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第二話

 ガロンの鍛冶家は、村人達が青桐の森と呼ぶ、村の北側に広がる広葉樹の森林をさらに進んだ、山麓に建っている小さな小屋だ。二階建ての一階部分が鍛冶工房となっており、鍛冶の工程に必要となる金床や火炉といった設備がいくつも部屋に設置されている。工房の勝手口からは、森を抜けて村に繋がる林道が続いており、ウィルは注文品の斧を肩に担ぎながら、道に覆いかぶさるように茂っている木の根やら枝やらを避けながら、その道を軽い足取りで歩いていた。


「よっ…と、それにしても相変わらず歩きにくい道だなぁ。おまけに村まで遠いし。ガロンもなんであんな所に鍛冶屋を建てちゃうかなぁ。」

 ウィルは、道とガロンの両方に対する愚痴をこぼすと、これから向かう村のことについて考えた。シール村に行くのはかれこれ3度目になる。

 シール村は森と湖に囲まれた小さな村で、村人たちは羊や小麦を育てて細々と暮らしている。村人の数は決して多くなく、2度しか村を訪れていないウィルでさえも、ほぼすべての村人を把握することができていた。ガロンによると、この土地は気温が他の土地よりも低いこともあり、あまり豊かな土地とは言えないとのことで、村人たちの日々の生活も決して余裕があるわけではないようであった。

 しかしウィルは、シール村の人たちがこの土地と日々の生活を深く愛していることを知っていたし、また決して裕福ではないながらも日々を明るく暮らし、よそ者のウィルに対しても疎ましく思うことなく接してくれる、そんなシール村の人々のことを早くも好きになっていた。

「村に着いたらとりあえずグーリの店に行ってラムで腹ごしらえだな。ついでに村の人たちと話してくか。そのあとアーシャんとこに寄って、と。斧は…うん…まぁ…最後に行けばいいだろう…!」

 ウィルは村に着いたあと立ち寄る店をどこにしようかと考えながら、誰に言うでもなく言い訳まがいの独り言をこぼした。

 グーリの店は村で一番大きい酒場で、そこで食べることができるラムの熟成肉はまさに無類のやわらかさと旨みを誇る。初めて食べた時からすでにウィルの好物となっていた。店には村の人たちが集まって、農業の近況から村でのゴシップまで、酒を片手に雑談に話を咲かせている。

 店長のグーリは背が高くて肩幅が広く、しゃがれた声でガハハと豪快に笑うがっしりとした中年の男性だ。初対面にもかかわらず、笑いながらウィルの背中をバシバシ叩いて、やれ食えやれ飲めとラムのステーキやウィルにはまだ飲めない酒を奢ってくれた。

 アーシャはウィルと同い年の女の子だ。背はウィルよりも少し低く、長い金髪を三つ編みにしており、髪と同じ色の金色の瞳も相まってとても端整な顔立ちをしている。いつも青いワンピースのスカートの上に白い布地のエプロンをつけて、明るい声と笑顔で家が営むパン屋を手伝っている彼女と仲良くなりたいと思うことは、ある種、仕方のないことであろう。

 シール村のことを考えると自然と軽くなっていく足取りで、岩や木の根を軽快に飛び越えつつ、ウィルは青桐の森を突っ切っていく。森で一番大きく育った桐の木を迂回してその先にある小高い丘を登ると、もう村は目の前だ。ウィルは小走りで巨大な桐の木の根をかいくぐり、丘の頂上へまっすぐ伸びている木々のトンネルを抜け、丘の上からシール村の方を見やった。


 

 村は潰れていた。比喩でなく、文字通り潰れていた。巨大な圧力によって全ての物体が均一にならされ、森の中に半径約5kmにわたって不自然な円形の土の広場を形成している。そこに動くものの姿はなく、まるでその空間には最初から何もなかったのごとくひっそりとしていた。

「…ッ!」

 ウィルは目を見開き、その目に映るにわかには信じられない、いや、決して信じたくはない光景を見つめた。気づいたときには村に向かって駆け出していた。走馬灯のように村で会った人々や景色が脳裏を過ぎ去る度に、地を駆ける速さは上がり、ドクドクという心脈の音も大きくなる。思考がまとまらないまま村の端までたどり着くと、改めてウィルはその絶望的な光景を眺めた。

「なん…だ、これ…。うそだ…ありえない…。」

 ウィルは目に映る絶望にがたがたと震えながら、この光景が夢であることを願った。村の中央付近までとぼとぼと進むと、アーシャの家があるべき場所の付近で立ち止まり、いろんな物が壊れて土にめり込んでいる地面を茫然と見つめた。


「あれぇ~?なんだまだ生きてる奴がいるんだぁ。あれで死なないとはタフだねぇ。」

 ウィルが立ち尽くしていると、ケタケタとした笑い声とともに、語尾に癖がある少し高めの男の声が背後から聞こえてきた。

「ねぇちょっと聞きたいんだけどぉ、君、<ライカ>って知ってる?なんかねぇ、この辺にいるらしいんだけど、今殺したやつらの中にはどうやらいなかったみたいなんだぁ。」

 男は顔に笑みを浮かべながらそう言った。年はウィルより1歳か2歳年上といったところで、血のように赤い髪と猫のような鋭い目をしており、髪と同じ赤色のひらひらした奇妙な服をその細い体に纏っている。その背中には柄が異常にながい巨大なハンマーが黒く鈍い光を放っており、そして驚くことに男は、50cm程空中にあぐらをかいて浮いていた。

「もしかして、君がそうだったりするのかなぁ?」

 男は、相変わらず口元には笑みを浮かべつつも、目を細めて悪意のこもった視線をじぃっとこちらに向けて、そう尋ねる。

「お前が…やったのか…」

 ウィルはあまりの怒りにその手をわなわなと震わせながら男の問答を無視してそう言うと、右手に持つ斧をこれでもかと握りつけ、返事を聞くことなく目の前の男を殺すためにまっすぐ斧を振りかぶった。

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