしく、体操服でみんなと校庭に出た。



ぼくは涙がでそうになるほど澄んだ青空をみた。


カラスが羽ばたいているのをみて、翼をなくしてしまったのは少し寂しかった。


けれど、普通に生活できるのは、こんなに幸せなことなんだ、と思った。




「位置について、よーい……」

 

ピッという笛がなり、一斉にスタートする。


隣に並んで走っているのは、足の速いことで有名な小林くんだった。

背が高くて勉強ができるすごいやつだった。

いつもクラスの中心にいて、女子だけでなく男子たちにも人気だった。


薄々気付いているけど、松本さんも小林くんのことが好きらしかった。



こいつにだけは負けたくないと思った。


けれど、スタートと同時に一気に距離を広げられた。




ぼくだって足が速くなりたかった。


小林くんみたいに周りの人からモテたかった。





背中に翼が生えてくるイメージを浮かべた。


すると身体が軽くなるような感覚がした。


足が軽い。



腰をかがめて、さらにスピードを上げる。


校庭の地面がめくれるような踏みきり。




小林を抜き、遠くからワッと歓声が上がる。


それでもぼくは、ただ進み続ける。



羽を散らし、風を切り、誰よりも速く──。


あまりのスピードに周りの景色がゆがんでいく。



ぼくはどこまでも行ける。


どこまでも飛べる──。



ぼくは、自由だ──。





  ◆  ◆  ◆

  

  



はっと目を覚ますと、目の前には鈍色の空が広がっていた。


僕は飛びながら居眠りをしてしまっていたようだ。



強い風が吹いた。

その風の軌道に翼の向きを変え、降下してゆく。



暗雲の向こう、薄闇に広がる地上の世界。





果たしてそれは姿を現した。


それは、紛れも無く、廃都市。

他に形容のしようがない、淋しい世界だった。



世界の末路を思わせるような、文明の亡骸。




錆びきって声を出さない信号機。


雪化粧に身を包むビル群は、壁が脆く朽ち果て、鉄骨をむき出しに泣いている。




ただ、そこにある。


全ての終わりを待つだけ。


そう予感させる、性質の。

山頂にある大樹のてっぺんに足をつける。


あれから何年が経ったんだろう。


自分の身体はすっかり青年の姿になっていた。



人類はもうみんな死んでしまったんだろうか。

それとも、自分と同じように翼を生やして生き延びている人がいるのだろうか。



白い結晶が、鼻先をかすめ落ちていく。


それは深海から降りしきるマリンスノーのようで。

視界をさえぎらんという勢いで舞い落ちる死骸をその身に受け、ただひたすら、木の上で立ち尽くす。



さっきまで見ていた夢のせいか、僕は昔を懐かしく想い、クラスメイトのみんなに会いたくなった。




けれど、もう過去には戻れない。


それは自分が夢を叶えたことへの代償。



それでも久しぶりに誰かと会話をしたくなり、同じ羽根を生やした同胞を探すことにして、僕はまた空に向けて羽ばたいていった。


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