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第二王子の私、大好きな婚約者を曇らせる為に婚約破棄を宣言したら本当に破棄されてしまいました。復縁のために国庫から金貨3000枚を持ち出したら、彼女が笑ってくれました。

作者: キンクマ
掲載日:2026/11/01

 私には世界で一番美しい婚約者がいる。


 ローゼンベルク公爵家の令嬢、エレオノーラ。月光を紡いだような銀髪に、紫水晶を思わせる瞳を持つ彼女は、王国の社交界で『氷の薔薇』と称される才媛であり、私が幼い頃から一途に想いを寄せてきた女性でもあった。


 彼女との婚約が決まったのは五年前、私が十四歳のときである。


 あの日の喜びは今でも忘れられない。王族としての務めも、将来兄上を支えるために学ばなければならない数々のことも、彼女と共に歩めるのであれば何一つ苦にならないと思ったものだった。


 実際、エレオノーラは素晴らしい婚約者だった。


 私が地方視察へ赴く際にはその土地の歴史や産業について調べてくれるし、政策について意見を求めれば、私とは異なる視点から率直な助言をしてくれる。病に伏した際には、私の好みに合わせた書物を届けてくれたこともあった。


 彼女の優しさを私は誰よりもよく知っている。


 ただ、一つだけ悩みがあった。


 エレオノーラは私に対してあまりにも慎み深いのである。


「エレオノーラ、今日も美しいね。その髪飾りは新しいものかい?」


「ありがとうございます、殿下。先日母から贈られたものでございます」


「よく似合っているよ。今度、君に似合いそうな宝石を探して贈らせてもらおうかな」


「お気持ちだけで十分でございます。どうぞお心遣いなく」


 いつもこの調子だった。


 彼女は礼儀正しく、穏やかで、私の言葉を決して粗末には扱わない。しかし、その微笑みはどこまでも上品で、婚約者というよりも敬愛する主君に接する臣下のように感じられることさえあった。


 私は彼女の本当の気持ちが知りたかった。


 王子としての私ではなく、一人の男としての私を、彼女はどのように思っているのだろうか。


 できることなら、少しくらい嫉妬してほしかった。


 私が他の令嬢と親しく話していれば不機嫌になり、しばらく会えなければ寂しそうにして、そして再会したときには、普段の冷静さを忘れて私の胸に飛び込んでくる。


 そんな彼女の姿を想像するだけで、胸が温かくなるのだった。


 そして私はある愚かな思いつきを実行してしまったのである。


 ***


「エレオノーラ、君との婚約を解消したい」


 王宮の庭園で紅茶を飲みながら、私は静かに彼女に告げた。


 彼女は手にしていたカップを静かに置くと、驚いたように私を見つめた。


「殿下……突然どうなさったのですか?」


「君は私に対して、いつも礼儀正しく、婚約者としての務めも完璧に果たしてくれる。だが、それだけだ。私がどれほど愛を伝えても、君は一度として応えてくれなかったではないか」


「……殿下」


「私は君を愛している。だが、君が愛しているのは私ではなく、第二王子という立場なのではないか? そう思うと、これ以上婚約を続けることに意味があるのか、分からなくなってしまったのだ」


 エレオノーラは目を伏せた。


 私は彼女が何か言ってくれるのを待った。王子という立場など関係なく、あなた自身を愛しているのだと、そう言ってほしかったのである。


 しかし、彼女は静かに頷いただけだった。


「……承知いたしました。殿下がそのようにお考えでしたら、婚約は解消いたしましょう」


「……エレオノーラ?」


「ですが、一つだけ申し上げてもよろしいでしょうか」


 彼女は顔を上げ、まっすぐに私を見つめた。


「わたくしは、殿下との婚約を大切にしてまいりました。殿下のお立場を尊重し、お心を煩わせることのないよう、慎みを忘れずに接してきたつもりです。それが、殿下にとっては愛情のない振る舞いに見えていたのですね」


「いや、私は何も、そういうつもりで言ったのでは……」


「わたくしの気持ちをお知りになりたいのでしたら、直接お尋ねくださればよかったのです」


 彼女の声は穏やかだったが、その瞳には確かな悲しみが宿っていた。


「駆け引きする殿方は最低です。まして、婚約という大切な約束を持ち出して、相手の心を試すような方とは、わたくしも夫婦にはなれません」


 その言葉を聞いて、私はようやく自分の過ちを悟った。


 彼女が私を愛しているのか確かめたかったはずなのに、私は彼女の愛情を信じることさえできず、あろうことか、その誠実さを疑ってしまったのである。


「……すまなかった、エレオノーラ」


「謝罪はお受けいたします。ですが、婚約破棄のお申し出については、正式に承らせていただきます」


 彼女は立ち上がると、淑女として完璧な礼をした。


「これまで、大変お世話になりました。殿下」


 そして、私の返事を待つことなく庭園を去っていった。


 私はその背中を追いかけることもできず、ただ立ち尽くしていた。


 彼女の愛情を確かめたかった。


 その結果、私は彼女を失ってしまったのである。


 ***


 翌朝、私はローゼンベルク公爵邸を訪れた。


 昨夜はほとんど眠れなかった。彼女の悲しげな顔を思い出すたび、自分の軽率さが恥ずかしくなり、何度も謝罪の言葉を考えては書き直していたのである。


 公爵に面会を申し入れると、ほどなく応接室へ通された。


 エレオノーラは父君の隣に座っていた。


「殿下。この度は娘との婚約について、行き違いがあったと伺っております」


「公爵。まずは私の非礼をお詫びしたい。エレオノーラには何の落ち度もない。私が彼女の気持ちを試すような、愚かな真似をしたのだ」


 私は深く頭を下げた。


 公爵はしばらく私を見つめていたが、やがて静かに頷いた。


「事情は承知いたしました。娘の気持ちについては、本人の意思を尊重したいと考えております」


「当然のことだと思う。エレオノーラ、私は君との婚約を続けたい。だが、君が望まないのであれば、その意思を尊重する」


 彼女は私を見つめた。


「……殿下」


「ただ、もし許されるのであれば、もう一度だけ機会をもらえないだろうか。君の信頼を取り戻すためなら、できる限りのことをしたい」


 彼女はしばらく黙っていた。


 その表情は穏やかだったが、膝の上で重ねた指先には、わずかに力が込められていた。


「……では、金貨三千枚をご用意くださいませ」


「……三千枚?」


「ええ。わたくしの心を弄んだ慰謝料です。お支払いいただければ、復縁を検討して差し上げます」


 私は思わず彼女を見つめた。


 金貨三千枚。


 王族といえど、個人で簡単に用意できる金額ではない。


「……わかった。必ず用意しよう」


「……え?」


「三千枚だね。少し時間をもらうかもしれないが、君の望みなら叶えたい」


「殿下、わたくしは……」


「ありがとう、エレオノーラ。もう一度、機会を与えてくれて」


 彼女は何か言いたげに私を見つめていたが、やがて小さくため息をついた。


「……本当に、困ったお方ですこと」


 私は彼女の信頼を取り戻そうと心に誓った。


 ***


 金貨三千枚を用意することは、想像以上に難しかった。


 私には王族としての歳費が与えられているが、その大半は公務や社交に必要な費用であり、個人的に自由に使える財産は限られている。


 かといって、私有財産を処分したところで三千枚には到底届かない。


 私は数日間、様々な方法を考えた。


 そしてとうとう一つの結論に至ったのである。


 王家の特別会計には、緊急時に使用するための予備費がある。


 もちろん、私的な目的に使うことなど許されない。しかし、私は王子として一定の裁量権を与えられており、必要な手続きを踏めば、その一部を動かすことも不可能ではなかった。


 私は自分がしていることの重大さを理解していた。


 だからこそ金貨は必ず返済するつもりだったし、父上にも後日、事情を説明して処分を受ける覚悟があった。


 それでも彼女を失いたくなかった。


 私は王家の印章を無断で使用し、金貨三千枚を用意した。


 そして翌朝、馬車に積んだ金貨を引き連れ、公爵邸を訪れたのである。


「エレオノーラ。約束の金貨を持ってきたよ」


 庭先に並べられた金貨の袋を見て、彼女はしばらく言葉を失っていた。


「……殿下。こちらは、どこから?」


「国庫から用意した」


「……国庫?」


「ああ。父上の印章を使わせてもらった。もちろん、後日きちんと説明して、返済するつもりだよ」


 彼女は私の顔と金貨の袋を交互に見つめた。


 そして、ゆっくりと両手で顔を覆った。


「……殿下」


「何だい?」


「わたくし、あなたを困らせたかっただけなのです」


「……え?」


「婚約破棄を告げられたとき、本当に悲しかったのです。殿下は、わたくしの気持ちを試されたのでしょう? ですから、わたくしも少しだけ仕返しをしたくなって……」


 彼女は顔を上げた。


「金貨三千枚など、簡単に用意できるはずがございません。殿下が困り果てて、わたくしに許しを請うてくださったなら、それで十分だったのです」


「……そうだったのか」


「ええ。それなのに、あなたというお方は……」


 彼女の肩が小刻みに震え始めた。


 私は不安になった。


 また、彼女を傷つけてしまったのだろうか。


「エレオノーラ……?」


「……ふっ」


「え?」


「ふふっ……あははっ……!」


 彼女の指の隙間から、笑い声が漏れた。


「殿下……あなた、本当に……本当に、どうしようもないお方ですわね……!」


 そして、とうとう堪えきれなくなったように、彼女は声を上げて笑い始めた。


「あはははっ! 金貨三千枚を……国庫から……! しかも陛下の印章まで……! なんて事を、ぷくくっ、く、苦しい……!」


 私は息を呑んだ。


 彼女が笑っている。


 いつも凛として、淑女としての振る舞いを崩さなかったエレオノーラが、目尻に涙を浮かべながら、少女のように無邪気に笑っているのである。


 その姿は、私がこれまで目にしてきたどんな宝石よりも美しかった。


「……エレオノーラ」


「はぁーっ……ふふっ、殿下。あなた、陛下に大変なお叱りを受けますわよ?」


「……そうだろうね」


「下手をすれば、王位継承権を剥奪されるかもしれませんわ」


「それでも君が笑ってくれたのなら、私は幸せだよ」


 彼女は笑うのをやめ、私を見つめた。


 その瞳に、先ほどまでとは違う、柔らかな光が宿っていた。


「……本当に困った殿方ですこと」


 彼女はそっと私の手を取った。


「ですが殿下。わたくしのために、ご自分の大切なものを犠牲になさってはいけませんわ」


「……エレオノーラ」


「わたくしもあなたを試してしまいました。殿下を責めながら、自分も同じことをしたのです。ですから、わたくしにも罪がございます」


 彼女は私の手を両手で包み込んだ。


「一緒に陛下へお詫びに参りましょう。金貨もすぐにお返しいたします」


 私は彼女の手を握り返した。


「……ありがとう、エレオノーラ」


「お礼を言われるようなことではございませんわ。わたくしも、あなたと共に責任を取るだけです」


 ***


「……それで、お前は国庫から金貨三千枚を持ち出し、ローゼンベルク公爵家へ届けたというのだな」


「はい、父上」


「わしの印章を無断で使用して?」


「はい」


「婚約者と復縁するために?」


「……その通りです」


 父上は何も言わなかった。


 玉座に深く腰掛けたまま、眉間に指を当てて目を閉じている。その隣では母上が静かに私を見つめ、宰相と財務卿は厳しい表情で控えていた。


 やがて、父上はゆっくりと目を開けた。


「……息子よ」


「はい、父上」


「お前は国庫というものを何だと思っている?」


「王国の財産を管理する場所です」


「そうだ。そして、その財産は王家のものではない。民が納めた税であり、国を守り、民の暮らしを支えるために預かっているものだ」


「……はい」


「お前が持ち出した三千枚は、国境の砦を改修するために用意していた金だ。もし、その金が戻らず、砦の改修が遅れたことで兵士や民に犠牲が出たなら、お前はどう責任を取るつもりだった?」


 私は答えられなかった。


 返済するつもりだった。後から説明すればよいとも思っていた。しかし、父上の言う通り、金を持ち出している間に何かが起こる可能性について、私は十分に考えていなかったのである。


「……申し訳ありません、父上」


「お前がエレオノーラ嬢を大切に思っていることは知っている。幼い頃から、あの娘の話をするときのお前は、いつも嬉しそうだったからな」


 父上の声は穏やかだった。


 だがその眼差しには王としての厳しさが宿っていた。


「わしはお前が愛する女性のために努力することを咎めるつもりはない。だが、王族としての責任を忘れ、その愛情を理由に民の財産を私物化することは、決して許されん」


「……はい」


「ましてお前は国政を学び、民の暮らしを知り、将来は兄を支える立場にある。わしはお前ならその務めを果たせると信じていた」


 その言葉が、何よりも胸に痛かった。


 私は父上を尊敬している。


 王として国を治めながら、父親として私たち兄弟を慈しんでくれた人だ。その父上の信頼を、私は自らの手で裏切ってしまったのである。


「……父上。処分はいかようにもお受けいたします」


「当然だ。王族だからといって特別扱いはせぬぞ」


 父上は静かに頷いた。


「ただし、一つだけ聞かせてくれ」


「……何でしょうか」


「お前はそこまでして、エレオノーラ嬢と結婚したいのか?」


 私は顔を上げた。その質問にだけは胸を張って答えられる。


「……はい。私は彼女を愛しております」


「そうか」


「彼女と共に生きたい。その気持ちだけは、今も変わりません」


 父上はしばらく私を見つめていたが、やがて小さく息をついた。


「……ならば、まずは彼女に相応しい男になりなさい。愛する者を幸せにしたいのであれば、その者が誇れる自分であらねばならん」


 父の目には慈愛がこもっていた。私は深く頭を下げた。


「……はい、父上」


 そのとき、エレオノーラが静かに一歩前へ進み出た。


「陛下。恐れながら、わたくしからも申し上げたいことがございます」


「申してみよ」


「此度の件はわたくしにも罪がございます」


「どういうことだ?」


「殿下に婚約破棄を告げられ、わたくしは深く傷つきました。ですから、同じ思いを味わっていただきたくて、到底用意できない金貨三千枚を要求したのです」


 エレオノーラは深く頭を下げた。


「殿下のお気持ちを試したのは、わたくしも同じでございます。殿下だけを責める資格はございません。どうか、わたくしにも相応の責任を取らせてくださいませ」


「……エレオノーラ嬢」


「金貨は全額返還いたしました。また、殿下がご自身の過ちを償われるまでの間、わたくしの監督下で働いていただくことはできませんでしょうか」


 父上はしばらく考え込んでいたが、やがて静かに頷いた。


「……よかろう。ただし、これは罰の代わりではない。正式な処分とは別に、お前には十分に反省してもらう」


「承知いたしました」


「エレオノーラ嬢。息子を頼む」


「はい、陛下。お任せくださいませ」


 私は思わず彼女の顔を見つめた。


 エレオノーラが私のために頭を下げてくれた。


 それだけで胸がいっぱいになった。


「……エレオノーラ」


「何でしょう、殿下」


「ありがとう。私は君に相応しい男になれるよう努力するよ」


 彼女は少しだけ頬を赤らめ、それから穏やかに微笑んだ。


「……期待しておりますわ、殿下」


 ***


 それから一か月が経過した。


 私は現在、ローゼンベルク公爵邸で働いている。


 朝は六時に起床し、庭の掃除から始まり、領地経営に関する書類の整理、収支報告書の作成、そしてエレオノーラの執務補佐まで、王宮で暮らしていた頃には考えられないほど忙しい毎日を送っていた。


 もっとも、私にとっては人生で最も充実した一か月でもあった。


「殿下。こちらの帳簿、また計算が間違っておりますわ」


「すまない、エレオノーラ。すぐに直そう」


「昨日も同じ間違いをなさいましたわね。まさかわたくしに叱られたくて、わざと間違えているのではありませんでしょうね?」


「そ、そんなことはない!」


「……本当ですの?」


 彼女が顔を近づけてきた。


 紫水晶の瞳が私の目を覗き込み、その距離の近さに思わず視線を逸らすと、彼女は小さく笑いながら私の額を指先で弾いた。


「お馬鹿さん。そんなことをしてもお仕事は減りませんわよ?」


「……はい」


「よろしい。では今日の分が終わるまでお茶の時間はお預けです」


 私は素直に頷き、再び帳簿へと向き直った。


 こうして彼女に叱られながら過ごす日々は、王宮で何不自由なく暮らしていた頃よりも、ずっと充実しているように思えた。


 ただ、一つだけ気がかりなことがある。


 私たちの婚約は、まだ復活していないのである。


「……エレオノーラ」


「何でしょう?」


「私たちはいつになったら復縁できるのだろうか?」


 彼女は羽根ペンを置き、しばらく私の顔を見つめていた。


「そうですわね。殿下は、わたくしとの婚約をそれほど望んでいらっしゃるのですか?」


「もちろんだ。君と結婚できるなら、私はどんな苦労でも厭わない」


「……では、金貨三千枚をご自分で稼いでいただきましょうか」


「三千枚!?」


「ええ。今度は国庫に手をつけず、殿下ご自身の力で」


 私は思わず頭を抱えた。


 現在の給金では、金貨三千枚を貯めるまでに何十年かかるかわからない。その頃には私も彼女も、すっかり老人になってしまっているだろう。


 そんな私を見て、エレオノーラは楽しそうに笑っていた。


「……エレオノーラ、君は本当に意地悪だね」


「あら。今頃お気づきになりましたの?」


 彼女は椅子から立ち上がると、私の背後へ回りそっと肩に手を置いた。


「ですが、殿下。わたくしもいつまでもお待ちするつもりはございませんのよ?」


「……え?」


「わたくしだって、いつかは結婚して、愛する殿方と幸せな家庭を築きたいと思っておりますもの」


 胸が締めつけられた。


 もし彼女が私以外の男と結婚してしまったら。そんな未来を想像しただけで、目の前が真っ暗になるようだった。


「エレオノーラ……頼む。どうか、他の男と結婚するなんて言わないでくれ……!」


 情けなくも声が震えてしまった私を見て、彼女は小さくため息をついた。


「……本当に、困った殿方ですこと」


 そして私の頬にそっと手を添えると、悪戯っぽく微笑んだ。


「殿下。わたくしはあなたが思っているほど冷たい女ではございませんのよ?」


「……エレオノーラ?」


「金貨三千枚など、本気で要求するわけがございませんでしょう。わたくしが欲しいのは、もっと別のものですわ」


「……それは何だい?」


 彼女は私の顎を指先で持ち上げ、まっすぐに瞳を覗き込んできた。


「わたくしを大切にしてくださる、誠実で、少しばかり頼りがいのある殿方です」


「……私では駄目だろうか?」


「ふふっ。それはこれからの殿下次第ですわね」


 そう言って、彼女は私の額に軽く口づけた。


「……エ、エレオノーラ!?」


「ご褒美ですわ。これからも、よい子にしていらっしゃいませね?」


 私は顔が熱くなるのを感じながら、何度も頷いた。


 彼女はそんな私を満足そうに眺めると、机の上に置かれた帳簿を指先で叩いた。


「さあ、殿下。お仕事の続きですわよ」


「……はい、エレオノーラ様!」


「ふふっ。よいお返事ですこと」


 彼女は楽しそうに笑った。


 そして私はいつか彼女から正式に婚約を申し込んでもらえる日を夢見ながら、再び帳簿へと向き直ったのである。


 もっともその日の夕食後にエレオノーラが父であるローゼンベルク公爵に宛てて、こんな手紙を書いていたことを、私はまだ知らなかった。


『お父様。殿下の教育は順調です。そろそろ陛下と、婚約の再締結についてお話を進めていただけますでしょうか。ただし、本人にはまだ内緒にしておいてくださいませ。もう少しだけ可愛い殿下を独り占めしていたいのです』


fin

ここまでお読みいただきありがとうございました。


少しでも楽しんでいただけますと幸いです。


また心に残るものがありましたら⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎、ブクマ、感想で応援いただけますと創作の励みになりますのでそちらもよろしくお願いします。

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