決定
ギルド本部・応接室。
夜更けにもかかわらず、灯りはすべて点されていた。
床に刻まれた紋章を囲むように、三つの勢力が集結している。
ブラックフォージ。
漆黒の剣。
そして、黒焔騎士団。
誰一人、私語はない。
普段なら軽口の一つも飛ぶはずの顔ぶれだが、
今夜は空気が違った。
ギルドマスター・ヴァレリア・ルクスフォルスは、
段上に立ち、全員を静かに見渡す。
その視線が止まった先――
レナの腕に抱かれた、小さな黒い粘体。
ブラックスライム、マサキ。
彼はただ、静かにそこにいた。
だが、誰もが理解している。
この場にいる全員が生きている理由の中心に、
この存在があるということを。
ヴァレリアは、一歩前に出る。
「諸君。
本日集まってもらったのは、報告と――決定のためだ」
「すでに聞いている者もいるだろう。
魔女の森で起きた件は、偶発的な衝突ではない」
漆黒の剣の面々が、無言で頷く。
黒焔騎士団の騎士たちは、背筋を正したまま動かない。
「国家級の軍事行動。
生体戦闘装甲、融合兵――
背後にアレス軍事国家が存在する可能性は、極めて高い」
ざわめきが、わずかに広がる。
ヴァレリアは、それを制するように手を上げた。
「だが――
百年不可侵条約がある以上、ギルドとして表立って動くことはできない」
その言葉に、誰も反論しない。
「だからこそ、我々は“別の立場”を明確にする必要がある」
ヴァレリアの視線が、再びマサキへと向く。
「ブラックフォージは、すでに一線を超えた存在だ。
功績、影響力、そして――“結果”」
レナが、腕の中のマサキを少しだけ抱き直す。
「この存在を、
単なる冒険者パーティーの主として扱うのは、もはや不適切だ」
ヴァレリアは、深く息を吸い――
そして、はっきりと告げた。
「よって、ここに宣言する」
広間の空気が、張り詰める。
「今後、
ギルドに属する全構成員は統一して――」
「――ブラックスライム殿を、
《黒神様》と呼称する」
言葉が、石の床に落ちるように響いた。
誰かが笑うことはなかった。
誰かが異を唱えることもなかった。
むしろ――
漆黒の剣のシルフィーが、真っ先に片膝をつく。
「……我ら《漆黒の剣》は」
声は静かで、しかしはっきりしていた。
「命を拾われました。
鎖を断たれ、剣を与えられ、生きる意味を取り戻した」
顔を上げ、ブラックスライムをまっすぐ見据える。
「私は、あなたに従います。
ギルドでも、国家でもない。
あなた個人に」
――その瞬間だった。
「……あーあ、やられたな」
軽く頭を掻きながら、ゼルが前に出る。
だが、その表情から冗談の色は消えていた。
彼は剣を外し、床に置き、
シルフィーの隣に片膝をつく。
「俺は一回、死んだも同然だった」
低い声で続ける。
「右腕も、誇りも、全部終わったと思った。
でも――あんたは、俺を“繋ぎ直した”」
ゼルは笑った。だが、その目は真剣だった。
「だから言う。
この命は、最初からあんたのもんだ」
その隣で、ダンが無言のまま前に出る。
盾を外し、床に置き、
同じように片膝をついた。
「盾は、守る相手を選ぶ」
それだけ言って、視線を上げる。
続いて、黒焔騎士団の騎士たちが、
鎧の鳴る音を立てながら、一斉に跪く。
「黒神様に、我らの剣を」
短く、しかし揺るぎない宣誓。
イリシャは静かに頭を下げ、
ユエルは胸に手を当て、祈るように目を閉じる。
レナは一瞬だけ苦笑し、
それから、誇らしげに言った。
「……ふふ。
スライム様も、えらくなったものでありんすな」
マサキは、ぷるりと小さく震えた。
光の粒が、わずかに浮かぶ。
戸惑い。
照れ。
そして、覚悟。
ヴァレリアは、その反応を見て、確信した。
「この名は、崇拝のためのものではない」
静かな声で、続ける。
「責任の所在を、明確にするためのものだ」
「黒神様を中心に、
我々は動く」
「これは、ギルドとしての――
覚悟の表明だ」
その夜、自由都市ノクティアのギルドは、
一つの“軸”を持った。
それが、
神か、兵器か、災厄かは
まだ、誰にも分からない。
だが確かに、
世界は動き始めていた。




