我と勇者の求愛戦争
勇者と魔王というものは古い叙情詩にあるように深い因縁で結ばれている。
ある日を境に突然、魔物を引き連れ世を台頭する魔王。
勿論、魔王は人々を恐怖のどん底に落とし畏怖されなければいけない。
そんな魔王を剣と魔法で滅ぼして勇者の栄光と威厳は語り継がれるのである。そういうお約束なのだ。
だから魔王という冠をつけた我はいつしか勇者に駆逐される運命だ。語り継がれる叙情詩ではな!
しかーし! そんなセオリーなぞ返り討ちにして砕いてやるわ! と息巻いて勇者が我が元に来るのを第五十三代魔王の我は今か今かと待ちわびていた。
――そして今日はその待ちに待ったXデー。
魔王城、玉座の間には不似合いな程艶やかな深紅の薔薇の花束が差し向けられていた。
「勇者、なんだその花束は。伝説の剣はどうした。魔法使いや戦士、賢者はどこにいる」
演出上、薄暗い玉座の間ではあるがどこをどう見回しても白銀の鎧を纏った伝説の勇者の装束の男以外誰も見当たらない。
今回の勇者はタイマンを好む硬派であろうか。否、ならばこの花束はなんだ。
雰囲気的に湿り気のある暗闇の中だからこそより場違いに映える豪奢な薔薇は人間の貴族のステータスで庭に咲かせる花だったと記憶する。香りも強く見目も艶やかだ。
……この花のように我を血で染めてやると言う意味合いでも込めているのだろうか。
訝しんでいれば勇者は尚も花束が受け取られるのを待っているのか、腕も下げずにこやかに微笑んだ。
「やだなー。そんな無粋な邪魔者を連れて来る訳ないじゃないか。プロポーズの場に」
そう言って、臆せず前進し、我の手に花を握らせた。
というかこの男は何を言っておるのだ? プロポーズとは聞き間違いか?
「……どうした勇者、毒キノコに混乱魔法でもかけられたか」
「まさか。これでも攻守共に歴代勇者に勝ると評判の勇者なんですよ?」
「そんな三下に遅れを取りません」と誇らしげに、しかし驕る態度は見せない姿は勇者というより営業マンのようだ。魔王城に営業マンなぞ来てはくれぬが、風の噂だとそんなイメージである。
だが我の部下を三下と言う輩の話に乗る我ではない。
冷たく勇者を見やれば暗がりに射す一筋の光のように白い歯を零し一歩歩み寄る。
「わたくし……いえ、俺はこれでも平和主義の勇者でして、常々魔王を剣で葬るのは如何なもんかと疑問に感じていたのですよ」
「和議を求めるとでも言いたいのか」
今回の勇者は随分と弱腰だと揶揄して鼻で笑えば、勇者は照れ臭そうに頭を掻いた。軟弱な男だ。これなら赤子の手を捻るように勇者を八つ裂きに出来るが、此処で即座に斬り捨ててしまおうかと思案していると、ふと勇者が我の手を取った。
「和議とも取れるかもしれませんが、実に個人的な申し出です」
何故、勇者がこのように熱っぽい目で見つめるのだろう。
ぼんやり考えていると勇者は輝く石の埋まった指輪を我の手にすっとはめいれた。
「勇者の洗礼を受け、天つ星の女神より魔王の姿を拝見させて貰ってから決めていました。俺の妻になって下さいっ!」
は……
はああああああああああああ!?
これは新手の魔法か騙し討ちか!?
突然の勇者の申し出に混乱し、辺りをキョロキョロ見回すが「はい、ドッキリでした~」と軽快に手を叩いて出てきそうな勇者一行はいそうにない。
我の配下は「勇者一行なぞ我一人で薙払ってくれるわ。手出し無用」と暇を与えてしまったから現在城の中は空である。今頃漆黒の森の毒の沼地温泉で湯治をしている頃だ。滅多にない休暇を勇者と手を組みこんな馬鹿げた計を企てはしないだろう。企てはしないがやはり側近を一人も残さなかったのは失策だ。勇者の腹を我一人で探らねばならぬ。
いつの時代に魔王に求婚する勇者がいただろうか。
「俺は実に幸運です。魔王がかように俺好みの可憐な少女な時代に生まれ落ちるなど運命としか言い様がない!」
「か、可憐だと愚弄するな! 女とて魔力は貴様より上だっ」
それは我が一番気にする言葉だった。
指摘通り人型魔族の我は人の少女に近しい姿である。この姿で部下にも可愛がられ威厳を保てないのがコンプレックスというに、そこを無神経に口にし外見に現を抜かす勇者なぞに誰が聞く耳を持とうか。
「ふ……勇者、お主の意図が分かったぞ。褒め落とせば我が篭絡すると思ったか。誰がその手に乗るか!」
怒鳴り、指輪を外して叩き返してやろうと我は薬指に手をかける――が……、
「抜けぬ……!?」
「俺の魔力を籠めてるので簡単には抜けませんよ」
にこりと微笑んだまま、勇者は我の顎を取る。
「いいじゃないですか。魔王として滅びるより、勇者の花嫁になった方が絶対に美談です。あなただって死にたくはないでしょう?」
頬に落ちた唇が優しく音を立てて離れると、我は勇者に一発平手を見舞いした。
勇者は敢えてそれを受けたのか、勇者の頬にある我の手に己の手を重ねて指先で撫でる。
その愛しき女に対するような触れ方がより腹に据えかね、我の目つきを厳しくさせた。
「見くびるな。妻となり命乞いをしろと申すか」
「そんな最低な真似しませんよ。俺は純粋にあなたを口説いてものにしたいだけです」
「世迷い言を」
「なれば信じさせるのみです」
大輪の花束は我の魔力により燃え落ち、灰となって霧散し、我と勇者の戦いの幕が切って落とされた――。
勇者と魔王の話は書きたい題材の一つなのでそれで遊んだものです。
ちなみに魔王はツルペタロリかわなので勇者はもれなく変態。
2013/04/22