ナンバー3
「いやはや、どうもどうも」
彼は、軽くおじぎをして客を車に乗せた。
「どこに行かれますか?」
彼は客の男性に問いかけた。
「新宿歌舞伎町」
ドスの効いた声で答えた。
「はい、わかりました」
車を走らせた。
客は薄手のブルゾンにスラックスという服装だった。いかつい顔をしていて、近寄りがたい印象だった。
長い沈黙を破ったのはやはり運転手の彼だった。
「そういえば、お仕事は何をなさっているのですか?」
「あぁ?見りゃわかるだろ!」
強い口調で返された。
「すいません、ちょっと見当がつきません」
彼は臆することなくそう言った。彼はどんな相手に対しても、おおむね同じように接することができるようだ。
「ったく、言わなきゃいけないのかよ…。ヤーさんだよ!」
「ヤーさん…、ヤクザの方ですか」
何のためらいもなく、さらっと言った。ヤクザと聞いてもまったく怖がる様子もない。
「お前、ずいぶんとケロってしてんな。なめてんのか!?」
助手席を蹴って怒鳴った。
「いやいや、そんなつもりはないです。いろいろなお客さん乗せてますからね。どんな方が来ても驚くことはないんですよ」
「はーん、なるほどね。どおりで肝が据わってるわけだ」
「僕なんかまだまだですよ」
「ふん」
ヤクザは腕を組んで座っている。
「それで歌舞伎町にはどのようなご用件が?」
「はぁ!?なんでそんなことを言わなきゃいけないんだよ!?」
「ただ気になっただけです」
声を荒らげてもまったく動じない。
「…お前、図々しい奴だな」
怒っても無駄だと悟ったのか、抑えた。
「別に答えたくないならいいですよ。他の話題にしましょう」
「あぁあ、わかったわかった、言わなきゃ他の話題になるなら言うよ!事務所に帰るんだよ!」
なげやりになったようだ。
「事務所に帰るんですか。こんな時間までいったい何を?」
「はぁ~、あんたよくそんな喋る気になるなぁ」
「そういう性分なんですよ。気になさらないでください」
2度ため息をついてヤクザは口を開いた。
「仕事だよ仕事。今日は兄貴のシノギの手伝いをしてたんだ」
「兄貴っていうのは他の組織の先輩のことですよね」
「あぁ、そうだよ。よく知ってるな」
「この仕事長いですからね。今日はどんなシノギをしたんですか?」
「そ、そんなこと口が裂けても言えねぇよ…」
「そうですか。言えないならいいですけど…。運び屋とかですかねぇ」
「う…」
痛いところを突かれたように、口ごもった。
「図星ですか?流石にそれは言いにくいですね。リスクが高いですからね」
「…しょうがねぇだろ。俺ぁまだ新人だから…」
だんだん声が小さくなっていた。
「新人さんでしたか。それじゃ忙しいわけだ。顔に疲れが出てますよ。一日中働きづめですか?」
「そうだな。部屋住みは大変だよ。電話番が難しい。忙しすぎて、今日カップラーメン一個しか食ってねぇや」
とつとつとヤクザが語りだした。運転手の彼はうんうんと頷き始めた。
「でさぁ、10時くらいに若頭が事務所に来たんだよ。この若頭がめっちゃ厳しいんだ。今日も怒られて殴られちまった…」
そう言って左の頬を見せてきた。運転手の彼はバックミラーでそれを確認した。
「あぁ痛そうですね」
顔をしかめて言った。
「いやー、若頭の腕っぷしはすごいよ」
「そのようですね」
「俺もいずれは成り上がりてぇよな」
ヤクザははっきりとそう言った。
「出世欲ですね。まだ駆け出しの頃は、いろいろな壁にぶつかると思いますけど、次のステップへと必ずつながっているので、諦めずにがんばって下さい」
少し沈黙が流れ、ヤクザは下を向いている。運転手の彼の言葉が身に沁みているのだろうか。
「ち、まさかタクシーの運転手に励まされるとはな」
そう言うと、それ以上は何も言わなかった。
「はい、着きました。一番街でいいですか?」
「あぁ、頼むわ」
「はい、わかりました。お疲れ様でした」
「…ありがとな」
そう言い残し、彼は去っていった。
「いやー、それにしても変な服装だったな」
そして再び彼の車は走り出す。
どこまでもどこまでも。