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ナンバー4

「いやはや、どうもどうも」

 彼は、軽くおじぎをして客を車に乗せた。

「どこに行かれますか?」

 彼は客の女の子に問いかけた。

「どこでもいいわ、遠くに行ってちょうだい!」

 彼女は若かった。見た目と同様に中身も幼いように感じた。

「それは困りますよ。僕が勝手に行き先を決めたら、連れ去ったみたいな感じになるじゃないですか」

「うるさいわね!つべこべ言わずに車走らせなさいよっ!」

 彼女は車に乗ったときからイライラしていた。髪をくしゃくしゃにして怒鳴り散らした。

「まぁまぁ、お客さん、行き先が決まらず行き当たりばかりしていると、時間もお金もかかってしまいますので」

 何を言われても平然としているのが彼である。

「ん~、しょうがないわね~。じゃあ東京駅に行って」

「はい、わかりました」

 彼はハンドルを握り、アクセルを踏んだ。

「そういえば、お仕事は何をなさっているのですか?」

「はぁ?見てわかんないの?学生よ」

 彼女は学生服を着ていた。スカートは短め。上にはカーディガンを着込んでいた。

「そうでしたか。中学生の方ですか?」

「そうよ、よくわかったわね」

 彼女は携帯をいじりながら流すように答えた。

「それで東京駅にはどのようなご用件で?」

「そんなの当たり前じゃない、電車に乗るのよ」

 彼女は相変わらず携帯をいじりながら答える。目線は完全に携帯のほうに集中している。

「いやいや、この時間じゃ電車はもうないですよ」

「はぁ?なにそれ!?どういう意味よ!」

 彼女は携帯をいじるのを止め、彼のほうを向いて尋ねた。

「こんな遅い時間じゃもう終電もなくなっているでしょう」

「あ…」

 彼女は、やってしまったという顔をして、また髪をくしゃくしゃにしていた。


「どうします?どれでも東京駅に行きます?」

「え…い、行くわよ。始発まで待つわ…」

「始発ですか。長いですよ。あと3,4時間は待つことになると思いますが」

「え~、そんなにぃ?」

 彼女は下を向いてしまった。

「ついてないわ」

 彼女はぽつっと呟いた。

 長い沈黙が流れた。

「そろそろ着きますが、どこで降ろせばいいですか?」

「どこでもいいわ、そこらへんの道端」

 力の無い声で彼女は言った。

「それは無理です、その服装ならおそらく補導されます」

「どうでもいいもん」

「一体どこに行きたかったんですか?」

「行き先なんて最初からないわ、ただ遠くに行きたかっただけ」

 彼女は窓のほうを向いてそう言った。

「家出ですか?」

「そう」

「そうですか。それはまた大変ですね」

「とにかく遠くに、うちの知らないところに行きたかった。逃げたかったっていうほうが正しいかな」

「なるほど。僕もたまにありますよ。日常から抜け出したくて遠出するの」

「でもそれはうちのとは違うわ」

「そうですかね?」

「そうよ」

 彼女は諭すように言った。

「とりあえず放ってはおけないですね」

「え?」

「僕のタクシーを降りた後で何か問題が発生したら困りますからね」

 駅が見えてきた。

「とりあえずタクシー乗り場に向かいましょう」

「え、なんで?」

「あそこなら朝までタクシーを止めていても大丈夫でしょう」

「それって…」

「始発がくるまで待ってましょう」

 ハンドルを右に切りながら彼は言った。


「本当にいいの?」

「僕は全然いいですよ。あなたのほうこそいいですか?」

「うちは、どうせ行くあてがないから…」

「じゃあ決まりですね」

 そう言って彼はタクシー乗り場に停めた。

「ふぅ、あと3時間半くらいですね」

 彼は腕時計を見て言った。彼女は窓の外から周りを見渡している。

「寝てもいいですよ」

「こんな状況で寝れるわけないじゃない!」

 ばっと彼のほうを向いて言い放った。

「安心してください。大丈夫ですよ」

 彼にとっては別に気になることでないようだ。

「絶対寝ないからね!」

 彼女はそっぽを向いてしまった。

「好きにどうぞ無理はしないでください」

「3時間半か~。暇だな~」

「そういえば、何で家出をしたんですか?」

 彼は帽子をはずして、彼女に尋ねた。

「えぇー、言わなきゃいけないの?いろいろ大変だったんだよ」

「無理にとはいいませんが、せっかくですから」

「…まぁいいわ。話してあげる。朝まで付き合ってくれるんだしね」

 彼女は運転席によっかかり、話し始めた。

「いくつか不幸が重なっただけなんだけどね」

 彼女は体育座りをして、身を縮こめていた。彼はうんうんと頷く。

「うちね、彼氏がいたんだけど、最近別れたの」

 それは残念ですね、と彼が相槌をうつ。

「理由はね、一方的で、他に好きな子ができたんだって」

 それはずいぶんと身勝手ですね、と彼が相槌をうつ。

「で、その子がうちの親友だったの。親友だと思ってた子って言ったほうが正しいかな」

 それはずいぶんと込み入った話のようですね、と彼。

「それでめっちゃケンカした。小学校のときから一緒だったけど、あんなにケンカしたのは初めて」

 腕を伸ばして、一息つく。


「まだ話は終わりじゃないよ。その頃家族ともうまくいってなくてね」

 運転手の彼はだんだん頷くだけで、言葉を発しなくなっていた。

「原因はパパの浮気だった。ここでもかって思ったよ」

 彼女は少し鼻声になっていた。

「うちは親友も彼氏もいなくなったから、家族に甘えたかったけど、2人はケンカばかりしてて、うちのことなんか見てくれなかった」

 彼女は鼻をすすり、ためいきを一つつく。

「だから、うちは独りぼっちになった」

 かみ締めるように言った。

「それが…すごくつらいの…。今まであったものが、ふって音も立てずに無くなった感じ。なんか急に何もないところに置いていかれたみたいな…」

 そう言い終わると、彼女は泣き伏せた。しゃくりあげながら。

「うっ…うっ…寂しい…寂しいよ」

「それは、かわいそうに」

 運転手の彼が口を開いた。

「…もういろんなことが嫌になって、今日パパとケンカして、家飛び出してきた」

 涙を手で拭いながら、再び話し出す。

「ちょっと落ち着きたい」

 彼女は外のほうを見て言った。

「心の洗濯は大事ですよ。生きていれば嫌なことは必ずありますからね。たまにははじけてもいいんですよ」

「うん」

 彼女が頷く。

「あなたは感受性が豊かな方です。その涙を見ればわかります」

「そ、そんなに泣いてないもん」

 慌てて再び顔を手で拭う。

「今はまだつらい出来事で視界が閉ざされ、何もできない状態ですが、いつか必ず目を開いて歩きだせるときがやってきます。大丈夫です。あなたはまだ若いし、これからがありますから」

「だといいけどね。パパとママとうちの三人家族はどうなるんだろ…」

「それも大丈夫ですよ。完全に縁が断ち切れたわけじゃありません。家族はどこまでいっても家族です。決して離れることはありません。どんなことがあってもその関係が崩れることはありません。あなたは、パパとママの子です。そのパパとママと一緒にいるのが一番良いし、絶対そうなります」

 彼ははっきり言った。

「そこまではっきり言われちゃうと信じちゃうな。確かにそうかもしれない。そうであってほしい」

「友情や恋愛でも同じです。それが真のものだったら、どんなことがあっても壊れることはないです。もしも壊れたなら、縁がなかったと思って、割り切ったほうがいいですよ」

「うん。深いね、なんか」

 しみじみと彼女は言う。

「おじさん、なんかすごいね。わかりきってるっていうか、そういうのって年の功っていうのかなぁ」

 彼女は彼のほうに体を向けた。

「年うんぬんというより、経験ですね。いろいろな人と出会い、いろいろなことがありましたからね。嬉しいことも、悲しいことも、楽しいことも、悔しいことも、いろいろ」

 彼は頭をかきながらそう言った。


「すごいなぁ、パパにもそんなこと言われたことないよ」

「僕が少し変わっているだけかもしれないですが」

 ははっ彼は笑った。

「確かに。おじさんちょっと変だもん。普通こんなことしないよ」

「普通がどうとかはあまり気になりません。ただ自分の気持ちに自然と従うだけです」

 彼は席に深く腰をかけてそう言った。

「さらっとそう言えるのがまたすごいわ」

 彼女は目を輝かして言った。

「おじさん、名前は?」

「名乗るほどの者ではないですよ」

「いいじゃん、別に。うちはユイっていうの」

「ユイさん、ですか。かわいらしい名前だ」

「おじさんは~?」

 ねだるように彼女は言った。

「しょうがないですね。僕は職場では、タカさんと呼ばれてます」

「タカさん?本当に?」

「さぁどうでしょう」

「嘘なわけないよね。じゃあタカおじさんだ!」

 彼女ははしゃぎながら言った。

「おやおや、こんな時間なのに元気ですね」

「そんなことないよ。てかおじさんこそすごいね。こんな時間まで仕事して」

「慣れればなんてことないですよ。この仕事長いですから」

 この後も2人はいろいろ話した。そのうちに外は明るくなっていた。

「はっ!あれ?うち寝てた?」

「そのようですね。話の途中で、急に静かになったなと思ったら、寝てましたね」

「なんなら起こしてくれればよかったのに!」

「いやいや、これから電車に乗るっていうのに一睡もしないんじゃ危ないですよ」

「電車…。あぁ、え?」

 彼女は外を見た。もう夜は明けて朝になっていた。

「嘘、もう朝?案外早かったな~」

「そうでもないですよ。結構話してましたよ」

「それくらい話に集中してたってことよ」

「それは良かったですね」

 彼は帽子を被った。2人はタクシーを降りた。

「…じゃあ、そろそろ帰るね」

「そうですね。お気をつけてください」

「うん、いろいろとありがとう。バイバイ、タカおじさん!」

 彼女が手を振ったので、彼も手を振り返した。彼は彼女の姿がだんだん小さくなっていくのをずっと見ていた。

「いやー、それにしても今日はいい天気だ」

 そして再び彼の車は走り出す。

 どこまでもどこまでも。

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