第68話:新世代の魔族(Side:フォルト⑥)
「皆さん、お疲れ様でした。目的地に到着しました。魔族教会の本部です」
空中から地面に降り立つと同時に、フェイクル先生が告げた。
ゾゾネ刑務所を飛び立ってからどれくらい経っただろうか。
たぶん……数十分くらいだと思う。
だが、一時間か一日か……実際の時間はよくわからなかった。
僕たちは今、どこか知らない山の中にいる。
目の前には洞窟の入り口が……。
おそらく、あの先に魔族教会の本部とやらがあるのだろう。
フェイクル先生と教会員はスタスタと進むが、誰も後を追おうとしない。
僕もまた、一番手はご遠慮したかった。
「ちょっと待てよ、姉ちゃん。ここはどこなんだ」
右目に傷がある囚人の一人が問う。
すでに殺されたジャグールほどではないが、こいつも屈強な男だ。
フェイクル先生はやけに静かに止まると、ゆらりと振り向いた。
「ジリス大渓谷のどこか……とだけ言っておきましょう」
「な、なに……」
フェイクル先生の返答に、傷ありの囚人は表情が硬くなる。
彼だけではない。
他の囚人や僕もまた、その名を聞いて顔が引きつった。
ジリス大渓谷……別名、霊柩の大渓谷。
凶暴で狡猾なAランクモンスター、魔零猿たちの縄張りとされる深い山だ。
死体を木の棺桶に保管して捕食する、彼らの不気味な習性から名付けられた。
地下には豊富な鉱物資源が埋まっているらしいが、未だ未踏破の領域が多い。
囚人たちはみな屈強だが、魔霊猿が相手では生き残ることは難しいだろう。
僕たちの反応を見て、フェイクル先生は静かに笑った。
「ご心配なく。本部の周囲には強力な結界が展開されています。魔霊猿はおろか、他のモンスターたちも侵入できません。まぁ、どこまで結界が続いているか、あなたたちにも見えませんがね」
そう言い残し、フェイクル先生は教会員を引き連れ洞窟へと進む。
僕は慌てて後を追った。
周囲には結界が張られているようだが、視認できない。
見えないのは怖くなり、不安に駆られた。
少なくとも、洞窟の外にいるより中の方が安全だろう。
囚人たちもそう考えたのか、みな急いで僕たちの後をついてきた。
意外にも洞窟は通路のように整備されており歩きやすい。
壁には等間隔に松明が灯り、日頃から人の出入りが多いことが予想される。
沈黙に耐え兼ね、フェイクル先生に尋ねる。
「あ、あの、あとどれくらいで着くんですか?」
「大丈夫。もう少しで着きますよ。フォルトさん、あなたは私たちの導き手なのですから、堂々としていればいいのです」
「は、はい」
肩に手を当てられ励まされる。
歩くこと五分ほど。
教会の講堂を思わせるような広い空間にたどり着いた。
天井は高く横幅も広い。
洞窟が剥き出しではあるが、ペル・ペリドで潜んでいた教会より清廉された雰囲気だ。
ただ、正面にある巨大な絵――魔王が描かれた絵が、ここは世間一般的な場所でないことを証明する。
魔王の絵の下には重厚な扉があり、その向こうに何がいるのか想像すると、思わず身体がぶるっと震えた。
フェイクル先生は囚人たちに向き直ると、淡々と告げた。
「皆さん、お疲れ様でした。魔族教会の本部へようこそ。魔王様の復活に向けて、ともに精一杯頑張りましょう。……さっそくですが、私たちの偉大な同志を紹介します」
その言葉で、洞窟内の空気が変わったのを感じる。
ひんやりと冷たくなり、本当に気温が何度も下がった気がした。
『……ずいぶんとたくさんの同志を連れてきてくれたようですね。やはり、フェイクルさんに任せてよかった』
現れたのは、一人の男性と付き従うように控える二人の女性。
男性は灰色のやや長い髪で、女性はともに紫の髪だった。
女性たちはまったく同じ顔で、髪の毛の濃さだけ違う。
双子だろうか。
全員穏やかな目をしており、落ち着いた雰囲気はどこかの高貴な貴族を思わせる。
まるで人間のようだが、僕たちはみんな言葉を発することができなかった。
頭から生えた角が、彼らは人間ではないことを示す。
ここにいる誰もが一言も発さない。
僕は鼓動が激しくなるのを感じる。
……魔族だ。
魔族が現れた。
『初めまして、人間の皆さん。私はエーリッヒと申します。髪が濃い方がマリアンネ、薄い方がシシー。見ての通り、私たちは魔族です』
エーリッヒと名乗った男の魔族が軽く会釈すると、両脇の女魔族も礼をした。
現在、魔族と人間は敵対関係にある。
五大聖騎士により魔王が封印された後も、魔族たちは戦闘を止めなかった。
今この瞬間だって、世界のどこかでは互いの勢力圏を争っているはずなのに……。
やけに礼儀正しい態度に拍子抜けした。
少々唖然としていたら、フェイクル先生が僕の肩を掴んで魔族の前に連れ出した。
「エーリッヒ殿、こちらの少年が以前からお話ししていたフォルトさんです。人類の中でも稀な、聖属性の持ち主です」
『おや、あなたがフォルト君でしたか。失礼、挨拶が遅れましたね。お会いできて光栄です。我らが導き手よ』
「あ、いえ……」
エーリッヒは僕の手を取り握手を交わす。
人間より冷たい体温が、彼らは異種族なのだと改めて実感させた。
『どうやら、私に何か聞きたいことがあるようですが?』
うつむき加減に握手を交わしていると、エーリッヒに尋ねられた。
聞きたいことは山ほどある。
……が、あれこれ質問しすぎるのは憚れる。
襲われたらと思うと、口が動かなかった。
「安心してください、フォルトさん。彼らは私たちの味方です」
ドキドキしていたら、フェイクル先生にそっと言われた。
いくぶんか気持ちが落ち着き、一つだけ尋ねることにする。
「な、なぜ、あなたたちは人間のような格好をしているのですか。魔族はもっとモンスターに近い姿のはずじゃ……?」
文献や歴史書に記されているのは、どれも図体が大きくモンスター様の姿形だった。
人間のような魔族は見たことがない。
『フォルト君が疑問に思うのも無理はありませんね。私たちは魔王様が封印されてから生まれた新世代の魔族です。人間たちの良いところを取り入れるため、姿形もあなたたちに似せています。最近、ようやく人間に近い魔族が生まれてきたのです』
「そ、そうだったんですか……。すみません、新世代の魔族を見たのは初めてだったのでわかりませんでした」
『謝ることはないですよ。むしろ、よく聞いてくれましたね』
エーリッヒは穏やかな瞳で言う。
どこか人間らしい微笑みに気持ちが安心した。
彼は囚人たちに向き直ると、真面目な顔に戻って言う。
『さて、皆さん。魔王様の復活には、“深淵の聖水”が必要不可欠です。そこで、皆さんには聖水の入手を手伝っていただきたいと思います』
マリアンネとシシーが両手を上げると、空中に映像が現れた。
悪魔を思わせる不気味な彫刻がかたどられたポーションだ。
中には黒い液体が納められている。
あれは……魔王の血だ。
五大聖騎士が封印する前、一人の戦士が魔王に戦いを挑んだ。
敗北したものの、血液を奪うことに成功した。
魔王の討伐に活かそうと王立修道院に持ち帰ろうとしたが、戦闘の傷により旅の途中で死亡。
以来、深淵の聖水は行方不明となった。
世界各国の金持ちや好事家の手を渡っているらしいが、今はどこにあるかは誰もわからないはずだ。
疑問に思っていたら、フェイクル先生が一歩前に踏み出して言った。
「肝心の聖水の居場所ですが、次の満月、南の大都市ドーイラルで開催される闇オークションに出品されることがわかりました。そこで……我々は闇オークションを襲撃して深淵の聖水を奪います」
フェイクル先生の言葉を聞いて、囚人たちの間にどよめきが広がる。
みな笑顔で、こいつはでかい仕事だ、久しぶりのシャバだな、といった声も聞かれた。
ゾゾネ刑務所に収監されるのは全て終身刑の囚人だから、外の世界が楽しみなのだろう。
「おい、一つ聞いていいか?」
「その深淵の聖水とやら以外の売品はどうなるんだ?」
「まさか、何の報酬もなしってことはないよな」
何人かの囚人が声を上げる。
最初は新世代の魔族に怖じ気づいていたが、いくらか恐怖が和らいだようだ。
エーリッヒは微笑みを讃えながら言う。
『もちろん、聖水以外の売品はあなたたちに差し上げますよ。黄金でもなんでも好きなだけ持っていってください』
囚人たちはもう大騒ぎだ。
洞窟内に歓声が響く。
フェイクル先生もまた、嬉しそうに僕に言った。
「満月まではまだ時間があります。少しでも特訓を重ねますよ」
「はい!」
闇オークションを襲うなんて、悪の心髄みたいじゃないか。
ここには僕にふさわしい強い仲間たちもいる。
ククク……楽しくなってきたぞ。
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