第94話:魔王復活の時が来た(Side:フェイクル②)
「フォルトさん、お疲れ様でした。大変でしたね。でも、ここに来ればもう大丈夫です」
“エイレーネ聖騎士学園”の襲撃を終えた私たちは、一度“魔族教会”の本部に戻った。
講堂に入り辺りを見渡すと、エーリッヒたちの魔法により半魔族とされた元囚人や教会員の数は少ない。
襲撃の結果、ほとんどが学園に置き去りとなったからだ。
“魔族教会”の本部や私に関する情報は学園や王国に伝わるだろうが、計画がこの段階まで来れば大した問題ではない。
エーリッヒたち魔族はまだいないが、フォルトは恐れを抱いた表情で私に尋ねる。
「フェ、フェイクル先生……。今回も<深淵の聖水>が手に入りませんでしたが……だ、大丈夫でしょうか。」
「大丈夫、落ち着いてください」
怯えるフォルトの肩に手を置き、気持ちを落ち着かせる。
この後控えた大事な儀式を考えると、この男の心理状態は平穏にさせるべきだ。
たしかに、エーリッヒたちが喉から手が出るほどほしい<深淵の聖水>は入手できなかった。
それでも、彼ら新世代の魔族が怒ることはない。
学園から再度強奪するという名目だったが、真の目的はべつにあったのだから。
そして、すでに達成されている。
講堂の奥にある扉が静かに開き、エーリッヒ、マリアンネ、シシリーたち三人の魔族が現れた。
すかさず、フォルトは私の後ろに隠れる。
エーリッヒは相変わらずの穏やかな笑みを湛え、私たちに話す。
『お疲れ様でした、皆さん。“エイレーネ聖騎士学園”との全面対決はさぞかし骨が折れたでしょう』
誰も、何も話さない。
以前目の当たりにした彼らの本性が、まだ記憶に新しいからだろう。
教会員たちも私の出方を窺っている。
元囚人はすでに自我がないので、ぼんやりと立つままだ。
私は一歩進み出て、エーリッヒに話す。
「エーリッヒ様、<深淵の聖水>は入手できませんでしたが、無事に目的は達することができました」
『そうでしたか。それなら良かった。さすがはフェイクルさんですね』
「ありがとうございます。これも魔族の方々の支援あってこそなので」
エーリッヒは穏やかに話す。
私の後ろにいるフォルトは、おそらく何の話をしているのか、まったくわからないだろう。
エーリッヒはパンッと手を叩くと、数少ない元囚人と教会員に呼びかけた。
『さて、皆さん。今から大事なお話をします。今後における我々の行動についてです。<深淵の聖水>は入手できませんでしたが、実は魔王様復活の時はすぐ目の前に迫っております。今日、魔王様復活の儀を執り行います』
余韻を残した反響が消えると、講堂は静寂に包まれる。
いよいよこの日が来たのだ。
私の胸には、ほのかな充足感がわく。
『何も進んでいないように見えますが、準備は全て整っているのです。しかし、この場で儀式を行うことはできません。皆さんも一緒に魔王様が封印されている地――“魔族領”に来ていただく必要があります』
「「っ……!」」
“魔族領”と聞くと、教会員たちの顔に怯みの感情が現れた。
魔王封印の後、人類の誰も足を踏み入れていない大陸の最東端。
実際にその地を踏む瞬間が来ようとは、想像できなかっただろう。
『それでは、ともに“魔族領”へ参りましょうか。こちらに来てください。この扉は転送魔道具となっているので、くぐり抜けるだけで“魔族領”に到着できますよ』
教会員たちに、微かな迷いが生じたのが見える。
魔王復活のためには己の全てを差し出す、という強い志はあっても、完全に人間の手から離れた土地に行くのはそれなりの勇気がいることだ。
フォルトが空気に呑まれて怖じ気づく前に、みなを落ち着かせる。
「皆さん、エーリッヒ様の指示に従ってください。大丈夫、私も“魔族領”にお邪魔したことがあります。たしかに人類圏とは異なる様相ではありますが、魔族の方々は好意的です。私も後から参りますので、どうぞ扉に入ってください」
不安を消すように、努めて優しく話す。
教会員たちの心配は和らいだのか、怖がりながらも一人ずつ扉に入る。
元囚人も無表情で入ってしまった。
残すはエーリッヒたちと私、そしてフォルトだ。
誰かを待たせる状況を作り、さりげなく心理にプレッシャーをかける。
フォルトは恐る恐る私に尋ねた。
覚悟を決めかねているようだ。
「フェイクル先生……本当に行くんですか?」
「ええ、これ以上この場にいても何も起きませんから。怖いのはわかりますが、進まなければなりません。皆さんを待たせては不安にさせてしまいます」
「そ、それもそうですね」
フォルトの肩を抱き、扉をくぐる。
光に包まれたと思ったら、洞窟とはまったく異なる場所が出迎えた。
血のように赤い空には黒い雲が漂い、ひび割れた大地が広がる。
硬く目を閉じたままのフォルトに話す。
「“魔族領”に着きましたよ、フォルトさん」
「え……? も、もうですか?」
エイレーネ王国がある大陸の最東端に位置する、広大な平地。
それが“魔族領”だ。
五大聖騎士は魔王を封印することはできたが、魔族圏までは奪うことができなかった。
故に、魔王を封じたは魔族たちの支配下にある。
すぐにエーリッヒたちも合流した。
『では、我らの聖地に向かいましょう。少々離れているので空を飛びます。そのままジッとしていてください』
魔族の魔法により、私たちは宙に浮かぶ。
空を飛ぶこと、およそ五分。
数百体はあろうかという魔族に囲まれた、それが見えてきた。
およそ20mほどはある巨大な十字架が。
地面に降り立つと、魔族たちの視線が一斉に突き刺さる。
旧世代、新世代入り乱れる。
これほど大量の魔族を見るのは私も初めてだ。
魔王復活の儀を執り行うため、エーリッヒから勢ぞろいさせると聞いたが、全ての魔族が揃っているらしい。
魔族もそうだが、それ以上に十字架から私たちを押し潰すような威圧感を覚えた。
教会員やフォルトの息を呑む音が聞こえる。
――“禁忌の十字架”。
五大聖騎士が魔王を封じた十字架だ。
禁忌というのは人間側が名付けただけ。
よって、この地域は魔族にとっては聖地と崇められている。
エーリッヒは十字架の前に立つ。
『フェイクルさん』
「ええ、承知しております。……フォルトさん、こちらに来てください」
「え……? は、はい」
不安げな表情のフォルトを連れて十字架まで歩く。
エーリッヒはすこぶる嬉しそうな顔で言った。
歪なほどの満足気な笑顔で。
『フォルトさん、今までお疲れ様でした』
「? 僕はまだ何も……うわっ!」
エーリッヒたち数人の魔族は、拘束魔法でフォルトを捕らえる。
我々が使う魔法より何段階も高度なものだ。
魔族は人間と違い魔力属性という制約がないため、属性の壁を超えた高度な魔法が使える。
今のフォルトでは破壊することなどとうていできない。
拘束されたフォルトは、十字架の交差位置まで浮遊される。
私を見ると、恐怖に駆られた表情で叫ぶ。
「フェイクル先生、いったい何が起きているんですか! 僕を解放してください!」
この男の相手をするのも今日、この日までか……。
面倒な仕事が一つ片付いた気分だ。
「フォルトさん、よく聞いてください。あなたは度重なる悪行により、心の底まで悪に染まりました」
「……え? フェイクル……先生? 何をおっしゃっているのですか?」
フォルトの目は揺らぎ、疑問と恐怖の感情が浮かぶ。
時間はかかったが、ようやく目的を達成できる。
「あなたの悪に染まった心が、<深淵の聖水>の代用となるのです。五大聖騎士との戦いで、魔王様の血には人間の血が混じりました。そのため、我ら人間の悪に染まった魂を糧にすることができる……という理屈です」
「す、すみません、何が何だかサッパリわからなくて……」
「わかる必要はありません。あなたはこれから人柱として犠牲になるのですから」
「ひ、人……柱……? 僕を……騙したのですか?」
別に否定する必要もないのでこくりとうなずく。
ようやく、フォルトは自分がどうなるかわかってきたようだ。
「……フォルト、今までよく頑張った。君は私が思った通りの、本当に優秀な生徒だったよ。ありがとう」
「そ、そんな……フェイクル先生……」
素直な気持ちを伝えると、フォルトは呆気に取られた表情を浮かべる。
終ぞ、己の運命を知ることはなかった。
その鈍さもまた、私の思う通りだった。
哀れな主人公から目を逸らし、エーリッヒに言う。
「さあ、エーリッヒ様、お願いいたします」
『そうですね、魔王様も復活を待ち望んでおられます。……同胞よ、今ここに魔王様復活の儀を執り行う! 我ら、魔を纏いし者は……』
新世代の魔族が同じ呪文を詠唱すると、フォルトの全身から少しずつオーラが十字架に吸われていく。
魂だ。
フォルトは断末魔の叫びに近い、悲痛の声を上げる。
「助けて! フェイクル先生、助けてください!」
叫び声が轟くが、私は何も感じない。
教会員たちも固唾を飲んで見守っていた。
たぶん、フォルトは死ぬだろうな。
この男がどうなろうとどうでもいい。
……いや、正しくはこの世界の全てか。
フォルトも教会員も元囚人もエーリッヒもディアボロも学園の人間たちも魔王も……そして、この私も。
徐々に十字架にヒビが入り、五大聖騎士の封印が解け、魔王の姿が徐々に顕現する。
魔族たちが恍惚と見守る中、エーリッヒは目を潤ませ感動した様子で呟いた。
『フェイクル……君は素晴らしい人材だ……。素晴らしい……本当に素晴らしい……。君は魔族の英雄だ……。君の望みを叶えてもらえるよう、魔王様に進言させてもらう』
「ありがとうございます、エーリッヒ様。これ以上ないほどの幸せでございます」
丁寧に答えるものの、別に望みなどない。
“魔王復活の儀”が進む中、私は生まれて初めて感慨深い気持ちを抱いた。
――魔王を利用して、この世界を跡形もなく壊す。
この世界に転生してから、ずっと……ずっと抱いてきた目的。
それさえ達成されればどうでもいい。
――いよいよ、私の目的も現実のものとなるだな。
そう思うと、文字通り涙が出るほど嬉しかった。
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