第37話:対するは……
「ここで死ね、ディアボロ・キングストン。大事なことだから二回言わせてもらった」
ソフィーは汚物を見るような目で俺を睨む。
やはり、過去の悪行が未だに尾を引いているようだ。
過去の所業を考えると、恨まれるのも無理はない。
俺は納得していたが、シエルとマロンはキツい視線をソフィーに送っていた。
「あの人何かしら。やたらとディアボロを敵視しているけど」
「ディアボロ様に向かって死ねなんて、とても聞き捨てなりません」
二人は魔力を練り上げる。
その様子を見て、ソフィーたち三人組もまた魔力を練る。
一触即発の空気だ。
すぐにでも戦いが始まりそうだったが、その前に言っておきたいことがあった。
「全部、俺が……昔の俺が悪いんだ。俺が彼女を深く傷つけた……」
「「え……?」」
「ふん、覚えていたか。ならば、私がどれだけ貴様のことを恨んでいるかも伝わっているだろう」
「ああ、痛いほどわかるよ……」
俺と彼女は八歳の頃に初めて出会い、数週間ほど一緒に過ごした。
きっかけは貴族のパーティーだったと思う。
ソフィーは今でこそ筋骨隆々の女性だが、昔は非力な少女だった。
俺は立場と体格の差を利用して、ソフィーをいじめ抜く。
しまいには、「そんなに弱くては辺境伯を継ぐ資格などない、夢を見るな。“空想女”が」と吐き捨てた。
厳密に言うと俺ではなくディアボロがやったことだが、とても他人事のようには考えられない。
俺はもう……ディアボロなんだ。
「私はディアボロに“空想女”と言われたことを今でも覚えている。そのとき負った心の痛みもだ。だから、いつか貴様を打ちのめすために修行を重ねてきた。貴様に勝ち、辺境伯を継げるに値すると証明してみせる」
ソフィーの言葉は俺の心を鋭く抉る。
彼女は……生まれつき心臓が悪い。
あの一件があって以来、ソフィーは無理に修行を積んできた。
心臓が悪いのに、それこそ自分を追い詰めるような修行だ。
結果、類まれな魔力と身体能力を得たが、身体はボロボロになってしまった。
今も涼しい顔をしてはいるが、本当は横になりたいはずだろう。
「ディアボロの近くにいる二人の女に告げる。今すぐその男から離れろ。何をされるかわかったものではないぞ」
「「……」」
俺とソフィーの過去を聞いても、シエルとマロンは何も言わない。
ただ下を向いているだけだ。
その様子を見るだけで、俺の心は暗くなっていく。
――幻滅……しただろうな、二人とも。
いくら改心したとはいえ、過去は変えられないのだ。
俺がソフィーを傷つけたのは、れっきとした事実……。
「でも……ディアボロは変わったわ!」
静寂を切り裂くように、シエルの声が森に響いた。
ソフィーの眉が訝しげにピクリと動く。
「変わった……?」
「そうです! ディアボロ様は変わられたんです! 今では誰よりも優しくしてくださいます!」
今度は、マロンが前に出て叫んだ。
シエルもマロンも、俺を庇うように手を広げている。
「お前たちは何者だ?」
「私はシエル・ディープウインドゥ。ディアボロの婚約者よ」
「私はマロンと言います。ディアボロ様のメイドです」
「婚約者にメイドか……なら、ディアボロの暴虐ぶりは十分知っているだろう。その男は性根まで腐っているんだ」
「「いいえ」」
シエルとマロンは、揃って否定の言葉を口にする。
真正面からソフィーを見ていた。
「たしかに、過去のディアボロは最低最悪だったわ。自分のことしか考えないし、暴力だって簡単に振るう。挙句の果てには、私の足の自由を奪った」
「私も昔はディアボロ様に苦しめられました。咳が止まらないのに埃っぽいところで作業させられたり、わざと冷水をかけられたり……正直、命の危機を感じたほどです」
ソフィーは黙って聞いていたが、やがて重い口を開いた。
「だったら、お前らもそいつを恨んでいるはずだ」
「でも、今のディアボロ様は違います。過去の行いを謝罪し、私の病気を治すために血の滲むような修行を積んだのです」
「私の足だって、彼が治してくれた。おかげで歩けるようになったの」
「だから、何だと言うのだ。そんな話信じられるか」
ソフィーの顔は厳しいままだ。
信じられないのも無理はない。
俺は暴虐令息だったのだから。
どうやったら信じてもらえるか……と考えたとき、シエルが一息に告げた。
「ディアボロは、闇属性で回復魔法を使えるまでに修行したのよ」
「な……に……?」
「あなたほどの魔法の使い手なら、その苦労がどれほどかわかるでしょう」
「……」
ソフィーは黙って俺たちを見る。
事の真偽を推し量るような視線だった。
必死になって頼み込む。
「ソフィー、謝らせてくれ。本当に悪かった。人の気持ちも事情もわからない馬鹿なクソガキだったんだ。そして……君の病気を俺に治させてほしい。俺に責任を取らせてほしいんだ。この通りだ……頼む」
「いいだろう。私を負かしたら、闇属性の回復魔法とやらを使って構わない。だが、私が勝ったら貴様は二度とその面を見せるな」
「ありがとう、ソフィー。チャンスをくれて」
「私は逃げも隠れもしない。正々堂々と真正面から挑んでこい!」
ソフィーは槍を握り、力強く構える。
覇気と魔力が迸り、頬にピシピシと当たった。
ちなみに、原作では主人公(フォルト君)はソフィーに勝てない。
いわゆる、負けイベントだ。
だが、そんなことはどうでもいい。
俺の問題は俺が解決する!
「行くぞ、ソフィー! 俺は勝って君の病気を治す!」
「さあ来い、ディアボロ! 私は逃げも隠れもしない!」
全身に力を込め、勢い良く走り出す。
それが合図かのように、シエルもマロンも各々の敵と戦いを始めた。
俺の目の前にはソフィーだけ。
正真正銘の一騎打ちだ。
「《闇の剣》!」
魔力で剣を生成。
ソフィーは遠距離攻撃も強いが、近距離戦がメインだ。
きっと、この勝負はただ勝つだけではダメだ。
彼女の得意な領域で勝ってこそ、真の勝利になるのだと思う。
「《雷撃刺突》!」
ソフィーの間合いに入った瞬間、雷をまとった槍が襲い掛かった。
修行を積んだ後でさえ、注意深く見ていないと追いつけないスピードだ。
剣で刃先をいなして懐に飛び込む。
たったそれだけで、先ほど戦ったジャメルの蛇とは、比べ物にならない魔力の質と重さを感じた。
「くらえ! ディアボロ斬り!」
「あまいぞ」
隙をついたはずだったが、ソフィーは即座に体勢を整えて防いだ。
槍の柄の部分で俺の剣を受け止める。
見た目通りのすごい筋力だ。
「《雷気の閃光》!」
「くっ……!」
ソフィーの槍が光り輝き、視界が真っ白になる。
彼女の得意技の一つだ。
視界を奪ってひるませてから、槍の一撃で仕留めるつもりだろう。
眩しさに思わず目をつぶったが、魔力は探知できている。
俺の喉元めがけ、彼女の槍が襲い来る……!
「……驚いたぞ、ディアボロ。この攻撃を防いだのは貴様が初めてだ」
「必死に修行してきたからな。……君の病気を治すために(ひいては断罪フラグを回避するために)!」
光が収まり目を開けると、ソフィーの槍はすぐ目の前で止まっていた。
俺の剣が受け止めているのだ。
ソフィーの魔力の練度は素晴らしいが、俺も修行を積んできたんだ。
「修行したというのは認めてやろう。嘘じゃないようだ。だが、この勝負に勝つのは私だ」
「俺だって負けるつもりはない。死んでもソフィーの病気は治す!(じゃないと本当に死ぬから! 俺が!)ディアボロの舞!」
「な、なに……!?」
足払いし、彼女の体勢を崩す。
鍔迫り合いのような状況にあったら、誰でも足元が不注意になる。
槍の柄を剣で強打し、彼女の手から落とした。
地面に倒れたソフィーの喉に剣を突きつける。
「俺の勝ちだ、ソフィー」
「私の……負けか。まさか貴様に負けるとはな。……自分の努力不足が恥ずかしくて仕方がない」
ソフィーは力なく笑う。
その瞳には、一滴の涙が零れた。
ちょうどシエルとマロンの勝利も決まったようで、森には少しずつ静寂が戻る。
「さあ、勝敗は決した。とどめを刺せ」
「いや……本当に悪かった……。謝ったから何だと言うかもしれないが、謝らせてほしい」
剣を消滅させ、頭を下げた。
ソフィーは何も言わない。
彼女の視線が頭に刺さるのを感じる。
「……ディアボロ、何をやっている?」
「見ての通り、謝罪の意を示しているんだ」
「……謝罪?」
ソフィーの顔は見えないが、怪訝な顔をしているのはわかった。
「俺が君を傷つけた事実は変わらない。でも、謝らずにはいられないんだ。俺のせいで、君は心臓が悪いのに無理は修行を積んだんだ。今も本当は胸がすごく痛いはずなんだ」
「なんでそんなことまで……」
「俺はソフィーのことなら何でも知っているよ。……だから、俺の回復魔法で治させてほしい」
これも全部、前世で得た知識だ。
原作なら、主人公(フォルト君)に彼女が直接話す。
ソフィーはしばしの間考えていたが、やがて静かに言った。
「……どうやら、何でもお見通しのようだな。わかった。勝負にも負けたことだし、貴様の提案を受けよう」
「ありがとう、ソフィー」
ソフィーはスッ……と立ち上がり、俺の正面に佇む。
深呼吸し、彼女の胸元に手をかざした。
「《闇の癒し》!」
「ぐっ……!」
黒くて淡い光が、彼女の胸を包み込む。
ソフィーの心臓を癒してくれ!
魔力を込めるたび、ソフィーの顔には赤らみが増してきた。
な、なんだ?
「くぁっ……あああ~ん! いやぁあっ! ダ……メェ……!」
ソフィーの見た目からは想像もつかない、艶やかな声が森に響く。
ふ、ふむ、ギャップもあって想像以上になまめかしい様子で…………ちょっと待て!
ギギギ……と後ろを見る。
「「……ディアボロ(様)?」」
「あああああー! 違うんですうう! 回復魔法使うとこうなっちゃうんですううう! 本当にソフィーの怪我を治したかっただけで他意はありません! どうか……どうか、お許しをおおお!」
「「ソフィー(さん)のことなら何でも知っている……?」」
「ああああああ!」
シエルとマロンに、ジャンピング土下座なんて通じない。
その程度ではダメなのだ。
心の底から誠意を見せなければならず、結局、超絶奉仕の約束をして波乱の親善試合は幕を閉じた。
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