第70話:モンスターと壁
「おい、お前ら! 俺が突っ込む、援護しろ!」
「了解した」
「騒がしいのぉ、まったく」
魔力を貯めるバッドから一歩下がる。
俺たちの前にいるのは、2mほどの大きな猫型モンスター。
赤い瞳はギロリと鋭く、全身の毛はトゲトゲに逆立ち、家猫みたいな愛嬌はまったく感じない。
身にまとう白っぽいオーラが強者のプレッシャーを放つ。
筋肉は盛り上がっているものの、俊敏さを感じる立ち居振る舞いだ。
こいつはグリンピアのBランクモンスター、霊気猫。
身体を骨まで腐らせる、霊属性に該当する特殊なブレス――《腐敗球》が武器だ。
外界ではAランクに相当する力を持つ。
無謀にも、バッドは一人で突っ込むらしい。
だが、彼の実力は俺もアルコル師匠もよく知っている。
「いくぜ、霊気猫! ……《氷の鎧》!」
バッドが叫んだ瞬間、その全身は堅そうな氷の鎧に覆われた。
彼の固有属性は氷。
このように氷をまとったり、武器を作ったりと、攻守万能な属性だった。
氷の鎧から伝わる魔力の余波からも、バッドの魔法は非常に質が高いと感じる。
解放度★4の魔法ではあるが、氷の上から下まで均一に魔力が宿る。
あそこまで習熟するのは結構大変だろう。
アルコル師匠もヒュ~と口笛を鳴らす。
……あの~、援護の準備は?
バッドは勢いよく駆け出す。
直後、霊気猫の腹が光った。
《腐敗球》のモーションだ。
「バッド、気をつけろ! 《腐敗球》が来るぞ!」
「心配ご無用じゃよ、ディアボロ」
俺は慌てて叫んだが、アルコル師匠に落ち着いた様子で言われた。
霊気猫の腹に集まった光が喉に移動し、白い火球となって放たれる。
バッドに避ける素振りは見えない。
避けるどころか、肩を突き出しタックルの姿勢を取る。
真正面から迎え撃つつもりだ。
《腐敗球》が直撃するも、バッドは勢いを緩めない。
「効かねえなぁ、んな攻撃!」
『ガァッ!?』
ショルダータックルの要領で《腐敗球》を弾き飛ばす。
すげえ。
しかも無傷で……いや、無傷ではない。
鎧の表面にはヒビが入っている。
完全に無効化できたわけじゃなく、防いだだけだ。
下手したら身体にまで《腐敗球》が届く可能性もあったのに……すごい度胸だ。
彼の勇気と胆力に素直に感心する。
「くらいやがれ! 激突破壊!」
『ギィアアッ!』
勢いそのままに突撃した。
霊気猫はバッドと壁に挟まれ、断末魔の叫びを上げた後動かなくなる。
ぐったりと地面に崩れ落ちた。
パチパチと拍手して健闘を讃えると、バッドは魔法を解除しながら叫んだ。
「どうですか、リオン先生! 俺もなかなか強いでしょう! 褒めてください!」
「ここにはいないよ」
「やっぱうるさいわ、こいつ」
さっきまでアルコル師匠は感心していたが、バッドが騒ぐとすぐいつもの辛辣な感じに戻ってしまった。
俺たちは今、グリンピアの第三層にいる。
等間隔に謎の扉がある通路を進んでいた。
この古代遺跡も、基本的には一般的なダンジョンのように下層へ続く構造だ。
最深部は第九層だから、まだまだ先だな。
霊気猫の他にも何体かのモンスターと遭遇したが、どれも無事に倒した。
攻略は順調だったが、俺は気になっていたことをバッドたちに尋ねる。
「二人とも、"魔脱”の影響はどうだ?」
「別に何も感じねえよ」
「ワシもー」
アルコル師匠はともかく、バッドはただ気づいていない可能性もありそうだ。
俺もまた、いつもより疲れは感じるものの特に問題ない。
……念のためステータスを確認してみるか。
そっと頭の中でチェックすると、案の定魔力が少しずつ減っていた。
やっぱり、ダンジョンに力を吸い取られているんだ。
これくらいなら全然大丈夫、と言いたいところだが、"魔脱”は下層に進むほど強くなる。 先生たちの説明にもあった。
だから、決して油断はできない。
バッドとアルコル師匠の二人も、軽口を叩くがちゃんとわかっているようだ。
無駄な魔力を消費しないよう、意識しているのが伝わる。
バッドは爽やかな笑顔で手を差し伸べた。
アルコル師匠に。
「コルアルさん、お手をどうぞ。この辺りはデコボコしているからね。エスコートしてあげますよ」
「別にいい。クソガキに興味はないんじゃ」
彼は婚約者探しとやらに精を出す日々を送っている。
スクレイ家は名家なのだから、放っておいても勝手に来そうなもんだが。
恋愛結婚に強い憧れを持っているようだ。
良い人が見つかるといいね。
バッドはアルコル師匠の罵倒にもめげずに、先頭に立って言う。
「よっしゃ、俺についてこい。最短距離の道を選んでやるぜ」
「よろしく頼むよ」
「変な道に行ったらしばくからの」
意気揚々と歩くバッドについていくと、さっそく十字路に出くわした。
見たところ違いは何も感じないが、もちろんそれぞれ異なるルートとなる。
しばし、前世のゲーム知識を思い出す。
第三層のこの場所だと、右の道が最短だ。
バッドが振り向いて言う。
「なぁ、ディアボロ、どれがいいかな。俺は真ん中一択だが、お前の意見を聞きたい。もちろん、コルアルさんもね」
「俺は右がいいと思……ちょっと待て、バッド。隠れるんだ」
「お、おいっ」
ふと視界の隅に高密度の魔力の塊を見て、バッドを引き戻した。
グリンピアに入ってから、常に《闇の眼》を発動していたのだ。
魔力は余分に消費するものの、より安全性を高めたいからだ。
アルコル師匠はすでに感づいていたらしく、右の通路をそっと見ていた。
「よく気づいたの、ディアボロ。褒めて遣わす。アイス一個分くらい」
「さっきからどうしたんだよ、お前ら。俺には何がなんだかさっぱり……」
「バッド、静かに右の通路を見るんだ」
松明に照らされ、無機質な金属がぬらりと光る。
……シャドーだ。
暗闇には、赤いモノアイが不気味に浮かぶ。
赤ということは、あいつは火属性の個体だな。
バッドはすぐ真剣な顔となり、シャドーの動きを観察する。
アルコル師匠も空気を読んでくれ、静かにしていた。
「マジか、シャドーじゃねえか。どうする、ディアボロ。三人がかりなら倒せなくはなさそうだが」
「最深部に行くまで、無用な戦いは避けた方がいいと思う。魔力はできるだけ節約したいよ」
「……そうだな、同感だ。さっき見かけた扉に入ってやり過ごそうぜ」
「ワシも賛成」
二人とともに、少し引き返す。
ちょうど扉があったのだ。
鍵はかかっておらず、中に入れた。
室内にも松明が灯されており、部屋全体の様子はよく見えた。
がらんとした石造りの倉庫みたいな空間。
奥の壁には何やら書かれている。
三人で近寄ってみると、十二星座の絵と古代の文章だった。
思わず自然に声が漏れる。
「なんだろうな、これ」
「古代史の授業を思い出すぜ」
「ワシ、全部寝てた」
謎の絵と文章。
不思議な部屋だ。
おまけに、なんだか部屋が揺れているような……。
気のせいかと思ったが、違う。
ゴゴゴ……! と、両側の壁が迫ってくる。
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