破壊と再生
マサキ
朝の霧が薄れ、林縁の空気が微かに澱んだ。
マサキは淡く光る魔力糸を発して宙に文字が浮かび上がる。
――「指揮個体、北東より接近。護衛複数。」
スライムの身体を伝って、魔力糸がレナとイリシャの足元へ流れる。二人はそれぞれ頷いた。
森の中から、ドスドスと重たい足音が響いた。
現れたのは一際大柄なリザードマン。赤銅色の鱗に覆われ、右手に大太刀、左腕には骨製の盾を備えている。その周囲には、四体の護衛個体が配置されていた。
マサキは魔力糸で短く文字を出す。
――「殲滅。」
2人は頷く。
レナ
「……ほうほう、ええ身体付きでありんすな。叩き甲斐がありんして。」
わっちは静かにハンマーを握った。視線は一直線に、あの赤鱗の個体に向けられていた。
護衛の一体が吠えながら突進してきた。わっちは笑った。
「前座にしてはちと元気がよろしゅうござんす――」
踏み込み、ハンマーを振り下ろす。
轟音と共に地面がえぐれ、敵の上半身が潰れる。
次の個体が横から槍で突いてくるが、柄で受けて即座に胴へ一撃。
――《封殺槌》
ぶつけた瞬間、敵の全身がピクリとも動かなくなった。
「ふふっ、スキルも武器も、全部おしまいでありんすよ。」
残る護衛の一体が背後を取ろうとするが、わっちは腰のMk23 SOCOMを抜きざまに一発。
喉元に着弾、即倒。
「残りは――おあとはイリシャはんに、お願いつかまつる。」
イリシャ
「……おひとりで三体、片づけはったおすか。ほな、あては“主役”と舞いまひょか」
ゆっくりと草を踏みしめながら、あては大太刀を構える指揮個体へ向かった。
距離はおよそ十五メートル。相手もこちらを視認し、咆哮をあげる。
次の瞬間、あては跳んだ。
Barrett M82を瞬間的に肩に構え、空中からの射線で護衛最後の一体を狙撃――頭部に着弾。地面へ崩れる。
リザードマン指揮個体
「――あてに刃を向けるなんて、よう勇気あるお人どすなぁ……けど、その脚、もろたえ」
指揮個体の太刀が大きく振り下ろされるのと同時、あては一気に懐へ滑り込む。
右脚を斜めに伸ばし、相手の前脚を刈るように――カニバサミ!
リザードマンの巨体がバランスを崩して横転する。落ちる瞬間、あてはすでに相手の左脚を自分の両脚で挟み込む体勢に入っていた。
――ハーフガード。
上半身を起こそうとする相手の隙を突き、挟まれていない方の脚を大きく回す。相手の股をまたぐようにして身体ごと180度、翻る。
太腿の上――ちょうど膝頭の少し上あたりに、下腹を密着させる。
「そら……動いたら、脚、いかれるえ?」
密着したまま、あては両膝を絞り込む。体幹ごと締めつけて固定し、同時に両腕で相手の脚を強く抱える。
そのまま、身体を後方へそらせるように――極めに入る。
「ニー・バー(膝十字固め)」
脚の筋がギチギチと軋む音がする。
「ふふ……見せ場どすえ」
リザードマンの片脚が、奇妙な方向に反り返り――バキィッという明確な破壊音。
巨体が一瞬痙攣し、戦意が霧散するのが伝わった。
そのまま、あてはスルリと脚をほどき、相手の頭を踏みつけて止めを刺す。
「はい、ごちそうさんどす」
倒れたまま動かない指揮個体の傍らで、ナックル付きカランビットを腰のホルダーに戻す。
マサキ
森は静まり返っていた。倒れたリザードマンたちから、煙のように魔素が漂って消えていく。
マサキは身体を低くして、淡く光る魔力糸を空中で文字を描く。
――「回収・撤収開始」
レナとイリシャが手際よく素材を切り分け始める。鱗、爪、眼球、臓器――売れる部位を無駄なくナイフで抜き取る。いずれもギルドに高値で卸せる。
だが、そのとき――
ズバァン!
空気が一瞬で凍った。
水がねじれながら現れ、イリシャの全身を包む球体へと変化する。
水牢――《ウォーター・プリズン》。
中で彼女の身体が宙に浮かび、口を開いても音が出ない。
――呼吸が、できていない。
マサキは即座に背後を振り向く。
イリシャ
「――っ!!」
一瞬のうちに、あての周囲が水に満たされた。身体が浮く。暴れても、水が跳ね返すだけ。
肺が焼けるように苦しい。視界がゆがむ。
――あかん、このままやと……
遠くで、レナの叫ぶ声がぼやけて聞こえた気がした。
あての意識が、じわじわと暗く染まっていく。
マサキ
森の奥、霧の切れ間に一体の影が見えた。
――リザードマン、女型。全身にウロコの装甲、背中には水晶のような杖。口元に笑み。
その隣――地面を揺らすほどの咆哮と共に、**巨躯のリザードマン**が突進してくる。
大盾を構え、大剣を振りかざしながら一直線にこちらへ。
マサキの身体が、空中で青く光を帯びる。
魔力糸が渦を巻き、地面に描かれた見えない陣が光る。
《創造錬金術:罠アイアンメイデン》
地面が、開く。
ちょうど魔法リザードマンの足元。咆哮の最中に気づいたそのときには遅かった。
地面がパキンと割れ、彼女の身体が真下へ落下。
「……ッッッ!!」
落下した先には――
刃。刃。刃。刃。刃。刃。
四方から伸びた鉄の槍が、女型の胴体・四肢・喉を同時に貫いた。
マサキの魔力糸がもう一度光る。
《閉鎖:棺封》
落とし穴の縁から、**“刃のついた鉄の壁”**が咆哮のように展開し――
バチン、と音を立てて閉じた。
血が吹き上がり、音が止む。
レナ
「……イリシャを、閉じ込めた――ですって……?」
イリシャの水牢を見つめたまま、わっちは眉を吊り上げた。
その瞳に、炎が灯る。
「スライム様の目の前で、イリシャを閉じ込めるだなんて――この、トカゲの分際でぇえええっ!!」
ズドォンッッ!
大地を叩く音。レナはハンマーを肩に担ぎ、真正面から突進してくる巨躯のリザードマンへ向かって走った。
「スライム様ぁ! イリシャは任せたでありんす! こやつは、わっちがやるッ!!」
獣の咆哮に、レナの怒声がかき消される。
だが、彼女の瞳は決して揺らいでいない。
マサキ
アイアンメイデンが閉じた音が、静寂を引き裂くように鳴り響いた。
刃に貫かれた魔法リザードマンの魔力が、霧のように空中へ溶けて消える。
その瞬間――
バシャァン!
空中の水球が崩れ、イリシャの身体が重力に引かれて地面へと落ちた。
マサキは迷わなかった。彼女の元へすぐに滑り、脈と呼吸を確認する。
――弱い。けれど、生きてる。
今すぐ手を打たなければ。
マサキは自身の身体からぷつり、と一部の細胞を切り離した。ブラックスライムのマサキだが、太陽光などの光を浴びていると青白く光る。スライムの一部が、ゼリーのようになり、アイテムボックスから取り出した回復薬へ吸い込まれる。
淡く光る魔力糸が宙を走る。
《創造錬金術:ナノボット回復型》
ナノボットとは、ナノメートル(1メートルの10億分の1)という極小のサイズで動作する機械のこと。
分子レベルで設計され、医療分野では体内の損傷した細胞を修復したり、ウイルスを除去する目的で応用が研究されている。スライム細胞を“素材”に使うことで、この異世界でもナノボットは創造錬金術によって実現可能となった。
薬液がわずかに発光し、微細な粒子が浮かび上がった。まるで生きているかのように、小さな粒がうごめく。
マサキは、イリシャの口元へその液体をそっと注ぎ込む。
喉が、ごくりと動いた。
マサキ
ナノボット入りの薬液がイリシャの体内を巡ると、傷ついた内臓の組織が徐々に修復されていくのが、魔力感知でわかった。
脈が、少しずつ正常に戻る。
呼吸も、ゆっくりと整っていく。
――そして。
「ん……ぅ……」
イリシャの睫毛が震え、閉じられていた瞼がゆっくりと開いた。
その瞳に光が戻る。
「……あて……助かったん、どすか……?」
マサキはわずかに身体を揺らした。肯定のゼスチャー。
イリシャは、微笑んだ。
「……マスター。よう、間に合うてくれはった……おおきに……どす……」
言葉の最後が微かに震えていたのは、恐怖のせいか、安堵のせいか、それとも――
――次に鳴ったのは、大地を裂くような重低音だった。




