布都御魂剣《フツノミタマの剣》
濃霧が立ち込める魔女の森最奥――。
突如として、闇色の霧の帳が降り、あたり一帯を覆い尽くした。
戦場に軍旗が掲げられて気高くそびえる、霧の向こうに黒い影が揺らめいた。
やがて――法螺貝の低く重い音が森の奥深くにこだまし、
陣太鼓の振動が地を這い、地面を震わせる。
「ドン……ドン……」
戦場の空気は一瞬にして張り詰め、誰もが息を呑んだ。
突如――。
ゾンビ兵たちの動きが止まり、操られていた糸が切れたかのように、バタバタと倒れていった。
「其疾如風――疾きこと風のごとく!」
体が風のように翻り、周囲の魔力の渦を切り裂く。速さは目に追えぬほど、瞬間の空間を切断する衝撃。
「其徐如林――徐なること林のごとく!」
変化の速度は安定し、林の木々の如く揺るぎなく、しかし静かに重みを放つ。空間全体が、ひそやかに圧される。
「侵掠如火――侵掠すること火のごとく!」
両腕が赤く燃え上がる。炎のような攻撃的圧力が周囲に炸裂し、空間の奥深くまでその存在を押し広げる。
「不動如山――動かざること山のごとく!」
地にしっかりと足をつけ、揺るぎない姿勢で構える。周囲の空気すら、山の重みで押し返されるかのようだ。
「難知如陰――知りがたきこと陰のごとく!」
動きの行方は影の如く予測不能。敵の視線は、真の位置を捉えられない。
「動如雷霆――動くこと雷霆のごとし!」
雷鳴の轟きの如く、圧倒的な力と速さが空間を揺らす。光と闇の狭間に、巴御前へと変貌したマサキの姿が現れた。
敵の目には、その輪郭すら追えぬ速さと威圧が立ち現れる。
法螺貝が鳴り、陣太鼓が轟く中、魔女の森の空気が、まるで静止したかのように張り詰める。
今まさに朽ち果てようとしているゼル・ファインブラッドの前で、マサキは胸奥から声を絞り出す。
かむながら たまふりたまへ
ふつのみたま よみがへらせ
ちぎれしかたち いまひとたびの
むすひのちから みちびけ――
その言霊は森を震わせ、空気を震動させる。
「神ながらに魂を振り起こせ――布都御魂よ、甦らせよ!」
「断たれし形を今一度、結びの力で導け!」
マサキの掌が白光を放つ。
黒霧を裂いて顕現するは、神剣――
布都御魂剣《フツノミタマの剣》!
顕現した布都御魂剣《フツノミタマの剣》。
マサキはその柄を両手で握りしめ、ためらいなくゼル・ファインブラッドの胸へと突き立てた。
すると、森を貫くほどの白光が迸り、轟音とともに天へと柱を伸ばす。
その輝きはやがて勾玉の形を描き、淡い光の殻となってゼルの全身を包み込む。
光の勾玉は内側を完全に遮り、中で何が起きているのかは全く見えない。
ただ、確かに命の結び目が編み直されている――そんな鼓動のような波動だけが、外に伝わってくる。
フェンリルとケルベロスは地を震わせるかのような遠吠えが戦場にこだまする。
その姿は、まるで霧に溶けるかのように次第に消えていった。




