罪
私は四十五歳、悦子。一人娘の楓は三年前から付き合っていた勇気と結婚した。二人は本当に仲の良い夫婦で、良く友人を家に呼んでホームパーティーを開いている。私は一年前、夫が交通事故を起こし、歩行者の八十一歳のお婆ちゃんを死なせてしまった。そんな夫は交通刑務所に入っている。私は、夫がいない寂しい時間を過ごしていた。
「ママ。大丈夫」
楓は勇気を連れて良く家に来てくれていた。楓は私にいつも大丈夫と聞いて来る。その気遣いは嬉しかったが、私はもう二年も夫に抱かれていない。いくら娘とは分かっていても、私は楓を近頃一人の女として見てしまっている。
「ママは平気よ。大丈夫」
私はそれくらいしか楓には言えない。何が大丈夫って何も大丈夫じゃない。私は、夫が刑務所に入るまで専業主婦だった。だが、今は介護施設でフルタイムで働いている。今まで専業主婦だった時には分からなかった職場でのイザコザにも私は良い顔をしている。本当は、余り余計な事には絡みたくないが、働いている以上、首を縦に振らなきゃいかけないと思っている。
職場での話は殆どが利用者のお爺ちゃんお婆ちゃんへの文句や旦那の文句ばかりだ。私には文句を言う旦那は家にいない。私は、家に帰っても夫がいないのは分かっているが「ただいま」と言っている。その瞬間がとても寂しくなる。時々、人の肌に触れたくなる夜もある。私は、職場の庄司敏明に電話をした。
「もしもし。庄司さん」
「はい。どうかしました?」
電話越しの向こうではまだ二歳位の子供の泣き声が聴こえてきた。私は、冷静になった。自分は庄司に何を求めていたんだろう。
そして私は久しぶりに酒場に出てみた。久しぶりと言っているが、実は夫と行った以来行っていない。こんな夜に一人で車のエンジンをかけた時には自分の理性を見失っていた。
私はそれ程、体が熱っていたんだ。何が悪い。人間なら誰でも人の温もり欲しくなる。私はそう思って夜の繁華街に走った。見渡せば、まだ若い楓たち位の男女でざわめいていた。私は、重苦しい気分になったけど、一軒の薄暗いバーに入った。店は、美人でスレンダーな三十代の女性がオーナーだった。そんなオーナーを見たさに若い男もオヤジ連中も常連客になっている様子だった。
「いらっしゃい」
オーナーは声を掛けて来た。
「あら?初めてのお客さん」
私にそう声をかけてきたが、私は声が出なかった。そしてゆっくり頷いた。オーナーは私をカウンターの座らせ、マティーニを出して来た。
「私、頼んでいませんよ」
「いいの。あなたにサービスよ」
私は内心で感じの良いオーナーだと思った。そしてカクテルに口をつけるとオーナーは私をじっと見つめて来た。
「どうかしました?」
私は、オーナーに聞くとオーナーは長い髪を掻き分けながら言った。
「ええ。どうもしていないわ」と言ったあとオーナーは煙草に火をつけた。
「話、聞くわよ。なにがあってここに来たの?」
煙草の煙が私は嫌いだ。でも、オーナーの吸うたばこは甘くいい香りがして私は俯いてカクテルグラスの縁をなぞりながらオーナーに言った。
「夫が交通刑務所に行っているんです。昔、夫と行った酒場に向かいたくなって」
オーナーは二杯目のカクテルを私にだし、私は口をつけた。
「そうなの、旦那さんが交通刑務所にいるのね。じゃあ寂しいわね」
私は、オーナーにも聞いてみたくなってお酒も入っていたついでに聞いた。
煙草を吸いながらウイスキーのロックを口に運ぶオーナーに問いかけた。
「オーナーのご主人は」
「私の夫は三年前に死んだわ」
「・・・・・・・・・・・・」
「ねえねえ。そこで女同士何話しているの」
そう声を掛けて私の隣に座ったのは夫との同じ年頃の吉田という男だ。吉田は、会社経営をしていると自分で言っていた。
私は吉田の話なんてどうでも良いと思った。内心で私よりずっと若い女性なのに可哀相な人が自分以外にもいたんだと思って自分はまだ世間知らずなんだと思った。
それに、オーナーの話を聞きたいと思った。
オーナーの声はかすれた声で、とても三十代の女性に思えない程色気を感じた。
私は、四杯目のカクテルを頼みオーナーのシャイクする姿をじっと見つめた。内心で私よりずっと強い人はいるんだと思ったら励まされた気分になった。
吉田は、自分の自慢話をオーナーと私に聞かせて来た。
「俺は、妾が三人いて都内のマンション借りてやっている」
「へえ~吉田さん。さすがですね、そんな色気がありますもの」
オーナーは余計に吉田を持ち上げた。
私は、久しぶりのお酒ってのもあって、酔いが回ってカウンターにもたれ掛かって眠った。
どのくらい寝たのだろう、夢に夫が出て来た。夫の夢は滅多に見ないが、夢で夫と抱き合っている夢だった。
「あなた―もっと――」
私は夢でそう喘いでハッとして目を覚ました。現実の私は裸になっていた。髪を掻き分けオーナーは私を愛撫していた。
オーナーは私の胸や花びらを舐めまわした。オーナーの白く吹き出物一つない背中には色鮮やかな鳳凰が彫り込まれていた。私は、そのままオーナーに体を預け初めての夫に対する罪を感じた。そして私は寂しくなるとまたあのオーナーのバーで媚薬入りのカクテルを飲んでいる。