第60話:教会の地下
「あそこが教会だな……良いところを見つけたものだ」
レオパル先生の低い声が聞こえる。
10mほど離れた先には、“魔族教会”が潜んでいると思われる寂れた教会があった。
俺たちは今、建物の陰から様子を見ている。
ここは墓地だ。
酒場から十五分ほど街の奥に進むと、何本もの十字架が刺さった荒れ地が現れた。
何年も手入れがされていないようで、十字架も地面も荒れ放題だ。
その中央に、寂れた教会はポツンと建っていた。
今にも崩れそうで、人の気配はまったく感じない。
たしかに、隠れるのには絶好の場所だな。
「さて、これから突入するわけだが、あいにくと私に身を隠すような魔法は使えない。正面突破になりそうだな。できれば、潜入捜査といきたいところだが」
「でしたら、俺にやらせてくれませんか? ちょうどいい闇魔法を開発したんです」
「ディアボロの魔法か……どれ、やってみろ」
「はい……<闇の外套>」
体からにじみ出た魔力が、俺たち三人をそれぞれ覆う。
マントのように包まれると、徐々に体が透けていった。
「え、すごい……体が透明になっちゃった。でも、ディアボロの姿が見えるわ。レオパル先生も」
「<闇の外套>を使っている人同士は、互いに薄っすらと見えるんだ」
「なかなかやるな、ディアボロ」
「ただ、音までは消せないので、歩くときは注意してください。あと、魔力のマントがめくれると姿が見えてしまいます」
以前、ダンジョン脱出試験で使用した<闇迷彩>をちょっとアレンジした魔法だ。
<闇迷彩>は暗闇がないと隠れられなかったが、<闇の外套>は昼間でも身を隠せる。
その代わり、マントに覆われている感じなので少々動きづらい。
まぁ、一長一短だな。
準備ができたので、俺たちは教会へと進む。
ずいぶんと静かだ。
元々人通りが少ないんだろうが、生活音がまったく聞こえない。
街の中心部から離れていることもあり、ここだけ別空間のようだ。
レオパル先生がそっと教会の扉に手をかざす。
「(罠はなさそうだ……)」
「「(了解です……)」」
静かに扉が開かれ、教会の内部に入った。
すかさず誰かいないか確認するが、人っ子一人いなかった。
緊張感を保ったまま中を進む。
外と同じように、室内も汚れが目立った。
長椅子はおそらく風雨の影響で所々朽ち果て、大きな天井画はもはや何の絵かわからない。
一番奥に掲げられた、教会の象徴であろう十字架でさえボロボロだった。
壁の窓ガラスはどれも無残に割れている。
換気はされているはずなのに、埃っぽい空気に喉が痛くなった。
レオパル先生が、手分けして探そうとジェスチャーをした。
注意を払いながら散開し、教会を探索する。
だが、特に何も見当たらない。
ポーションと思わしき空き瓶や、本の切れ端、ガラスの破片など、ゴミばかりだ。
人はおろか、生活感の名残りもない。
シエルの方を見ると、彼女もまた特に成果がないようだ。
レオパル先生はというと、十字架の下でこちらに来いと手を振っていた。
「どうだった、二人とも」
「俺の方は何も見つかりませんでした。ゴミばかりです」
「私もです」
「そうか。私はここが怪しいと思う」
レオパル先生の指先には、聖櫃が安置されている。
ちょうど十字架の下にあったのだ。
レオパル先生はしゃがみ、床の一部を指す。
俺たちもまた身をかがめて見ると、床にひっかき傷が刻まれていた。
まるで、重い物を引きずったような傷だ。
触ってみると、聖櫃の周りだけ埃が積もっていなかった。
「傷がありますね。それに埃がないです」
「もしかしたら、この聖櫃の下に秘密の部屋があるかもしれないな。傷は聖櫃が動いた痕だろう。ちょっと動かしてみよう」
三人で力を合わせて聖櫃を押すが、ビクともしない。
とんでもない重さだ。
いや、重いというより、力が吸収されて動かないといった表現の方が正しい。
「何ですかね、この聖櫃は。少しも動く気配がないですよ」
「おそらく、封印魔法の類で守られている。暗号を言わねば開かないのだ」
「だとすると、この下にはなおさら何かあるということですね」
「シエルの言う通りだ」
封印魔法か……。
さすがにおいそれとは侵入できないか。
無理矢理壊すと、“魔族教会”がいてもいなくても、手がかりも消えちゃうかもしれないな。
「レオパル先生、俺に解封魔法を使わせてくれませんか?」
「構わん」
「ディアボロは封印系の魔法も扱えるの」
「まぁ、ちょっとだけど」
闇魔法について、俺は研鑽を深めていた。
図書館で調べたりしてな。
せっかく魔法が使えるのだ。
極めなければ損だろう。
聖櫃に手を当て、魔力を込める。
「……《暗黒解錠》」
小さな波動が、聖櫃からピシッと放たれる。
解錠とは言ったものの、実際は封印を破壊してしまう魔法だ。
まだコントロールが難しく、一度破壊したらもう二度と封印魔法をかけることはできない。
「これで動かせるはずです」
「もう一度みんなで動かすか」
「いえ、今度は私にやらせてください……《反重力》」
シエルが手をかざすと、聖櫃がふわっと宙に浮いた。
そのまま、少し横に置く。
聖櫃の真下には……深い階段が現れた。
下へ下へと続いている。
「二人ともずいぶんと成長したな。感心だ」
「「いえいえ」」
レオパル先生がこそっと褒めてくれた。
素直に嬉しい。
気を取り直し、階段を静かに下る。
灯りは足元にしかついておらず、数が少ないし光も弱い。
ほとんど手探りで進むしかなかった。
それでも、目が慣れてくると少しずつ様子がわかる。
壁も階段も堅牢な石造りだった。
上の教会より丈夫そうだ。
数分も下ると、底が見えた。
重そうな木の扉がある。
レオパル先生がさっと手を挙げ、俺たちは動きを止めた。
慎重に、レオパル先生が扉を開ける。
しばらく扉の隙間から中を見ていたが、やがて、扉を完全に開け放った。
<闇の外套>まで脱ぎ、レオパル先生の姿が明らかになる。
「二人とも、マントを外していいぞ。ここには誰もおらん」
「「ほ、本当ですか、レオパル先生」」
俺とシエルも<闇の外套>を脱ぐ。
中は教会の講堂より一回り狭い。
椅子やテーブルは残されているものの誰もおらず、まさしくもぬけの殻だった。
それでも、衣服が散乱したり、パンくずが落ちていたり生活の痕跡がある。
ここで誰かが、それも結構な大人数が生活していたことは間違いない。
レオパル先生はしかめっ面で悪態をつく。
「チッ、逃げられたか。一足遅かったようだ」
「俺たちがここに来ることがバレていたんでしょうか」
「埃の積もり具合を見る限り、その可能性はなさそうだ。念のため、隠し通路がないか探そう」
講堂と同じように手分けして探すも、今度は隠し通路などは見当たらなかった。
出入り口は俺たちが来た階段だけだ。
シエルが重力魔法で椅子とテーブルを浮かせてくれたが、床にも異常はなかった。
「私の重力魔法なら床板も剥がせると思いますがどうしますか?」
「いや、そこまではしなくて大丈夫だ」
「あれ? あそこに何か本が落ちてます」
シエルが少し離れた床を指さす。
一冊の本が落ちていた。
椅子とテーブルが浮いたおかげで、死角がなくなったのだ。
レオパル先生が拾い上げ、パンパンと埃を払う。
表紙に書かれていたのは……魔王のシルエットだった。
タイトルは“魔族真聖典”。
中身は魔王と魔族を賛美し、人間を貶めるような内容が延々と書いてある。
数十年前に密かに出版されたものの、今はれっきとした禁書だった。
入手するのも難しいはずだ。
俺たちは顔を見合わせる。
「こんな本を手に入れ、ましてや読むような人間はこの世に一種類しかいない」
「「“魔族教会”……ですね」」
この地下空間が、“魔族教会”の根城だった可能性が一気に濃厚になった。
そう思うと、何もない場所がどこか不気味に感じられる。
「俺にもっと調べさせてください……《闇の暗黒犬》」
俺の腕から伸びた魔力が黒い犬となる。
何か手がかりでも見つかればいいが……。
「ディアボロ、こいつを嗅がせてみろ」
レオパル先生が懐から布切れを取り出す。
「布……ですか?」
「これはフォルトが着ていた服の切れ端だ。クルーガー先生から預かってきた。お前は、自主訓練で犬の魔法も使ったそうじゃないか。フォルトの匂いをたどってくれ」
「わかりました」
クルーガー先生は何でもお見通しというわけか。
《闇の暗黒犬》に布の切れ端を嗅がせる。
地下室をウロウロしたかと思うと、テーブルの一角でワンワンと激しく吠えた。
これは、目標を見つけたときの反応だ。
レオパル先生は硬い表情で言う。
「フォルトが一人でペル・ペリドまで来られたとは考えにくい。おそらく、フェイクルの支援で脱走。そして、ここで“魔族教会”と落ち合ったのだろう」
「俺もそう思います」
「私も……」
フォルトと“魔族教会”の関係……もっと詳しく調べなければならないな。
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