『人類は有害な生物であったのか』
『人類は有害な生物であったのか』
有史以前、原始の時代にあって人類がおよそ現代人とかけ離れた営みをしていた頃。
人は地球とどの様に関わって生きていただろうか。
少なくとも人類が文明と称している地球に対する破壊行為は行っていなかった。
この事は良識ある現代人なら誰でも知っている史実である。
道具を持たなかった頃の猿を人類とは言わない。
厳密に言えば、猿も道具を使う。
猿のみならず鳥もラッコも、爬虫類である蛇などは呑み込んだ卵の殻を割るのに自らの体を石にぶつけて体内の卵を割る。
この場合の石は、蛇からすれば道具である。
どんなに下等な生物であっても、道具を使う可能性が有る。
したがって、道具を使うから人類なのではない。
道具を創り出せるから人類であると置き換えた方が分かり易い。
創造力である。
イルカのように人類よりも大きな脳を持っていても、創造できない生物を人は人類以下と見下す。
ここで問題となって来るのが、以下とする為の定義である。
「あいつはエテコウ以下だ」などとよく言う。
また、相手を蔑む言葉に「タコ」「馬鹿」などがある。
馬鹿については馬も鹿も見分けがつかないような奴に対して馬鹿といったとの説もある事から、人以外の生物をダイレクトにイカレ金〇マだと言っているのではないだろうが、言葉・文字として人以外の生物を人以下の対象として上げているように感じられる表現である。
では「タコ」はどうであるか。
人間なら頭であろう体の部位が、悍ましくも胴体であるという奇妙な風体も手伝っているのだろうが、確かにあいつは何を考えているのか分からない所がある。
狭い空間に身を置いて危険から逃れているつもりなのだろが、タコツボの中に入って捕獲され食われてしまう。
水族館で生かされるのは、極めて限られたラッキーなタコだけである。
今までに多くの仲間がタコツボのトラップで絶命しているにも拘わらず、相変わらずタコツボに身を隠す。
彼等は個体のコミュニケーション能力に何等かの重大な欠陥があるようである。
加えて他の生物に見られるような、遺伝子に組み込まれるべき生死に関わる危険回避の情報も子孫に残していない。
DNAレベルのウスラボケがタコである。
そうなると、エテコウはどうであろうか。
エテコウの由来は相手にマサル(真猿)の洒落とも言われている。
元々、優れている者を指してエテコウであ。
「あいつはエテコウ以下だ」優れた者より以下とは当然の事であり、蔑む相手が平均的一般知識や能力を有していると言っているだけである。
言った御前の方が蚤の脳ミソ並と笑われる。
特別に個体の有するメラニンの保有量をもって差別する言葉や行為。
個体の身体が示す状態の個性を取り上げて差別する言葉や行為。
これらを肯定する卑怯者の意見は除外して、上記したように人は人より劣ると決めつけた生物に相手を例えて嘲る場合が多々ある。
馬より早く走れるか。
鹿より優雅に飛び跳ねられるか。
タコより柔軟になれるか。
猿より機敏に動けるか。
どれをとっても人は畜生と蔑む動物より劣っているのである。
ただ、僅かに知力が高いのでしかない。
間違って道具を造れるようになっただけの生き物でしかないのである。
そんな干され金〇マ野郎が、地球の主とばかりに自然を踏みにじり闊歩する。
極地の巨大な氷魂を溶かし、宇宙にゴミを撒き散らす。
やりたい放題、我儘放題である。
どんな宗教かは知らないが、こんな事を言った者がいる。
この先は、悪気が有って言うのではないから冷静に怒らず読んでもらいたい。
「神は自分の姿に似せて人間を創った」
この先に何が書かれているのか、私は知らない。
だが、一行付け加えたい。
「この時、神が唯一似せるのを忘れたのが慈しみである」
今、神官を介して盛んにその心を人に教えようとしているが、人間という生命体は他人を慈しむのが苦手なようである。
さて、人類は地球にとって有害であったのか無かったのか。
私は、これからの人類がいかなる行動に出るかで過去に人類が行った行為の意味が大きく変わって来る気がする。
一つの大きな目標に向かって進むとき、悲しむべき事実として多くの犠牲が伴うのである。
人がこれまでの過ちに気付き、地球に慈愛をもって接する事が出来るようになったらば、これまでの人類が犯してきた軽率な行動と、それが引き起こしてしまった悲劇は無駄ではなくなるだろう。
神と言われる者達が、人類に慈愛を解くために費やした罪無き多くの命。
罪の無い者を殺生し、罪ある者に知らしめるのにどんだけかかってんだよ。
人類が殺し合って滅亡するまで待ってる気かよ。
いい加減、何とか言ってもいいんじゃねえのか。
神とか言ってる、あんただよ!
奇跡でも起してみせろや。
などと、感情に任せて書くと、何処の誰とも分からぬ奴が外野でギャーギャー騒ぎ立てる場合もあるので、ここではっきりおことわりしておきますが、特定の宗教団体の御話をしているのではありません。
私が書く物語の根底の何処かに、必ずチラッと入っている潜在意識みたいな何かを書いているだけであります。
事後ではありますが、御承知おき願いたい。
なまんだかんだの無駄話に終わってしまったな。




