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たぶんこんな感じかもな童話集  作者: 清見こうじ


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第10話 たぶん瓜子姫

 昔々、あるところにひとりの少女がおりました。


 年頃の娘になるかならないかという頃に父母が亡くなったので、違う村の親戚の家に身を寄せることになりました。


 少女は取り立てて美しくもなく、これと言った()()もなく、毎日淡々と過ごしていました。

 取り柄はないなりに、家事であるとか農作業であるとか、最低限やるべきことを少女はやっていましたので、働き手としては重宝され、孤児(みなしご)ということで不遇に扱われる、ということはありませんでした。


 決して豊かな生活ではありませんでしたが、元々交流のあった親戚の家ですので、すぐになじみました。

 親を失ったことは悲しいことでしたが、路頭に迷うことはなく、少女は本心から、平穏に平凡に平和に日々が過ぎていくことをありがたく思っているのでした。


 ただ、そんな思惑とは裏腹に、周囲の人々は新たに村にやってきた少女のことを煙たく感じていました。


 何が悪いというわけでもなく、ただ困ったことに、少女は嘘がつけないのでした。


「この饅頭、まずいね」

「その晴れ着、色が悪いよ」

「あの花は嫌いだなあ」

「どれも同じでいいのがないよ」


 それが、小さな子が慣れない手つきで初めてこしらえたお饅頭であるとか、おばあちゃんが孫のために自分の着物を夜なべして仕立て直した晴れ着だったとか、若い頃に恋人(いいひと)がわざわざ花を摘んできて口説かれたというおばさんの思い出話だとか、同じ年頃の娘たちが手ずから刺繍した手ぬぐいをみんなで見せ合おうとしたとか……そんな状況もお構いなしに、思ったまま口にしていまい。


 正直と言えば聞こえは良いのですが、悪意も作為もない分、始末に悪いのでした。


「その言い方はないんじゃない?」


「え? 何で?」


「もっと言葉を選ばないと」


「だって本当のことじゃない?」


「そうじゃなくて……」


 いさめてもなかなか意図が伝わらず、やがてそれも億劫になり、少女と口をきくのを避けるようになりました。


 みんなが自分を腫れ物のように扱っていることに段々気付いた少女でしたが、その理由が解らず、ただただ気まずい思いだけが積み重なっていきました。


 そんな孤独な少女でしたが、ただひとり、少女を受け入れてくれる者がありました。

 居候をしている親戚の家の同じ年頃の娘で、()いた白瓜のように透けるほど色が白くみずみずしい肌をしていることから、みんなから「瓜子姫」と呼ばれていました。


「瓜子姫、その帯の色、似合ってないよ」


「そう? 何色がいいかしら?」


「私は紺色がいいと思う」


「なんで紺色がいいと思ったの?」


「紺色とか濃い青みのある色がすっきり見えると思った」


「すっきり? それはどうして?」


「あんたの茜色の晴れ着だとその方がいい」


「ああ、確かに、紺色だと引き締まるね」


「うん。私のを貸してあげる」


「でも、私はこの小豆色、好きなのよ。だからこの帯がいいなあ」


「そうなんだ」


「でも、色々考えてくれたんだね。ありがとう」


「うん……」


 そんな風に、瓜子姫は少女の率直な言い分に耳を傾け、ひとつひとつ理由を聞いて、自分の考えもきちんと伝えて、最後に必ず「ありがとう」と言ってくれました。



「瓜子姫は、あたしが嫌いじゃないの?」


 ある日少女は、瓜子姫にそう尋ねました。


「嫌いじゃないよ。どうしてそう思うの?」


 瓜子姫は笑顔で答え、そう聞き返しました。


「みんなは、あたしが近付くと逃げていくから」


「そうかぁ。理由は分かる?」


「……あたしが、嫌なことを言うから。『傷ついた』、って言われる」


「あんたは、傷つけたくて言ったの?」


 しばらく考えて、少女は答えました。


「傷つけたいなんて思っていない。ただ、本当のことを言っただけ……なのに」


 そう言うと、少女の目から、ポロリと一粒の涙がこぼれました。


「『傷ついた』って言われて、あんたはどう思ったの?」


「……本当の気持ちを言っただけなのに、なんで、って」


「……そっか。でもみんなも、あんたが『なんで?』って感じたことを、知らないかもしれないね」


「なんで、……って、なんで? 瓜子姫は分かっているのに」


「今、あんたが話してくれたから、分かったんだよ。言われなくちゃ分かんないこと、沢山あるよ」


「そう……なの?」


「うん。だけど、話してくれたら、分かることも多いよ。どうしてそう思ったのか、次は話してみたら?」


「……うん」


 瓜子姫が懐から手ぬぐいを出して、小さくうなづく少女に手渡しました。

 促され、少女はそれで涙を拭きました。


「あと、嫌い、とかいやだな、って気持ちをちゃんと正直に伝えてくれるのは大事だから、それを言えるあんたは、すごいと思うよ。でも……」


「……でも?」


「好き、とか、いいな、とか、そういうのも沢山言ってくれたら、嬉しいな。あんたの好きなものを色々知れたら、私は嬉しいよ」


 満面の笑みで、瓜子姫は言いました。


「……すみれの花、あたし、好きだよ」


 握りしめた手ぬぐいから覗く刺繍を見て、少女は、そう言いました。



 少女の正直で率直な物言いはそうは変わらず、周囲の人々も辟易することはありましたが、だんだんと、まあちょっと変わっているけれど根は悪い娘ではない、と感じるようになりました。


 親しみを持って、とまではいかないものの、無下に扱う、ということはなく、まあそこそこ平穏な関係を築いていたのでした。




 さて、そんなある日、村長の家に町から使いがやってきました。


 とあるお偉い方が、美しいと評判の瓜子姫を自分の屋敷に召し上げたい、というのです。


 玉の輿だ、大出世だ、と最初は浮かれていた村人たちでしたが、そのお偉い方がこの国を治める領主さまの叔父の大官だと知ると、静まり返りました。


 先代の領主さまの弟で、癇癪もちで粗暴な性格、屋敷の中にも外にも美女を侍らせて遊興三昧という悪評が絶えないお方でした。


「玉の輿とはいえ、いくらなんでもあんまりだ」


「親子どころか、祖父(じい)さまともそう年は変わらねえ……ひでぇもんだ」


「機嫌を損ねてお手打ちになった娘もいるっていうじゃねえか」


 村人たちは、口々にそう気の毒がるものの、逆らうこともできません。


 数年前、やはり娘を望まれた庄屋が、それを拒んだことで娘は奪われ家財も土地も没収された上に、一族郎党ひどい責め苦を受けたことを、思い出すと、震えが止まりません。


 瓜子姫には申し訳ないが、素直に召し上げられる以外、他に道はないとしか思えないのでした。



 当の瓜子姫は、あまりにも不幸な出来事に、呆然自失でした。


 離れの《はたや》に引きこもり、全てを忘れようとしているかのように、何日も無言で機織(はたお)りを続けました。


「ちょっと、飯も食べないで何してんの!」


 強引に機屋の中に押し入った少女は、やつれた瓜子姫に持ってきた握り飯を食べさせようとしますが、瓜子姫はいやいやと首を横に振って食べません。


「このまま飢えて死んじゃいたい……」


「死んでどうするの?」


「大官様のお屋敷なんて行きたくない!」


 衝撃のあまり、それまで涙も見せなかった瓜子姫はボロボロと堰を切ったように涙を流しました。


 エグエグと嗚咽を続ける瓜子姫に、少女は懐から手ぬぐいを出して涙を拭ってやり、あっさり言いました。


「そんなに嫌なら、行かなくちゃいいじゃない」


「ヒッく……そんなことをしたら……エグっ……家族も、村も、ただではすまないのよ! あんただって、どうなるか……」


「だからって、瓜子姫がこんなに苦しむのは嫌だよ!」


 今度は、少女が泣き出しました。


 わあわあ声を上げて泣く少女を、瓜子姫も泣きながら、抱きしめました。


 そのまま眠り込んで、夜明けを告げる鶏の声で、少女は目覚めました。


 自分を抱きしめたまま眠る瓜子姫をそっと床に横たえると、目元から走る涙の痕をそっと指でなぞり、じっと目を閉じてしばらく考え込みました。


 そして、次に少女が開いた(まなこ)には、力強い光が宿っていました。




 さて、村長は「瓜子姫は気鬱のあまり寝込んでしまい、病にかかり寝込んでいる」と大官の使者に伝え、お召上げの日を先伸ばしにできたものの、それほど猶予は残されていませんでした。


 そして、とうとうお召上げのお達しが来てしまいました。


「まだまだ病が癒えず床上げできませぬ」


「それほどの病なら我が屋敷で養生した方がいいだろう」


 村長の再びの日延べの懇願も一蹴され、大官自らが迎えに来ることになりました。


 茜色の晴れ着に紺色の帯を締め、被り物をした瓜子姫を見た大官が言いました。


「その被り物はどうした?」


「……病みやつれて、見苦しいものですから」


 震えるかすれ声で弱々しく答える瓜子姫に、長患いのことを知っていた大官は納得しました。


 むしろたおやかなその声に、初々しさを感じ、大官はにやにやと笑みを浮かべました。


「そうかそうか。屋敷に着いたらたらふく美味くて滋養のあるものを喰わせてやるからの。すぐに快復するじゃろ……ん?」


 ニマニマとその手を取ってさすりながら、大官はあることに気付きました。


「瓜子姫は、抜けるような色白と聞いていたが……この手はそれほどでもないな」


「……日々の野良仕事で、いくらかは焼けておりまする」


「いやいや、それにしても、他のものとそう変わらぬ……」


 大官はキョロキョロと周囲の村人に目を走らせてました。


 その目に猜疑(さいぎ)の色が浮かびました。


「まさか、この(わし)(たばか)っておるのではないか?」


 そう言うが早いか、大官は瓜子姫の被り物に手を伸ばしました。


「な……おぬしは、何者だ?!」


 被り物を取り去ると、目元も口元も真っ黒に隈取(くまど)られた顔があらわになりました。


「ふははははは……! バレちまったか! あたしは天邪鬼(あまのじゃく)さ! 」

先ほどと打って変わって、低く野太い声が響きました。


「天邪鬼だと?! この(あやかし)め! 瓜子姫はどこにやった?!」


「もちろん、殺して喰ってやったさ! 大官の使いだと嘘をついて、小屋に入り込んでむしゃむしゃとね! もっとご馳走にありつくために瓜子姫に化けて輿入れしようと思ったが、バレてしまっては仕方ない! 」


 ニタリ、と口の端を上げて、天邪鬼は醜悪な笑みを見せました。


 白いはずの歯は、赤黒く染まっていました。


「な?! 化け……それに、喰っただと?!」


 あっけに取られた大官の手が緩んだ隙に、天邪鬼はその手を振り払いました。


「あんたもブクブク太って美味そうだな。そのうち、いただきに行くとしよう」


 高笑いと共にそう叫びながら、天邪鬼はあっという間にその場から逃げ出しました。


 我に返って、大官は慌てて追捕(ついぶ)の命を下しましたが、逃げた方角の木に、茜色の着物がぶら下がっているだけで、本体はどこにも見当たりません。


 瓜子姫がいたはずの離れの機屋を探すと、床が血だらけになっていました。



 天邪鬼に瓜子姫が殺されて喰われてしまったこと、そしていつか自分も喰われてしまうかもしれない、と震え上がった大官は、それから屋敷に引きこもりました。


 目をつむると隈取られた天邪鬼のニタリとした邪悪な笑みと赤黒い歯、そして機屋に充満した生臭い臭いが思い出され、眠ることもできません。


 食事も喉を通らず、だんだんとやつれていき、次の春を迎える前にこの世を去ってしまいました。



 *************************************


 昔々、あるところにふたりの娘がおりました。


 少し離れた村から預けられたという娘たちは、いつも泥だらけになって働いており、村人にも重宝(ちょうほう)がられておりました。


 ふたりとも質素な着物を着ておりましたが、ひとりは紺色の帯を締め、もうひとりは小豆色の帯を締めておりました。


 野良仕事に家事に手仕事に、できることを見つけて、ふたりは村になじんでいきました。


「そういえば、山の向こうのどこかの村に天邪鬼が出たらしいね」


「ああ、きれいな娘っ子が喰われたらしいよ」


「あまんじゃく?」


 川辺で洗濯をしながらの女衆(おんなしょう)の世間話に幼い子供たちが舌ったらずな声で口を挟みました。


「ああ、嘘ばっかりついている山の(ばけもん)だ。おめぇらも嘘ばっかりついてると、天邪鬼になっちまうよ」


「やだよぉ」


 意地悪な脅しに半泣きになった男の子を、小豆色の帯の娘が優しくささやきました。


「これから嘘をつかなければ大丈夫だよ」


「……おねえたんたちも、(うしょ)(ちゅ)かない?」


 そう問われて、今度は紺色の帯の娘が答えました。


「うん。あたしは本当のことしか言わない。けど……一度だけ、嘘をついたことが、あるよ」


「ふーん。でも、これから嘘つかなきゃ、いいよね」


「「そうだね」」


 ふたりの娘たちは、声を合わせてそう言うと、にっこり微笑みました。



 それからも、ふたりは質素ながらも、平穏に平凡に平和に、幸せに、暮らしていきました。



 おしまい。


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