第二話
水雫学園都市
国策学園都市政策で開発された都市の一つ。
学園都市政策は国策の一つで私立・公立を含め教育機関を集めることにより、土地の公立的な利用や新しい教育の方法を模索・実践していくものである。
この水雫学園都市は全国に四つある学園都市の中でも最初に作られたもので最も歴史が長い。
主に小・中・高等学校が密集しており、ほとんどが一般的な進学校、一部に音楽や美術の専門学校などがある。
複数の学校を密集させ、競争意識を持たせ勉学・スポーツの更なる向上をうながす。
更に学校間で生徒の交換などの交流を行うことにより教育方法を固執せず新しい物も吸収する柔軟な思考を持つ。
といったのが当初の国の方針だった。
そんなものがそんなにうまくいくわけが無いと政府には言う者も多かった。
しかし学園都市は政府の予想を良い意味で裏切った。
学園都市は学生の人口が多いため、学生向けの商業が発達したのだ。
都市に出展していた企業は学生に対してのサービスを発達、更に新鮮な数多くの学生の意見を取り込むことにより発展。
相乗効果により、学生都市は全国の学生の注目の的、文化の発信地となり、そのままサービスは発達し、学園都市は学生が優遇される都市になったのだ。
何もサービスだけではない、学生の本分は勉強だ。
国からの援助があるため、学費は安く、各学園は設備も充実、学生の要望に応えるための海外留学などの勉強の機会も多くある。
寮もあるし、一人暮らし向けの契約ホテルなんてものもあるらしい。
もちろん、元々この土地に住んでいる人もいるためそこから通う人もいる。
おかげで、学園都市は名実ともにトップクラスの教育機関の集まりで全国の学生の羨望の的である。
何が言いたいかというとここは国のトップクラスの都市ということだ。
二ヶ月ほど前までは、ここと比べるとド田舎といっていいところで暮らしていたたつやは未だに慣れていないのだ。
「はぁはぁ……だめだ……」
全力で走ったたつやはバテていた。
たつやの住んでいるところは学園都市の端のほうであり、学校までかなりの距離がある。
学園都市の端は住宅街であり、民家も多くそんなに都市といえるような感じではない。
しかし、ここまで来るともう都市だ。
歩みを止めずに、辺りを見回してみる。
高いビルに、有名なデザイナーがデザインしたという建造物。
足元のタイルまでも幾何学的な模様である。
広い歩道に都市内を巡回するバス、都市を一周する形の電車。
交通機関はばっちりである。
都市とはいうが、たくさんの街路樹で自然はまったくないというわけではないし森林公園というものもあるらしい。
電気自動車の普及により、空気は汚くないしとても静かだ。
空を見上げてみる。
ビルが多いが空も見える、電線などのライフラインは地下に通しているらしい。
この街でも星が見えるだろうか……
そんなことを考えていると、たつやの体を突然の衝撃が襲った。
上を見上げていたたつや、完全な不意打ちに後ろに倒れてしまう。
後頭部と腰に痛みが走るが、自分よりぶつかった相手だ、相手に急いで声をかけようとして
「あぁ、あんパンがぁ!」
可愛い悲鳴が聞こえてきた。
あんパン?
急いで、身体を起こし相手を見る。
「天……使……?」
純白の羽を思わせる白い肌。 幼い顔立ちに肩の辺りで綺麗に切り揃えられている小豆色の髪。
身に纏っていたのは俺が今日から通う学校のブレザー。綺麗より可愛いというのが似合う女の子だった。
なぜか、俺はこの女の子を見たとき、天使だと思ってしまった。
俺、疲れてんのか?
その天使……じゃなくて女の子は
「うぅ~あんパン~」
地面に落ちているあんパンを涙目で見てた。
天使に勘違いして出鼻を挫かれた俺は再び女の子に声をかけようとして、
「杏、大丈夫?」
女の子の後ろから来た、もう一人の女の子に遮られた。
ぶつかった女の子名前は『杏』というらしい。
もう一人の女の子が目に入った。
赤みを帯びた栗色の髪のポニーテールと琥珀色の瞳をもつ女の子だ。
「あ、ゆうちゃん。あんパンが~」
「だから食べたまま歩くなって言ったのに…」
「うぅ~」
「ほら、唸ってないで、土はらっちゃいなさい」
「は~い」
俺に気付かず、話を続ける少女達。非常に声をかけづらい。
「大丈夫ですか?」
とりあえず、ぶつかった女の子にケガがないか確認する。
「あ、大丈夫で……す……」
ぶつかった女の子は俺をじ~っと見たまま、動かない。
もう一人の女の子は俺を訝しげな目で見てくる。
俺の顔になにかついているか?そんなに見られると恥ずかしいんだけど…
しばらくすると、ぶつかった女の子は俺を指差し口を開いた。
「寝癖……」
「――?」
「寝癖ついてますよ」
たつやは指が指し示した先、自分の髪を慌てて抑える。
ひどい寝癖がついていた。
朝の寝坊のせいで、ろくに身だしなみを直していない。
女の子は微笑みながら口を開く。
「私と同じ女の子なんですから、身だしなみはちゃんとしなきゃだめですよ~」
「え?」
「杏、着てるの男子の制服よ?」
「あ、本当だぁ」
たつやは誤解を解こうと胸ポケットから学生証を出して渡して見せる。
この学生証は学園都市の学生に渡される物で、身分証などの役割を果たす。
学園都市では学生証を見せることでサービスを受けれる店がほとんどなので持ち歩いない人のほうが珍しい。
「たつや……」
学生証を見た女の子が呟く。
そう、名前はたつや。親からもらった大切な名前だ。
「そう、俺の名前はたつや。俺は男」
学生証を受け取りながら言う。
「その学生証……」
ポニーテールの女の子が何か呟くと、たつやのほうを向いた。
「ごめんなさいね、この子いっつもこうだから」
「いえいえ」
「ごめんなさい、私、おしゃべりに夢中になって余所見しちゃってて……」
「いや、謝るのは俺の方です。あんパン、俺のせいでダメになっちゃっいましたし……」
地面に落ちて土だらけになったあんパンが転がっていた。
土のついているところを剥がせば食べられるだろうが、そうしたら中身の餡子だけを食べることになるだろう。
「それなら大丈夫です!」
女の子はそう言うと鞄の中から紙袋を取り出した。
「もう一つ持ってますから」
女の子は紙袋の中のあんパンを頬張ると笑顔になる……が、
「はぅ!?このあんパンはお昼の分!」
笑顔が驚愕に変わる……が、
パクっ
また一口、頬張ると笑顔になる。
さっきから表情がころころ変わってなんか動物みたいだな、この子……
俺が一人可愛いものを見て和んでいるとポニーテールの女の子が話しかけてきた
「あんた、何であんなに急いでいたの?」
「そう、なんであんなに急いでたんですか?」
ぶつかった女の子も続いて聞いてきた。
「遅刻する……」
走っていた理由を思い出したたつやは無意識に呟いていた。
「え? まだ時間は大丈夫のはず……よね、杏?」
ポニーテールの女の子はぶつかった女の子を見る。
たつやの呟きと、女の子の視線に困惑しながら、腕時計を見るぶつかった女の子。
「えっと……7時47分」
「7時47分!? 杏、さっきと時間変わってないわよ!」
「さっきって?」
「杏が猫を見つけて、撫でたり遊んだりした時よ」
「あ、あの猫可愛かったよね?」
「確かに可愛かったわね」
「また、遊びたいな~」
「そうね……じゃなくて、時間よ時間! さっきと変わってないわよ」
「ん~。…………あ、この時計壊れてるんだった……」
「「「………………」」」
三人の間に沈黙が訪れる。女の子があんパンの最後の一口を食べて、口を開いた。
「もしかして…私達って遅刻しそう?」
頷く、たつやとポニーテールの女の子。
「走ろう」
「ええ」
そうして、たつやと女の子達は学校に向けて走り出した。