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ナンバー1

「いやはや、どうもどうも」

 彼は、軽くおじぎをして客を車に乗せた。

「どこに行かれますか?」

 彼は客の女性に問いかけた。

「千束の4丁目」

 彼女は小さな声でぼそっと言った。

「千束の4丁目?4丁目…、あぁ、もしかして吉原ですか?」

「え?え、えぇそうよ…」

 吉原とは、東京都台東区千束四丁目、および三丁目の一部で、現在は日本一のソープランド街として知られている。

 確かに彼女は、化粧が濃く、服装・髪型が派手でいかにもそっちのほうの仕事をしてそうな感じがする。偏見かもしれないが。

 彼女は、吉原と聞かれて恥ずかしかったのか、バツが悪そうに、髪の毛をいじっていた。

 少し車を走らせ、信号で止まったら、彼が口を開いた。

「僕ね、吉原行ったことありますよ、プライベートで」

「え?本当ですか?」

 彼女は、とても意外だと驚いていた。そもそもそんなことを初対面で言うのはなかなかのことだろう。

「本当ですよ。映画でさくらんを見て、気になって行ってみたんです。さくらんはおもしろい映画でした。土屋アンナがやはりよかったです。僕ああいうのが好みですね」

「えー、そんな理由で?」

 これまた意外すぎて、彼女の顔が綻んだ。車内の空気が少し明るくなったように感じた。今までの客もそうだが、どんな人でも彼の話を聞き、彼と話していくのだ。彼の天性の才能というべきか。

「あと、別に好みのタイプなんて聞いてないですよ」

「そうでしたね。どうもぺらぺらと無駄なことを話す癖がありましてね。まぁ気になさらないでください」

 微笑んでそう言った。

「話すのは結構ですけど、運転には気をつけてくださいよ」

「大丈夫です。僕ゴールド免許なんです」

 後ろをちらっと向いて、自慢げに言った。

「そもそも、タクシーに乗るには第二種運転免許というのが必要で、これは普通の自動車の免許よりも格上なんですよ」

「へぇー、そうなんですか」

 彼女は足を組みなおした。


 その後はしばらく沈黙が続いた。外はもう真っ暗だ。吉原まではまだ少しあるようだ。

 信号で止まると、また彼は口を開いた。

「そういえば、お仕事は何をなさっているのですか?」

「ん、さっき吉原って言ったんだから、察しはつくでしょう…」

 嫌そうに顔をしかめて答えた。

「そうですか。答えたくないときは答えなくていいですよ。そういうときは誰にでもありますからね。ちなみにどんな感じのお仕事ですか?」

「か、体を、売る仕事」

 ためいきを一つついて、口先だけで答えた。

「そうなんですか。それはすごいですね。人のために尽くすお仕事なんて偉いですね」

「べ、別にそんな綺麗な話じゃないです」

「綺麗とか汚いとかじゃなくて、僕は、そういうのも立派な仕事だと思うんです。人のために一生懸命働いて、その分の代金をお客様が払っていく。それがお店の売り上げとなり、自分の給料となる。それはめぐりめぐって社会に貢献してます。だから、もっと堂々としていいと思いますよ」

「はぁ、それは、どうも…」

 彼女は、深く座りなおした。そして窓のほうに目をやった。遠くをじっと見ていて、何かを思い出しているようだった。

「私、自分に自信が持てなくて。自分のやってることに後ろめたさを感じるんです。いつも『寂しい』とか『愛されたい』とか言ってます」

 窓のほうを向いたまま、彼女は言った。

「そうですか。原因は仕事でしょうか。仕事そのものがあなたに合っていないのか、それとも職場に問題が?」

「両方だと思います。職場ではキャリアごとの上下関係が厳しくて、新人はこき使われます。時にはいじめられたり。でも仕事が忙しすぎて、人付き合いのことなんて考えてられないんです」

 彼女はとつとつと話し続ける。

「なるほど。それでもその仕事をやめないのは何か理由が?」

「はい、そうしてもお金が必要なんです」

「そうですか。なら覚悟を決めたほうがいいですね。明確な目標があるなら、それに向かって走るだけです。でも目標を達成する方法は、一つだけでなく、いろいろあるということを忘れないでください」

 彼はハンドルをきりながら、諭すように言った。

「どうもありがとうございます。大丈夫です。ちょっと感傷的になっただけですよ。今の仕事をやめる気はありません」

「そうでしたか。不平不満はためておくと苦しいものです。時には発散することも必要です。社会を生きていくには、ストレスは欠かせません。それと同時にストレスを解消する方法も」

「そのようですね。上京してきて痛感しました」

 ふと周りを見渡すと、怪しいネオンの店が増えてきた。吉原に着いたようだ。

「ここらへんで降ろしてください」

「はいわかりました。お疲れ様でした」

「私の話聞いてくれてありがとうございました。少しすっきりしました」

「いえいえ、僕が勝手にしたことですよ。少しでも役に立てたのなら光栄です」

「十分すぎます。では」

 彼女は車から降りて、立ち去っていった。

「いやー、それにしても綺麗な女性だったな」

 そして再び彼の車は走り出す。

 どこまでもどこまでも。

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