第55話:襲撃(Side:フォルト⑤)
「フォルトさん、いいですか? 私たちとの修行を思い出してください。大丈夫、落ち着いて臨めばうまくいきますから」
「は、はい……」
草むらの中で息を殺し気配を絶つ。
もう周囲は暗くなりつつあるが、念のため深く身を隠す。
隣にはフェイクル先生と教会員たち。
僕は今、ペル・ペリドの拠点を離れ、とある建物近くの森に潜んでいた。
木陰から覗くは、丘の上に立った灰色の巨大な建物。
――ゾゾネ刑務所。
国内有数の規模を誇る刑務所だ。
収容人数はおよそ100人。
視界の端までそびえる壁は要塞のようで、見る者を圧倒する。
思わず手が震えたが、力を込めて震えを消した。
気合を入れろ、フォルト。
今から僕たちは……この刑務所を襲撃するのだから。
「皆さん、作戦の最終確認をします。まず、罪人の収監車に偽装した馬車で先遣隊が侵入します。彼らの合図を待ち、私たちも突入します。最優先は牢獄の破壊です。囚人を解放させれば数的不利を覆せます」
フェイクル先生は静かに仲間たちと作戦を確認する。
刑務所を襲撃し、囚人を解放させ、“魔族教会”の一員に加えるのだ。
教会員は各地で刑務所を襲撃しているらしい。
徐々に規模も大きくなり、非王国組織の中でも勢力を伸ばしていると聞いた。
「……作戦の確認は終わりです。先遣隊に合図を送りますね。空からの情報を共有するため、魔力の鳥も飛ばしておきます」
フェイクル先生は魔力で作った鳥を飛ばすと、後方に向かって小さなランプを掲げた。
刑務所からは見えないように布で隠しながら。
合図を受けて、森に潜んでいた馬車が動き出す。
ゾゾネ刑務所の囚人護送車そっくりだ。
それもそのはず、本物の馬車を使っている。
檻を覆う布にもゾゾネ刑務所の紋章が刻まれている。
いったい、どこから手に入れたのか。
ペル・ペリドの支部で尋ねても、フェイクル先生が教えてくれることはなかった。
馬車は静かに進み、検問の前で止まる。
遠目で詳しくは見えないが、囚人の護送を伝える文書を渡しているようだ。
あれもきっと、フェイクル先生が偽造したんだろう。
「地下の牢獄までは、私の魔法で姿を隠します……では、皆さん準備はよろしいですね?」
「「はっ」」
「……《光学迷彩》」
フェイクル先生が魔法を発動させると、僕たちの全身が透明になっていく。
薄っすら身体の輪郭が浮かぶくらいで、目をよく凝らさないと誰がどこにいるかわからない。
僕たちが潜んでいることすら知らない看守たちは、存在に気づくこともないだろう。
こんな高度な魔法が使えるなんて……。
やっぱり、この人はすごい。
――この人はいったい何者……。
チラリとフェイクル先生を見るも、透明化していることもあり表情はよくわからなかった。
風に乗って、衛兵たちの会話が聞こえる。
「「……よし、通れ」」
馬車は検問を通り、刑務所内に入った。
檻にあたる客車部分には、数人の教会員と大量のゴーレムがいる。
刑務所の中で解き放つ予定だが……。
緊張して様子を見守っていると、布が勢いよくめくられ大量のゴーレムが解き放たれた。
合図だ!
「今です!」
フェイクル先生の掛け声とともに、僕たちはいっせいに森を飛び出した。
空中を飛び交い看守を襲うのは、炎属性の鳥型ゴーレム。
火を放ち攪乱するとともに、周囲を明るくして僕たちの行動をサポートする。
警報の鐘が鳴り響く中、僕たちは地下の牢獄へ向かう。
透明化と陽動のおかげで、看守たちに妨害されることなく地下へたどり着いた。
階段を下りた先は監獄だろう。
囚人たちの楽しそうな雑談が聞こえる。
「なんだか騒がしいなぁ。看守どもドジやったか?」
「どうせ騎士団の急な視察だろ? いつものことだ」
「ああー、脱獄してー。思いっきり暴れてぇなー」
誰も僕たちの存在に気づいていないようだ。
呼吸を整える間もなく、フェイクル先生が透明化の魔法を解除した。
階段を下り監獄エリアに入った瞬間、囚人たちは会話を止めた。
黙って僕たちをジッと見る。
不気味な威圧感に恐れを抱いたが、フェイクル先生は気にもせず大きな声で叫んだ。
「私たちは“魔族教会”! あなたたちを解放しに来た!」
一瞬の沈黙の後、囚人たちは大歓声を上げる。
「すげえ! 脱獄できるぞ! 看守どもに目にもの見せてやれ!」
「よく侵入できたな! いいぞ、姉ちゃん!」
「なんだか知らねえが、さっさと出してくれ!」
牢獄の封印術式は強固だったが、フェイクル先生と一緒なら簡単に壊せた。
他の教会員たちも手際よく錠を破壊する。
解放された囚人がまた別の囚人を解放し、あっという間に全ての囚人が廊下に出た。
下層からも歓声が聞こえるので、無事に目的は達成したようだ。
「さあ、皆さん。一緒に外へ出ましょう!」
「「おっしゃー!」」
フェイクル先生と一緒にたくさんの囚人を先導する。
看守たちが慌てて捕まえようとするが、数の多さに適うはずもなかった。
五分と経たずに要塞のような監獄から出た。
刑務所は今や火の海だ。
囚人たちは嬉しそうに深呼吸を繰り返す。
「……くぅぅ、シャバの空気はたまらんなぁ、おい。何年ぶりだぁ?」
「もう一生味わえないと思っていたぞ」
「ジッと耐え忍んでよかったぜ。さて、看守どもに復讐してやるか」
みな、嬉しそうにワイワイと話す。
一応任務は達成したわけだけど、僕には気になることがあった。
――これからどうするんだろう……。
フェイクル先生は囚人たちを仲間に加えると言った。
でも、とてもじゃないけど、彼らが言うことを聞くとは思えない。
今だって、近隣の村を襲う話し合いをしている。
当のフェイクル先生は静かに佇むだけだ。
指示を仰ごうとしたとき、ふと違和感に気づいた。
森の中が明るい。
いくつものランプが揺れているのだ。
仲間の合図かな?
やがて、囚人たちも異変を察知した。
「ひゃははっ、俺たちのお出迎えかぁ?」
「ずいぶんと準備がいいなぁ」
「ちょうど暗いなと思っていたんだよ」
最初は笑っていたものの、徐々に笑い声は小さくなった。
ランプの動きはやけに統制が取れている。
互いに一定の距離にあるし、揺れ方からして持ち主は規則正しく歩いていることがわかった。
そもそも、ここは刑務所だ。
村人や旅人の類ではない。
緊張感が増していく中、囚人の一人が悲鳴に近い叫び声を上げた。
「お、おい! もしかして……王国騎士団じゃないのか!?」
その声に、全ての囚人が森に意識を奪われた。
よく見ると、ランプの明かりは僕たちを囲うように浮かんでいる。
ゾゾネ刑務所は小高い丘の上にある。
草原を隔てて周囲に森は広がるが、騎士団が輪を縮めるように迫りくるんじゃ逃げ場などない。
囚人は今やパニック状態だ。
教会員たちもまた、不安そうにフェイクル先生を見る。
そこで、ようやく彼女は口を開いた。
「王国騎士団へは、魔力鳥を飛ばして私が通報しました」
「「はぁっ!?」」
「“魔族教会”へ入信するのであれば、ここから逃がしてあげましょう。ただし、あなたたちの人生は“魔族教会”に捧げてもらいます」
「「ふざけんな! なんだよ、それ!」」
囚人たちから怒号が上がる。
さっき飛ばした鳥は、情報共有なんかじゃない。
この計画を王国騎士団に伝えるためだったのか。
でも、どうしてそんなことを……。
「おい、姉ちゃん。あんたは何なんだ? 王国騎士団の手先か? 面白半分に脱獄を手伝ったりしてよ、俺たちをおちょくってんだろ」
囚人をかき分けるように、一際大柄な男が現れた。
誰も逆らおうとしないことから、彼らの中でもリーダー格だとわかる。
燃え盛る監獄の火に照らされその顔が明らかになったとき、僕は思わず身がすくんだ。
――“頭盗みの暴徒”ジャグール。
僕ですら聞いたことがある。
人の頭を素手で捻じり取り、自宅の地下室で保管していた非常に凶暴な男。
懲役177年。
まさしく極悪非道の重罪人。
さ、さすがゾゾネ刑務所だ。
こんな大物まで収容されているなんて。
フェイクル先生は一瞥すると、面倒くさそうに告げた。
「人生を“魔族教会”に捧げるか、それとももう一度刑務所に戻るか選んでください」
「……てめぇ、いい加減にしろよ。今ここでお前の首をへし折ってもいいんだぜ?」
ジャグールはフェイクル先生の方に手を置く。
黙りこくる教会員に反し、囚人からは歓声が上がる。
「《拳銃ノ指》」
フェイクル先生は黙っていたかと思いきや、不思議な構えをとった。
人差し指を伸ばし親指は立てているが、他の指は握ったような形だ。
滑稽な仕草にジャグールは笑う。
「なんだ、お前。新しい祈りの手か? そんなんじゃ神様も願いを聞いちゃ……」
フェイクル先生がクイッと手首を上に動かした瞬間、ジャグールの額に穴が開いた。
彼の顔から生気が消え、ゆっくりと地面に倒れる。
フェイクル先生が指先を向けると、囚人たちは慌てふためく。
「私は指一本であなたたちを殺せます。逆らわないのをおすすめします」
たった一言で囚人の歓声は止んでしまった。
僕もまた、初めて見た殺人に言葉を失う。
ジャグールはピクリとも動かない。
――本当に……殺したのか……。
急にこの女性が怖くなる。
静まり返った中、囚人の一人が震えながらフェイクル先生に尋ねた。
「だ、だがよ、どうやって逃げるんだ? ここら一帯は転送魔法が封じられているんだぞ?」
「ご心配なく。バリアを破れるような強力な魔法ですので」
囚人の言う通り、ゾゾネ刑務所の周りは転送魔法を封じるバリアが展開されている。
だから、簡単には逃げられないはずなのに。
フェイクル先生は王国騎士団が近づいていることを確認すると、淡々と話した。
「……さて、私たちもそろそろ撤退した方がいいでしょう。《転送装置ノ陣》」
フェイクル先生が地面に手を当てると、僕たちを囲うように六個の柱が現れた。
いや、柱というか魔道具……? だ。
円筒形のガラスを上下から蓋するように、金属の部品が覆う。
中には液体が詰まっているのか、不気味に青白く光っていた。
――こ、これは、いったいなんだ。
その場にいた誰もが疑問に思ったが、フェイクル先生が恐ろしくて聞けなかった。
「さあ、中央に集まってください」
僕たちは装置が描く円の真ん中に集まる。
すぐに青い光が包み込み、身体が軽くなった。
大きな一塊となり上空へと飛び上がる。
バリアらしき壁が迫ったが、簡単に突き破った。
遥か下方では王国騎士団の慌てる様子が見える。
大変に愉快な気持ちだ。
――善の道なんて歩いてたまるか。僕は悪の道を突き進む。
お忙しい中読んでいただき本当にありがとうございます
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