第4話 遥・智恵・麻由子の共同戦線
畳敷きの居間には、重苦しい空気が流れていた。
遥たちは屋久杉の一枚板で作られた座卓を囲むように座り、麻由子の言葉を待っていた。
麻由子は、ぽつりと口を開いた。
「……夫が、あのひとが、何かをするんじゃないかって……薄々感じてはいたんです」
麻由子の声は、長い間押し殺してきた感情が滲んでいた。
言葉にするたび、胸の奥の蓋が外れていくように震えている。
「最近、妙に優しくて……私が太ったから、嫌われたのかと思って…」
本当は、ずっと怖かったのだろう。
“優しさ”の裏に潜む冷たさに気づきながら、見ないふりをしてきた。
「そんな……あんなに優しくしてたのに……。あれが全部嘘だなんて、思いたくないです」
遥は思わず言った。
自分でも驚くほど強い声だった。
(だって……そんなふうに怯えた顔、見てられないよ)
「いや、あるね」
智恵が即答した。
「智恵さん!?」
智恵は遥の顔を見ながら、諭すように言った。
「だってあの旦那さん、優しすぎるよ。あれは怪しいね。由香が言ってたんだよ、“あの優しさは女の匂いがする”ってね。あたしもそう思うよ」
麻由子は唇を噛んだ。
その目には、“自分が見ないふりをしてきた現実”が映っていた。
「……私と離婚したら、あの人は無一文になるんです。会社も資産も全部、私名義だから……だから、あのひとは……」
「つまり、“奥さんが誘拐されて殺されたように見せかける”つもりだったってことだね」
智恵の言葉に、麻由子は肩を震わせた。
(巻き込まれたのは……由香さん……私のせい……)
罪悪感が麻由子の胸を締めつけていた。
「おばあちゃん……!」
遥は拳を握りしめた。
弱気な自分が、今だけは嫌だった。
「くよくよしても仕方ないだろう。三人寄れば文殊の知恵。どうにかなるさ」
智恵の智から強い声が重い空気を払う。
「どうにかって言っても……」
「いいかい、黒幕は分かっているんだよ。麻由子さんの旦那だ」
「私もそう思います」
「由香の居所だって知っているはずさ。問い詰めればいいんだよ」
そうだ。
問い詰めて…
(おばあちゃんを助けなきゃ……!)
「やることは、分かっただろ」
智恵の声に晴かと麻由子が頷いた。
「よし、行こう」
智恵が立ち上がる。
その背中は、妙に頼もしかった。
“おばあちゃん力”は、時に人を救う。
「そうと決まれば…」
「なに?」
「行く前に、差し入れ作るから」
「なんで!?」
「腹が減っては戦はできぬって、言うじゃないか。誘拐犯だって腹は減ってるよ」
遥は呆れながらも智恵のその“普通さ”に救われていた。
――そのころ城戸家では。
寝室に城戸 浩史は一人でいた。
階下の応接間では警察関係者が犯人からの電話を待っている。
浩史はヘッドボードに背を預け、足を延ばして座っていた。
ネクタイを緩め、シャツの首元のボタンを外す。
クククッ、と笑いが漏れた。
妻を誘拐された憐れな夫を演じなければならないが、こうも計画通りに事が運ぶとは思わなかった。
(麻由子の顔なんて、もう何年もまともに見ていない)
便利な世の中だ。
フリーアドレスを使い、ネットの裏サイトで募集すれば、すぐに応じてくる。
顔も合わせない。
指示と報酬だけの関係。
バレる心配もない。
後は待つだけだ。
ブ―ッ、ブ―ッ…
スマートフォンが震える。
表示された相手を確認し、浩史は電話に出た。
スマートフォンの向こうから、甘えた声がした。
「いつ会える?」
「おいおい、一昨日会っただろう?」
「だって…淋しいんだもん」
拗ねた顔を思い浮かべて、浩史は苦笑した。
何か欲しいものを見つけたのだろう。
「何が欲しいんだ?」
「ええーっ、そんなんじゃないもん」
「本当か?」
「えへへ、実はねぇ…」
甘えた声を聞きながら、浩史の頭の中では次の段取りが組み立てられていた。
――自分の計画が、すでに大きくズレているとも知らずに。




