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たぶんこんな感じかもな童話集  作者: 清見こうじ


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第9話 たぶん浦島太郎

 昔々、かなり昔、まだ神様と人間の世界が今よりずっと近かった頃のお話。


 とある海辺の村に、若者が住んでいました。

 先祖代々「島さん」と呼ばれていたその若者は、真面目で働き者で釣り上手、その上気持ちも優しく皆の人気者で、いつの間にか、海辺、つまり「浦」の島さんちの息子さん、で「浦島太郎」と呼ばれるようになりました。


 そんな浦島太郎、ある日釣りをしようと浜辺にやってくると、にぎやかな声を耳にしました。


 そちらを見ると、どこぞのやんちゃな子供たちが、小さな亀を囲んでいました。


 金切声やら怒鳴り声を上げながら、甲羅に閉じこもった亀を棒で叩いたり足で蹴ったりしていました。


「これこれ、亀をいじめてはならん! 」


「うるせ……あ」

「やべ、浦さんちの太郎さんだ」

「あの、ごめんなさい!」


 浦島太郎は止めに入ると、子供たちは気まずそうに一応謝ると、退散していきました。


「小さな亀さんや、一匹で浜に上がってきては危ないぞ?」

 両掌(りょうて)くらいの大きさの、海亀の子供でした。

 浦島太郎はその亀を持ち上げると、波打ち際にそっと寝かせました。


 にょきっと首と手足を出して、亀はそのまま沖に向かって泳ぎだし……と思ったら、すぐに戻って近づいてきました。


 いえ、戻ってきたのではなく、その場でムクムクと大きくなっていたのでした。

 遠近感がバグって近づいてきたように見えたのです。


「浦島太郎さん、助けて下さりありがとうございました」

 ムクムクと岩のように、成亀以上に大きくなった亀は、人の言葉で呼びかけました。


 まあ、神様のお使いの動物がしゃべることは割とよくある時代なので、そのこと自体には驚きませんでした。

 どちらかと言えば、見も知らぬ亀が自分のことを知っていた方が驚きでした。


「何で俺の名前を?」

「いやそんな、浦の島サマと言えば、水も滴る超絶美形……ゲフンゲフン、気の優しい働き者で有名ですから」


 そう、この浦島太郎、本人の自覚はありませんが、実は魚も見惚れて自ら釣られるほどのイケメンだったのです。


 この時代、美しいものは神隠しに遭いやすいからと、家族や村人は決して話題にしないようにしていましたが、その事実は隠しようもなく、おまけに内面もよいので、老若男女問わず大人気。


 いつでも優しくて、人当たりがよいので、結果的に無自覚天然タラシになっていたのです。


「ところで、助けていただいたお礼に、おもてなしさせていただきたいので、竜宮城にいらっしゃいませんか?」


「竜宮城? いや、海の底にどうやって?」


 海底にある竜宮城は、一目見れば寿命が100年延びるほど美しいと言われる幻の宮殿です。


 いや、この時代、一応実在すると認定されていますが、何といても海の底、普通の人間はそもそも行き着くことはできません。


「そこはご心配なく。ワタシ、実は竜宮城の乙姫様に近しいモノでして、神通力なども持っておりまして……」


 だったらその力でいじめっ子たちを撃退したり逃げたりしたらよかったのに、と浦島太郎はちょっと思いましたが、ドヤっている亀に言うのも気が引けたので、黙っていました。


 それに竜宮城の乙姫様と言えば、海の神様の娘です。

 神に連なるその名を騙るとは思えません。


 さきほどあっという間に大きな体になったことも考えて、この亀に力があることは間違いないでしょう。


 それならば、と浦島太郎は亀の誘いを受けることにしました。


 善良で気の優しい浦島太郎でしたが、人並みに好奇心もあります。

 本来なら人間はたどり着けないだろう竜宮城に興味津々でもありましたので、内心ワクワクしていました。


 そして、大きな亀の背に乗り、海の底に向かいました。

 海中に入った瞬間はドキドキしましたが、地上と変わらず息ができ、水中なのに濡れないし、ちっとも冷たくありません。


「おお……」

 次第に暗くなる海の底で、ぽっかりとそこだけ明るい場所がありました。


 竜宮城でした。


 まさに絵にも描けない美しさに見惚れながら、色鮮やかなサンゴの門を通り抜けました。


「どうぞ」


 亀に促され、浦島太郎は竜宮城に降り立ちました。


「……」


 あまりの美しさに声を失っていると、隣で衣擦れの音が鳴りました。


「へ?」


「ようこそいらせられませ」


 亀がいたはずのそこに立っていたのは、見たこともないような美しい女性でした。


「……え?」


「申し訳ございませぬ。海の守りの効かない地上では万が一のこともございますので、亀に変化(へんげ)して正体を隠しておりました」


 そう話す目の前の美しい姫君……乙姫様はそのまま呆然としている浦島太郎を手を引いて、竜宮城の奥に(いざな)いました。


 つやつやと輝くサンゴや真珠でできた台座で、溢れんばかりの豪奢な海の幸を振る舞われ、麗しいタイやヒラメの乙女たちがヒラヒラと舞い踊る中、歓待を受けました。


 夜と昼の区別も分からぬまま、酒を飲み珍味に舌鼓を打ち技芸を楽しみ、疲れたら眠る……もはや月日も季節も数えることを忘れ、いつの間にか乙姫様と夫婦のように蜜のような甘い時を過ごすようになりました。


 ありとあらゆる(ぜい)を尽くしに尽くして、幾星霜。


「そういえば、村のみんなは……おやじ様やおふくろ様は、どうしているだろう?」


 不意に、浦島太郎は地上のことを思い出しました。


 何も言わずに竜宮城に来てしまって、みんな心配しているのではないだろうか?


 そう気になりだしたら、そわそわしてしまって宴も全く楽しめません。


 その前に気付けよ! と家族や村のみんなから総ツッコミ受けそうですが、それはまあ、それだけ竜宮城も魅力的で、乙姫様もガチだったので。


 そう、実は乙姫様、「浦島太郎が亀を助けた」事件の前から、浦島太郎に近づく機会をうかがっておりました。


 まあ、名前も噂も知っていたことは伝えていましたが、それよりもう少し……いやかなり熱心に、浦島太郎の動向を追っていました。


 釣りをする浦島太郎の姿を一目でガチ恋し、亀に身をやつして浜辺をさまよい、浦島太郎をじっとストーキ……ではなく見守っていたのでした。


 念願叶い、浦島太郎と接触し、竜宮城におびき出……招待することができたのは、あのやんちゃな子供たちのおかげです。


 浦島太郎が通りかかる時間を見計らって、タイミングよくいじめられるように何度もシミュレーションしてようやく運命の出逢いは果たされたのでした。


 あとはご存じの通り、言葉巧みに竜宮城へいざない、地上のことなど忘れてしまえと歓待したのですが。


 家に帰りたいと言い出すのでは、と乙姫は内心焦りまくりましたが、平静を装い歓待を続けました。


 けれど、日に日にどんどん表情が暗くなる浦島太郎を見て、ある日とうとう浦島太郎に問いかけました。


「最近お顔がくもりがちですが、何かお悩みでございますか?」


「……ああ、家や村のことが気になってね。何も言わずにこちらにお邪魔してしまって。楽しすぎてうっかり長逗留になってしまったものだから」


 心配する乙姫に気を遣わせまいと無理に笑顔を作って答える浦島太郎に、乙姫は(ああ、やはり思い出してしまったのね)という後ろめたさと、(やっぱしステキ! やさしい! いい人! 神!)という尊さで胸が苦しくなりました。


「一度、家に帰って様子を知らせたいのだが……」


「……行かないでくださいまし……」


 何とか浦島太郎を言いくるめようと思案しましたが、結局その一言しか出てきませんでした。

 そのまま嗚咽で言葉が出ない乙姫を、浦島太郎はそっと抱きしめました。


「私だって……あなたと離れたくないよ」


「……なら……」


「すぐに、戻ってくるから」


 涙目ですがりつく乙姫をなだめるように、浦島太郎は微笑みました。

 渋々うなづいて、乙姫は浦島太郎に小さな箱を手渡しました。


「また帰ってくる時に使ってください。すぐお迎えに参りますから。それまで決して開けてはいけませんよ」


 そう言って、大切に布で包み、浦島太郎の体に背負わせました。


 再び亀に変化(へんげ)した乙姫は、浦島太郎を故郷の浜辺に送っていきました。



「ああ、この感触、懐かしいなあ」


 久しぶりに地上の砂を踏みしめて、歓喜していた浦島太郎でしたが。


 しばらくして、どうも浜辺の様子がおかしいことに気が付きました。


「おや、間違えて別の浜辺に置いて行かれたのだろうか?」


 辺りをきょろきょろ見回せば、覚えのある山並みが見えました。

 間違いではないようですが、色々なものが何だか違うのです。


 磯の香りに混じる嗅いだことのない焦げたにおい、波に混じるゴウゴウという嵐のような音、くすんだ空、遠い山並みの手前には見たこともないような高く四角い石の柱……何より目の前の砂浜を囲む広く大きく真っ平らな石の壁。


「……ここは、いったい?」


 呆然としていると、人の声が聞こえました。


 助けを求めるように声の方に駆け寄ると、そこには色鮮やかな衣服を身に着けた二人の若者がおりました。


 高価な染料を使っている布地のようなのに、えらく丈の短い珍妙な服装で、(似ている浜のようだが外国(とつくに)にでも来てしまったのだろうか?)と浦島太郎は思いました。


「ナニ〇▽$オトコ※%&セェナア」

「ムカシフウ? デモ$%‘&メンヨォ」


 耳触りは違いますが、何となく知っているような言葉も混じっています。


 何やら顔に化粧をし、キラキラと光る飾りを目や耳や鼻、手首や指にもつけているので、都の貴人か、もしくは神に仕える巫人なのかもしれません。


 そういった役割をもつ人は、言葉遣いも違い、ことさら派手な身なりをしているものですから。


 そう思うと畏れ多くなり、浦島太郎はその場に膝をつき、平伏しました。


「チョ&%#$ナニヤッテ&%#%」


 怒鳴るように声をかけられて、浦島太郎はびくりとしました。


 何とか弁解しようとしましたが、喉が渇ききって声が出ません。

 そのまま身をすくめていると、気配が遠ざかっていきました。


 おそるおそる顔を上げると、若者たちはすでに立ち去っていました。

 ホッとして深く息を吸いましたが、ひどく濁った空気に、咳き込んでしまいました。


 気が付けば何だか目も痛いです。

 冷や汗のせいかと思いましたが、拭いてもこすっても、砂でも入ったように目が痛みます。


(私は、いったいどこに連れてこられたのだ……?)


 不安に苛まれて、どうにも心細くなった浦島太郎の耳に、突然、雷のような爆音が響きました。


 音は一瞬で大きくなり、同時に大きな箱のようなものが近づいてきました。


 大きな音の鳴らしながら、ものすごい速さで近づいてくる『箱』に浦島太郎はすくみ上りました。


「ま、魔物!?」


 とても生き物のようには見えませんが、咆哮を上げて走る(さま)は、獣、それも魔獣としか思えませんでした。


 考えるより先に、浦島太郎はその場から逃げ出したのでした。




 浦島太郎は数日の間さまよい歩き、見知らぬ場所に来ていました。

 そして見つけた岩陰に身を潜めました。


「もう、いやだ……帰りたい……」


 村は、家は、父や母は、どうなってしまったのだろうか?


 もしかしたら自分がいない間に、あの魔物のような獣に滅ぼされてしまったのかもしれない。

 あの珍妙な服を着た若者たちも、魔物の仲間なのかもしれない。


 絶望に打ちひしがれて、膝を抱えてさめざめと泣く浦島太郎でしたが、ふと背中の荷物に気が付きました。


『また帰ってくる時に使ってください。すぐお迎えに参りますから。それまで決して開けてはいけませんよ』


 確かに乙姫は、そう言っていました。


「竜宮城に、帰る、時……」


 乙姫の優しい、けれど哀し気な笑顔が目に浮かびます。

 もはや浦島太郎が戻れる場所は竜宮城以外にないと思えました。


 浦島太郎は、包みを開き、小さな箱を取り出しました。


 そしてフタを開けると……。



 *********************************


「ああ、玉手箱の、煙が……行かない、と……」


 乙姫が浦島太郎に持たせたのは、広い浜辺で浦島太郎の居場所が分かるように(まじな)いをかけた『玉手箱』でした。


 フタを開けると、呪力の籠められた煙が上がり、居場所を乙姫に知らせるのです。


「……迎えに……」


「いけません! 姫様の体は、恐ろしい毒に蝕まれているのですよ! 再び地上に行けば、もはやお命が!」


 タコの侍女がその沢山の手足を使って乙姫を押しとどめます。


 浦島太郎を浜辺に送るために久しぶりに……数百年ぶり、いえ千年を超えて地上に近づいた乙姫でしたが、知らぬ間に地上も海も、ひどい穢れに覆われていたのでした。


 息も絶え絶えに竜宮城に帰りつき、そのまま床に臥してしまった乙姫でしたが、朦朧とした意識の下で、ずっと浦島太郎のことを案じていました。


 ただ、別れの悲しみのあまり、浦島太郎やその周囲の人々、ただの人間は、不老長寿に近い自分達と違いとても短命であることを失念していたのでした。


 そして、竜宮城と地上では、時の流れが違うことも忘れていました。


 玉手箱の煙を察知した乙姫は、刹那その事実を思い出しました。


 それを浦島太郎に告げていないことも。


 知り合いが誰もいない地上で、きっと困惑しているに違いありません。


 気は急いても、頭を上げるにも上がらない、自由にならない病身を抱え、浦島太郎を案じる日々が続きました。


 ……そして、時は、過ぎ。



 *****************************************


 長い、長い、時が経ちました。


 人間とはいえ、神の世界に近い竜宮城で饗応を受け、竜宮城の食べ物をたらふく口にしていた浦島太郎は、不老長寿とまでは行きませんが、ただの人間に比べ、ひどくゆるやかに年を重ねていました。


 悠久の日々が流れるうちに、浦島太郎は「今」が自分の生きていた時代よりもずっと未来(さき)の世界なのだと理解しました。


 最初は乙姫に騙されたと思いましたが、十分すぎるほど長い時間は、浦島太郎に考える(いとま)を与え、乙姫が『すぐ迎えに来る』といった約束が果たされなかった理由も、およそ分かってきました。


 あれほど懐かしかった浜辺が恐ろしく様変わりしていたこと、それは海も同じでした。


 ひどく濁った波が浜辺に打ち上げるのは、ブヨブヨしたりベラベラした何か得体の知れない何かの塊や端切れ、そして腐臭を放つ、魚を始めとした無数の動物の死骸でした。


 得体の知れないそれが「ぷらすちっく」と呼ばれる(ごみ)であり、死骸の喉や胃からも出てくることがありました。


 亀もその死骸には混じっていました。


 もしやその中に乙姫の転じた亀が混じっているのでは……そう思うと恐ろしくてたまりませんでした。


 死骸を(あらた)め、丁寧に葬り、忌まわしいゴミを片付け……そんな日々を過ごすうちに、「えぬぴーおー」という人々に声が一緒に手伝ってくれるようになりました。


「そうですね、海が昔のようにきれいになったら、また乙姫が亀になって迎えに来てくれるかもしれませんね」


 周囲の人々は、「自分が昔の世界から来た浦島太郎で、今は乙姫の迎えを待っている」という話を信じ込んでいる少し変わった、でも働き者のイケメン、として受け入れ、話を合わせてくれていました。


 やがて、色々世情も理解してきた頃。


 時々身を隠して素性を変え、当たり障りない身の上を語りながら、ずっと海の浄化を目指して生き続けました。



 いつか、乙姫が迎えに来られるような、美しい海を、取り戻すために。



 *****************************************


 昔々、というのは少し大げさな、わりと最近のお話。


 とある海辺の一軒家に、おじいさんが住んでいました。


 真面目で働き者で、いつも海辺の掃除をしており、その上気持ちも優しく皆の人気者で、「いつか乙姫が迎えに来られるようなきれいな海にしたい」が口癖で、いつの間にか、「浦島太郎じいさん」と呼ばれるようになりました。


 いつからそこに住んでいたのか分かりませんが、ただ代々ずっと海辺の掃除を生業にしているようでした。


 けれど、ある日。


 家はもぬけの殻になっていました。


 近所の人々が、何日もかけて辺りをくまなく探しましたが、見つかりませんでした。


「浦島太郎じいさんやーい」


 そう呼びかけても、返事はありません。




 美しい海だけがそこにあり、ただ静かなさざ波の音を伝えて来るだけ、でした。



 おしまい。


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