第82話:本部への帰還(Side:フォルト➆)
「おい、見ろよ。<魂喰らいの槌>に<厄災の血斧>、<雷神の小瓶>……。一生お目にかかれないアイテムばかりだぜ」
「これ全部売ったら人生何回遊んで暮らせるんだろうな」
「"魔族教会”に入ってよかったわ。最高の報酬だ。俺は死ぬほど酒を飲んでやる」
闇オークションの襲撃が終わり、僕たちはドーイラルから本部へと帰還した。
囚人たちは強奪した貴重な出品物を見ては喜ぶ。
襲撃自体はうまくいった。
会場にあったほとんどの財宝を奪うことができたのだ。
だが……最も重要なアイテム、<深淵の聖水>を入手できなかった。
ディアボロたちに邪魔されたからだ。
あいつらに格の違いを見せつけてやる、絶好の機会だったのに……。
学園の人間どもへの怒りを募らせていると、隣に誰かの気配を感じた。
「フォルトさん、大丈夫ですか?」
いつの間にか、フェイクル先生が隣にいた。
相変わらず気配を断つのがうまい。
彼女の後ろには教会員が集合する。
みな、財宝を入手して喜ぶ囚人と違い、表情が暗かった。
"魔族教会”全体の目的である魔王復活が遠のいたのだから。
正直、僕にとって魔王復活うんぬんはどうでもいいが、やはり今後の動向が気になった。
「あの……フェイクル先生、僕たちはこれからどうするのですか? <深淵の聖水>を取り戻しに行くんですか?」
魔王復活には別の方法があるとは言っていたが、<深淵の聖水>を使うのが一番確実な方法の気がする。
「おそらく、聖水は"エイレーネ聖騎士学園”が保管することになるでしょう。奪取するのは至難の業ですが、心配は要りません。フォルトさんは今まで通りにしていればいいのです」
「は、はぁ……そうですか……」
なんだか要領の得ない返答だった。
今度は学園に攻め込むのだろうか。
まぁ、復讐の機会が新たに生まれたと思うことにしよう。
そこまで話したところで、魔王の絵の下にある扉が静かに開いた。
エーリッヒ、マリアンネ、シシリーの三人の魔族が現れる。
彼らの姿を見た瞬間、囚人たちは財宝を持ったまま駆け寄った。
「見てくれ、この財宝の数々を! 一生手に入らないような代物ばかりだ!」
「ムショにいたときは想像もつかなかったな!」
「あんたらのおかげで俺たちは大金持ちだよ! "魔族教会”に入って良かったぜ!」
囚人たちが上機嫌で話すのを、エーリッヒたちは穏やかな表情で聞く。
<深淵の聖水>はこの場にはないとわかっても、意外にも彼らは落ち着いていた。
魔王復活に必要不可欠な素材だ。
てっきり激しく怒るかと思ったのに。
新世代の魔族は心が広いのだろうか。
『ふむ、<深淵の聖水>は手に入らなかったようですね…………話が違うのだが?』
突然、エーリッヒの顔に血管が激しく浮き出た。
目は真っ赤に血走り、人間とかけ離れた形相となる。
全身からは魔力の余波とともに怒りのオーラが迸り、恐ろしい光景に身が竦んだ。
囚人たちも一瞬で黙りこくり、地下洞窟は静寂に包まれる。
誰も何も話さない。
魔族たちの神経を逆撫でしては、殺されてもおかしくない雰囲気だった。
エーリッヒは憎しみの籠もった目でフェイクル先生を睨む。
『フェイクルよ、<深淵の聖水>はどこにある? なぜここにない? この場にいる人間の全てを殺さなければ、この苛立ちは収まりそうもない』
「たしかに<深淵の聖水>は入手できませんでしたが、問題ありません。別の対策がありますので。それは……」
フェイクルがエーリッヒの耳元で何かを話す。
しばし話すうちにエーリッヒの顔から少しずつ血管が消え、元の穏やかな笑顔に戻った。
『……先ほどは失礼しました。つい、気持ちが昂ぶってしまいまして。皆さん、ドーイラルの襲撃お疲れ様でした。無事に帰還されて何よりですね』
エーリッヒは微笑みを讃えて落ち着いた様子で話すが、誰も目を合わせようとしない。
新世代といっても、魔族の本性を見たのだ。
いくら人間に似ているといっても、やはりこいつらは凶暴で危険だ。
みな静かに何も話さず佇んでいると、フェイクル先生がエーリッヒたちの前に出た。
「皆さん、聞いてください。ご存じの通り、ドーイラルの襲撃で我々は<深淵の聖水>を奪取することができませんでした。ですが、まだ策はあります」
フェイクル先生の声が洞窟に響く。
不気味な余韻が反響する中、さらなる話が続いた。
「聖水はほぼ確実に、"エイレーネ聖騎士学園”に保管されます。態勢を整えた後、学園を襲撃するのです。下準備として、皆さんには魔族の力を分け与えてもらうことになりました」
魔族の力……と聞いて、今まで黙っていた囚人たちもどよめく。
互いに小声で相談するが、概ね好意的な反応が多かった。
元より乱暴な人間が多いからか、むしろ力が欲しいようだ。
『力の付与はこちらの部屋で行いますよ』
エーリッヒが魔王の絵の下にある扉を開く。
その奥に、何があるのかはわからない。
やけに黒い影に覆われ何も見えないのだ。
先ほどまでのどよめきも消え、洞窟には静寂が戻る。
『さあ、どうぞこちらへ』
エーリッヒがなおも言うと、囚人たちは財宝を持ったまま次々と扉の中に入る。
魔族の本性を見たからか、抵抗する者は一人もおらず、みなずいぶんと素直だった。
ぼ、僕もあの中に入らなきゃいけないのだろうか……。
「あの……フェイクル先生。僕は行かなくていいんですか?」
傍らのフェイクル先生に尋ねると、彼女は安心させるように笑って言った。
「フォルトさんは行かなくていいのですよ。我らの"導き手”なのですから」
「そ、そうなんですか……?」
「ええ……」
囚人たちを見送りながら少しばかり安心する。
なんとなく、あの中に入ってはいけない気がしたのだ。
……大丈夫。
僕にはフェイクル先生がついているんだから。




