第53話:サブイベントとスラム街
「ディアボロ、心当たりってこの街のこと?」
「ああ、そうだよ。でも、危ないところだから、二人とも別に来なくてもよかったのに……」
「いえ、お慕いする者として、ディアボロ様の行くところには必ずお供いたします」
目の前に広がるのは、今にも崩れそうな家屋の数々。
すぐ傍を流れる大きな運河に沿って家々が並んでいた。
壁も屋根も木の板を並べただけ。
街行く人々の衣服は擦り切れ、痩せている人が多い。
いわゆるスラム街――サーゼドーザに俺たちはいた。
ギルドから歩いて一時間半くらいかな。
この街に冒険者襲撃事件の犯人がいるのだ。
「当たり前だが、学園やギルドとは違う場所だ。気をつけて進もう」
「ええ、心構えはできているわ」
「私もシエルさんと同じでございます」
意を決して、街へ足を踏み入れる。
俺たちを見ると、通行人は立ち止まってジッと眺めてくる。
モンスターとはまた違った視線の気味悪さを感じつつも、俺たちは進む。
ギルドでサーゼドーザに行くと伝えたとき、ドロシーさんやアラン君たちには止められた。
原作通り、この街は治安が悪い。
一番の原因は、近くに有名な暗黒街――ペル・ペリドがあるためだ。
暗黒街から追い立てられたならず者が幅を利かせており、住民たちは従わざるを得ない状況なのだ。
「おい、待てや。貴族のガキが何しに来た」
「誰の許可を取ったんだ?」
「進みたければ通行料を払ってもらおうか」
歩き出して数分と経たずに、さっそく屈強な男たちが立ちふさがった。
全部で三人。
腰には重そうな短剣やナイフを抜き身のままぶら下げていた。
一目見てならず者の類だとわかる。
日常茶飯事なんだろう、通行人は見て見ぬふりだ。
「私たちの目的を話す義理も義務もありません」
「サーゼドーザは何人にも開かれた街です。また、街として通行料を徴収していません。よって、あなたたちにお金支払う必要はありません」
「「な、なにっ……!?」」
男たちはすごんできたが、シエルとマロンは少しもひるまずに反論した。
さすがの精神力だ。
予期せぬ反抗の意思を見せつけられたのか、男たちは一瞬黙っていた。
だが、すぐにまた凶暴な顔つきに戻り、腰に下げた武器を引き抜く。
中央の男が俺の腹に向かって、短剣を構えて突っ込んできた。
「だったら、殺して奪い取ってやるよ……はぅんっ!」
ディアボロ手刀で短剣を落とし、顎をかするように殴る。
男は乙女チックな悲鳴を上げ気絶した。
「「長兄!? ……クソがっ、今回の通行料はタダにしてやる!」」
意外な呼び名を叫び、ならず者たちは撤退する。
路地の中からはまた別の輩がこちらの様子を窺っていたが、俺が見ると姿を消した。
きっと、ハイエナのように獲物の横取りを狙っていたのだろう。
「ディアボロの攻撃は本当に早いわね。しっかり目を凝らしていないと見逃しちゃう」
「ご命令があれば私が燃やしたのですが……」
「まぁ、二人に怪我がなくてよかったよ。さあ、先に進もう。日が落ちる前に帰りたいな」
シエルとマロンを連れ歩きだす。
ならず者が絡んでくる心情はよくわかる。
この環境では、まるで鴨が金を担いで来たように見えるのだ。
そもそも、サーゼドーザは貴族が来るような場所じゃない。
しかも子どもがな。
冷やかしと思われてもしょうがない。
だが、どうしてもこの街に来る必要があった。
もちろん、アラン君たちのような犠牲者を出したくないという気持ちが一番だが、何より確認したいことがあった。
――たしか、襲撃者の住まいはスラム街の端っこにあったはず……。
運河から離れるように細路地を進むと、一軒の小屋が現れた。
街の入口に広がっていた家もボロかったが、それよりさらにボロい。
板は朽ち果て所々に穴が開いているし、少しでも強い風が吹いたら倒壊しろうだ。
「……ディアボロ、ここが目的地なの?」
「ずいぶんと古い家ですね……」
「ああ、この中にアラン君たちを襲った人物がいるはずだ」
前世の記憶をたどる。
……やはり、原作通りの場所だ。
ゲームの知識と現実を照らし合わせていると、突然、家の中から石が飛んできた。
「「ディアボロ(様)っ!?」」
「大丈夫だ」
勢いはあるものの石は小ぶりなので、はたき落とすのは容易だ。
俺はもう正体に気づいていたが、彼女が現れるのを待った。
「……金を置いて出ていけ、金吸い虫の貴族どもが」
家の影から這い出るように、痩せた少女がゆらり……と姿を現す。
くすんだ水色の髪はボサボサで肌も荒れ果てており、思わず目を背けるほどだ。
擦り切れた穴だらけの衣服も、彼女の辛い境遇を物語っている。
夕日に当てられ露わになった少女の姿に、シエルとマロンは息を吞んだ。
二人に構わず少女は背中から鋭利なナイフを取り出し、俺たちにその切っ先を向ける。
「聞こえなかったのか? 金を置いて出ていけと言ったんだ。でなければ、俺がお前たちを殺して金を奪う」
彼女の名はクリス。
母親と二人で暮らしている。
そして、原作だと来年“エイレーネ聖騎士学園”に入学するのだ。
張り詰めた空気の中、両手を広げて武器を持っていないことをアピールして話しかける。
警戒心を解いてもらうためだ。
「俺たちは敵じゃないよ。君たちを助けに来たんだ」
「そんなの信じられるか。お前もあいつらの仲間に決まっている」
クリスはナイフを構えたまま、キツい視線で睨む。
あいつらというのが誰かは気になるが、その話は後だ。
「家の中には病気のお母さんがいるんだろ?」
「な、なんでそれを……!」
そう告げると、クリスは明らかに動揺した。
彼女は母親の薬代を稼ぐため、疲れた冒険者を襲い金品を奪っている。
原作ではディアボロが母親共々いじめ抜き、強い恨みを買う。
一方で、主人公(フォルト君)は病気を治す。
その結果、クリスはディアボロの断罪メンバーに加わり、俺をぶち殺す。
要するに、いつもの断罪フラグがさりげなく転がっていたというわけだ。
フォルト君はもういないものの、やっぱり気になるから対処しておきたい。
「俺にお母さんの病気を治させてくれないか?」
「うるさい! お前は敵だ! あいつらの仲間だ! 殺して金を奪ってやる! ……《水迷彩》!」
クリスの身体が少しずつ透明になる。
やがて、姿が見えなくなってしまった。
「ディアボロ! 女の子が消えてしまったわ!」
「何の魔法を使ったんですか!?」
「水魔法だよ。水の膜で身体を覆い、光の屈折率を変化させて姿を消している。見逃しはしないが、二人とも十分に気をつけてくれ」
俺とシエル、マロンは背中合わせにポジションを変える。
クリスは類まれな水魔法の使い手だ。
この魔法を使って姿を消し、冒険者たちを襲っていた。
原作では、来年“エイレーネ聖騎士学園”に特待生枠で入るほどの実力者。
だが、今の俺なら見抜ける。
「《闇の洞察》」
魔力のオーラとともに、クリスの姿がよく見える。
右斜め前から、脇腹を刺そうとナイフを突き出してきた。
「そこだ」
「な、なんでっ!?」
突き出された手首を握り持ち上げる。
《水迷彩》も解除され、クリスの姿が現れた。
「頼む、まずは話を聞いてくれ」
「離せよ! 貴族の話なんか聞くもんか!」
動きを封じられても、クリスは暴れまくる。
腕や腹を勢い良く蹴られた。
しまったな、いきなり訪ねるのは失策だったか?
「クリス……もういいから…………やめてちょうだい」
「お母さんっ! 出てきちゃダメだよ!」
家から一人の女性がフラフラと出てきた。
クリスと同じ水色の髪だ。
二人とも顔が何となく似ているので、母親だとわかる。
腕の力を緩めると、クリスは真っ先に駆け寄った。
「寝ててよ! 少しでも体を休めなきゃ!」
「お願い、もうやめて……。冒険者の方々からお金を奪うなんて……そんなの悪党がすることよ……」
「だから、それはお母さんの薬を買うためで……!」
母親はゴホゴホと咳き込みながら諭す。
俺たちに向き直ると、丁寧に頭を下げた。
「すみません……あなたたちはギルドから来たのでしょう……。この子が盗んだお金は返します……ご迷惑をおかけして本当に……ゴホゴホッ」
「お母さんっ!」
クリスは謝る母親を怒る。
彼女の病気はそんなに重病ではない。
風邪をこじらせたようなものだ。
Cランクのポーションを一週間も飲めば治る。
アイテムとしては並みの価格だが、それでもクリスたちにとっては手も届かない。
「この金でポーションを買ってくれ」
鞄から用意しておいた小袋を取り出す。
中には十数枚の金貨を入れておいた。
一週間分のCランクポーションはおろか、最低でも一か月は楽に暮らせるはずだ。
小袋を見せると、クリスも母親も固まった。
「お母さん、お金だって! 貰おうよ!」
「ゴホッ……いけません……そんな大金を……」
「このままじゃ、あなたは死んでしまう。俺にはこれくらいしかできないが受け取ってほしい」
金を持って彼女たちの元へ近づく。
クリスが攻撃してくることはもうなかった。
母親に突き出すと、震えるような手で受け取ってくれた。
「ほ、本当にいいんですか……?」
「ああ、ただし一つだけ条件がある」
「私にできることでしたら何でもいたします」
クリスは硬い表情になったが、母親は毅然とした態度で俺を見る。
条件といっても、俺の奴隷になれとかそういう話ではない。
「クリスが襲った冒険者たちに謝罪してほしい。彼らは命をかけてクエストに挑んでいる。今回も、クリスの襲撃で命の危機に陥ったパーティーがあったんだ」
「わかりました。この子と一緒に謝罪に回ることを誓います。冒険者の方々が許してくださるまで謝り続けます」
母親はクリスの頭を下げながら丁寧にお辞儀をする。
「冒険者には慰謝料として、その金をいくらか渡せばいいだろう。金が足りなくなったら“エイレーネ聖騎士学園”に言ってくれ。ディアボロ・キングストンと言えばわかるはずだ。また追加で渡す」
「そ、そんなに配慮してくださるなんて……このような扱いを受けたのは初めてです……」
母親は泣いて喜ぶ。
クリスは険しい顔をしつつも、隠れて涙を拭っていた。
いつの間にかシエルとマロンも近くに来ていて、二人とも瞳がうるうるしていた。
「ディアボロは本当に優しいわね……私の足を治してくれたときを思い出しちゃう……」
「まさしく、優しさの権化とも言えます……」
というか、そもそも俺は公爵家の嫡男だ。
金なんて腐るほどある。
原作なら主人公(フォルト君)がクリスの母を治してから、サーゼドーザの状況を学園長に直談判。
結果、“エイレーネ聖騎士学園”が援助を始める……という流れだが、ここは(元)悪役貴族。
金に物を言わせてやる。
《闇の癒し》を使えば彼女の病気は一瞬で治ると思われるが、色々とまずそうなので止めておいた。
シエルとマロンもいるし。
……いや、別にやましいことをしているわけじゃなくてだな。
「おい、金髪」
立ち去ろうとしたとき、クリスの声が聞こえた。
家を訪れたときと同じように、キツい目で俺を睨んでいる。
「どうした?」
「………………ありがとな」
ボソッと呟き、彼女は逃げるように家の中へ入ってしまった。
母親も深く礼をした後、彼女の後を追う。
いくらか明るい気分を抱き、俺たちはサーゼドーザを後にした。
□□□
「どうしてディアボロ様はあの子の母親がいると思ったの?」
「ん?」
街を出たところでシエルに聞かれた。
マロンも質問を重ねてくる。
「お金を準備していたのもこのためだったんですね。とても手際が良くて不思議に思ってしまいます」
「え」
ま、まずい!
久しぶりの断罪フラグに緊張して、ゲーム知識を披露してしまった。
どうにかして誤魔化せ!
「ま、まぁ…………直感……ってヤツかな」
「へぇ~、ディアボロはそんなことまで鋭いのねぇ~」
「さすがディアボロ様でいらっしゃいますね。私は少しも感じませんでした」
シエルとマロンは、揃ってはぁ~と感嘆する。
とっさに思いついた嘘だったが、何とか誤魔化せたようだ。
ついでに、サーゼドーザ全体が豊かになるように、父上に手紙を出しといた。
住民たちに職を手配し、援助してくれとな。
湯水のように金を使う……前世では絶対にできない経験だ。
せっかくだから、少しは金持ちっぽいことをしておきたい。
クリスが来年“エイレーネ聖騎士学園”に入るかどうかはわからんが、とりあえず断罪フラグを一個潰せた。
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