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『悲劇』

『悲劇』


 物心つく前、畑で化学肥料と遊んでいたら目の中に入ってくれた。

「痛いも何も無かったから気付かなかった。朝に成ったら呼吸はしているのに目を閉じたままだから、こじ開けて見たら真っ白になっていた」

 昔を振り返り、遠くを見ながら親は言う。

 目を見て話せない理由でもあるのか。

 近所どころか同じ県に治せる医者がいなかったとかで、鬼怒川辺りの眼科医まで始発に乘って行った。

 その時の証拠写真がしっかり残されている。

 兄と親夫婦がニコヤカに、浴衣を着て河原でポーズをとっている。

 どう見ても温泉旅行だ。


 父は東京機関区で電車を修理していた。

 爺さんは作業小屋にいて、近所で死んだ婆さんの早桶を作っていたと証言している。

 母親は農作業に追われ、付きっきりで子供を世話してなどいられないと開き直った。

 歳の離れた兄は、小学校で女性教員をナンパして居残りをくらっていたと言うが、顔が笑っている。

 何か良い事があったのか、変態。

 こんな家庭環境だから、気付かなくても当然と言われればそうですよ。

 しかし、真実は今も闇の中から出て来ないままである。


 生家の周辺では『おびんだれ』という怪談が語り継がれている。

 今でこそ語部がいなくなってしまったが、昔は講談師が高座でよく演じていた。

 雷を伴う一過性集中豪雨の夜、陸奥は二本松から江戸に向かって旅して来た商人が、急の雨宿りを御願いしたいと戸を叩く処から話が始まる。

 悲劇との関係は今のところ曖昧だが、そのうちにこじつけるから待っていてちょうだいよ。


 一人暮らしのみすぼらしい家だが、何とか雨風はしのげる。

 火の側に寄せてもらって濡れた服を乾かしていると、この家の主が囲炉裏の灰に火箸で【め・め・め】と書いては消してを繰り返している。

 よせばいいのに余計な好奇心から、何故に『め』の字を書き続けているのかと訊ねる。

 主がスッと顔を上げると、顔は火傷の痕も痛々しく眼孔がポッコリ凹んでいる。

 火事で眼玉が無くなった人相である。

 軒先を貸して下さいと御願いした時、家には軒なんてたいそうな物はございませんから、中に入って火に当ってくださいと言ったきりの主。

 親切にしてくれたのはいいが、自分を見ようともしなかった訳がここで分かった。

「どうしなすった。随分と辛い目に遭った様子じゃないですか」

「ええ、手前は生き伸びましたが。女房子供に奉公人は、みんな赤猫様に連れていかれました」

「そいつは災難だったねえ。何時頃の事かね」

「そうですねえ、江戸で小間物問屋をしていた頃ですから、もう十年にもなりましょうか。番頭が店の金を持てるだけ持ち出して、店に火を点けましてな」

 十年前、火付けをして逃げた番頭は、今まさに囲炉裏の火灯りに浮かぶ顔の者である。

 主をどうしてやろうか考えている。

 生きていられたんじゃあ都合が悪い。

 どうする、殺してやるか。

(見えねえんならこのまましらばっくれちまえ)と、雨が止んだら旅を続けて江戸に出る。

 火付け盗賊で得た御宝を元手に、二本松で稼いだ金をはたいて店を一軒構える。

 すっかり陸奥から来た商人になりきっているから、十年前の火付け番頭だと疑う者さえもいない。

 店は繁盛して順風満帆に見えたが、お天道様が許してくれる筈のない悪党である。

 江戸の街に半鐘の音が鳴り響く晩。

 店から稼ぎの金を持って逃げようとしていると、急に眼が見えなくなる。

 普段から見えないのならば逃げようもあるが、いきなり目の前が真っ暗になったものだから右往左往しているばかりで煙に捕まる。

 パラパラと火の粉が降って来ると、ジンワリ体が焼ける匂いがして来る。

 近くに転がっている物を頼ってつかめば、既に自ら炎を噴き出す柱である。 

 手となく足となく皮膚は焼け焦げ、溶けた肉がダラダラと垂れ落ちてくる。

 突き刺す痛みは果てなく続く地獄の業火。

「助けてくれ。俺が悪かった」

 もはや喉が焼け付いて声も出せない。

 火付け番頭は息も吸えなくなって絶命した。

 と、まあこんな内容の話。


 つまりはこの様に、目に関わる悲劇が畑肥料事件より、そんなの嫌だと言う我が身にのみ災い続けているのだよ。


 人に恨まれる悪さをした覚えはない。

 もっとも、一方的な思い込みだから、誰かが逆の立場で呪っている可能性があるのは否めない。

 幼稚園か小学低学年の頃、野球と称して路傍の石をバットで打つ遊びが流行った。

 バットは近所の森からかっぱらって来た木を削って作った。

 正直に言えば、ボールが買えなかった。

 回りにいるのは年長者ばかりである。

 結果として、ボールのつもりで打たれた石の弾を、体張って受け止める勇者は一人しかいない。

 たいして危険とも感じていなかったのに、この石ッコロが生意気にも眼の中に突っ込んできた。

 その夜、石を目に当ててぶっくり膨れた私の顔と、親父に張り倒されて膨れた兄の顔が妙に似ていた。

 流石兄弟。


 中学に入って直ぐの事。

 よそ見をして走っていた。

 それを見ていた友人が「危ない!」と叫んだものだから、ふいに正面を向いた。

 余計な警報を出しやがって。

 上手い具合に折れた柿の枝が、見開いた眼球にグッサリ刺さったからさあ大変。

 刺さった途端に急停止。

 しばし考えたがこのままではいかんという結論に達した。 勇気を出して引き抜く、途端に片眼が見る世界は赤い照明で変色した幻想的舞台である。

 最悪だ。

 目玉が気絶するほどに痛い。

 出来れば意識を失いたい。

 それにも増して恐ろしいのは、血液が体から総て流れ出てしまう勢いである。

 当時は家から眼科医まで四㌖以上あった。

 タクシーを走らせ、軟膏を目に詰め込められるだけ詰めて瞼を閉じたら数日で穴は塞がった。

 不幸中の幸いは、つぶらな瞳への直接攻撃は無く、眼球を串刺しにしただけだから失明は免れた事かな。

 でもとっても痛かったのだよ。


 さて、まだある。

 ヤンチャしていた頃、バイクでダンプのケツに突っ込んだ。

 運転していたのではない。

 馬鹿野郎の後に乘っていて、ソイツが被ったヘルメットに頭を打ち付けて怪我をしたのだ。

 とびっきりのヘマだ。

 彼奴がヘルメットさえ被っていなかったら、奴は死んでもこっちは軽症で済んだのに、困った奴だ。

 一軒目の病院は元気な者も殺されると大評判のヤブ医者で、同級生の親父だった。

 バイクを運転していた奴が手配して、知り合いの看護師と救急隊員が救急車を出動させてくれた。

 脱出不可能との伝説が今も残る病院から難無く逃走できたのは、ひとえに消防隊員のおかげである。

 さもなくば今頃確実に幽霊となって、同級生の夢枕に立っている。

 転院した先で頭蓋骨陥没骨折が見つかった。

「大きな陥没部の修復はできるが、左眼孔の骨折は細かく砕けているから手術できない。確実に左目は機能しなくなる」と言われた。

 それが、一週間ほどして顔の腫れが退いたら、苦なく正常に動かせるまでに回復した。

 別の意味でやはり、ここの医者もヤブだった。


 これで終ったと思うな。

 現住所に引っ越してすぐ、続けて二件の交通事故を経験した。

 もう十年になる。

 突っ込まれて一週間はたいした症状もなかったが、二週目で右手がしびれ、三ヶ月で眩暈が酷くて歩けなくなった。

 事故との因果関係は未だに証明されていない。

 ここまでは目に関わる御軽い悲劇である。

 人生の悲劇に底はない。

 死んだら化けて出ようと約束した兄が、未だに現れていない。


 他にもあるぞ。

 バブルの崩壊から元請会社が三件立て続けに倒産してくれた。

 連鎖倒産の浮き目にあったのだよ。

 三億ばかりの借金を返すのに、家屋敷を総て銀行に献上しなければならなかった。

 その後、暫く働いた会社が突然消滅した。

 潰瘍性大腸炎と前立腺癌にもなってやった。

 人生無駄に長くやっていると、色々とあるものだ。


 周囲の友人が死んで逝くのを悲劇と言うのなら、高校時代は一年から二年になる時に一クラス減っていた。

 半分は自主退学と言われているが、真相はどんなものか。

 他の半分は本人の意思とは無関係に他界した。

 異世界に召喚されたのでも転生したのでもない。

 死んでいった者達の半分とは一緒に写真を撮ったか肩を組んでいる。

 自分が死神に憑りつかれていると感じ始めた時期である。

 一生涯、誰とも肩を組むまいと決めていた。

 それなのに、うっかり肩を組んで写真を撮ってしまった人が、成人してから一人だけいた。

 手前味噌のようになってしまうが、ハングリーロックという作品に出て来る琴音のモデルとなった女性。

 写真をとってから数か月、交通事故に遭ってあっけなく他界している。

 私はその事実を信じたくなくて、葬儀には参列していない。

 未だに墓参りもしていない。


 多かれ少なかれ、大なり小なり、悲劇は二十四時間年中無休でやって来るものだ。

 生きて居られるのが不思議に成る時さえある。

 悲劇は喜劇と一対だと信じていれば、何時か乗り越えられるに違いない。

 そして、劇には必ずENDがあるのだよ。


 ――TheEnd ――


 ※ 追記 たまに【ハズレ】が出たりするがね。

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