― DRAG RE・VIVE ―
百夜の拍手が止み、獣の面がこちらを見据えたまま微動だにしない。
だが、真の脅威はその後ろにいる巨獣だった。
ベヒモス——。
洞窟の天井すれすれの巨体、岩のように硬質化した皮膚。
空気そのものを震わせる咆哮は、音ではなく圧力だ。
理屈ではわかっていても、身体が勝手に縮こまろうとする。
ヴァレリアは思っていた。
……くそ、俺でもこれは直視した瞬間に足が止まる。
戦闘慣れした連中ですら、数瞬動きを奪われるほどの存在感。
ベヒモスの咆哮が洞窟を揺らす。
ユエルが一歩前に出て、龍哭ノ薙刀を構えた。
ユエル
「殿、ここは私がやります!」
その声と同時に、俺の頭の中へ念が飛び込んでくる。
(……殿、必ず仕留めます!)
マサキ(念話)(……上手く行けば脚を狙った一点集中ならあの巨体も無力化する、よし!任せた!)
だが、そのやり取りは誰にも聞こえていない。
外に聞こえたのは、ユエルの「殿、ここは私がやります!」の声だけだ。
ヴァレリア
「待て! 一人で挑むなんて無茶だ!」
黒焔騎士団のリーダーが叫ぶ。だがすぐ、二つの声が重なった。
レナ
「スライム様が任せたのでありんす。なら、わっちも信じるまででありんすよ」
イリシャ
「マスターが決めはったことや。あてらが口を出すことやあらしまへん」
……そうだ。たとえ声に出さずとも、俺の決断をこの二人は分かっている。
黒焔騎士団のリーダーであるヴァレリアさえも、一瞬言葉を失う。
俺は心の中で静かに呟いた。
(ユエル……頼んだぞ。俺はお前を信じる)
ユエルが龍哭ノ薙刀を握り直し、深く息を吸う。
龍の紋が刀身に浮かび、洞窟全体が一瞬、蒼白の光で染まった。
ユエルは龍哭ノ薙刀を横に構え、魔導珠に炎を流し込んだ。
刀身が赤熱し、龍の幻影が背後に浮かぶ。
「——《ファフニールの咆哮》!」
刃が振り下ろされると、爆炎を伴った衝撃が鋼鉄のような腱に深く斬り込み、一点に叩き込まれる。
一閃、二閃、三閃……連撃ごとに炎が弾け、龍の咆哮のような轟音が洞窟に反響する。
斬撃の衝撃と同時に、魔導珠が宙に舞い上がり、斬られた箇所を正確に追尾。炎の奔流を集中させ、切り裂かれた脚腱を灼熱の焔で焼き尽くす。
ベヒモスはうめき、後退する。ユエルの動きは止まらない。龍哭ノ薙刀で切る、魔導珠で追撃する、この連撃のテンポが、巨獣を着実に追い詰めていく。
巨体のベヒモスの脚腱が灼かれ、焦げ、そして次第に崩れ落ちる。
ベヒモスの巨脚、岩のような筋肉が裂け、炎の爆風でさらに肉をえぐる。
「——ゴオオオオォォォッッ!!!」
ベヒモスの咆哮が苦悶へと変わり、その巨体がぐらりと揺れる。
マサキ(心の声)(すげぇ……まるで一人の龍が暴れてるみたいだ……!)
レナが目を見開き、ハンマーを構えながら笑みを浮かべる。
「お見事でありんす! あれは——龍そのものの乱舞でありんすな!」
イリシャは冷ややかに唇を吊り上げる。
「あての狙撃の出番、無いどすなぁ……」
ユエルの連撃は止まらない。
龍哭ノ薙刀が舞うたびに炎柱が立ち、爆ぜる。
ベヒモスの脚腱が千切れ、ついに——
「今だっーーー!」
マサキ、レナ、イリシャの三人が心を合わせて叫ぶ。
(行くよ、父様!)
ユエルは龍哭ノ薙刀を両手で握り、腰を落として踏み込む。刀身が赤熱し、背後に龍の幻影——ファフニールが蠢く。炎と魔力がまるで生き物のように震える。
「——《地竜回生槍》!」
ユエルが龍哭ノ薙刀を振りかざし、力強く投擲する。
刀身はベヒモスの胴体に向かって飛翔し、赤い炎と魔力を帯びて貫く!
同時に、背後のファフニール幻影が咆哮する——
その声は洞窟全体に響き渡り、ベヒモスの身体がまるで巨大な龍に食い裂かれるかのように揺れ、裂け、焼け落ちる。
ズシィィン!!
龍哭ノ薙刀は天井まで突き抜け、炎と龍の咆哮とともに一瞬で姿を消す。
だが、次の瞬間、ユエルの手元に瞬間帰還——再び掌に収まった龍哭ノ薙刀から、まだ赤い熱と龍の残影が漂う。
圧倒的な力で親子の想いが一つになった刃が、戦場を支配した。




