第81話:嬉しくない経緯での再会
「<深淵の聖水>を死守するぞ! オークショニアのところへ向かえ!」
「了解!」
「わかりました!」
俺たち三人は座席を飛び出し、一直線に壇上へと駆ける。
真ん中くらいまで来たところで、四人組の男が立ちはだかった。
全員、頬や額に烙印が刻まれている。
この世界の囚人たちだ。
しかし、ただの囚人ではない。
「そこを通してもらおうか。先を急いでいるんだ」
「おきらくな坊やだな。俺たちがガキの言うことを聞くように見えるか?」
四人組はみな、懐からナイフや短剣を取り出す。
烙印の模様は頭が欠けた骸骨。
王国で最悪の囚人が収監されるというゾゾネ刑務所の印だ。
シエルとマロンも表情がより一層険しくなる。
――ゾゾネ刑務所が何者かに襲撃を受けた……。
学園で聞いた話が脳裏に思い浮かぶ。
「お前たちは"魔族教会”の仲間か?」
「馬鹿が、答えるわけないだろ!」
叫ぶような言葉を合図に、四人の囚人は俺たちに襲いかかる。
俺の相手は真ん中の二人だ。
ナイフの二連撃を躱し、一人には腹への殴打を、もう一人には顎への殴打をお見舞いする。 両方ともぐたりと崩れ落ちた。
左はシエルの重力魔法で、右はマロンの火魔法を喰らい、すでに気絶していた。
俺たち三人は囚人を飛び越し、壇上へと走る。
会場の中は似たような囚人が暴れ回り、さながら内乱や反乱のような有様だ。
オークションの出品物が集まる宝物庫は、もっとひどい状況かもしれない。
だが、最優先すべきは<深淵の聖水>の確保だ。
壇上のオークショニアは大事そうに<深淵の聖水>を抱えながら、おろおろと辺りを見渡す。
右も左も囚人が参加者を襲い金品を奪っているので、逃げ場がないらしい。
乱闘を潜り抜け壇上へ上がったとき、オークショニアの喉元に鋭いナイフが突きつけられた。
「久しぶりだね、ディアボロ。少しでも動いたらこいつを殺す」
聞き馴染みのある男の声。
学園に入学してから、何度も聞いたことがある。
同時に、今この場で一番聞きたくない声でもあった。
オークショニアの背後からぬらりと現れたのは、黒髪に黒目の男。
このゲームの主人公……フォルトだった。
彼が囚人たちの襲撃に関わっていないわけがない。
無念さや悲しみなど、複雑な感情が胸をうずまく。
刺激しないよう、俺たちは冷静さを心がけて話す。
「フォルト、馬鹿な真似は止めろ。お前にそんな仕草は似合わないぞ」
「ナイフを捨ててこっちに来て」
「投降してください」
呼びかけると、フォルトは悪に染まった目で俺たちを睨んだ。
焦りや罪悪感の類いはまったくなく、その顔には微笑みさえ見える。
「ディアボロ、君たちが威張れるのも今この瞬間までだ。僕たち……"魔族教会”が世界を手に入れる。魔王を復活させてな」
フォルトが得意げに告げた言葉に、俺たちは特段驚かなかった。
やはり……という残念な感情が胸にわく。
シエルとマロンも悔しそうな顔だ。
とはいえ、このままかつての学友を見捨てるわけにはいかない。
「フォルト、いい加減目を覚ませ! お前がいるべき場所は"魔族教会”じゃない! 俺たちのところに戻ってこい!」
「ディアボロの言うとおりよ!」
「まだ間に合います! 罪を償うのです!」
俺たちは必死に説得するが、フォルトは不気味な笑みを浮かべたままだ。
壇上からこちらを見下ろす。
「僕はね……"魔族教会”の導き手なんだよ。君たちの大事な"エイレーネ聖騎士学園”と違って、正当な評価をしてくれる組織なのさ」
「フォルト……お前は何を言っているんだ」
学園はいつだって正当な評価を下していたのに……。
彼は悪魔の囁きに耳を貸してしまったのだ。
「た、頼むっ! 誰でも良いから助けてくれぇえっ!」
オークショニアの甲高い悲鳴が響く。
いずれにせよ、まずは彼を助けなければ。
ナイフは首元にめり込み血が垂れているので、迂闊には動けなかった。
魔法を使う素振りでさえ危険だ。
意を決して全速力で走ろうとしたとき、ふと視界の隅に舞台袖が見えた。
暗闇に紛れるようにして、暗黒小犬がひっそりと佇む。
フォルトを攻撃するタイミングを窺っていた。
暗黒小犬は俺の魔力で生み出されたもの。
ならば、俺と意識が繋がっているはずだ。
一つの策を考え、実行に移す。
「フォルト、ここにはクルーガー先生も来ている。観念しろ」
「……なに?」
クルーガー先生の名を出すと、一瞬動揺が見えた。
――……今だ! 行け!
頭の中で念じると、暗黒小犬は音もなく猛スピードで走り、フォルトの左足に噛みついた。
「ぐあああっ! なんだ、こいつ!」
「シエル!」
「わかってるわ! 《吸重力》!」
フォルトの体勢が崩れてナイフが離れた瞬間、シエルの重力魔法がオークショニアと《深淵の聖水》を引き寄せる。
後はフォルトの身柄を拘束するだけだ。
そう思い、俺とマロンが壇上に上がった瞬間……。
天井から高密度の魔力を感じた。
「……下がれ、マロン!」
「《魔弾時雨》」
突然、フォルトの前に小さな魔力弾が雨のように勢いよく降ってきた。
寸でのところでマロンを抱えて通路に飛び降りる。
壇上の板は細かい穴がいくつも空き、ドロドロと溶ける。
まともに直撃していたら、蜂の巣にされていただろう。
傍らのマロンは険しい顔で呟く。
「ディアボロ様、ありがとうございました」
「ああ、それより気をつけろ。かなりの手練れがいる」
壇上に一体の黒い影が舞い降りる。
フォルトを守るように前に出ると、灯りに照らされ顔が見えた。
腰ほどまでに伸びた長い青色の髪、鮮血の如く赤い瞳の女。
黒っぽい服装で派手さはないのに、薄気味悪い存在感があった。
女は後ろ手のポーズを取ったまま、能面のような顔で言う。
「初めまして、ディアボロ。そして、死んでくれ。《毒弾ノ掃射》」
女の周囲の空中に、魔力の弾が出現した。
激しく飛んでくると同時に、俺も猛スピードで魔法を発動する。
「《闇の八層壁》!」
いったいどんな効果があるかわからない。
空中から放たれた魔力弾は、いきなり第三層まで突破した。
しかも、弾一発一発は威力が減衰することなく、じわじわと魔力のバリアを侵食する。
バリアには少しずつヒビが入り、一層二層と俺たちに近づく。
これは……。
――毒属性の魔法か。
魔力や身体を侵食する力を持つ属性だ。
強力な分制御が難しく、魔力の消費量も他の属性より多い。
ゲームでは特別なコマンド操作も求められた。
これほど高度な魔法攻撃ができるとは、かなりの手練れだな。
どうするかと対応策を考え始めたところで、突然、女が後ろに飛び退いた。
女がいたところに水の槍が何本も突き刺さる。
魔力制御が崩れたためか、魔弾は全て消失した。
何が起きたのかと混乱する俺たちの前に、緑の髪の女性がふわりと躍り出る。
「遅くなり申し訳ありません、みなさん。あの女性はなかなかに強く、私たちは足止めを喰らってしまいました」
「「アプリカード先生!」」
俺たちの担任、アプリカード先生だ。
さらに続けて、二人の大人が後ろから現れた。
「遅れてすまない。みな、無事か?」
「その様子だと問題ないようだね」
レオパル先生とリオン先生の二人だ。
強力な味方である学園の先生たちが集合した。
アプリカード先生は女に問う。
「あなたがフェイクル……ですね?」
「ああ、そうだ。さすがは"エイレーネ聖騎士学園”。勘が良いな……フォルトさん、ここは一旦退きましょう。潮時です」
フェイクルという女性が言うと、フォルトは血相を変えた。
「し、しかし、<深淵の聖水>が……!」
「大丈夫。とっておきの策があるのですよ」
フェイクルはわざと俺たちに聞こえるように話す。
とっておきの策……?
そんなものはないはずだ。
俺は問いただす。
「<深淵の聖水>がなければ魔王は復活できないはずだ。いったい何を考えている」
「そのうちわかる。……《閃光ノ玉》!」
「「くっ……!」」
フェイクルが手を前に出した瞬間、光の玉が弾けた。
会場は全体が白い光に包まれる。
思わず眩しさに目をつむるが、懸命にフェイクルとフォルトの行方を確認する。
だが、光が収まったときには誰の姿も見えなかった。
フェイクルもフォルトも、会場には囚人すら誰もいない。
徐々に混乱が落ち着く中、シエルとマロンが慌てて俺に駆け寄った。
「ディアボロ、怪我はない!?」
「ご無事ですか!?」
「あ、ああ、なんとかな……。だが、フォルトに逃げられてしまった」
俺が呟くように言うと、シエルもマロンも表情が暗くなる。
ふと、肩に手を置かれるのを感じた。
振り返ると、アプリカード先生が優しげな顔で俺の肩に手を置いていた。
「気を落とさないでください、ディアボロさん。一番大事な物は守れたのですから」
「アプリカードの言う通りだ。最も重要な任務は達成できた」
「君たちがいなかったら、魔王復活は阻止できなかったかもしれないんだ」
先生たちに言われ、心が少し落ち着いた。
無事、<深淵の聖水>を守ることはできたのだな。




