【おまけ】《スライムとメイドの小休止⑥》
龍橋渓谷の奥、白い湯けむりが棚田のように漂う谷あいに、木造三階建ての温泉宿「メーメー亭」があった。
山羊の鳴き声が聞こえるわけではないが、宿の看板には角の生えたかわいらしい絵が描かれている。
護衛依頼を終えた「漆黒の剣」の三人は、すでに玄関をくぐっていた。
「おっ! あそこに露天風呂が見えるぞ!」
漆黒の剣リーダー、ゼルが指をさす。
湯けむりの向こう、木柵に囲まれた露天風呂の縁に、タオルを胸に巻いた女性が腰を下ろしていた。
「あれ……誰かいるな」
ゼルが目を細めると、その女性――レナは、風呂上がりの湯気をまとったまま、腰に手を当てていた。
「やっぱり風呂上がりはこれでしょ!」
ぐい、と瓶のメーメー牛乳を傾ける。
喉が鳴り、白い液体が一気に消える。
「ぷはぁっ、これぞメーメー 一気!」
そう叫んで瓶を置く姿は、まるで戦勝の乾杯のようだった。
「お、おい……いかん! 女性だ!見るな、ゼル!」
漆黒の剣、盾役のダンが慌ててゼルの後ろに回り、両手で目隠しを――
ザシュッ!
「ぐあっ!」
「お前も見るな、ダン!」
今度は漆黒の剣、エルフの魔法使いシルフィーが、ダンの後ろから同じように目隠し――いや、勢い余って指先が眼球に直撃。
ザシュッ!
ダン
「うぉ〜! 目が、目が〜! ゼル! 俺を見てくれぇ!」
ゼル
「ああぁ〜〜!」
「お前が俺を見ろ! お前の指が! お前の指が〜!」
ダン
「シルフィーの指が! 俺の目にぃ〜!」
「ゼル!もっとよく俺を見てくれ〜!」
ゼル
「お前が俺をよく見ろ!」
ダン&ゼル(目隠ししながらも必死に呼びかけ合い、声が震え、熱がこもる)
「ああぁぁぁ〜っ!!!
これが……これがっ……!!!
協力プレイかぁぁぁ〜っ!!!」
シルフィー(こめかみに青筋)
「二人とも騒がない! ……レナさんがこっち見てるじゃない!」
(湯けむりの奥――レナ、瓶の牛乳を片手に無言で立つ)
レナ
「それはプレイ違いだろぉ〜!」
――シュッ!
空を裂く音とともに、飲み終えた「メーメー牛乳」の瓶が一直線に飛ぶ!
次の瞬間、音速を超える衝撃がダンの頭頂部を直撃――
パァンッ!
乾いた破裂音とともに、ダンの意識が闇に刈り取られた。
その様子を見たゼルは、血走った目で真顔のまま拳を握り締め、震える声で叫ぶ――
ゼル
「……おかわりくださいっ……!!」
ここは霧深き龍橋渓谷。
その狂気じみた声が、幾重にも反響し、谷全体を震わせた。
「……おかわりくださいっ……おかわりくださいっ……」
それを聞いた宿の主は、そっと牛乳瓶の在庫を確認しに行ったという。
露天風呂
白い湯気の向こう、イリシャは艶やかな長い髪を手櫛でほどきながら、泡立てた香油でゆっくりと頭を洗っていた。
その隣で、湯の中に半分浸かりながら耳をピクリと動かすユエル。
ユエル
「殿! 今、何か聞こえた〜!」
イリシャ(微笑みながら)
「あれは……聞かんほうがええやつどすえ」
その様子を眺めつつ、俺は露天風呂にプカプカと浮かび、夜空を見上げた。
無数の星々が、静かな湯面に揺れて映る。
――あぁ〜、今日もこの世界は平和だなぁ〜。




