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たぶんこんな感じかもな童話集  作者: 清見こうじ


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第4話 たぶんウサギとカメ

 昔々……かもしれない、あるところにウサギがおりました。


 身のこなしが素早く、元気いっぱいのウサギは、いつも楽しげで、にぎやかなイベントが大好きなパリピで陽キャでした。


 ふわふわの毛並みが愛らしく、困った時はピンと立った耳がしおしおと垂れてしまうのもまたギャップ萌えで、職場の人気者。


「ワークライフバランス大事!」


 ときっちり仕事を片付けて、毎日ノー残業で定時退社がモットーの、意外とシゴデキ女子なのもポイントでした。


 同じ部署に、カメもおりました。


 こちらはおっとりゆったり、何事ものんびり……と言えば聞こえは良いのですが、とにかく何をするにもゆっくりで、決して仕事が早いとは言えません。


 けれど、作業そのものは丁寧で緻密で、ミスはなく確実でした。


 じっくり時間をかけて大丈夫な仕事を任せておく分には案外重宝されていました。


「あの、そう言うの、苦手で……」


 と、合コンや飲み会などの参加は好みません。


 あまり表情が変わらず、何を考えているかイマイチ読み取りにくいものの、いつも穏やかでした。


 派手なことを好まず、控えめで物静かな性格は、一部の社員に大受けで、ひそやかに人気がありました。


 


 さて、そんな対照的なふたりでしたが、思いがけず仲が良いのでした。


 きっかけは、ウサギがスカートを釘に引っかけてカギ裂きを作ってしまった時、カメが昼休み返上で持っていた裁縫セットで修復をしてくれたことでした。


 ゆっくりでしたが丁寧な仕事ぶりを発揮して、スカートはとてもきれいに直りました。


 ただ、そのためにお昼ご飯を食べ損ねてしまったカメでしたが、嫌な顔一つせず「直ってよかった」と微笑みました。


 その人柄に心打たれたウサギは、「カメちゃん」と親し気に声をかけるようになり、仕事のアドバイスをしたりしながら、やがて「カメちゃんは私の親友」と公言するようになっていました。


「そ、そんな、私なんて、のろまだし、ドンくさいし、ウサギさんにふさわしくないですよ」


 カメは恥ずかしがって否定しましたが。


「カメちゃんは仕事も丁寧だし少しずつでも進歩してるし、第一優しいじゃない? 私、カメちゃんのこと、好きだよ」


「す、好きって……う、ウサギさん?」


「こらぁ、ウサギちゃん、でしょ? ウサちゃんでも、ウーちゃんでもいいよ」


「う、ウサギ、ちゃん……」


「はぁい、カメちゃん! 私たち、ズッ友だよ!」


 と言いくるめられ、気が付けばプライベートのSNSで連絡し合い、ウサギが誘えば困った顔をしながらも飲み会にもイベントにも参加するようになりました。


 


 そんなある日。


「ウサギちゃん、今夜デートって言ってなかった?」


 終業時刻が過ぎているのに、仕事が終わらず焦っていたウサギに、カメが話しかけました。


「うん、そうなんだけど……ちょっと、今日は間に合わないかも」


 取引先の急な計画変更(リスケ)で、明日までに仕上げなければならない作業が終わっていないのです。


 今日は付き合い始めて約半年の彼の誕生日で、お気に入りのレストランでバースデーディナーの予定でした。


「とりあえず連絡だけしておいて、……ギリギリまで粘ってみる……」


 せっかくのデートですが、仕事に穴を空けるわけにはいきません。


 悲しそうに苦笑いするウサギにカメが言いました。


「あとは資料を見ての打ち込み作業でしょう? 私が代わるから、ウサギちゃん、行って?」


「そんなわけにいかないよ! カメちゃんきりに任せて私だけなんて!」


「いいの、今日は特別な日でしょう? ウサギちゃんにコツを教えてもらって、私も色々上達したし、だから、任せて? 次に私が困ってたら助けてもらうから、今日は、ね?」


「カメちゃん……ありがと!」


 


 涙ぐんでカメの手を両手で握ってから、何度もピョンピョン頭を下げて、ウサギは職場を飛び出していきました。


 


 次の日。


「ありがと! カメちゃん! おかげで素敵なディナーを過ごせたよ~」


「そう、それはよかったわ」


 微笑みながら答えるカメの目元に大きなクマが出来ています。


「カメちゃん……もしかして、遅くまで仕事、かかっちゃった?」


「そんなことないよ。ちょっと……だけ、時間かかっちゃったけど……ほら、私、のろいから」


「ゴメン! このお詫びは必ずするから!」


「大丈夫だよ。他の人も手伝ってくれたし」


「他の人?」


「うん。私があんまりドンくさいから、見るに見かねて、かな……あ、悪いのは私だから、ウサギちゃんは気にしないで」


 カメはそう言って微笑みましたが、ウサギはおさまらず、手伝ってくれた相手を聞き出しました。


 


「あの、昨日は、カメちゃ……カメさんを手伝ってもらったって聞いて……」


 前日カメの手伝いをしてくれた先輩に、ウサギは声をかけました。


「は? だって仕方ないじゃない? 自分の仕事終わって帰ろうと思ったら、ひとりでポツンと作業しているんだもの。今日が締め切りだって言うのに、全然終わってないんだし」


「あの、スミマセ……」


「だいたい、合コンだか何だか知らないけど、自分の仕事押し付けて帰るって何なの? いくらあの子があなたに逆らえないからって、ちょっと神経疑うわよ?」


「いえ、あの! 合コンとかじゃなくて……」


「『ワタシ、残業シナイノデー』っていうのは自由だけど、やるべきことはキチンとやってくれないと困るわよ」


 なるべく残業をしないようにしていることも、カメに仕事を頼んで帰ってしまったことも、事実です。なので、ウサギは何も言い返せなくなってしまいました。


 先輩に絞られた後、カメがコソっと声をかけてきました。


「ウサギちゃん、ゴメンなさい……あの、デートのことは、プライベートなことだから、あんまり言っちゃいけないと思って……私が理由をハッキリ言えなかったから……変な誤解を……」


「ううん、大丈夫。カメちゃんは気を遣ってくれたのに……。私の普段の行いが良くなかったんだよ、きっと」


 ウサギはぎこちなく微笑み返しました。その耳はちょっと垂れていました。


 そんなウサギを悲しそうに見つめるカメを気遣って、ウサギはことさら明るく、「さあ、仕事仕事!」と言いながら、カメの背中をポン、と軽く叩きました。


 


 ところが。


 その日を境に、ウサギの周辺は、少しずつ変わっていきました。


 あからさまではないものの、今までウサギと親しく言葉を交わしていた同僚が、仕事以外の用事でほとんどウサギに声をかけなくなりました。


 楽し気に談笑していても、ウサギが近づくと、スッと静かになってしまい、気まずそうに眼を逸らしてしまいます。


 モヤモヤした気持ちで仕事もはかどらず、珍しく残業したその夜。


 ぐったりとして、ロッカー室に入ろうとしたウサギの耳に、同じく残業上がりの女性たちの声が聞こえてきました。


『……ってばぁ、仕事早いって言っても、雑なところあったしさ』


『そうそう、確かにあの子はトロいけど、仕事慣れてきたらそこそこになってきたし。だったら少しくらいゆっくりでもミスがない方がいいし』


『まあ、親友面して、仕事オシエテアゲルー、って言いながらちゃっかり自分の仕事やらせてさ。いざとなれば、仕事押し付けて遊びに行っちゃうんだもんね~。イイ根性してるわよ』


『なのに、カメってば、ニコニコしてウサギにいいようにこき使われてさ。いい子過ぎて気の毒になるわよ』


『ま、一応仕事はできるから、完全無視(スルー)はしないでおいてあげるけどね』


『ヤッサシー』


 クスクスと追従するような嘲笑から逃げるように、ウサギは元のフロアに戻りました。


 恩着せがましく『スルーしない』と言った声は、確かカメの残業を手伝った先輩のものでした。


 彼女たちの言い方からすると、カメが何かウサギへの不満を言ったわけではないようです。


 ただ、何故か自分が悪者になってしまっているのです。


 ウサギは決して、カメを利用しようとか、こき使おうとか、そんなこと考えていませんし、結果的にそうなってしまったものの、最初から仕事を押し付けようなんて考えていませんでした。


 カメもそのことを分かってくれているし、むしろ恩を感じて自ら仕事を引き受けてくれて……なのに。


 以前カメに伝えたように、『私の普段の行いが良くなかったんだよ』と自分に言い聞かせようとしましたが、むしろそう思うことがツラくなってしまいました。


 だって、本心では、そんな風に思っていなかったのです。


 自分の行いがそれほど他者から悪意を向けられるものだったなんて、思いたくなかったのです。


 けれど実際に、カメを利用して仕事を押し付けている、そう、思われてしまっている……いったい自分の何がいけなかったのか?


 次の日、重石をつけられたような心地で出勤したウサギでしたが、終業時間まで気の遠くなるほど長く息苦しい1日でした。


 その次の日も、さらにその次の日も。


 カメですら、何か言いたそうにしていながらも、ウサギと目が合うと、よそを向いてしまうのでした。


 誰かに何か吹き込まれたのかもしれません。


 


 ……気が付けばウサギは出社しなくなりました。


 しばらくして退職届と共に郵送されてきた診断書には、最近多い心の病の名前がありました。


 


 


 ウサギがいなくなった職場で、今日もカメが《《明るく》》働いております。


 派手好きで調子のいいウサギにいいように利用されても、恨み言も言わず、「ウサギちゃんには感謝してるの」とけなげに微笑むカメを、『本当にいい子だね』と皆が思っていました。


 


 皆に囲まれて、今日もカメは、微笑みます……その素顔は、誰にも読み取れず。


 


 今日も、ゆったりおっとりのんびり、丁寧に緻密に確実に、……周到に、歩み続けているのです。


 


 おしまい。





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