表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

一分前から、はじまる。

作者: 水瀬さら

蒲公英さんの「もみのき企画」に参加しました。

『クリスマス』『聖夜』『サンタクロース』

この三つの言葉を使ってはいけません。

 アルバイト先のケーキ屋さんが、一年で一番忙しい日。

 朝からずっと働きっぱなしのわたしは、売れ残りのケーキを売り切るために、薄暗くなった店先に立っていた。

 赤と白のコスプレまでさせられて……。

「いらっしゃいませー。ケーキいかがですかぁ?」

 にこやかな笑顔を無理やり作って、歩道を歩く人たちに声をかける。

 腕を組んで寄り添うカップル。手をつないで歩く家族連れ。街は色とりどりのイルミネーションに彩られ、誰もがみんな幸せそうに見える。

 はぁ……疲れた。早く終わんないかな、バイト。

 冷たくなった手をこすり合わせて、店の中の時計をちらりと見る。

 一年で一度だけの『今日』が、あと数時間で終わろうとしていた。


「お疲れさまでしたー」

 なんとかケーキを売り切って、店を出たのは午後十時を回っていた。

「亜湖ちゃん。このあと暇?」

 バイト仲間の先輩に声をかけられ、棒のように固くなった足を止める。

「デートの相手もいないしさぁ、寂しいもの同士でカラオケ行こうかー、なんて話してるんだけど」

 げ、これから? って思ったけれど、今日は遅くなるって親には言ってあるし、べつに予定もないし。

「うん、いいですよ」

 にっこり笑顔でそう答える。

「行こう、行こう。亜湖ちゃん来たら、瑛士が喜ぶよぉ」

 そんなことを言われて、ちょっとどきんとする。

 ケーキ屋さんに併設しているカフェで働いている瑛士くんは、わたしよりも二つ年上の大学三年生。

 頭が良くて、優しくて、しかもイケメンだって騒がれている瑛士くんが、わたしのことなんて相手にするわけないって、わかっているけど。


 バイト先で知り合った先輩たちについて、イルミネーションの街を歩く。

 通っている学校はバラバラだけど、先輩たちはみんなおしゃれでカッコよくて、時々こんなふうに、わたしを遊びに誘ってくれる。

 高校生の頃はバイト禁止の学校だったし、帰りが遅くなると親がうるさかったから、ちょっぴり夜遊びができるようになったわたしは、なんだかすごくオトナになれた気がしていた。


 カラオケ店に入ろうとした時、ポケットの中のケータイが震えた。

「亜湖。お前、今、どこにいるんだよ?」

 聞きなれたその声は慎吾だ。わたしはちょっと顔をしかめる。

「どこにいるって……バイトだもん」

「こんな遅くまで? 早く帰ってこいよ」

「うるさいなぁ。これから友達とカラオケ行くの」

「はぁ? これから? お前、今、何時だと思ってんの?」

 もう、せっかくいい気分になれかけたのに……なんで慎吾にそんなこと言われなくちゃならないの?

「だからあんたにはカンケーないじゃん。もう、ほっといてよ」

 そう言って電話を切る。

「誰? 彼氏?」

 隣でくすくす笑いながら、先輩が聞いてくる。

「まさか。近所に住んでる幼なじみです。いちいちわたしの行動監視してて、ウザいったらないの」

「なにそれー? お父さんみたいね」

「もしくはストーカー?」

 先輩たちが声を立てて笑い出す。

 わたしは小さくため息をついて、ちらりと時計を確認した。


 お向かいに住んでいる、ひとつ年下の慎吾とは、幼稚園から高校までずっと一緒だった。

 小さい頃は手をつないで幼稚園に通って、大きくなるとわたしの真似をするかのように、同じ学校の同じ部活に入ってきて……だから慎吾とは、自然と毎日、朝も帰りも一緒。

 だけどわたしが高校を卒業して、電車で大学へ通い出すと、慎吾と会う機会はめっきり減っていた。

 それなのに……わたしの帰りが遅くなると、慎吾は必ず文句を言ってくるのだ。

 わたしはもう大学生なのに。

 手をつないで歩いた、小さな女の子だったわたしとは違うのに。

 バイトだって始めたし、夜遊びだってできるし、彼氏だって……作っちゃうんだから。


 雰囲気に流されてカラオケに来たものの、なんとなくはしゃぐ気分にはなれなかった。

 歌の上手い瑛士くんの姿を眺めながら、時間を気にしている自分が嫌になる。

 朝からずっとケーキを見ていたせいか、目の前に並んだチキンやピザにも、食欲わかないし。

 ……なんで、わたし、こんなところにいるんだろう。

「亜湖ちゃん、つまんない?」

 気がつくと、隣に瑛士くんが座っていた。

「そんなこと、ないですよ?」

「亜湖ちゃんって、彼氏いないんだって? こんなに可愛いのに?」

 瑛士くんの肩がわたしの肩に触れたと思ったら、いつの間にか手なんか握られている。

 うわ、やだ、なに? なんか、顔もめっちゃ近いし……。

 ジュースを飲むふりをして、さりげなくその手を離したら、瑛士くんはおかしそうに笑い出した。

「亜湖ちゃん、男と手ぇつないだこともないの?」

「え?」

「カワイイんだなぁ、ほんとに」

 なんかわたし……コドモ扱いされてる?

「あ、ありますっ! 手つないだことくらい!」

 ずっとずっと小さな頃だけど……。

「へぇ、あるんだ」

 からかうようにそう言って、瑛士くんは、笑いをこらえたような顔をする。

 わたしはぎゅっと両手を握りしめ、その場に立ち上がった。

「ごめんなさい。わたしもう帰ります」


 華やかな街をひとりで歩く。

 カワイイなんて言ってくれた瑛士くんの言葉を、素直に受け取ればいいのに……なにわたし、ひとりで意地張ってるんだろう。

 両手をすり合わせて、はぁっと息を吐きかける。

 すれ違うのは、幸せそうに微笑み合う恋人たち。

 ため息をつきながら、ライトアップされた時計に目を移す。

 あと三十分で『今日』が終わる。


「遅い!」

 住宅街の薄暗い街灯の下で、いきなり慎吾に怒鳴られた。

「今、何時だと思ってんだよ?」

 わたしはぼんやりと、冷えた空気に浮かぶ、慎吾の吐く白い息を見つめる。

「あんた、わたしのこと待ってたの?」

「だって、いつまでたっても電気つかねーし。お前の部屋」

 慎吾の部屋とわたしの部屋は、狭い道路を隔てて向かい合っている。

 カーテン越しに灯りが灯れば、帰ってきたんだなぁってわかるし、いつまでも真っ暗なままだと、まだ帰って来ないのかぁって、気にはなるけど。

「いちいちチェックしないでよ。もうわたし、子供じゃないんだから」

 慎吾がわたしの前で、ふてくされたような顔つきをする。

 こんな表情は、小さい頃から変わらない。

「わかった? 受験生はお勉強でもして、さっさと寝なさい」

 大人ぶった口調でそう言い背中を向けたら、頭に手袋を投げつけられた。

「ちょっ、なにすんのよ!」

 振り返ったわたしの前に差し出された、小さな箱。

 これは確か駅前のケーキ屋さんの……。

「売れ残りじゃねーからな」

 ぶっきらぼうな態度でそう言って、慎吾はわたしにケーキの箱を押し付ける。

「なに、これ」

「どうせ誰からも、忘れられてるんだろ?」

 かじかんだ指先で箱を開け、その中をのぞきこむ。

「一分前。あぶなかった。今日じゃなくちゃ意味ねーもんな」

 視線を上げると、ほっとしたように笑う慎吾の顔が見えた。

 もしかして、これを渡すためにわたしのことを待ってたの?

「そんじゃ、おやすみっ。女子大生サマ」

「あ、えと……ちょっと待って、慎吾」

 ケーキを胸に抱えて、家の門を開けようとしている慎吾を呼び止める。

「一応お礼言っとく。ありがとう」

「……どういたしまして」

 振り返ってにやりとわたしに笑いかける慎吾は、もしかしてわたしよりもオトナになっちゃったのかもしれない。

 だって、たったこれだけのことで、こんなにドキドキしちゃってるわたしは、まるで中学生みたいじゃないの。


 カシャンとかすかな音を残して、慎吾が家に帰って行った。

 わたしはその場に立ち止ったまま、小さな箱をそっとのぞきこむ。

 今日はもう見飽きたはずの、イチゴのショートケーキがひとつ。その上にチョコレートでできたプレートがちょこんとのっている。


『ハッピーバースデー アコ』


 お祭り騒ぎにまぎれて、いつも忘れられてしまうけど……。

 一年で一度だけの、わたしの大切な日が、今ちょうど終わった。


「あ、手袋……」

 ケーキの箱を抱えながら、足もとに落ちた慎吾の手袋を拾い上げ、上を見上げる。

 見慣れた家の二階の窓に、オレンジ色の灯りがぽっと灯った。

「いいや。明日、持って行こう」

 お礼に慎吾の好きなクッキーでも、久しぶりに焼いてあげようかな。

 そんなことを考えながら、まだぬくもりの残っている手袋を手のひらで包む。

 大きな手袋……いつの間にか、こんなに大きくなっちゃったんだ。

 そういえば慎吾の手も、この手袋みたいに、あたたかかったっけ……。

 日付が変わったばかりの、十二月の夜。

 体は寒くて冷え切っていたけど、なんだか気分は、ぽかぽかと心地よかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ