表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/6

ナンバー3

「いやはや、どうもどうも」

 彼は、軽くおじぎをして客を車に乗せた。

「どこに行かれますか?」

 彼は客の男性に問いかけた。

「新宿歌舞伎町」

 ドスの効いた声で答えた。

「はい、わかりました」

 車を走らせた。

 客は薄手のブルゾンにスラックスという服装だった。いかつい顔をしていて、近寄りがたい印象だった。

 長い沈黙を破ったのはやはり運転手の彼だった。

「そういえば、お仕事は何をなさっているのですか?」

「あぁ?見りゃわかるだろ!」

 強い口調で返された。

「すいません、ちょっと見当がつきません」

 彼は臆することなくそう言った。彼はどんな相手に対しても、おおむね同じように接することができるようだ。

「ったく、言わなきゃいけないのかよ…。ヤーさんだよ!」

「ヤーさん…、ヤクザの方ですか」

 何のためらいもなく、さらっと言った。ヤクザと聞いてもまったく怖がる様子もない。

「お前、ずいぶんとケロってしてんな。なめてんのか!?」

 助手席を蹴って怒鳴った。

「いやいや、そんなつもりはないです。いろいろなお客さん乗せてますからね。どんな方が来ても驚くことはないんですよ」

「はーん、なるほどね。どおりで肝が据わってるわけだ」

「僕なんかまだまだですよ」

「ふん」

 ヤクザは腕を組んで座っている。

「それで歌舞伎町にはどのようなご用件が?」

「はぁ!?なんでそんなことを言わなきゃいけないんだよ!?」

「ただ気になっただけです」

 声を荒らげてもまったく動じない。

「…お前、図々しい奴だな」

 怒っても無駄だと悟ったのか、抑えた。

「別に答えたくないならいいですよ。他の話題にしましょう」

「あぁあ、わかったわかった、言わなきゃ他の話題になるなら言うよ!事務所に帰るんだよ!」

 なげやりになったようだ。


「事務所に帰るんですか。こんな時間までいったい何を?」

「はぁ~、あんたよくそんな喋る気になるなぁ」

「そういう性分なんですよ。気になさらないでください」

 2度ため息をついてヤクザは口を開いた。

「仕事だよ仕事。今日は兄貴のシノギの手伝いをしてたんだ」

「兄貴っていうのは他の組織の先輩のことですよね」

「あぁ、そうだよ。よく知ってるな」

「この仕事長いですからね。今日はどんなシノギをしたんですか?」

「そ、そんなこと口が裂けても言えねぇよ…」

「そうですか。言えないならいいですけど…。運び屋とかですかねぇ」

「う…」

 痛いところを突かれたように、口ごもった。

「図星ですか?流石にそれは言いにくいですね。リスクが高いですからね」

「…しょうがねぇだろ。俺ぁまだ新人だから…」

 だんだん声が小さくなっていた。

「新人さんでしたか。それじゃ忙しいわけだ。顔に疲れが出てますよ。一日中働きづめですか?」

「そうだな。部屋住みは大変だよ。電話番が難しい。忙しすぎて、今日カップラーメン一個しか食ってねぇや」

 とつとつとヤクザが語りだした。運転手の彼はうんうんと頷き始めた。

「でさぁ、10時くらいに若頭が事務所に来たんだよ。この若頭がめっちゃ厳しいんだ。今日も怒られて殴られちまった…」

 そう言って左の頬を見せてきた。運転手の彼はバックミラーでそれを確認した。

「あぁ痛そうですね」

 顔をしかめて言った。

「いやー、若頭の腕っぷしはすごいよ」

「そのようですね」

「俺もいずれは成り上がりてぇよな」

 ヤクザははっきりとそう言った。

「出世欲ですね。まだ駆け出しの頃は、いろいろな壁にぶつかると思いますけど、次のステップへと必ずつながっているので、諦めずにがんばって下さい」

 少し沈黙が流れ、ヤクザは下を向いている。運転手の彼の言葉が身に沁みているのだろうか。

「ち、まさかタクシーの運転手に励まされるとはな」

 そう言うと、それ以上は何も言わなかった。

「はい、着きました。一番街でいいですか?」

「あぁ、頼むわ」

「はい、わかりました。お疲れ様でした」

「…ありがとな」

 そう言い残し、彼は去っていった。

「いやー、それにしても変な服装だったな」

 そして再び彼の車は走り出す。

 どこまでもどこまでも。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ