第59話:暗黒街にて
「二人とも、あそこが“水葬の暗黒街”――ペル・ペリドだ。気を引き締めて行くぞ」
「「は、はいっ……」」
レオパル先生の声に、俺たちは気合を入れる。
すでに学園を出発し、この世界でも有名な暗黒街に着いていた。
今は入り口から少し離れた建物の陰で様子を窺っている。
大きな橋の向こう側に見えるのは、一見すると中世ヨーロッパ風の街並み。
だが、昼間だというのに、夜のように暗い雰囲気だ。
道端に散乱したゴミや、壁の汚れ、たむろするガラの悪いグループなどが、退廃的な雰囲気を醸し出しているのだと思う。
「街に入る前に、目的の確認だ。最優先事項は、ペル・ペリドに潜伏していると思われる“魔族教会”を探し、見つけること。可能であれば、教会員を捕らえる。もし戦闘になった場合、己の身は己で守れ」
「わかりました、頑張ります。どんな敵が来ようと、蹴散らしてやりますよ」
「私も全力を尽くします。学園で学んだことを活かします」
隣のシエルを見ると、彼女も力強く頷く。
調査団は、レオパル先生、俺、そしてシエルの三人組だった。
みんな薄汚れたフード付きのコートを身につけている。
あまり大人数で行くと目立つし、下手したら“魔族教会”に逃げられる可能性もある。
よって、この三人となった。
なぜ生徒もいるのかというと、この調査は生徒の訓練も兼ねる課外活動……としたからだ。
こんなときまで訓練にしてしまうなんて、“エイレーネ聖騎士学園”っぽいなと思う。
レオパル先生から、誰か一人俺が良いと思った人間を選べと言われたので、シエル、マロン、クララ姫に伝えたところ、みんな行くと主張した。
もちろん全員は無理なので、じゃんけんしてもらった結果、シエルが勝ったのだ。
「では、そろそろ行くか」
「「はいっ」」
レオパル先生の後に続き、ペル・ペリドに足を進める。
今渡っている大きな橋が、暗黒街と外の世界を隔てているようだ。
橋を渡ると、明確に雰囲気が変わった。
どことなく、空気が重い感じがする。
息がしづらいような……。
気のせいかと思ったが、数歩も歩かぬうちに原因がわかった。
建物の中や裏路地の陰から、ジッと見られているからだ。
おそらく、暗黒街の住民だろう。
レオパル先生とシエルもすぐに気づいたようだ。
「なんだか見られていますね。私たちがよそ者だと警戒しているのでしょうか」
「二人とも、あまりキョロキョロするなよ。無用な争いはなるべく避けたいからな」
レオパル先生はまったく動じていない。
シエルだって、緊張はしているものの平常通りだ。
貴族令嬢が絶対に来ないであろう場所なのに。
彼女だけは俺が守らなければな。
心の中で決心を固め、俺はそっとレオパル先生に尋ねる。
「“魔族教会”の情報はどうやって調べるんですか?」
「酒場をあたる。街で生活をする以上、完全に隠れることは難しい。食料品の買い出しなどで目撃情報があるはずだ」
「「なるほど……」」
やっぱり、情報収集といえば酒場だよな。
一軒ずつ、地道に調べることも決まった。
シエルが数m先の看板を指さす。
薄っすらと酒瓶がぶつかるようなマークが見えた。
「レオパル先生、ちょうど向こう側に酒場があるようです」
「うむ、よく見つけたな、シエル。さっそく調べに行こう」
看板なのに、目立たないような配色が気になった。
一見はお断りという店なのかもな。
というか、ここは暗黒街だ。
普通の店構えの方がおかしいか。
やけに威圧感のある扉を開けて中に入る。
最初に感じたのは、強い酒の匂いだ。
まだ昼間なのに、部屋中に充満していた。
それもそのはず、酒場には十人ほどの客がおり、全員がジョッキでぐびぐびと酒を飲んでいるのだ。
客は男ばかり。
雰囲気から、いつもこんな感じなのだろうと想像つく。
髭もじゃの客が俺たちに気づくと、ニタニタしながら酒場の中に呼びかけた。
「おぉい、一見さんだぜぇ。しかも、お三方の来店だ。昼間っから酒場に来るとは行儀の悪いヤツらだと思わねぇかぁ?」
男の声を合図に、客が周囲を取り囲む。
俺たちはまだフードは被っているものの、不躾に覗き込んできた。
「あんたら見かけねぇ顔だなぁ。どこから来たんだ? ……おっ、美人じゃねえか。色気はねえが」
「こっちの女の子は可愛いな。髪の毛なんかつるんつるんだぜ」
「ゲッ、こいつは男かよ。ムカつく顔したクソガキだな。こっち見るんじゃねえ」
見てきたのはお前なんだが。
四方八方から下品な声が飛び交う。
なんか……こいつらみんなモテなさそうだな。
下品だし変な臭いがするし。
「この辺りに、普段見かけない人間たちが集まっている場所はないか?」
レオパル先生が硬い声で言う。
この声音は、怒りを押し殺しているときだ。
死傷者が出ないことを祈る。
髭もじゃが集団から一歩前に出て、レオパル先生の前に立ちはだかった。
どうやら、こいつがリーダー格らしい。
「聞かれただけで教えることはできないね。ペル・ペリドにはルールがあるんでなぁ。よそ者だろうと従ってもらおうか」
「……ルールだと?」
「なに、簡単なことさ。勝負するんだよ。で、俺たちに勝ったら教えてやる。ただし、負けたら、お前たちは奴隷にして売ってやる」
髭もじゃの言葉に、酒場は笑い声が轟く。
暗黒街という名の通り、ならず者が多い街のようだ。
「勝負とはどんな内容だ?」
「おっ! いい気合じゃねえか、姉ちゃん!」
「早く言え」
レオパル先生の返答に、酒場はさらに盛り上がる。
不本意ではあるが、ここはこいつらのルールとやらに従った方が早いかもしれない。
「勝負は腕相撲だ。と言っても、戦うのは俺じゃねえけどなぁ。……おぉい、お呼びだぜぇ!」
髭もじゃが酒場の奥に声をかける。
カウンターの扉が開かれ、天井に届きそうなほど大柄の男が出てきた。
金属の額当てが、明かりに照らされ鈍く光る。
腕も足も太く、この場にいる誰よりも力が強いのだろうとわかった。
なかなか強そうじゃないか。
こそっとレオパル先生に尋ねる。
「どうしますか、レオパル先生」
「ディアボロ、お前がやれ」
「えっ!」
マジか。
聞いたら俺が指名されちゃった。
額当てはニヤニヤ笑いながら、かつ遥か上から俺を見下す。
「おいお、こんなガキが相手でいいのかぁ?」
「構わん、早くやれ」
レオパル先生にどんっ! と突き出された。
こんなときまで厳しくしなくても……。
無論、口答えするととんでもない目に遭うので何も言わない。
額当ては酒場の中央に置かれた四角いテーブルに座り、腕相撲の構えを取った。
四方の隅には、短い棒が備えられている。
なるほど、腕相撲専用のテーブルというわけか。
「ほら、坊主。さっさと始めようや」
「ああ、そうだな」
「何が、ああ、そうだな……だよ。偉そうにしやがって。骨が折れても知らんからな」
俺も着席し、額当ての手を握る。
見た目通り、力がとても強い。
筋肉の密度が濃い……って感じかな。
髭もじゃが俺と額当ての手に拳を乗せる。
「いいか? 俺が合図したら試合開始だ。ま、せいぜい頑張れよ、クソガキ。レディ…………ファイッ!」
「おらあああ!!」
額当ては怒号とともに、思いっ切り力を込めてきた。
腕の筋肉が盛り上がり、相当の力が加わっていることがわかる。
「いっけー、ヒタイアテ! オスガキなんかぶちのめせ!」
「勝ったら酒を奢ってやるぞ!」
「ヒタイアテ、骨をぶち折ってやれ! 景気よく行こうぜ1」
沸き起こるヤジ。
まさか、本名もヒタイアテだとはな。
まぁ、名前はどうでもいいとして、問題はこいつの力だ。
それほど…………強くないのだが?
強そうに見えるのは見た目だけで、実際の筋力はそうでもなかった。
「な、なぜ、動かねえ! 本気でやってんだぞ……!」
当の本人は、汗だくになりながら俺の腕を倒そうとする。
だが、試合が始まってから1mmも動いていない。
俺は普段より、ちょっと力を入れているだけで良かった。
「日々の修行の差……じゃないかな」
「なっ……!」
いつまでも腕相撲していたところでしょうがないので、さっさと勝負を決めてしまった。
ヒタイアテの手がテーブルにつく。
客たちのヤジは鳴りを潜め、何も聞こえなくなった。
日々の修行の差……か。
またカッコいい決めゼリフを作ってしまった。
席から立ち上がり、客たちに呼びかける。
「さぁ、勝負はついたぞ。情報を教えてくれ。俺たちは急いでいるんだ」
酒場はシーン……として、誰も何も言わない。
ヒタイアテが俺みたいな子どもに負けたことが、まったく信じられないようだ。
「この、クソガキ! イカサマしやがったな! ガキに負けるなんてあり得ないだろうが!」
「えっ」
いきなり、髭もじゃが難癖をつけてきた。
腕相撲でイカサマってどうやるんだよ。
逆に教えてほしい。
それどころか、懐からナイフを取り出し、俺に向かって突き付けた。
「おい、ガキ! 今度は俺と勝負だ! ただし、お前は丸腰だぞ! イカサマした罰を与えてやる! 言っておくが、俺は連続殺人未遂鬼ヒゲモ……」
「見るに耐えんな」
レオパル先生が髭もじゃの顎を軽く殴る。
件の髭もじゃは、音も立てずに崩れ落ちた。
本名もヒゲモジャって名前のような気がしたが、きっと気のせいだ。
酒場を静寂が包む。
「もう一度聞くが、不審な人物が集まっている場所を知らないか?」
レオパル先生がギロリと見渡すと、客たちが大慌てで話し出した。
「あ、あんたらが知りたいヤツらかはわからないが、最近変なヤツらが来たよ!」
「どいつもこいつもフードを被って、顔は見えねえ!」
「街外れの寂れた教会だ! その地下から出入りしているのを見たことがある!」
寂れた教会……。
一通り情報は得られたので、俺たちは酒場から出る。
客たちがホッとしているのが印象的だった。
歩き始めると、レオパル先生が俺の肩に手を当てた。
「ご苦労だったな、ディアボロ」
「お疲れさま」
「なんか、大したことなかったですね。見かけ倒しでした」
「お前はそういうが、あいつはなかなかの実力者だぞ。うちの二年生でも苦戦しただろう」
「えっ、マジすか。楽勝でしたよ」
「それほど、お前は強いということだ」
そんなものかねぇ、と思いつつ、自分の手を見る。
俺の実力は外の世界でも通用するってことかな。
何はともあれ暗黒街を進み、俺たちは寂れた教会とやらへ向かう。
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