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たぶんこんな感じかもな童話集  作者: 清見こうじ


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第5話 たぶんシンデレラ

 昔々、あるところに妻を亡くした男がおりました。


 普段は商売のために家を空けていることが多く、妻の死に目にも会えませんでした。


 子供もおりましたが、忙しさを言い訳にほとんど顔を合わせたことがないのでした。


 とはいえ、そのまま子供だけを家に置いておくわけにもいかず、男は勧められるまま再婚しました。


 どうせ顔を合わせることもそれほどないのですから、とにかく自分の留守を守って子供の世話をしてくれたらそれで良いと思っていましたので、すぐ結婚して家に入ってくれれば、という以外たいした条件も付けずにいました。


 新しい妻は、あまり見栄えのしない地味な未亡人で、年頃の娘が2人おりました。


 そのくらいの容姿の方が下手な醜聞も招かないだろうし、娘の世話で子供の扱いも慣れているだろうし、子供の世話が忙しければ自分がいないことに不満も言わないだろうと、むしろ良い縁談が来たものだとさえ思っていました。


 さて、そんな男の思惑通り結婚式もすっ飛ばして届け出だけして、娘達と共に慌ただしく婚家に入った女でしたが、家にポツンと残されていた子供を見て驚きました。


 年の頃は10を過ぎたくらいでしょうか、金の巻き毛を腰辺りまで長く伸ばし、シンプルな灰色のワンピースを身にまとった、顔立ちの整った……薄汚れた子供でした。


 一応食事は与えられていたのか、やせこけているほどではありませんでしたが、服の胸元や袖口に食べかすがこびりついていました。


 よく見れば灰色のワンピースの裾は灰だらけでした。


 亡くなった妻は使用人を雇うこともなく、ひとりで家事育児を切り盛りしていたことは、女も知っていました。


 結婚後の生活では、使用人などは雇用せず、無駄な出費を避けて与えた生活費の範囲内で慎ましく暮らしてほしい、と言われていました。


 男は結婚にあたってたいした条件をつけていないつもりでしたが、わりと金持ちなのにそんなケチくさいことを言うから、容姿の芳しくない子持ち未亡人の自分くらいしか相手がいなかったのよ、と自虐的に回想しかけて、女は頭をブンブン振って意識を切り替えました。


 きっと男は、きれいな衣類も温かなお風呂も美味しいごはんも空気から湧いて出て、誰かが細やかに面倒を見なければすぐに家が(すさ)んでしまうなんて思いもしないに違いありません。


 それにしたって、いったいこんなひどい状態になるまで放置するなんて……と憤りながら、女は子供に尋ねました。


「ねえ、あなた? お父様はあなたのお世話をどうしていたの?」


「おと……さま? ああ、あの男の人なら、お母様の従妹のおばさま達を追い出して、そのあとは顔も見せに来ませんよ?」


「追い……出して?」


「ええ。我が家の財産目当てだろうって。留守の間、ずっと泊まり込みで私の身の回りの世話をして下さっていたのに。そうして、当面の生活費だとこの財布を放り投げてきて……。ねえ、あなたは新しいお母様? お願いですから、この財布の中身を、おばさま達に差し上げて? お母様がお亡くなりになる前から、私の勉強や暮らしにかかるものは、みんなおばさま達が用立てて下さったの」


 そう言っておずおずと差し出した古い皮の財布の中身は、さほどの金額も入っていないことが開けて見なくても分かる軽さでした。


 どうやら、亡くなった前の奥様は、生活を自分の親族に頼らなければならないほど経済的に追い詰められていた様子でした。


 そのあと、家中を見回ってみて、間違いなく経済的DVを受けていたのだと確信しました。


 男の使用する応接室や書斎、主寝室や食堂などは高価な家財で整えられていましたが、亡くなった奥様やこの子供が生活していたであろう寝室や台所は最低限の設備だけで、華美なものなど一つもなく、あらゆるものが質素でした。


 奥様が病に倒れるまで付けていたらしい書きかけの家計簿を見て、日常の生活費として提示された金額で、そこそこ広い家の維持までしていたことが分かりました。


 台所の片隅に、擦り切れた何冊かの本、子供の字で白墨(チョーク)で書きつけてある小さな黒板がのった古びた机がありました。


 すっかり火が消えた(かまど)のそばに畳んだ毛布があり、ここで暖を取りながら寝起きしていたのでしょう。


 すっかり白く燃え尽きて灰になった竈にはすでに熱のかけらもありませんでしたが、それでも心持(こころもち)だけでも温かさを感じたかったのかもしれません。


 食卓に大事そうに置かれたナフキンの包みを開くと、かじりかけのパンが一切れありました。


 すっかり固くなったパンの、まだ新しい歯型に、子供がこれで何とか命をつないでいたことを知りました。


 ふつふつと、女の中に怒りが溢れてきました。


「ママ! 来て! 大変!」


 新しく妹になるはずの子供をお風呂に入れようとしていた上の娘が、慌ただしく台所に飛び込んできました。


 息を切らせている娘を宥めるように女は言いました。


「どうしたの? お風呂が無理なら、体を拭くだけでも……」


「そう思って、服を脱がせようとして……ちょっと無理やりに。そうしたら……」


「まあ、無理強いはダメよ? あとでゆっくり……」


「いや、そうじゃなくて! 男の子だったの!」


「へ?」


「あの子! 女の子の格好をしていたけど! 男だったの!」


 女は娘を置いてきぼりにして、浴室に走りました。


 浴室の前では顔を真っ赤にした下の娘が立っており、女を見てホッとしたように顔を緩ませ、中を無言で指差しました。


「……あの、大丈夫なようなら、出てきてちょうだい? 必要なら着替えを持ってくるから……」


 扉をノックした後、女が中に聞こえるように大きめの声で言いました。


『……いえ、今、行きます……』


 くぐもった声が聞こえ、しばらくして子供が顔を出しました。


 見覚えのある寝間着姿で、女はそれが上の娘のものだと気付きました。


 適当な着替えがなく、自分のものを貸すつもりで持ち込んだようです。


 洗い髪で濡れたままの金髪は、艶を取り戻して優雅にうねり、汚れを落とした頬は紅に染まっていました。


 何とも美しい少女でした……ですが。


「えっと、あの、……男の子、なのよね?」


「……はい」


 まだ声変わり前なのでしょう、鈴のように澄んだ声は耳に優しいソプラノでした。


 ただ、良く聞けば少女のものより硬さがあり、笛のような芯のある声音でした。


「このことは、あなたのお父さ……《《あの男》》は、知っているのかしら?」


「いえ。知りません」


 女が発した、実の父親に対して明らかに侮蔑を込めた呼び方に、子供は否定も追及もしません。


「男だと知れたら、気の向くまま折檻(せっかん)されたり、無理やり望まぬ奉公に出されるかもしれないから、と。女の子なら、《《価値が下がるような》》傷はつけられないだろうって、お母様が」


 そういえば、自分達が子供の頃に、この国の王子様がお妃さまを選ぶ舞踏会が開かれたのでした。


 そこで出会った美しい平民の娘が、今はこの国の王妃さまになって、男の子を授かっているのです。


 自分達の子供世代から、第二の平民王妃さまが生まれる可能性があるかもしれない……そんなおとぎ話めいたサクセスストーリーを信じている者は多いのです。


 ひとまず、女は継子の性別を偽ったまま世話をすることにしました。


 かと言って、そのままでは男の子だとバレる危険がありますので、男や他の人の前では美しい髪や肌を灰で煤けさせ地味な服装をさせていました。


 新しい妹……ではなく、弟を守るため、姉達も「役立たず」「のろま」と悪口を重ねました。


 そうして存在感を薄くしてから、ある日こっそり、親戚の伝手を頼りに信頼できる私塾に預けました。もちろん、男の子として。


 男に近々お妃選びの舞踏会があるかもしれないから娘達の身支度を整える必要がある、と支度金を用立てさせました。


 姉達は女譲りの地味目の容姿でしたが、年頃なのも手伝って化粧や衣装でそこそこ美しく見えましたので、男はあっさり信じて、サクセスドリームのために投資したのでした。


 そうしてまんまと引き出した資金を娘達や継息子の教育資金にあてました。


 お妃選びの舞踏会は一応何回か開かれましたが、今回は平民お妃の誕生は叶いませんでした。


 どこぞの貴族のお姫様との婚礼の噂を聞き、地団駄踏みながら久しぶりに帰宅した男が見たものは、男が前回帰宅したままに整えられた家……のみでした。


 二度目の妻も、そこそこ美しく育ったはずの義理の娘達も、存在を忘れかけていた実の《《娘》》も、その姿はありませんでした。


 唯一つ増えていたのは、男の書斎の机に置かれた、王立裁判所からの離婚命令書。


 慌てた男がその行方を捜しましたが見つかりません。


 男が本来負うべき養育費生活費諸々の経費以外は、男の財産を損なってもいないため訴えることもできず、逆に場合によっては慰謝料や財産分与を請求されるかもしれないと言われ、諦めました。


 そうして、いつまでも待っても、きれいな衣類も温かなお風呂も美味しいごはんも空気から出てこないことに、ようやく気付いたのでした。


 


 ***********************


「ねえ、本当によかったの? あなたに対する虐待は、訴えれば勝てるわよ?」


「いいんです。それで溜飲を下げたり、多少の金銭を得るよりも、あの男と縁を断てる方がずっといいです。きっと、自分一人では生きていけないことに、今頃気付いていて困っているでしょうし」


「気付けばいいけどね」


「あの家を維持するだけでも大変ですから、お金で解決しようとしてもそのうち破綻するでしょう。そんなことに構っている暇があったら、昔の自分のように傷ついている人達を、少しでも手助けしたい。そのために力を割きたいのですよ」


 今は優秀な弁護士として働く義理の息子かつ弟の吹っ切れたような顔を見て、母も姉達も微笑みました。


 お妃にはなりませんでしたが、王女付き教育係に就き国内初の公立初等教育学校を設立することになる上の姉と、修道院に入り親や夫に苦しめられている女性と子供を守る福祉活動に主導的に携わることになる下の姉、それを支えた人道弁護士の弟、この国の近代の教育福祉に大きく貢献した3人の姉弟を育てた『伝説の母』として女が讃えらるのは、遠い未来の話。


 


 今はともかく。


 


 めでたしめでたし。




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